「労働市場改革の経済学」八代尚宏 [2009年12月10日(木)]
昨年の「派遣切り」以降続く、雇用における正規・非正規の問題はまだまだ全く決着がついていません。現在、政府与党内では派遣法や有期雇用のルールについて検討中であり、その動向には注目する必要があります。本書は、現在の問題の中心を、正社員と非正社員の間の「労・労対立」ととらえ、その問題解決のためには労働市場の流動化が必要、としています。正規・非正規の問題の現状分析については、明確で理解できる部分が多いのですが、では、問題をどういう政策・法改正で解決するかという点になると非常に曖昧な記述になっているような気がします。 例えば、解雇規制について。著者は、「日本の「解雇規制」の問題点は、必ずしも規制が厳しすぎることではなく、予見可能性が低いことである。これは、解雇の有効性を判断する具体的な基準が、労働法ではなくもっぱら司法判断にゆだねられているためである。」と書いています。 また、「解雇権濫用法理は、1解雇の必要性、2解雇回避努力、3被解雇者の公平な選定、4組合との協議、等からなっているが、これらのうち、3と4の条件は比較的明確なものであり、問題は少ない」としています。(おそらくこの「解雇権濫用法理」は「整理解雇法理の4要件」の間違いではないかと思います。また、3と4は一般的には「人選の合理性」「手続きの妥当性」と呼ばれているものです) その上で、1については、「こうした企業経営上の判断については、個々の裁判官が責任をとれるものではなく、別の手続きの形での規制に置き換える必要がある。」としています。ところが「別の手続きの形での規制」が何を指すのか、よくわかりません。 2については、「「解雇回避努力」のかわりに「解雇補償義務」を設けよ」としています。これは「お金を払えばクビにできる」ようにすればよいのでしょうか。 これらを解釈しますと、整理解雇法理の4要件のうち、上記の3と4については維持し、1と2は廃止した上で、お金を払えばクビにできるようにしようという話かと思います。 まず単純に、この考えを法律としてどうやって実現するのですか?という疑問があります。 かつて省庁で、法律作りの作業に多少係わった者として、法制技術的にほぼ不可能に思えます。どういう条文をつくればよいのか、著者に今後明らかにしていただきたいものです。 また、より本質的には、神林先生の「解雇規制の法と経済」に詳しいように、そもそも解雇権濫用法理、整理解雇法理が発達した背景には、(所属組合による差別など)差別的、恣意的な解雇が行われた場合が多いわけですから、上記3「人選の合理性」を残すのであれば、解雇規制の強さはあまり変わらないと思いますし、その点については相変わらず裁判所に持ち込まれることになりそうです。 アメリカのように「解雇は基本的に自由」という国でも、それを補完するものとして差別による解雇について保護する法制が発達していますので、「あらゆる意味で解雇は自由」というわけではありません。著者は想定として、経営状況の悪化や、個人の生産性の低下を原因とした解雇を念頭に置いているようですが、実際には、そういった理由と、差別的、恣意的な理由による解雇の区別はつきません。だからこそ、アメリカでも「勤続年数の逆順に解雇」という誰が見ても明らかな基準による実務が発達するのだと思います。 八代先生の路線から行けば、どんなに解雇規制を緩和するにしてもアメリカ的路線が限界ではないでしょうか。つまり、「解雇は原則自由である」と法律に明記した上で、差別的、恣意的な解雇について詳細な規定をゼロからつくり直す、といったプロセスになるしかないように思います(私はそういう方向にはまったく反対ですが)。 このような疑問が浮かんでくるのですが、いかがでしょうか。解雇規制の部分は本書でもキモのはずなので、もう少し明確に書いていただければありがたいと思いました。解雇権濫用法理や整理解雇法理を批判する方は多いですが、今後は具体的な制度改正提案とセットでなければあまり説得力を持たない気がいたします。 とはいえ、参考になる部分も多くありました。制度改正論の一方の極にある考え方として、読んでおくべき一冊かと思います。 |





