「ネイチャーに紹介される」
―私の著作―
ハンセン病関係のブログが連続して誠に恐縮ですが、大きな出来事でもあり、お許し願いたい。
「ネイチャー」は1869年にイギリスで創刊された世界的権威のある学術雑誌として有名である。
私の著書『残心』が英文翻訳され、5月にイギリスのハースト社からは発売される。それに先立ち、ノバルティス財団のAnn Aerts氏が「ネイチャー」に書評を投稿された。
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「No Matter Where the Journey Takes Me」:
ハンセン病のない世界を目指すある男の探求、笹川陽平
ハンセン病終焉にむけた探求
古代からの病気であり人権問題であるハンセン病との闘いの物語を称賛
ハンセン病は記録ある病気の中で最も古い病気の1つです。マイコバクテリウム・レプラ菌によって引き起こされ、何千年もの間に多くの人々に影響を及ぼしました。 そして、身体的症状を伴う慢性疾患として、ハンセン病はスティグマと疎外の根源となってきました。ハンセン病患者、回復者のために熱心な支援を行う慈善家の笹川陽平氏は、それを「人類の歴史の中で最も古くから続く人権問題」と呼んでいます。
笹川氏の著書 である『No Matter Where the Journey Takes Me』は、氏の60年近くに亘る、病気と差別に対する奮闘を綴った感動的な物語です。この長年に亘る活動にも関わらず、世界では推定300万人がハンセン病による障害を抱えて生活しています。この本は、ハンセン病のない世界のためのスローガンです。
笹川氏は20代の頃、父親がハンセン病に感染した男性に手を伸ばしているのを見たことを書き留めています。その経験は彼がこの病気を打ち負かすことへの個人的なコミットメントの出発点となりました。また、彼は世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧大使、および日本政府ハンセン病人権啓発大使でもあります。
第二次世界大戦、冷戦など、そしてここ数十年にわたる歴史を生き生きと描写しながら、教皇ヨハネパウロ2世やキューバ大使、スイスのジュネーブにある国連など多岐にわたる人々との対話をしてきた笹川氏は、読者を世界中に連れて行きます。彼は世界の政策決定者たちがハンセン病を議題にするために何が必要か、そしてハンセン病をマラリアやHIVと同様に健康上の課題と並んで人権問題として位置づけることが、なぜそれほど有効であるのかについての興味深い洞察を記しています。
ハンセン病はゆっくりと進行し、皮膚、上気道、眼、末梢神経に影響を与えます。末端神経の損傷により、痛みを感じることができなくなる場合もあります。検査せずに放っておくと、潰瘍や感染症によって症状が悪化し、手足を切断しなければならなくなることさえあります。 笹川氏は1960年代にハンセン病患者と初めて出会った頃を回想して、韓国の病院で出会った患者が四肢と顔に深刻な障害を負っていたことを詳しく述べながら、彼らが経験した障害を躊躇することなく強調しています。彼が最も衝撃を受けたのは「絶望し、生きていても死んでいるようだった」ハンセン病患者の様子でした。
1980年代に多剤併用療法(MDT)が導入されて以来、東京を拠点とする笹川氏率いる日本財団は、WHOと協力して世界中に何百万もの薬を無料で提供してきました。 1995年から1999年までの期間は重大なターニングポイントで、ハンセン病の症状がある人々が早期に診断され、速やかに治療されることが可能となり、障害の発症を未然に防ぐことができるようになりました。1999年を境に、スイスのバーゼルにあるノバルティス財団がWHOとの合意のもとにMDTの無償配布を引き継ぎました。現在1,600万人を超える人々がMDTの治療を受けており、治療には6か月から1年ほどかかります。
本書で記されているように、この病気の問題に尽力するコミュニティと世界的なアプローチが重要な役割を果たし、患者のスクリーニング、診断、治療が改善され、世界からハンセン病を99%以上減らすことに成功しました。しかし、ここ10年以上にわたり、毎年新たにハンセン病と診断される人々の数は、何千人もの子供たちを含む20万人強のレベルに留まっています。そして、いまだに何百万人の人が、ハンセン病による障害や、スティグマへの恐れ(特にブラジル、インド、インドネシアなど、ハンセン病有病率が高い国において)と闘っていることは、依然として、感染を断ち切るために必要な、迅速な診断と治療のための大きな障壁となっています。ハンセン病患者数は減少していますが、ハンセン病が本当になくなったといえるのは、「ハンセン病患者、回復者を差別する人が減ったときだ」と笹川氏は説明しています。
笹川氏の力強い物語を読んだ後、私はハンセン病が過去のものとなると確信しています。
昨今の人工知能を使用した新しいアプローチや信頼性の高い診断テストを開発するための取り組みは、革新的なスクリーニングイニシアチブと予防によって補われています。たとえば、患者の追跡調査では、新しく診断された個人と継続的に接触しているすべての人々を特定し、適切な予防薬が提供されます。
人々の経験を丁寧に記録し、共有することがこの闘いの中心となっています。笹川氏は彼のコミットメントの要点を「ハンセン病は治る病気であること、治療は無料であること、差別は不当であること」という3つのシンプルなメッセージにまとめ、どこに行っても一貫して伝えています。彼は、「ハンセン病ゼロ」に達したときに、病気の撲滅への探求が忘れられないことを願っています。人生という旅が探求の中にある以上、たとえどの地を訪れることになっても、この探求は続くことでしょう。
記事:アン・アーツ
スイス・バーゼルに拠点を置くノバルティス財団代表。ノバルティス財団は低所得コミュニティの保健における持続可能なインパクトと、高血圧症の課題やハンセン病制圧などの世界の保健問題に取り組む慈善財団である。
出典:Nature Vol.567(2019年3月7日)