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2016年03月01日

鶏解体ワークショップ

昨日は、岩手大学の東先生が、
農学部の学生さ3人んを連れて、鶏の解体体験ワークショップに来られました。

鶏の体の構造や合鴨との比較なんぞを説明しながら、
70度の湯を沸かして・・・
90秒湯漬けして・・・
1人1羽ずつ羽をむしり・・・
足を外し・・・


P1240418.JPG

そして解体作業。

モモ肉、手羽、胸肉、ささみ、の順に肉をとり、
ハツ、レバー、砂肝、輸卵管、の内臓系もとり、
ついでにガラとささり、ぽんじりもとりました。

以前は高校生の体験学習でも定番の体験メニューでしたが、
ここしばらくこの体験ワークショップはやっていなかったので、
本当に久々でした。

命をいただく体験メニューは、
広い視野でいろいろな配慮が必要です。

私が初めて鶏を殺めて肉をいただくという経験をしたのは、
大学生の時。この3人の学生さんと同じ年ころ。
脱サラして農的暮らしを始めた父に習って、はじめて鶏の首をはねました。
正直、震えが止まりませんでした。
こんな思いをするなら肉は食べなくていいと思いました。
(思っただけで、3日後にはまた食べ始めていましたが。)

その忘れられない(忘れてはならない)経験があるので、
昨日も初対面の学生さんということもあり、屠殺は前夜に済ませました。
(血抜きをより完全にするためにもこの方がいいのですが、
以前は、屠殺から体験メニューにしたこともあります。)

ひとくくりに「いのちをいただく体験」ということで、
最近は野生動物のジビエなどのワークショップもありますが、
いずれ屠殺作業と、解体作業は、
別段階のものとして考える方がいいと思っています。

要するに屠殺作業体験はより慎重な配慮が必要だということ。
(参加者の心情や写真撮影やその投稿などまで含めて。)

こんなことを思うようになったきっかけは、
10年くらい前に来たある高校生の言葉。

「屠殺の方は遠慮します。
屠殺していいのは、2年間鶏を毎日世話してきた生産者だけだと思うんです。
3日間、ここに来ただけの俺の体験のためなら、鶏に悪い気がするんで。」

そうか、そんな視点もあるんだな、と彼の感性にはとても学ばされました。

かといって消費者や学生さんに
屠殺体験をさせるべきではない、ということではなく、
人の命を支えてくれる食べ物としての動物たちの命が、
決して軽んじられることのない準備が大切だと思うのです。

その延長線上に
動物たちからいただいたお肉に手間暇かけてトコトン美味しく食べることが
動物たちへの最大の供養だ、という気持ちが生まれてくる気がします。

そんなわけで、
ワークショップ終了後は、
かあちゃんが大得意の鶏ハム、レバーペースト、塩麹付けなど
みんなでワイワイと堪能しました。
(話に夢中で写真撮り忘れた・・・)

   by 里山おやじ



この記事へのコメント
東先生、
とても誠実な学生さんで気持ち良かったです。フェスタスタッフにも関わってくれるとのことで、私たちの方も期待してます!また、「おいしい時間」を共有しましょう。
Posted by 里山生活学校 at 2016年03月05日 19:12
学生ともどもお世話になりました!
月イチペースでおじゃましたいと思います!
次回も楽しみにしています*\(^o^)/*
Posted by 東 at 2016年03月03日 19:30
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