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支援のスピード [2012年02月15日(水)]
震災後の子どものグリーフサポート。
5月から毎月、仙台でワンデイプログラムを開催していますが、回を重ねるごとに集まる子どもの数は増え、プログラムはパンク状態です。
月に1回のプログラムのところ、少なくとも月に2回開催しなければ、子どもたちに十分なケアが届きません。

しかし、私たちボランティアではもうすでにお金も人も限界というところまで来ていて、これ以上のプログラムの開催はできそうにありません。

とにかく、早く支援者を助けてくださいと、何度も、何度も中央に​言っているのですが、厚労省が中心となっている東日本子ども中央支援センターは今年度​は「子どもの心の理解セミナー」を2回やる計画で、年度内は子どものグリーフケアを直接やるまでにはいかない様子。

啓発講演のお題は「大規模災害が子どもの心に及ぼす影響とその対応について」だそうです。
必要性は十分にわかります。

しかし、「子どもたちに支援がまわらなくて困っているので助けて下さい」という現場の声を把握しながら、 何故、年度内は講演会だけなのか、子どもたちを抱えて途方に暮れている私たち現場の者には理解できません。

震災、1年過ぎても子どもに直接支援を届けないというのは、やはり対応が遅すぎると思うのですが、 「焦らないでください」と、中央の方には言われます。

大人の1年と子どもの1年は違います。

震災の時にお父さんの死を理解できなかった子が理解できるように​なったり。
311の後、中学2年にあがった子がもうすぐ受験生の学年になっ​たり
刻々と子どもたちの抱える問題は変化しています。

刻々と変化する子どもたちの現状にあったニーズを届けて欲しいという被災地の願いは、単なる「焦り」ではないと私は思います。

被災児の心理や震災後の子どもの反応、それらをコミュニティに理解してもらうこと、確かにそれも大事です。

でも「くくり」だけで子どもを理解する支援は限界があります。

彼女たちの名は「被災児」ではありません。
一人、一人、名前のある子どもです。

彼らは同じ痛みを抱える「遺児」ではありません。
一人、一人、違う痛みを抱える子たちです。

一人、一人、それを大事にする支援にそろそろ移っていいのではないでしょうか。



Posted by さとみ at 00:30
グリーフケア講演会in 福島のご案内 [2012年01月11日(水)]
1月17日(火) 福島市内でグリーフケアに関する講演会を開催します。

講演内容は
・大切な人を亡くした方の心理
・子どもたちの抱える問題
・曖昧な喪失
・トラウマケアとグリーフケアの違い
・喪失体験をした人に対するアプローチについてなどです。

また、会場の方々から抱えている問題を提示していただき課題をシェアしていこうと思います。

特に「曖昧な喪失:ambiguous loss」については行方不明の家族を抱えている人達の心理を理解することはもちろん、住み慣れた町が避難区域となったケース、「いつになったら帰れるかわからない」という、不確かな喪失感などにも触れます。

これら、曖昧な喪失は今までケアの前例が少なく、非常に難しい課題だと感じているところですが、みなさんと一緒に考えていければと思います。




Posted by さとみ at 23:17
謹賀新年 [2012年01月01日(日)]
本当に大変な2011年でした。

3月11日以来、涙を流さなかった日はなかったと思うくらい試練の1年でした。

年末、「こんな年で、良いお年をと言うべきかどうか迷うんだけれど」と、前置きをされつつ「良いお年を」と、色んな方にご挨拶をされました。

こんな年だったからこそ、心から「良いお年を」と思いました。

皆さんにとってこの1年が、無事な1年でありますように。
心の底からそう思います。

1年、休む間もなく走り続けてきましたが、やはり大事にすべきものは、自分自身であり、家族であり、私を支えてくれる身近な人達なのだと思います。

私を支えてくれている皆様、昨年はお世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。



今年もなんとかおせちを作れました。


クリスマスイブはファシリテーター養成講座で仕事。おまけに娘が発熱しケーキ作りは断念。チキンだけ焼いてのクリスマスでしたが家族そろってのクリスマスもお正月も本当にありがたいことです。
Posted by さとみ at 01:08
大切な人を亡くした子どもたちのグリーフケア in 仙台 [2011年12月18日(日)]
昨日、子どもたちのグリーフプログラムを仙台で開催しました。
昨年の12月から始めてちょうど1年。とても感慨深いものがありました。
遺児のケアをもっと全国で展開できればと思い、2010年の3月にオレゴンのダギーセンターへ研修へ行き、12月から仙台でプログラムを開始して、その3カ月後の3月11日には大震災という、大変なタイミングでのグリーフプログラムのスタートでした。
去年の12月には10名くらいだった子どもたちも昨日は23人の子どもたちが集まりました。
0歳から15歳まで、震災遺児もいますし、自死遺児もいます。親を亡くした子どもたち、きょうだいをなくした子どもたち、色々なグリーフを抱える子どもたちが今では集まる場所となりました。

子どもたちは、体育館でボール遊びやフラフープや鬼ごっこをして遊んだり、ゲームのお部屋ではカードゲームやジェンガなどをして遊びます。ぬいぐるみのお部屋もお絵描きの道具もあり子どもたちは自分がやりたい遊びを、自分で選んだファシリテーターと楽しみます。
仙台青葉学院短大は線路沿いにあるため、新幹線が良く見えるため、プログラムの間中、ずっと新幹線を眺め写真を撮っている子もいます。

そういう風に、自分がしたいことを思いっきりできる時間を私たちは支えます。

親を亡くしたりきょうだいを亡くした子どもたちは、家の中で「僕が(私が)がんばらなきゃ」と、我がままを言わずがんばっていることが多々あります。
彼らに「子どもでいられる場所」を作ってあげることがこのプログラムの意味でもあります。

保護者のプログラムでは保護者同士のグリーフについての話、子育ての話など色々出ます。最近、子どもが食欲がなくなった、学力が落ちた、人前では泣かないけど夜こっそり母親の所に来て泣く、亡くなった人のことを全く話さず明るくて逆に不安、などなど。

子どもたちが亡くしたお父さんやお母さんの代わりには私たちはなれません。
でも、子どもたちの力を信じ、子どもたちを思う眼差しさえあれば、私たちはサンタを亡くした子どもたちのサンタクロースにだってなれると思いました。

昨年の12月から開始したプログラム。仙台ワンデイの誕生日が12月であったことは意義深いです。これからもサンタクロースの心を持って、子どもたちの夢や希望や可能性を見守っていきたいと思います。




Posted by さとみ at 10:37
支援者の自覚 〜ご遺族・行方不明者のいる家族の気持ち〜 [2011年12月15日(木)]

<行方不明者を抱える家族、そして遺族>
大切な人を津波で流され、未だ毎日海に足を運び家族を探す人もいる中、季節は冬を迎えました。
「行方不明」という現実を私たちはどう受け止めればいいのでしょう。

多くの方々は「どこか無人島で生きているといいけど」という祈りにも似た希望をかすかに抱き遺体・遺骨の捜索をしています。

DNA鑑定で特定されるケースがまだまだあり、「ご遺族」となった方の心境は複雑なようです。

今回の震災では、沢山の方が行方不明家族の「死亡認定」を出さなければなりませんでした。
その手続きをするにあたっては、相当の覚悟と無念がありました。
「私がこの届けを出すことで、彼の死が決まるようで。私が最終的に彼を死に至らしめるような感じがする」と言われたかたもおいででした。

「遺族」となり多額の弔慰金などを手に入れることもまた、彼女達の罪悪感を助長しました。
「まるで彼の命をお金と引き換えにしたような気分になる」と。
実際にお金が入ってきて、迷惑な人はいないわけですが、その罪悪感とはいったいどれほど複雑なものだったでしょう。

周囲の悪気のない言葉もまた彼女たちを傷つけました。

「お金、結構、入ったでしょ?」
「保険金があったから生活は困らないじゃない?」
「保険金、かけておいてよかったね」
「労災認められたの? よかったじゃない」

お金というのは、なぜにこれほどまでに人の気持ちを複雑にさせるのでしょう。

震災直後は「被災者」ということで横並びだった人々は、弔慰金や保険金の額、仮設住宅の抽選結果などで徐々に差が出始めました。
震災当初は「自分はまだ他の人よりもましだ」と言う下方比較をすることにより、自分を保っていましたが、ここへきて「なんであそこのおうちだけがあんなにお金が入るのか」などの不満が顕著に表れています。

このように、私たちが想像しないところで人々は嫌な思いをしたり、傷つき体験をしています。

<当事者と周囲の気持ちのすれ違い>
当事者の気持ちを周りがいかに理解していないかということは、この震災を通して私が学んだことの一つですが、いくつか典型例をあげてみます。

久しぶりに会った人に「思ったより元気そうでよかった」と言われ、「人前では元気にしているだけなのになぜこのつらさを理解してくれないのだろう・・・」という気持ちになったり、「元気になった?」「落ち着いた?」と訊かれれば、答えようもないのだけれど、とりあえず「元気になった」と答えると、周りは「そう!良かったね!」と一方的に安心をし、また自分だけ取り残された気分になったり・・・。
「大往生で幸せだったね」と言われれば、「年老いた母を亡くすことくらいで悲しんでいてはいけない」ように思えたり。

周りの方に悪意がない分、誰かに「あの言葉は不快だった」と言おうものなら「人の善意のわからない人間」と思われそうでもあり、結局誰にも言えず、一人で抱え孤立するということになります。

行方不明者の家族やご遺族の方々を励ましたいと思う周りの気持ちはわかります。

私もそんな気持ちを抱きながらこの活動をしている人間の一人です。

しかし、私たちは彼らの悲嘆を消すことも、悲しみから救いだすこともできません。
彼らの持つ力(レジリエンス)をただひたすら信じ、ただひたすら彼らの今の気持ちに耳を傾け聞くしかないのです。
彼らが悲しみの中にいて、その状況に耐えられず、励まそうとしたり元気づけようとすることは支援者本位の言動なのだと思います。
誰の為に励ますのか?誰の為に元気づけようとしているのか?
自分が相手の悲しい顔を見たくないだけなのではないか?
「あなたの言葉に勇気づけられた」と言って欲しくて、言葉を口にしていないか?
そういう自覚をしてこそ、真の支援というのが見えてくると思います。

先日、今年1年を表わす漢字が「絆」と発表されました。

「今年、私たちは悲・哀・苦・難・災そういう1年だったのに、世の中は‘絆’だったんだ」と 色んなご遺族方々から「取り残され感じ」や失望を訴えられました。
行方不明の家族を抱えたまま年を越す方はなおのことです。

私自身、 全国の皆さまからのご支援を頂き、改めて絆を確認し心強く思った年でした 。ご遺族ももちろんそうだと思います。
しかし、それが今年を象徴する漢字かと言えば、 それは被災者を応援する人たちの心に響く感動的な漢字一文字にしかすぎないのだと思います。

色んな困難を抱え、私たちはこの地にいます。

暖かい言葉や暖かい気持ちにみんなが満たされれば満たされるほど、取り残されるあの日の記憶とあの日の延長にいる私たちがいます。

亡くなった大切な人達、行方がわからない家族、消えたふるさとの風景、がれきと呼ばれて処分される大切な思い出の品々。
それらと確かな絆を感じられるまで、もう少し時間を下さい。



9カ月経ってもあの日のあの時間で止まったままの大槌町役場。
夫が長い月日を過ごした大切な町、大槌。思い出の一つ一つが、跡形もなく消えて無くなっていました。
当たり前の日常の平和を永遠だと感じていたのは、勘違いだったのだと思い知りました。


Posted by さとみ at 22:21
被災地における教職員のうつ [2011年11月30日(水)]
昨日の地元紙で、震災のストレスから宮城県内の小中学校の教職員の約3割がうつ状態であるという報道がされました。 (宮教組・小中学校調査)
河北新報 東北のニュース/震災でストレス、教職員3割うつ 宮教組・小中学校調査


 私が震災直後から一貫して主張してきたこと。それは「教員も被災者。スクールカウンセラーを配置するのではなく、担任を2人制にした方がいい」ということでした。2人担任が無理ならせめて2クラス3人担任制というのが私の考えです。
 
学校での心のケアというと、スクールカウンセラーを配置して一安心ということが往々にしてありますが、実際は子どもの心の悩みは相談室などではなく教室の中で語られることの方が多いです。
時にそれは遊びの中で表現されたりもします。
もし、スクールカウンセラーを増員するなら、スクールカウンセラーは常に学校を巡回し、授業参観をしたり、子どもと一緒に休み時間に遊んだり、いつも子どもたちの日常の中にいて、いち早く子どもたちの異変や変化に気づけるようにするのがよいと思います。
相談室に行く子ども達というのはすでに問題が顕在化・複雑化した状態である場合が多いようです。相談室に行ってからでは遅いのです。予防的な介入が必要です。

相談室で待っているだけのカウンセラーがどれだけ被災児童の現状を把握できるのかということは、震災直後からの私の懸念でしたが、それ以上に心配だったことは、数十人の被災児童を相手に日々授業をしなければならない教員が疲弊することでした。

被災地の学校の新年度は、例年より遅く始まりましたが、始業式に辿り着くまで先生方は、自身も被災しながら、子どもたちの安否確認をしたり、家庭訪問をしたり、奔走されていました。さらに、職場である学校は地域の避難所となっており、避難された方々のお世話もしていらっしゃいました。津波で使えなくなった学校は他の学校に間借りしての始業式となりました。
学校再開までどれだけのご苦労があったことでしょう。
家をなくして避難所暮らしをされていた先生、家族を亡くされた先生も大勢いらっしゃいます。
彼ら自身が心のケアを必要としていたはずです。

学校が始まる数日前からは「子どもの心のケア」などの研修会が連日、繰り返され「被災地の教師達は研修疲れしている」とまで言われましたが、どんなに疲れていても、子どもたちをきちんと迎えるために先生方は一生懸命研修を受けておられました。

約1カ月遅れで学校が始まると、笑顔で子どもたちを迎える一方で、歯を食いしばり子どもたちと一緒に涙を流しながら「まけねど!」と復興を誓いました。
 
震災後、当たり前のことながら、子どもたちは様々な反応を示しました。
ある子どもは赤ちゃんが返りをし、ある子どもは多動となり、ある子どもは暴力的となり、ある子どもは無気力となり・・・。クラス全体がいつもとは違っていました。
 
「普段通り」ということは何一つなかったと思います。
子どもたちの通学経路、保護者との連絡方法、間借りした教室、いつもと違う子どもたちの騒々しさ、入れ替わり立ち替わりやってくる支援者達、放射能の影響・・・。通常業務に加え、これらのことに先生方は対応しなければなりませんでした。

このような状況の中で、通常の人員配置でよく今まで乗り切ったなと思うと、今回の「教職員のうつが3割」というデータは、むしろ少ないと思えるほどです。

もちろん、私の提言している「被災地における2人担任制」というのは非常にコストのかかる政策であるということは百も承知です。しかし、担任を2人つけることで子どもたちは、ケアを受けやすくなりますし、先生も1人で全てを背負わなくて良くなります。
スクールカウンセラーを1人増やすよりクラスに1人教員を増やした方が教員、子ども、双方のメンタルヘルスに良い影響を与えるに決まっているのです。
こんなに傷ついている子どもたち、こんなに疲弊している教員に対して予算をつけない理由などあるのでしょうか。私たちは彼らを救うために、そして子どもたちの未来、東北の未来、日本の未来のために投資すべきなのではないかと思います。

もしも、今の状態が東北の教育現場で続くなら、教職員の自殺を招くでしょう。
この震災で、これ以上誰も亡くしてはならないし、子どもたちにこれ以上喪失体験をさせてはなりません。子どもたちは一生分と思えるほどの傷つき体験をしました。

子どもの心のケアを考える時に、子ども達を支える保護者や先生方のケアは必須です。しかし、せっかくカウンセリングをして鬱が改善しても、元の激務の中に放り込まれては、状況はよくなりません。根本的に解決するには、これ以上先生方の疲労が重ならないように一人一人の日常業務が少しでも軽くなるような手立てをしなければならないと思います。

先生方のうつはいわば二次災害です。一刻も早い救済が行われますように。




Posted by さとみ at 01:22
311 今改めて思う 私たちが喪ったもの [2011年11月27日(日)]
年末に向け、今年の震災を振り返る取材がいくつか続いています。
その中でよく問われるのが、「311大震災は高橋さんにとってどんな震災でしたか?」ということです。

改めて、この震災が一体どんな震災であったかと考えた時に、「沢山の人が亡くなったり、町がなくなったり、そういう目に見える物をなくしただけではなくて、心の何かを破壊されたような喪失感」というのを私は思いました。

先週、宮城県の内陸にある栗原市でグリーフケアについての講演会をした時のこと、年配の男性の方が手を挙げてこんなことをおっしゃいました。
「私は家が流されたわけでもなんでもないのですが、ここにきてあの時の喪失感がボディブローのように効いてきた感じがしています」
多くの方がこの発言に頷かれていたのですが、私もこの感覚は非常によく理解できました。

人や家等、具体的に何を喪ったわけでもないのに、確かに何かを私たちは喪い、その喪失感は9カ月にもなろうとしている今でもふっと湧き上がり、私たちの心に突如、容赦なく降りかかります。

単なる悲しみでもなく、単なる切なさでもない、淋しさでもない、何と名付けようもないこの喪失感は薄れるどころか、復興が進むにつれて日に日に増していくような気さえします。私たち被災地に住む人の気持ちはあの日のまま、何か止まっているのかもしれません。

日が経つにつれ、目に見えて町は復旧し始めました。復旧が遅れていた私の町の図書館もようやく今月末に再開することになりました。
確実に日常は戻っています。
だからこそ、置き去りにされた「戻らない心」が際立つのかもしれません。

かつて世界で起きた戦争の後、若者たちの心に異変が起きました。それは暴力的な行動であったり、国外の戦争に好んで行くようなことであったり、PTSDの症状に悩まされたりとその影響は多岐に渡ります。
この震災は戦争ではありませんが、この破壊的な風景は私たちの心を日々傷つけ、心の何かを確実に壊しているような気がしてなりません。

未曾有の災害と言いながら、私たちは今までの経験に基づき、この震災が人々の心に与えるダメージを想像してきました。しかし多くの想像は、支援する側の勝手な思い込みであり、被災者やご遺族の気持ちと解離しているということが現場では多々見受けられました。
未曾有ということを甘く見すぎているのではないか?と思うことがしばしばです。

今でも思います。「3月10日に戻らないかな」と。
今でも思います。「これは何か悪い夢だったんじゃないか」と。

3月10日までこんな未来があるなんて全く想像していませんでした。でも、もう私たちは未曽有の未来を経験してしまい、新たな未知と日々向き合っています。

津波の爪痕が残るこの被災地で、あとどれくらい勇気を振り絞れば、このグリーフと和解し生きて行けるでしょう。
あとどれくらい涙をこぼせば、この途方もない心細さから解放されるでしょう。

年末を迎えるこの季節。
年が改まれば、何かがリセットされるように思えていたのは去年までの話で。
今日の延長の明日が、明日の延長の明後日が、いくつもの夜を超えてもまだまだ「被災地」から抜けられない私たちがいます。

被災地の方々が最近、よく言葉にするメッセージ。
「忘れないで」

私たちはあの日と共に生きています。






Posted by さとみ at 18:00
友人の余命 [2011年11月27日(日)]
先月、東京出張に行った時のことです。
夜の時間が空き、ふと昔の同僚のことを思い出しメールをしてみました。
震災後、1回も連絡をしておらず、どうしてるかなと「ふと」気になったのです。

「なんでお前はいつも急に連絡をよこすんだ」と文句を言いながらも、私の晩酌に付き合ってくれることになりました。

新橋駅で待ち合わせをし、彼の姿をみて私はびっくりしました。ダイエットをして16キロ痩せたという話は聞いていたのですが、病気でもしたようにげっそりと痩せてしまっていたのです。
「どうしちゃったの?がんみたいな痩せかたしちゃって!」と私は開口一番に彼に言いました。
「がんだってさ!」と、歩きながら彼は言いました。
「何、言ってんの!?」彼の横顔を見ながら笑いながら私は言いました。
「本当さ。膵臓がんなんだ。」彼は笑いながら言いました。でも確かに、それはがんを患った人の横顔でした。

私が混乱している中、食事をしながら彼はこんな話をしました。

治療は一通り終わり。
医者は余命は言わない。
膵臓がんが予後は悪いことは看護師の自分はよくわかってる。
職場の人にはほとんど知らせてない。
長くてあと、半年かなと自分では思ってる。

この大事な友がこの世からいなくなるなんて、今の私には想像もつきません。
「あと半年もたない?そんなことないよ。あなたはきっと長生きすると私は思うよ。」
そう私が彼に言った言葉は彼の為ではなく、この現状を受け止められない私自身への言葉だったと思います。

彼の為に何ができるかなと思った時に、結局、何もできないわけですが、震災太りをしてしまった私に「おまえ、それ以上太ったら、一緒に飯、食ってやらないからな」と毒を吐き、「そんな、元デブに言われたくありません!」と毒を吐き返し、ケラケラと二人で大笑いをする。そういう時間が私たちには必要なようです。

散々、毒づいたあとで、「私、あなたのことが大好きなんだ」と言ってしまったら、後から後から涙が出てきました。

どんなに、星に願いをかけても、月に祈りを捧げても、神様にだだをこねるみたいにお願いしてみても、いつかお別れの日はやってくる。

余命なんてあってないようなもので、誰でも突然死ぬこともあるわけなので、大好きな人には「大好きだよ」と言い、喧嘩をしたらその日のうちに仲直りをし、毎日を悔いなく生きること。
「その日その日を生き切ること」を大事に、命に対して謙虚に生きて行きたい。そう思った友のがんの告白でした。
Posted by さとみ at 16:47
大切な人を亡くした子どもたちのためのプログラム〜読売新聞の紹介〜 [2011年11月11日(金)]
大切な人を亡くした子どもたちのプログラム
日時:11月19日(土)、12月17日(土)13時〜16時半
場所:仙台青葉学院短期大学で開催します
参加費:無料


本プログラムは親を亡くした子どもだけではなく、きょうだいやおじいちゃん、おばあちゃん、お友達を亡くした子どもたちも参加することができます。
また、この震災だけではなく、がんや交通事故、自死などで大切な人を亡くした子どもたちも参加できます。

ボランティアのお兄さんお姉さんたちと体育館で遊んだり、ゲームをしたりお話をしたりします。おやつもあります!

保護者のプログラムもあります。宮城県外からお越しの方は交通費はこちらで負担します(要相談) まずはお気軽にお問い合わせください。



本日の読売新聞に紹介されました。



Posted by さとみ at 22:27
被災地でのグリーフ講演会 〜松島病院〜 [2011年11月07日(月)]
先月あたりから少しずつ、宮城県沿岸部での講演会が入ってくるようになりました。

11月5日に、松島町にある松島病院で、スタッフ向けのグリーフに関する講演会をしてきました。

被災者や遺族の心理、この震災における心理の特徴、そして遺族と接する時の基本的な態度や、気をつけなければならない言葉などをレクチャーしてきました。
震災後、かなりの数の講演をこなし、グリーフの啓発に微力ながら貢献しているつもりでいましたが、今回の講演はいつになく不全感に襲われました。

私自身も地震を経験し、また震災直後から相談電話・メール・遺族のわかちあい・遺児のケアプログラムなどを行って、様々なことを経験してきたように自分で思うのですが、さて、自身も被災しながら、被災者たちを支えている地元の病院スタッフの皆さんを目の前にした時に、私に語る資格があるのだろうかと思えました。
被災地真っただ中にいて、津波に被害を受けた人達の経験の上に語れる学問などないように思えたのです。

それでも、講演の後、「救われました」とか、「私の感じていることが異常ではないとわかりました」とか、「どんな風にご遺族と接したらいいかヒントを得ることができました」と、感想を言って頂け、私自身、救われました。「震災以来、久しぶりに涙が出ました」と言われた方もおいででした。

講演会の最後に総師長さんから「大変な思いをしているスタッフに、言葉をかけたいという気持ちはあるのだけれど、かける言葉がない」と涙ぐまれて質問されました。

スタッフの中には家を流され避難場所から仕事に通った人もいると言います。自分も津波に溺れなんとか生き延びた方もいらっしゃいました。そんな中で、地域の医療に全身全霊で力を注いで来られたスタッフの皆さまの責任感と、総師長さんのスタッフへの愛が心にしみました。
遺族に言ってはいけない言葉とか、取るべき態度とか、色々うんちくはあるのですが、仲間と共に絶句し涙すること、それはどんな上手な言葉より相手の心に届くのではないかなと思います。

被災しながらも地域の医療を継続された皆様に改めて心から敬意を表したいと思います。

深い悲しみの中でも、患者さんを守り、被災者をケアし。愛ある職場に感動しました。
地域にこのような病院があること、きっと松島の方々も誇りに思うと思います。

被災地の真っただ中にありながら、愛に溢れる職場を拝見しこちらが勉強させて頂いた講演会でした。ありがとうございました。





Posted by さとみ at 00:52
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