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共同思考の効果 (11/07)
teruo
共同思考の効果 (11/07)
現在、非営利ソーシャル・ベンチャー・ファンドであるアキュメン・ファンドのフェローとして、AyurVAID医院に派遣されています。場所は、インドのバンガローです。バンガロー、ムンバイ、チェンナイなどに7医院があります。 

インドの伝統医学であるアーユルヴェーダ医療は、西洋医学では根本治療が難しいとされている慢性的疾患に大変有効だと、世界的に知られています。 

AyurVAIDおよびAyurSEVA病院では、風邪などの一般的な外来治療から、潰瘍など入院を必要とする治療まで行っています。

患者層は様々です。 AyurVAID病院は、閑静な住宅街の中に位置し、富裕層の患者が主流です。 AyurSEVA病院は、スラムおよびその周辺に位置され、富裕層と貧困層の両層をひきつけています。

7病院では、アーユルヴェーダ治療を、透明かつ適正価格で提供しています。ご興味のある方は、ぜひウェブサイトをご覧ください。(www.ayurvaid.com)
600人達成! [2010年07月04日(Sun)]

キャンプも、17回目を終了し、600人を超える患者を診察した。 最近、現場で薬も売り始めたが、一週間分を低価格で売るため、飛ぶように売れている。 現在、パートナー組織が提供している健康保険では、当医院での治療は認められていないことが、とりあえずの課題だ。某健康保険会社と提携して、商品の概要は完成させたが、掛け金が高いことがネックとなって、パートナー同士が交渉している。 Horizontal Expansion (更なるパートナー探し)に集中すべきか、Vertical Deepening (現在のパートナーとの健康保険を実行に移すこと)を優先すべきか、ラジーブと話し合わなければならない。 
ヘルスキャンプが始まった [2010年05月21日(Fri)]

ヘルスキャンプが始まった。週3−4日、2人のドクターとともに、様々なスラムおよび低所得者のコミュニティーに出向き、1日平均40人前後の患者を診察している。血圧計、体重計、当医院のチラシ、診察書、栄養調査書、その他様々なものを抱え、朝6時前後に家を出る。7時ごろにキャンプ開催地に着くと、パートナーのスタッフとともに、手早く診察所を設定する。

診察時間は平均15分。まだ薬の販売の手配はできていない。9時ごろになると、人だかりが合計8人のスタッフを囲む。扇風機と電気がある会館だと、比較的疲労も感じないが、そうでないときは、脱水症状に気をつけねばならない。夕方6-7時ごろに帰宅すると、疲れて声が出ない。 猫の手も借りたいくらいに忙い。自らは、プランイングに没頭したいところだが、なかなか手が回らない。膨大な量のデータを、自らが作ったデータベースでなんとか処理しようとする。  

雨季が始まり、暑さに陰りがみえ、何とか健康を維持できている。
新たな展開 [2010年04月17日(Sat)]

4月に入り、バンガローでも、猛暑が続く。日中は、35度にもなり、道路沿いに山積みになっているごみが異臭を放つ。予定していたムンバイ移転は、様々な理由により、延期となってしまった。 ここバンガローで、以前ふれたソーシャルベンチャーとのパートナーシップが実現することとなり、私以外に誰も業務を進める人がいないことが、理由のひとつだ。

ここで、プロジェクトについて少し触れておく。某ソーシャルベンチャーは、いわばインド版人材派遣スタートアップだ。派遣する人材は、組織化されていない労働者である。多くは、清掃者、季節労働者、建設労働者などだ。このスタートアップは、登録者に対して様々な社会サービスも提供していて、マイクロファイナンスおよびマイクロ健康保険に対するアクセスも紹介・提供している。

もともとは、うちの医院を、彼らが提供している健康保険のネットワーク病院にしてもらえないか話に行った。しかしながら、入院だけしか利かず、制約が多い健康保険では、購入者数も期待以下で、提携病院マネージメントもうまくいっていないようだ。彼らは、登録者の健康を重視するというブランドを築き上げたいようだが、こういった保険商品では、目的が達成できていないとしている。日々、様々な医療アドバイスを提供するような予防医療を含めたプライマリーケアーへのアクセスを如何に提供していけるか、模索していた。話を進めていくうちに、うちの病院から、予防医療アドバイス・診察を焦点とした健康キャンプサービスを、登録メンバーにしていくプロジェクトを立ち上げることとなった。というわけで、現在、プロジェクト実行計画を、猛暑の中、淡々とすすめている。

もし、このプロジェクトが成功すれば、法人向けの予防医療キャンプの商品化の第一歩となるかもしれない。そうすれば、AyurSEVAのブランドが、AyurVAIDの補完的な役割だけに終わることがなくなるかもしれない。

つまり、こういうことだ。悲しい現実に、貧困層の医療出費はあくまでも最小限であるということがある。それゆえ、政府関係機関やNGOなどの介入がなければ、営利事業として、貧困層だけを対象として、医療サービス機関を成り立たせていくことは、かなり難しいだろう。もともと、うちの医院の経営モデルは、対象顧客の80%以上が中産階級(AyurVAID顧客)とし、薄利で良しとするAyurSEVA医院は、AyurVAIDの社会的サービスブランド確立のために存在する一面もある。しかしながら、医療サービスを、慈善および官的立場から提供する団体に対し、マーケットしていけるモデルができれば、AyurSEVAだけでも営利事業として成り立つかもしれない。そうなれば、AyurVAIDが、逆に、AyurSEVAの信憑性を向上させるための補間ブランドとなりうるかもしれない。

がらがらのAyurSEVA入院施設を横目にしながら、いったいそれはいつになるのかと、想像にふけっていた。
ダラビへ移動 [2010年02月10日(Wed)]

さて、一週間のダラビ滞在を終えて、バンガローに戻ってきた。月曜早々、CEOのラジーブに、ダラビのクリニックでの成果と今後の課題を伝えたところ、ダラビに移動しないかといわれた。アジアで最大のスラムと言われるダラビで、やるべきことは、たくさんある。数週間でこちらの仕事にめどをつけ、ムンバイに移動する日は近い。
勝負どころ [2010年02月01日(Mon)]

さて、バンガローでの生活も三ヶ月目に入り、AyurVAID医院、アパート、ジム、道端で野菜・果物を売る商人が群がる通りの行き来を繰り返す日々にも、少し飽きてきたところだ。

業務を通じて、インドの保険業界にも精通してきた。十年前の保険業界の自由化、五年前のマイクロ保険規定の導入などを通じ、貧困層にとっても、生命、健康、その他の保険商品にも手が届くようなシステムが構築されつつある。

とはいっても、インド全体で健康保険に入っている人は、17%強に過ぎず(2007年データ)、その中でも何らかのコミュニティーを基盤にした健康保険に入っている人は、25%(全体の4%)にしか過ぎない。コミュニティーを基盤にした健康保険のほとんどが、市場にある健康保険には手が届かない農民、およびその他産業に従事する組合員のためにあり、こういった人々は往々にして、一日の稼ぎが購買力平価一ドル以下の人々に属すると思われるので(インドの人口の1/3はこの極貧相に当たるとされている。また、インド国内での判断基準としてBelow Poverty Line (貧困線下)があるが、およそ3億人がBPLにあてはまるとされている)、マクロの数字だけを追いかけると、極貧相の人々のうちの10%強はなんらかの健康保険に入っているのだろうか。もっとも、比較的豊かなカナタカ州の首都市でありインドのシリコンバレーといわれるバンガローの住民の暮らしぶりを見ていると、平均して三人に一人が極貧相であるデータが本当であるには、どれだけ、オリサ、ビハール、ラジャスタン州などの農民や遊牧民の生活が苦しいのか、調べてみたくなるほどだ。

マクロ的視点はさておいて、ここバンガローでも、2005年以降、著名なマイクロファイナンス機関が、半民および民間保険会社の健康保険商品を、顧客に提供しはじめている。私の目標は、こういった、マイクロファイナンス機関と連携して、貧困層ですでに健康保険に入っている人々に、うちの医院に来院してもらうこと。これまで、さまざまなマイクロファイナンス機関の人々と話し、提携病院にしてもらえないか、また、共同で医療キャンプなどができないかなど、説得し続けてきた。さらに、うちの医院自体も、ある民間健康保険会社と提供して、貧困層を対象にした健康保険を商品化する動きが一年前にあったので、それを何とか、実現できないかあれこれ考えた。実現するためには、複雑なスキームの運営システムを構築したあと、運営する人材が必要だが、うちの医院にはそういった人材も経験もないので、アウトソースできないか、さらにパートナー探しに翻弄した。

AyurVAIDのCEOで私の直属の上司でもある、ラジーブは、バンガローの大手のマイクロファイナンス機関やNGOと、なんらかの形で提携したいらしい。会議で、医療キャンプ案、提携病院案、健康保険案、共同リサーチ案など、様々な可能性をほのめかす。私としては、マイクロファイナンス機関やNGOといったい何をしたいのか、いまいち方向性がつかめず、苦しんだ。 たとえば、外勤でマイクロファイナンス機関の人と話をし始めて、さて、具体的にどういったパートナーシップをわれわれが望んでいるのかと聞かれると、適当な路線で答えてしまっていた。帰社して、これこれについては、このような反応だったとラジーブに伝えると、<サトコ、君は、なんにでも、単刀直入にものを言い過ぎる。良いセールスマンとは、売っているものを先に見せるのではなく、相手に何が問題で、それを解決するためには、何が必要であるのか、先に認識させる必要がある。その後、初めて、われわれが、解決手段を持っていることを明らかにする。先に、共同医療キャンプはどうですかなどといっても、いらないといわれるのは当たり前だ。>と、言われたことがあった。彼の返答は、<いったい何をしたいのか、方針がいまいちはっきりしない。困る!>といってしまった後だったので、なんとなく気まずい雰囲気になってしまったが、私も彼も、何でも単刀直入にものを言うタイプ。最終的には、いろいろなことを学ばせてもらい、笑顔で会議室を出た。

いろいろな人とコンタクトを取っているうちに、バンガローで試験的に健康保険を提供しているソーシャルベンチャー団体、その団体と提携しているNGO,さらにソーシャルベンチャーコンサルティング会社に、われわれAyurVAIDがなんとなく縁があることがわかってきた。彼らのスキームがわれわれの医院のすぐ近くで運営されていること、CEO同士がお互いに知り合いであったこと、お互いの組織のサイズがパートナーとして一致していることなどだ。昨日は、相手方のCEOがうちの医院に訪れ、顔合わせをした。会話はスムーズに進み、ラジーブは会議が終わったあと、<サトコ、君のプロジェクトは何とか形となりつつある。これからは、チームとしてがんばろう。>とにっこりされ、硬く握手を交わした。今後どうなることか、楽しみだ。やっと、また、孤独な一週間が終わった。

来週から、ムンバイで最大のスラムにある、AyurSEVA病院に、一週間だけ滞在する。バンガロープロジェクトから少し距離を置いて、ムンバイでも何か発掘できないかと、わくわくしている。
バンガローでの生活 [2009年12月14日(Mon)]

インド、バンガローでの生活も三週間がすぎた。派遣先のアールユヴェーダ専門病院まで、週五日(インドは週休一日制)通勤する生活にも、ほぼ慣れた。

通勤手段は様々だが、どれも一長一短である。アパートから病院まで、徒歩では40分だが、すでに高くなりかけている日差しの中、重いノートパソコンをしょって、見境なく警笛を鳴らす車にいらだたせて、一日を始めるのは、あまりにも心身の平穏を乱す。リクシャーでは、20分ほどだが、毎日、メータではなく高値をふかっけてくる運転手と、けんか腰になって、運賃を交渉するのも、心の平穏によくない。バスだと、大回りをしなければならないため、排気ガスをもろに顔に受けながら、大通りを歩かなければならない。大通りなのに、信号がほとんどなく、途切れることのない車をかいくぐって道路を渡るのは、心臓にも悪い。 

私が到着した週は、、新しい病院がチェンナイにオープンする間近だったこともあり、病院の経営スタッフは、忙しすぎたようだ。当たり前だが、自分のことは自分でせざるを得なかった。アパート探しと、その複雑さで悪名高い外国人登録手続きから、自分の仕事内容の提案まで、すべて自己で完結させなければならなかった。

そんな中、自身に設定した目的は、これまでの、マイクロファイナンスおよびマイクロインシュアランスに関するプロジェクトにかかわったことがある経験を生かし、現地のマイクロインシュアランスグループや、NGO、コミュニティーグループ等と、パートナーシップを組み、貧困層の患者数を増やすこととした。

さらに、AyurVAIDは、インドだけでなく、世界に向けて、アールユヴェーダ医学を推進していくことをビジョンともしているため、CEOの希望により、日本の市場状況をリサーチし、バンガローの日本企業にもアプローチしていくことにも、10%の時間を費やすこととなった。

ここで、もう少し、AyurVAIDのビジョンに触れておく。ご存知のとおり、アールユヴェーダは、慢性疾患に効果的である。慢性疾患は、金持ちであれ貧乏であれ、様々な要因(多くは生活習慣によって)襲ってくる。AyurVAIDのビジョンは「アールユヴェーダ医学を西洋医学およびその他代替医学に統合させ、ホリスティックな治療提供体系を築くこと」としているが、貧困層に対しても、この目的を達成することが可能であるとしている。アールヴェーダ治療を、低価格で提供することが可能な病院運営を試みるAyurSEVAは、割安価格だが、クオリティーの高い、治療をスラム街の住人に提供しようと試みている。

仕事上、アールユヴェーダについて、深い知識を得ることは必須である。というわけで、最初にしなければならなかったのは、アールユヴェーダについての知識と経験を深めることだった。本を読み、ドクターから診断を受け、アールユヴェーダとは如何なる医学なのか、表面的ではあるが学ばせてもらった。以前から、ホリスティックおよび代替医学に興味があったこともあり、大変興味深かった。アールユヴェーダは、インドでも、北部地域だと、スパだと間違えられがちだが、れきっとした医学である。医者は、アールヴェーダ医大で、インターンを含め五年半の教育を完了しなければならない。

先週は、職場では、健康保険に関する政策や、これまでのリサーチに関する文献を読み、関係者にインタビューをしようと、苦戦中した。移動が多く、体力勝負であった先週でもあった。月曜から水曜までアキュメンのオフィスがある、ハイダイドラバッドで過ごし、昨日(土曜)は、往復10時間かけて、チェンナイの病院の開院式に参加した。、心身ともに疲れた一週間であったため、病院でマッサージを受けようと思ったら、先生から、ここはスパではないので、オイルマッサージは診断上できないとできないと断られた。風邪気味であることを伝えしまったため、アールユヴェーダオイルマッサージは症状を悪化させるからなのだそうだ。まだまだ、アールユヴェーダの真髄が理解できていない私だが、いったい、この医療を貧困層にも、広げていくことができるのか、壁は高い。

なんでも、経験して何ぼのものと思い、クリスマス休暇に、デトックスを目的としたパンチャカルマ(アルユヴェーダの治療)を予定した。オイルマッサージとスチームバスの後、下剤のようなものを飲み、下から、毒素を出す治療だ。毒素は、口から戻すことも可能だそうだが、私の場合は下からのみ。どんな開放感に浸れるのか、今から心待ちにしている。

共同思考の効果 [2009年11月06日(Fri)]

事前研修も残すところ一週間半となり、我々フェローは、抗マラリア剤を買いに走ったり、派遣先の住宅事情を交換したりと、出発前の準備に忙しくしている。同時に、残り僅かとなった他フェローと共有できる時間を、最大限に楽しもうと、自称企画係のフェローは、いろいろとアイデアを巡らしてくれている。週末はレバノン出身のフェローの太鼓判つきのレバノン料理屋で、シシャ(水煙草のようなもの)を堪能したり、サルサダンスクラブに繰り出したりした。

アキュメンの研修には、もちろん、講義を中心としたもの含まれる。ネゴシエーション、マーケティング、バリエーションなどのビジネスの基本課題については、ニューヨーク大学(New York University)やミシガン大学(University of Michigan)などの教授から集中講義を受けた。講義とはいっても、やはり学びがいを感じるのは、演習があるときだ。これだけ親しくなったフェローとはいっても、演習課題をグループで短時間で話し合い、まとめたものを発表せよとなると、議論が白熱しすぎてしまうこともある。時に、演習グループで一緒になったフェローの主張が強すぎて、イライラしてしまうこともある。 私事だが、20代前半から約10年間、米国を中心とした英語圏で、学生として社会人として過ごしたにもかかわらず、やはり、議論に入れないときがある、その後、発表の時に、他のグループが、自分の考えを説明しているのを聞いて、やはり思っていたポイントはずれていなかったと認識することは多々ある。そんなときには、人を説得するには、アイデアも大切だが、それをどう表現するかも重要であることを思い知らされる。 日々、読み書きをし、自分の考えを整理しておくことの大切さを実感している。一度考えていたことは、話しだしても流暢に出てくる。それを何回も繰り返していると、さらに言い回しにきれが出てくる。やはり、考えて、話しあって、そして時間があれば書いて、思考を進めることが、効果的のようだ。

共同で考えを進めていく効果は、グループの構成員が様々なバックグラウンドを持っていれば、さらに増す。これは、何度にもわたる演習で実感している。共同思考によって得られた答えは、各自がもともと持っていた思考の足し算ではなく掛け算の結果に値するとはよく言われるが、全くその通りだと思う。そして、この共同思考の相乗効果の大きさは、ウィキペディアやフリッカー(Flickr)などのオープンソースによる情報収集・集約法の成功でも明らかだ。これまでは、少数の専門家がフルタイムの仕事として情報を収集し、大衆に向けて発信していたが、オープンソースは、アマチュアの大衆が短時間のコミットメントで、莫大な量の情報を収集し集約させることを可能とした。

インターネットは、情報収集の革命を起こしただけでなく、もちろん、情報発信の革命も起こした。日々、代替情報交換ツールの数は増え続け、Twitter や FaceBookは伝統的なメディアが築いた情報発信の構造を崩しつつある。アキュメンも新しいツールの強みを生かして、組織ミッションを実現するために、それらをどう利用すればよいか、日々模索している。

フェローは、Twitterのアカウントを作り、ブログの手ほどきを受け、ビデオを肩にかかげ、いざ派遣先へ向かおうとしている。それぞれの派遣先で、如何なるストーリーにでくわすことができるのか、それを如何に効果的に伝えていけるのか、我々フェローは、自身に対する期待で一杯だ。 
机で勉強するだけじゃ足りない! [2009年10月24日(Sat)]

ニューヨークでのトレーニングもようやく後半に入り、残すところ3週間強となった。ここで、四・五週目の記録をまとめたい。

四週目は、マッサーチューセッツ州のベクシャーにある別荘で、さらなる集中トレーニングを行った。センターフォークリエイティブリーダーシップのリンドンと、アキュメンタレントチームディレクターのハリーとともに、演習と議論を通じて、リーダーとしての自分の可能性を模索する三日間を過ごした。グループ演習を通じて、様々な状況の下で、自分が如何にふるまうのかを自身で観察し、また、フェローからのフィードバックを通じて、自己認識を深めるのだ。 

グループ演習の一つに、興味深いものがあった。各フェローは目隠しで円になり、それぞれに4つの厚紙ピース(パズルのようなもの)が渡される。「ピースの形と色の種類の数を掛けると30になり1つのセットになっているが、44枚(11人)だと二つの色か形が欠けている。それは何色およびどんな形か」とリンドンが、我々に問いかける。各フェローは、ハリーから耳元で自分が持っている4つのピースの色を教えてもらった後、11人で話し合いながら、答えを導き出そうとする。自分の持っている色を相手に伝え、何色あるのか、いくつの形があるのか予想されるのか、確認した後、各自が持っているピースの形を「蝶のような形で真中に四角があり、その中に小さな穴がある」などと説明し、それらしき形のピースを持っているフェローは色を伝える。かなりの難関だったが、どうにかクリア。目隠しをほどいた後、誰がどのような役割を果たしたのか話し合った。また、今回リーダーシップをとったのはケビンだったが、それはなぜだったのか議論した。

夕食の料理当番制は今回も同じ。12年間料理をしたことがない、パキスタンからのアシムと、下ごしらえ専門のジョセファットと組むことになった。ブレアから、「アシムとジョセファットがくじ引きで運悪く一緒になったので、誰かもう一人いるなと思って、ええいとサトコにした。これもチャレンジよ。まあ、近くにピザ屋があるから、大丈夫。」と言われ、ここで奮起。なんとかクリアして、13人分のおなかを満足させた。ふうと。金曜に、へとへとになって、里帰りした。

五週目のテーマは、顧客の立場になって考えることの大切さを学ぶこと。月曜日は、社会サービスを受けなければならない人の視点からものを見ることを学んだ。メトロカード五ドル分、五ドル札、ニューヨーク市にあるスープキッチンや生活保護局の住所が書かれた紙を、ブレアから持たされた。「それ以外のものはすべて事務所に置いていけ」と彼女から指示を受け、各フェローはそれぞれの目的地へ向かった。私は、ニューヨーク市の中でも、治安が悪いとされるブロンクスへ向かった。住所紙を片手に、プロジェクトと呼ばれる公共住宅の近くに点在する様々な公共施設を巡る。最初にたどり着いた市営病院では、保険もIDも持たずに、血圧を測ることを試みる。たらいまわしにされた後、保険がない人がたどり着く急患の長蛇に仲間入りした。前に並んでいるスペイン語しか話せない男性は、足に鈍痛があるにもかかわらず、椅子に座ることもできず、立ったままの状態だ。病院は、症状の緊急性によって優先順位が考慮されると説明しているにもかかわらず、実行には移していないようだ。他のフェローの話によると、2時間待てば、無料で血圧、体温、採血までしてくれたそうだが、私は、一時間で断念した。

その後、スープキッチンへ向かった。三軒回ったが、すべてしまっていて、期待していたお昼は抜きになってしまった。空腹のまま、生活保護局で、ケースカウンセラーと、フードスタンプを要請する。職員に悪態を突かれることはなかったが、待合室はどこもいっぱい。人々は比較的無言で待っている。話しかけると、初めての人も結構いたり、家賃を数カ月滞納しているだけの人もいたり、失業率10%に到達しそうな勢い経済状態が垣間見れる。おなかをすかして事務所に戻った後は、ゲストスピーカーを迎えて、他のフェローと体験談を交わした。翌日の朝の9時までに、一・二枚のブログの下書きを提出せよとの宿題を掲げ、重い足を引きずり、YMCAに帰宅。なんとか仕上げた。 

ここで、私のブログ下書きを公開する。編集はしていないので、悪文をあしからず。

Where is My Soup Kitchen?

I managed to receive no social services during my seven hour endeavor in Bronx. Probably because I was just impatient, greedy or both, having tried six different places: a public hospital to check my blood pressure without ID or insurance, three church-run soup kitchens and a harm reduction center to have free lunch, and the Department of Social Services to get food stamps and register for my case counselor. I stayed at the hospital for an hour: I walked around different offices with the escort of the helpful staff, ended in a long line for emergency visit where everyone without insurance seemed to be waiting, and ran out of the time. I knocked the church-run soup kitchens only to realize that they served only certain hours of a day and days of a week. I screwed in the registration process at the harm reduction center and lost the chance to mingle with their clients. I waited for two hours at the Dept of Social Services for nothing; an expert told me that I needed to come at 8:30 am and I should have gotten at least food stamps by noon. I should have planned the whole day better so that I would not have to waste my day by waiting time in the line.

Basic medical services, shelters, food stamps, clothing, job counseling and housing assistance, to name a few, are all critical to maintain dignity if we happened to have lost our jobs, injured at work or been evicted. All these things may easily fall into our lap unless we are super lucky or privileged. So, there is the space for social services: understood. The New York City seems to make an effort to make those services readily available. Flyers on the wall at the hospital encourage that we should not shy away from demanding them. There is enough information on how to benefit from our-entitled Medicaid, food stamp and case counselor. Staff is there for us and some of them are impressively helpful. They will encourage us to read the thick and complicated application forms. We just have to fill the forms and just wait. And wait. That is all we have to do. We will be called soon as long as we keep waiting.

So, what is the problem? The problem is that there are just too many people who need that kind of assistance. “We are all on the same boat and all of us need assistance.” That was the silent voice I heard from the crowd waiting in the emergency line at the hospital. They seemed to say that “all of us are waiting for long” and “I do not know what else to do.” The patient and quiet crowd in the food stamp line at the Dept. of Social Services spoke to me when I talked to them. They were not angry at least but they were not sad, either. They were there to solve specific problems that they were facing and frustrated because of the long waiting. It’s just part of their life and perhaps will be ours in the future.

I managed to have my names and numbers called several times. The instant excitement was soon dashed away with the realization that I had to wait longer in a different room or another line. I saw the same people in the new rooms and lines. I thought they had already been served and had little idea that they too were still waiting. They looked exactly the same as before: Some staring at the wall, others the floor or the front desks.

The health counselor at the harm reduction center told me that the quality and the amount of social services that the center provided was abysmal. She said that the center had been unable to meet the demand of the people who visited the center. Among the services they provided, affordable housing was the most challenging, said she. “Everything else, especially something immediate like foods, is relatively easy to make accessible.”

So, finding a soup kitchen was supposed to be easy. The problem was that none was open for me. At the end of the day, I was just exhausted and felt helpless. I wondered how easy it would be to find my temporary shelter and case councilor if it becomes necessary in the future.

People told me that I should ask for help and wait, and I did. I knew that I was not the only one who needed assistance and I understood how others were feeling. So I kept quiet. Plus, people at the hospitals and centers looked extremely busy and I understood that their work was also stressful. So, I waited patiently. “What else can I do? At the end of the day, I found myself repeating the phrase that one of my fellow Bronxers in the line was mumbling.

アキュメンのパワーの秘密 [2009年10月12日(Mon)]

ニューヨークはすでに肌寒くなってきており、朝晩は薄手のコートを羽織る人が多くなった。出発前のパッキングの際に、夏服(インド用)と冬服(ニューヨーク用)の両方をスーツケース詰め込まなければならなかったため、重くなりがちな冬服を最低限に抑えてきた。予想外の寒さのため、貴重な冬服の中でも、十一月用にと持ってきたコートを早々と着始めてしまっていて、実際に十一月になったらどうしようか考えていたところ、他のフェローも同じ思いだったことが発覚。週末はみんなでアウトレットのディスカウントストアで買い出しに行くことになった。今週も、朝から晩まで一緒にいたが、週末も一緒に買い物とは、我々も家族のような境地に陥ってきた。

今週のテーマはアキュメン、およびアキュメンの連携組織のスタッフとの会話が中心だった。ポートフォリオチームからアキュメンポートフォリオの概要(保健、水、住宅、エネルギー、農業の5分野に区分けされた40弱の投資先)と、投資プロセス(リサーチ、デューデリジェンス、ディールストラクチャーなどの方法)を教わった。また、メッセージはストーリを通じてのモットーに基づき、コミュニケーション部のマネージャーから、ストーリテリングの手ほどきを受けた。さらに、インド・パキスタンのカントリーディレクターとの電話会議を通じて、投資先の状況についての理解を深めた。アキュメンのイントラネットのウィキシステムの使い方にも精通した。またまた盛りだくさんの一週間で、頭がパンクしそうになった。 他のフェローと競って質問を矢継ぎ早にしながらも、アキュメンの底力を改めて認識していた。 アキュメンのパワーは、スタッフの知識の深さ、情熱、何事に対しても前向きな姿勢、新しいアイディアをどんどん受け入れるオープンマインドにあるのだと再確認していた。

もっとも有意義だったのは、いうまでもなく、ポートフォリオチームからの手ほどきだった。チーフインベストメントオフィサーのブライアンからは、社会的起業に投資することの意義、なぜ譲渡ではなく投資にすることになったのかの経緯を教わった。

ここで、アキュメンの運営形態に精通していない方々に一応説明しておくが、アキュメンはあくまで非営利の団体であり、慈善目的に譲渡された資金を、途上国の社会的起業に投資(現在の全体の割合でEquity<Non-majority> 60%, Debt 40%)している Social Venture Capital だ。投資によりリターンを生むことを目的とするのではない。キャピタルマーケットに手の届かない起業家・事業の資金調達能力とマネージメント能力を高めることにより、持続可能で効率的に、貧困層に対して社会的サービスを提供することを目的としているのだ。 途上国のいわゆる貧困層の自己実現の底力を認識し、マーケットという相互アカウンタビリティーのシステムを利用して、貧困に起因する様々な社会発展の限界をマイクロレベルで取り除こうとするのだ。いわゆる援助ビジネスで問題となっている、依存文化を助長することを拒み続けるアキュメンは、非営利の開発援助機関として、独自のやり方を模索しつづけている。

さて、ここで、読者の方々にとっても大変興味があると思われる、アキュメンのポートフォリオマネージメントの内容を少し披露する。エネルギーポートフォリオマネージャーのラジは、リーマン出身。10年以上のキャピタルマーケットの経験を持つ。ボスの仕事を10年後したいかどうか自問し続けたところ、答えはNO。その後、アキュメンを見つけた。エネルギーポートフォリオは2006年9月にできたばかり。アキュメンにとっては、比較的新しい分野だが、ラジは長年の経験を生かして、アキュメンの「低価格でクリーンなエネルギー」のモットーに基づいたサービスを提供する起業家・事業への投資を、ニューヨークオフィスから管理している。エネルギーポートフォリオには、Biofuel, Biomass Gastification, Household Solar(LED), Micro-hydro などの技術を使ってエネルギーを提供するスタートアップなどが考慮される。現在では、LEDのマーケティングを担うDelight がもっとも勢いがあるようで、今年は、二人のフェローがタンザニアとインドに派遣される。 (ガーナ出身のスレーはインドに、アメリカ出身のケビンはタンザニアに派遣予定。)

Water Portfolio Manager のマークは、投資先のパフォーマンス(ファイナンシャルと社会的インパクトの両方)をシステマチックに分析するデータベースPULSEを1から構築した秀才。アキュメンとつながりは、ボランティアから始まり、現在では、Portfolio Manager まで昇進した。 公共衛生とビジネスの経験を生かして、安全な飲み水、公衆衛生(トイレサービス)などを提供する事業への投資をニューヨークから管理している。

Health Portfolio Manger のオマーはInternational Finance Corporation (IFC)での経験を生かして、アキュメンで最も規模が大きいHealth Portfolio を管理している。 斬新なプライシングモデル(cross-subsidy など)と画期的なデリバリーシステム用いて、低価格な医療サービス(緊急医療サービスも含め)を貧困層に提供する、起業家・事業への投資をニューヨークから管理している。

アキュメンキャピタルファンドをマネージメントするシャイブから、さらなるファイナンス授業を受けた後、我々フェローと若手のスタッフは近場のバーのハッピーアワーへと流れた。一週間が終わった。帰途につくアキュメンのスタッフの背中には、これから待っている仕事の量の重さと、待ち受けている困難などを微塵も感じさせない、楽しげでカジュアルなオーラだけがあった。
よい社会についての議論 [2009年10月03日(Sat)]

今週一週間は、アップステートニューヨークで緑に囲まれながら、研修を行った。アキュメンのチーフマネージメントオフィサーであるアンの別荘は、映画に出てくるような洒落たたたずまい。石造りの暖炉を囲む居間、12人が食事できる長いテーブルがあるダイニングスペース、なごやかな光が差し込むキッチンの間にらせん階段がはしり、それぞれのベッドルームに導いてくれる。200エーカーの土地、プール、ジャグジー付きの六角形のお宅で、12人が狭さを感じることなく共同生活を行った。マンハッタンから二時間少々のドライブの距離で、このような別荘を持つためには、かなりの資産家でないと無理のようだ。

一・二日目は、能力開発チームのディレクターであるハリーと、フェローシッププログラムマネージャーのブレアを交えて、現在の自分をより深く理解し、将来の姿を想像する実習を行った。終始一貫、和やかな雰囲気だった。振り返ってみれば、この二日間は、三・四日目の大イベントに備えた、ジョギングにしか過ぎなかったのだろう。他のフェローと、実習、食事、料理を共にし、星を眺めるジャグジーにつかりながらも、私を含め数人のフェローは、密かに課題図書を読み進めているようだった。

そして、ついに三・四日目が来た。アキュメンの創設者・CEOである、ジャックリーンを囲んで、朝から晩まで、課題図書について議論した。ジャックリーンはソクラテス手法で、フェローひとりひとりの道徳観、倫理観、世界観を聞きながら、プラトーからハヴェルに至るまでの歴代リーダーの考え方を説いていく。議論のテーマは、よい社会(Good Society)。 ジャクリーンは、理事会から、フェローとリーディングする時間を最小限にしてほしいと再三言われているが、いくら忙しくてもこの時間だけは削除することができないと言っているのだと説明した。フェロープログラムの根幹は、道徳観、倫理観をジャックリーンとフェローと共有し、その過程で築き上げたそれぞれの社会発展のヴィジョンを、ビジネス手法を手段にして、フィールドで実現化する努力を体感することあるのだ。

課題図書の紹介に入る前にここで、フェローを4人ほど紹介する。(残りのフェローは、次回のブログで行う予定。)

スレー(ガーナ出身)
ガーナでの電子工学分野の経験と、取りたてのMBAを生かして、太陽発電LEDランプの販売促進を行うD. light Design(インド)での研修を予定している。将来はガーナで起業を志す。戦略家で野心家だが、素直で正直な一面も持つ。この10月に初めてパパになるので、密かに出産に立ち会うことを心待ちにしている。得意料理:ガーナ風ピーナッツバタースープ

ジョセファット(ウガンダ出身)
地方コミュニティー開発プログラムの経験と、持続可能な開発の修士号を持つ。道徳観に満ちた情熱家。普段は物静かだが、話し出すとかなりの雄弁家になる。研修は、ケニアで持続可能な農業運営を低所得農家に推進するWestern Seeds で行う予定。小さいころは、ろうそくの下で勉強し、初めて電気を見たときの面白いストーリーを展開してくれた談話家。台所に入ったことは長年ないと言っていたが、どうやら料理に大変興味があるらしく、料理係のフェローに、手伝うことはないかと尋ねまわっていた。

ガムチライ(ジンバブエ出身)
ジンバブエで、青年企業家を育成する事業を運営していた一児の母。研修は、糖尿病網膜症治療を低価格で提供するUpper Hill Eye and Laser Center (ケニア)で行う予定。落ち着いた物腰で、議論に、常に、アフリカからの視点を提供してくれる。知識にと正義感に満ちている。得意料理:ジンバブエ風ビーフシチュー

サラ(ロサンゼルス出身)
LAでNPO系の住宅開発コンサルタントを四年半していた。彼女は、パキスタンで低所得層に対して住宅を提供する営利を目的とした住宅会社AMCで研修をする予定だ。帰国後は、大学院に行くことを考えている。背の高さと堂々とした話しぶりも手伝い、彼女のプレゼンスは目を引くものがある。自分の道を信じて突き進む迫力には圧倒される。
得意料理;ベガン野菜の照り焼き、カボチャサラダ。

さて、課題図書の話に戻る。 各課題図書は、1ページから30ページほどの抜粋のみだが、二日間で、23人のリーダーの考え方を垣間見た。課題図書は以下の通り。

Good Society Readings

Rights and Responsibilities
 The Universal Declaration of Human Rights
 Martin Luther King, Jr., Letter from Birmingham Jail
 Aung San Suu Kyi, A Culture of Peace, Democracy, and Human Rights
 Fareed Zakaria, A Conversation with Lee Kwan Yew

Liberty and Social Order
 Isaiah Berlin, Two Concepts of Liberty
 Wendell Berry, The Contrariness of a Mad Farmer
 Simon Bolivar, The Angostura Address
 Niccolo Machiavelli, The Prince
 Thomas Hobbes, Leviathan
 Langston Hughes, Democracy

Equality and the Quest for Social Justice
 Nelson Mandela, Long Walk to Freedom
 Karl Marx, The Communist Manifesto
 Tillie Olsen, Oh Yes
 Rousseau, Social Contract
 Alexis de Tocqueville, Democracy in America

Community and the Search for Humanity
 Bible: Genesis
 Rachel Carson, Silent Spring
 The Four Noble Truths or the Basic Doctrines of Theravada Buddhism
 Vaclav Havel, Philadelphia Liberty Medal
 Amin Maalouf, On Identity
 Binyavanga Wainaina, How to Write About Africa

Property and Productivity
 Idn Khaldum, The Muqaddimah
 Arthur Okun, Equality and Efficiency: The Big Tradeoff
 Plato, Republic
 Amartya Sen, Development as Freedom

15時間にわたる議論の中で、彼ら彼女らが、人間の本質を悪としたのか、善としたのか、さらに、利他または利己主義としたのかを議論した。さらに、彼ら彼女らが説いた、道徳、正義、自由、平等、人間性を理解しようとした。その過程で、各フェローが如何なる社会を築きていきたいのか、どのリーダーの考え方に共感するのか意見を交わし合った。さらに、まったく異なった文化と場所で育ったフェローが、世界観・価値観を共有し合った。ジャクリーンは、その透きとおった響き渡る声で、ネルソンマンデラの、またはキング牧師の残した有名なセリフを読み上げ、彼らがなぜ、法を犯してまでも、正義を獲得するよう同志に訴えたのか、その理由を我々に問いかけた。

最終日は、各自疲れモードで(前日に夜中の2時まで、夜に強いフェロー間でジャグジーにおいて、再び議論を展開したこともあり)、足をひきずりながら、マンハッタン経由でフラッシングまで帰ってきた。一週間が瞬く間に過ぎた。駅のホームで、週末を別の場所で過ごすフェローと別れる時には、なぜか妙なさびしさに襲われた。

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