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「テレビ出演させたい元SMAPの3人」―公正取引委員会 ジャニーズへ注意― [2019年07月23日(Tue)]
「テレビ出演させたい元SMAPの3人」
―公正取引委員会 ジャニーズへ注意―


あまりテレビを見ないので、恥ずかしながら、SMAPというグループについて、よく知らなかった。そのSMAPが、国民的アイドルとしていかに影響力をもつ存在であるかを知らされたのは、2020年東京パラリンピック大会を盛り上げる活動を通じてである。

日本財団は2015年5月、パラリンピック競技団体(28団体)の体制整備やパラリンピックスポーツの普及啓発を目的に「日本財団パラリンピックサポートセンター」(パラサポ)を設立した。SMAPは、そのパラサポの活動を、じつに精力的に支援してくれたのだ。例えば、2015年11月、東京・駒沢オリンピック公園で行われた「パラ駅伝 in TOKYO 2015」にはSMAPのメンバー5人がそろって参加してくれ、障害のあるランナーと健常者ランナーがたすきをつなぐレースやブラインドサッカーの体験などに汗を流してくれた。この数日間のイベントは入場券が一万数千枚で札止めの盛況となったほどだった。

2016年末にSMAPは解散し、メンバー5人のうち稲垣吾郎さんと草g剛さん、香取慎吾さんの3人は翌2017年9月、所属していたジャニーズ事務所から独立した。それでもSMAP時代からの取り組みを忘れることなく、パラサポの特別サポーターとして活躍し続けてくれている。3人は国際パラリンピック委員会(IPC)の特別親善大使に任命された。熱心な活動に対して、パラサポや筆者が会長を務める日本財団には、彼らのファンからたくさんの激励の手紙が寄せられている。3人の活躍なくして「パラリンピック」の認知度が今ほど上がることはなかったと筆者は思う。

ところが、である。まことに不可解、どうにも納得できないことが起きた。絶大な国民的人気を誇っているはずのこの3人がテレビから消えてしまった。ジャニーズ事務所との契約終了後、3人のテレビ出演はコマーシャルを除いてゼロになってしまったのだ。そして、ジャニーズ事務所が民放テレビ局などに、SMAPの元メンバー3人を出演させないよう圧力をかけた疑いが浮上したのである。

東京パラリンピック大会まであと1年に迫った今こそ、元SMAPの3人が、自ら体験したパラリンピックの各競技種目について、あるいは障害者スポーツで頑張る選手たちの姿をテレビで語ってくれたら、東京パラリンピック大会はさらに盛り上がるだろうに。そんな期待を壊してしまう深刻な事態だ。

ジャニーズ事務所の圧力≠烽ウることながら、テレビ局の姿勢にはあきれてしまう。日ごろ「報道の自由」を金科玉条にしているはずの各テレビ局が、国家的イベントである東京パラリンピック大会の成功よりも、多くのタレントを擁するジャニーズ事務所の意向を忖度したとしか思えない。公正取引委員会はジャニーズ事務所に対し、独占禁止法への違反行為は認められないものの、違反につながる恐れがあるとして注意したという。これはジャニーズ事務所が、SMAPの元メンバー3人を出演させないよう各テレビ局に圧力をかけたことを物語ってはいまいか。

7月18日の日本テレビ系の番組「スッキリ」の司会、加藤浩次さんは「ジャニーズ事務所に限らず(芸能界では)周知なんですよ。大手の事務所を独立したタレントは何年かテレビに出られなくなるのは、見ている方も気付いていると思う」と勇気ある発言をしていた。また、こうした実態について、「芸能界、テレビの歴史の中で当たり前のように扱っているが、今の時代おかしいんじゃないかっていう部分もある。業界が変わるきっかけになれば」と話していた(7月19日付産経新聞朝刊から)。

視聴率を1%アップするためにしのぎを削る各テレビ局が、根強い人気をもつSMAPの元メンバーを 2年間も出演させないこと自体が異常である。「出演の可否は独自の判断で決めている」「ジャニーズ事務所からの圧力はなかった」などとするテレビ局側の白々しいコメントを信じる視聴者など、どこにもいないだろう。独禁法違反につながりかねない状況を公取委が確認したのであれば、各テレビ局も謙虚に事実を認めるべきである。東京パラリンピック大会を成功させるためにも、早急に3人のテレビ復帰を実現させてほしいものだ。

【私の毎日】7月22日(月) [2019年07月22日(Mon)]
7月22日(月)

7:10 財団着

10:30 社会貢献支援財団・表彰式・祝賀会 挨拶

14:30 秋元諭宏 笹川平和財団USA理事

15:00 青パト車両助成事業打合せ

16:00 寺島紘士 元笹川平和財団参与

16:30 丸山研一 日本舶用品検定協会会長

17:00 Ziran Education Foundation 畢成(Mr.Bi Cheng)氏
  
18:30 外務省との懇談会 於:日本財団ビル
「インパール平和資料館」―今年はインパール戦75周年― [2019年07月22日(Mon)]
「インパール平和資料館」
―今年はインパール戦75周年―


6月22日、インパール平和資料館開館式に出席して短いスピーチをさせて頂いた。

この資料館建設は、インパールでの連合軍と日本軍の激戦で両軍及び現地の方々も多数犠牲になり、是非、未来志向の平和資料館建設に日本財団の協力を得たいとの平松賢司駐インド大使の依頼もあり建設に協力したもので、助成金額は約5050万円であった。


6)インパール激戦地のレッドヒルの麓に完成した平和資料館.jpg
インパール激戦地のレッドヒルの麓に完成した平和資料館


沖縄戦と平和をテーマにした沖縄・南風原文化センターの元センター長・大城和喜氏も、再三、笹川平和財団の研究者と共に現地に入りし、資料館のあり方や展示方法などについて協力して下さった。銃や兵士の遺品を収集しているが、単なる戦争博物館でなく、当時のインパールの方々の生活文化を再現したコーナーもあり、開館式の出席者からも高い評価を頂いた。

10)完成した資料館の中にはご遺族から提供された品物も多く含まれる.JPG
資料館の中にはご遺族から提供された品物も多く含まれる


日本と英国の交流を深める目的で1985年、グレイトブリテン・ササカワ財団が設立された当時、英国の反日感情は強く、特にミャンマーで捕虜となったイギリスの兵士たちを中心にした英国の在郷軍人会は、収容所で虐待され木の根まで食べさせられたなどと殊の外、反日感情が強烈であった。

当時、グレイトブリテン・ササカワ財団の東京事務所長であった仙石節子女史は、イギリス在住の平久保正男氏の協力を得て、これら反日運動家の和解活動に尽力して下さり、確か6〜7年間にわたり毎年5〜6名が来日してビルマ戦生き残りの旧日本兵との交流を行った。

反日感情の主な原因は
@ 虐待した日本兵は何の処罰も受けていない。
A 収容所は極端な食糧不足で、木の根まで食べさせられた。
―という内容であった。

多くの日本兵が無実の罪、例えば「渡辺」という男に虐待されたとの証言だけで、たまたま名前が一緒だった別人が処罰されるといったケースも多くあったようだが、いずれにしても英国在郷軍人会のメンバーの多くは極東軍人裁判が行われ多くの日本兵が処罰を受けた事実さえ知らなかった。

来日したイギリス在郷軍人は、食糧難の中で日本兵もイギリスの捕虜も同じ状態だったことを理解し、両国兵士の和解を記念する事業を行うことになった。検討の結果、イギリス・日本両国で出版されたビルマ戦線に関する書籍を収集、ロンドン大学、アフリカ・アジア研究所に寄贈し事業は成功裡に終了した。先般イギリスを訪れた折、立派に整理されたこの図書室を確認することができた。

ちなみに日露戦争では約7万人のロシア兵が捕虜となり、うち約6000人が収容された愛媛県の「松山俘虜収容所」では、村人が自身も栄養失調だったにもかかわらず、金網の外からロシアの捕虜に食べ物を差し入れるなど心のこもった接遇をし、帰国したロシア兵から「日本女性を妻にしたい」といった数十通の手紙がお茶の水のロシア聖教会のニコライ牧師に届いた。日本財団では以前、ニコライの日記をロシアで出版しており、こんなエピソードを知る機会もあった。

戦争は全て悲惨である。とりわけインパール作戦は戦略もなく、大東亜戦争の中でももっとも悲惨な戦いであった。英国在郷軍人会との交流やロシアの捕虜をめぐる思いなど様々な経験もあって、未来志向の平和を希求する記念館建設に協力させてもらうことになった。以下は開館式の私のショートスピーチです。

8)安倍総理の「平和」墨書の前で平和記念館開館式のスピーチ.JPG
平和記念館開館式でスピーチ
背景の書は安倍総理が揮毫されたもの


****************


戦没者の尊い犠牲の上にかけがえのない今の平和があることを心に留め、私たちの平和な社会を守成していく義務があります。これが、私がインパール平和資料館建設を支援した時に込めた衷心からの想いです。本日お集まりの皆さまと本資料館の開所をお祝いできるのは大きな喜びです。そして先月インパール戦争戦没者共同墓地を訪れた際、先の戦いで亡くなった御霊の前で、この決然たる想いをお伝えしました。

私自身も、紅蓮の炎に包まれた東京大空襲を奇跡的に生き延びた者としての戦争経験があります。その時以来、私は戦争の記憶をしっかりと心に留め、誰もが平和で安心して暮らせる世の中を実現したいと切に願ってまいりました。

時を同じくして、インパールの戦いにおいては、ここマニプール州のカングラトンビ、コヒマ、そしてレッドヒルで凄惨な戦闘が繰り広げられました。

突然、戦禍に巻き込まれ亡くなった罪のない市井の人々。
愛しい人達を祖国に残し戦陣に散った人々。
飢えや病気に苦しみ命を落とした多くの人々。
そのひとりひとりに家族があり、人生があり、未来がありました。
この事実に思いを馳せる時、胸が締めつけられます。

インパール平和資料館は、この悲しい戦争の記憶を深く心に留めると同時に、平和な世の中を次世代に繋いでいくための懸け橋となるでしょう。資料館には、インパールでの戦いを生き延びた方々から寄贈いただいた手記や写真など当時をうかがい知る貴重な資料などが展示されています。

そして、この額に納められた「平和」の書は、未来の平和に対する揺るぎない希望です。これは、積極的平和主義を強く掲げられている安倍晋三・日本国内閣総理大臣が揮毫下さいました。

幾万の方の想いが込められたこのインパール平和資料館が、過去と未来を繋ぎ永久(とこしえ)の平和へと続いていく懸け橋であり続けることを心から期待しております。

ありがとうございました。



【私の毎日】7月19日(金) [2019年07月19日(Fri)]
7月19日(金)

11:30 財団着

12:30 野崎洋平弁護士

13:00 18歳意識調査勉強会

15:00 紺綬褒章受章者への褒状と褒章授与

19.07.19 紺綬褒章授与 田中梢.JPG
紺綬褒章授与式
田中梢様より2000万円のご寄付をいただきました
大切に使わせていただきます


18:30 板野裕爾 NHK専務理事
産経新聞【正論】「新日英同盟」を積極外交の柱に [2019年07月19日(Fri)]
「新日英同盟」を積極外交の柱に


産経新聞【正論】
2019年7月4日


 日英両国が争ったインパール作戦の地に日本財団の支援で「平和資料館」が完成し、先月22日、開館式に出席。75年後の平和な姿を前に、近年、新たな動きを見せている「新日英同盟」について思いを新たにした。

 ≪平和は兵士の犠牲の上に成立≫
 日英両国はユーラシア大陸の両端に位置する海洋国家であり、ともに米国と同盟関係にある。米国の影響力に陰りが見られ、中国、ロシアの攻勢が目立つ中、日英関係がより強化されれば、日米英3国の同盟関係だけでなく、世界平和に対する日本のプレゼンスも高まりアジアの安定にも寄与すると考えるからだ。
 
 平和資料館はインド北東部のマニプール州インパール市の近郊に完成し、開館式には地元や日英両国の関係者が出席。「現在ある平和」が戦場に散った兵士ら多くの犠牲の上に成り立っていることを互いに確認し、駐インド英国高等弁務官のドミニク・アスクイス氏は「今や英日両国は国家レベルでも個人レベルでもパートナーとして協力し合う関係になった」とあいさつした。
 
 インパール作戦は1944年3月に日本軍が開始、4カ月後に中止した。3万人の日本兵が戦死、4万人が戦病死したとされ、勝利した英国も大戦後の独立運動の盛り上がりでインド、ビルマ(現ミャンマー)など植民地を失った。英国の歴史家アーノルド・トインビーは一連の戦争を「日本が200年の長きにわたってアジア、アフリカを支配してきた白人の帝国主義、植民地主義に終止符を打った」と位置付けている。
 
 日英同盟は1902年、ロシア帝国の極東進出に対抗して締結された。以後、日本外交の柱となり、世界の7つの海を支配した大英帝国と対等の同盟を結んだことで日本の国際的地位も高まった。しかし、両国関係の悪化で23年に失効した。維持されていれば、第二次大戦に至るその後の歴史は違った、との指摘もある。

 ≪明治・大正期の日本外交基軸≫
 第一次世界大戦中の17年3月には、同盟に基づく英国の要請を受け、旧日本海軍が地中海の海上交通の要衝マルタに巡洋艦1隻、駆逐艦8隻を派遣し、ドイツの潜水艦Uボートによる攻撃から連合国軍の輸送船団を守った。魚雷攻撃で沈没した英国輸送船の乗員ら3千人を救助するなど、「地中海の守り神」とも言われた。

 その中で駆逐艦「榊(さかき)」がUボートの攻撃で大破し、艦長以下59人が戦死。首都バレッタの英連邦軍墓地の一角には戦病死した12人と合わせ計71人の慰霊碑がある。近くの海事博物館には「マルタにおける日本帝国海軍」のコーナーもあり、市内の広場に並ぶ日本海軍兵士の写真などが飾られ、2017年5月、「日マルタ首脳会談」に出席した安倍晋三首相も慰霊に訪れている。

 世界の覇権が米国に移る中、英国は1968年、スエズ以東からの英軍撤退を表明した。しかし、欧州連合(EU)からの離脱が決まって以降、インド太平洋地域の安定に積極的に関与していく方針に転換。2017年8月にはテリーザ・メイ首相が訪日、安倍首相と「安全保障協力に関する日英共同宣言」を発表し、日英両国の関係をパートナーの段階から同盟関係に発展させる方針を打ち出した。以後、陸上自衛隊東富士演習場での英陸軍と陸自の共同演習など活発に防衛交流を進めている。

 世界の歴史はしばしば、米国や日英両国など海洋国家(シーパワー)とロシアや中国など内陸国家(ランドパワー)の対立の視点で論じられてきた。本格的な分析は専門家の研究に委ねるが、明治から大正にかけた日本外交の基軸は英国であった。新日英同盟ともいえる両国の関係強化は、変化が激しい国際情勢に対応するための選択肢を増やし、日本にとっても英国にとっても利益となる。

 安倍首相は大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議のため来日した中国の習近平国家主席との会談で「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と今後の改善の加速に意欲を示し、習国家主席も「新時代にふさわしい中日関係を構築したい」と語った。

 ≪英国で高まる日本の再評価≫
 新しい日英関係は、スエズ以東に当たるインド洋、太平洋など幅広い地域で安全保障だけでなく、地球温暖化や海洋安全、災害対策など幅広い分野での両国の協力に道を開く。結果的に米国の影響力を強化し、日中、日露外交に有効に機能するだけでなく日本がシーパワーとランドパワーの調整役を担う可能性も出てこよう。

 英国では近年、「日本は第一次大戦で重要な役割を果たした」といった日本再評価の高まりが見られるという。インパール作戦は日本で長く、「史上最悪の作戦」と語り継がれてきた。その後のインドの独立や今回の新日英同盟の動きを前にすると、「(歴史の)禍福は糾(あざな)える縄の如(こど)し」の思いを強くする。世界の平和、ひいてはアジアの安定のためにも日英の関係強化を通じ、より積極的な外交が展開されるよう望む。
(ささかわ ようへい)

【私の毎日】7月18日(木)帰国 [2019年07月18日(Thu)]
7月18日(木)帰国

6:35 ミャンマーより、成田着

8:18 財団着
    書類整理、打合せ

14:00 田中明彦 政策研究大学院大学学長 

【私の毎日】7月17日(水)ミャンマーへ [2019年07月17日(Wed)]
7月17日(水)ミャンマーへ

0:05 羽田発

4:15 バンコク着

7:55 バンコク発

8:50 ヤンゴン着

9:30 ミン・アウン・フライン国軍司令官

12:15 平野喜幸 れんげ国際ボランティアヤンゴン事務所所長と昼食

15:00 丸山市郎 在ミャンマー日本国特命全権大使

18:00 ミン・アウン・フライン国軍司令官と夕食

21:45 ヤンゴン発、成田空港へ
「中国の小話」その192―これが米中貿易戦?!― [2019年07月17日(Wed)]
「中国の小話」その192
―これが米中貿易戦?!―


中国にも日本の落語に出てくる「熊さん」がいる。

中国の熊さんが知識人に聞いた。
「米中貿易戦争が始まったというが、先生、本当かい?」

先生:「本当だよ。」

熊さん:「そうかなぁ。だってアメリカの戦争相手は主に(ZTE/中興通信)、華為(ファーウイ技術)、大疆(DJI創新科学技術)だよ。」

先生:「その通り、熊さん。いやに勉強しているね。」

熊さん:「それなら先生、3社とも深圳市で生まれた企業だから、アメリカと深圳の戦争ではないのかね。」

先生:「???」


【私の毎日】7月16(火) [2019年07月16日(Tue)]
7月16(火)

7:05 財団着

7:30 障害者就労支援プロジェクト「はたらくNIPPON!計画」打合せ

8:30 岡野正敬 外務省国際法局長

9:00 天城 一 社会貢献支援財団専務理事

10:00 理事会

13:00 平垣内久隆 内閣府総合海洋政策推進事務局長
   
13:30 大坪新一郎 国土交通省海事局長

14:00〜15:30 経済週刊誌「エコノミスト」インタビュー

15:30 森美樹夫 アフリカ開発会議(TICAD)担当大使

16:00 河津邦彦 外務省欧州局参事官

20:30 自宅発

0:05 羽田発、ミャンマーへ
「0泊3日の弾丸出張」―ミャンマー国軍司令官と会談― [2019年07月16日(Tue)]
「0泊3日の弾丸出張」
―ミャンマー国軍司令官と会談―


今夜20時間30分、自宅発。

0:05 羽田発。
    バンコク経由、ヤンゴン着は早朝9時。

国軍司令官と会談し、その日の夕刻、ヤンゴン発。

18日早朝、帰国。