私自身、高校教師として、常日頃考えていたことですが、
子ども(がちょっと大きくなった高校生も含めて)には、可能性がある。
まだまだ、発展途上、だから、失敗したり、
迷ったり、間違ったりもする。
それが当たり前。
でも、だからこそ、それを反省したり、失敗から学んだりもする。
子どもだからって許されないこともあるけれど、
子どもだからこそ、許されることもある、
と思っていました。
でも、大人はそんなに簡単に許されるわけでなない!
私の教師としてのスタンスは「生徒には甘くても、大人には厳しい!」だった。
先日、卒業生に会って話したとき、
それがあながち間違っていなかったのかな、
と思えたのは、
その卒業生が1年間大学受験をめざして、浪人生活をしながら、
高校3年間の自分自身を振り返り、冷静に自己分析し、
自分のだめだったところ、甘かったところに
気がついた、と話してくれたからである。
大人が、1年前の自分をそんなふうに振り返って、
自分のダメさ加減を見つめられるだろうか?
そういうことができるからこそ、
この卒業生は、成長したのだろう。
話をしながら、そういう若者の感性に驚かされもするし、
ほほえましくも思えるし、
私自身すごく、勇気付けられる。
子どもと交わろうプロジェクトで、たくさんの小学生にも出会った。
私たちだけでなく、地域の大人たち、お父さんたちも
子どもたちと新鮮な出会いがあった。
子どもは、大人と関わるのが大好きだし、
大人と出会うことで、大きな成長を見せてくれる。
一方、大人にも変化が見られる。
それは、
子どもとの出会いが大人を大人にしてくれるからだそうだ。子どもたちのみずみずしい、素直な感覚にも、
大人は、直接出合わなければ、気づかない。子どもは純粋無垢な存在と言うわけではなく、
好奇心と、優しさと、素直さと、率直さと…そんなものを
まぜこぜに持っている。
大人の関り次第で、その中から素晴らしい面を発揮してくれる。
高校生や若者たちも同じ。
ちょっと近寄りがたく見えたり、
数を借りて、虚勢を張っていたりする若者も、
出会い方次第で、
ステキな笑顔を見せてくれたりもします。
だからこそ、「いまどきの若者は…」
って、決め付けず、彼らの可能性を信じてみたいのです。
人が育つ…という場面には、
その人を信じて待つ…ということが大切。
本題ですが、
子どもと交わろう…という気持ちを持った大人として、
子どもには未来があります。
子どもには可能性があります。子どもの人間力を育てるために、
<大>まずは、子どもが本来持っている
自ら育つ力を信じてみませんか?
