バイオグラフィ
| 1964/4 | 兵庫県姫路市に生まれる
散髪屋と駄菓子屋しか店が無いような村で、山・川・田んぼで遊び育つ 姫路市立砥堀小学校(4年まで) |
| 1988 | 京都教育大学 特集美術科卒業
渡印、石造遺跡や国際彫刻シンポジウムなどを視察 インド人に「お前の英語はヘタクソだ」とバカにされる |
| 1989〜 | 帰国、かさおか石彫シンポジウムにて彫刻家としてデビュー
以後、全国区の彫刻コンクールにて入選多数 野外彫刻→環境造形へと関心が移る。 パブリックアートという概念に出会い、パブリックに興味を持つ |
| 1998〜 | 自分自身とアート、アートとパブリック、アートと社会などの関係を問い直しはじめ、日本のパブリックの未成熟に気付く。
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| 2002〜 | これまでの活動を精算
活動拠点を倉敷に移し、主夫をはじめる シュタイナー教育に興味を持ち、土曜教室へ参加、美術・工芸の講師をはじめる 倉敷市文化振興財団ソサエティ21の公募委員に |
| 2003〜 | 倉敷まちづくりネットワーク入会、まちづくり活動をはじめる。倉敷市長選挙公開討論会、GREENDAY、などに参加
世古一穂@まちづくり人材養成講座にて協働のまちづくりに出会う。フォーラム実行委員会 副委員長。市民活動交流ひろば実施。後のフォーラムフォロー委員会、くらしきパートナーシップ推進ひろば設立準備会へとつながる |
| 2005〜 | 遊び場を考える会に入会、プレーパーク活動をはじめる
ワークショップの仕事をはじめる 市民企画提案事業にて市民活動☆交流ひろばを実施。単発イベントの限界を超えるためのスキルやノウハウ不足を感じ、学習期へ入る。 |
| 2008〜 | まっとうな中間支援組織設立へ向けて、活動を本格化 |
| 2009〜 | 倉敷芸術科学大学にて、彫刻演習Vーbを担当 |



