「海洋研究所設立」
―スウェーデン・マルメ市―
デンマーク空港から長い橋を渡って約40分でスウェーデンの港町マルメに到着する。
このマルメ市には、国際海事機関(IMO)が設立した主に途上国の海事関係者を養成する世界海事大学(WMU)が設立されて35年になる。キャンパスはマルメ市の協力で運営されているが、海事大学の主要学科や学生の2割は日本財団の協力で運営されている。
今やグローバリゼーション時代の中、人類生存の鍵を握るのは、人口爆発と急速な産業の近代化によって静かにしかも急速に悪化している海洋環境であり、このまま推移すると、海洋は人類の生活の負荷に何時まで耐えられるのかが心配である。
筆者は海洋環境の良好な保全には千年、1万年単位で対策を必要とする人類共通のテーマと考え、この度、世界海事大学の付属として「笹川海洋研究所」を設立した。
Global Ocean Instituteの建物
以下はその折のスピーチです。
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WMU-Sasakawa Global Ocean Institute 開所式典
本日は、大いに期待をされてきたWMU-Sasakawa Global Ocean Instituteの開所式でご挨拶をさせて頂けることを、とてもうれしく思います。本インスティチュートは、これから持続可能な海を次世代に継承できるよう、人類の道標を担っていくわけですが、今後の話をする前に、これまで歩んできた過去の道のりについてまずお話させて下さい。
式典で挨拶
私たちが海洋分野のプロフェッショナルの育成を開始したのは1980年代ごろです。当時、グロティウスが唱えた「海洋の自由な利用」という考え方は既に終わりを告げ、国際社会は一丸となって、国連海洋法条約(The United Nations Convention on the Law of the Sea:UNCLOS)を採択致しました。
この条約により、各国の管轄権の及ばないエリアに存在する海洋資源の利用と管理については「人類の共同財産」であるという原則が適応され、人類は新たな海洋管理の道を歩みだしたのです。
この新しい海洋管理のレジームを支え、そして次世代の海洋専門家を育成するため、日本財団は数々の専門機関等とパートナーシップを結び、若手プロフェッショナル向けの奨学金事業を開始しました。その記念すべき第1号がWMUとのパートナーシップだったことは、いまでも私達の誇りです。
これまで海洋学、気候変動、そして水産資源管理から海洋ガバナンスの分野にいたるまで、140カ国、1,200名以上の海洋専門家を育成してきました。
世界に目を向けると、この約30年で目まぐるしい変化を遂げました。世界人口は大きく増加し、世界経済も急激に成長しました。しかしながら、それは同時に地球環境、特に海洋環境に、今までにない負担をかけることとなったのです。
信じ難いことですが、この40年間で世界の海洋生物の個体数は50%も減少したと言われています。海洋生物資源の乱獲は、生態系のバランスを崩すだけでなく、沿岸で暮らし、漁で生計を立てている人々の生活を脅かしています。更に自体を悪化させているのは気候変動と地球温暖化です。これらは海の酸性化と海面上昇を引き起こし、それによって海の複雑な生態系は多大なダメージを与えています。
海洋管理の面では、新しく発見された海底資源の開発は、深刻な法的・政策的な問題を投げかけています。海全体の3分の2を占める公海の管理という課題も未だに解決策は見いだせない状態です。各国が権利を主張し合い、利害が衝突するなか、一つの共同財産であったはずの海は分割され、もはや一つではなくなってしまいました。
みなさま、私達が直面する海の課題は日に日に深刻化しています。私たち自身も、未来に引き継ぐべき海の資源を奪うことに無意識に加担していることを自覚しなくてはなりません。このまま有効的な対策をとらなければ、人類は経済活動を維持していくどころか、存在すら危ぶまれるのです。
IMOや海事産業および他の関係者たちは、海洋への悪影響を軽減する様々な努力を試みてきました。しかし、断片的に個々の国々や、枠組みが取り組んでいる今日では、残念ながら持続的な解決策を見出すことはできません。
無論、1982年の国連海洋法条約はグローバルな海洋管理の基盤であり、これを成し遂げたことは人類にとって大きな成果であることは間違いありません。しかしこの条約にもはっきりと、統合的な海洋管理の重要性を指摘しています。残念ながら、この条約の草案者たちは、海洋空間に起因する全ての問題が総合的に扱われるための友好的なメカニズムを導入しませんでした。
専門家が寄稿した報告書、”Ocean Governance: Security, Stability, Safety and Sustainability” でも、現状の断片的なアプローチの限界を指摘しています。当報告書はIMO IMLIのディレクターを勤めるアタード教授が総監修しました。
海洋問題が総合的に取り扱われるためには、新たな海洋管理のレジームを設立する必要があります。そしてそこには、Seventh Generation of Stewardshipの原理がなくてはならないと考えています。これは、かつて北米の先住民たちが生み出した原理であり、コミュニティで発生するあらゆる課題(個人的、政治的、社会的)に対して、7世代先の子孫への影響を考慮し、対処することを定めています。この原理を国際社会が有言実行することができれば、海の未来、そして人類の未来は確実によい方向に向かうでしょう。
この構想を具現化するためには、やはり、海と人類の1000年先のビジョンを描き、そこに辿り着くために達成すべきマイルストーンと、それらをサポートする分野横断的かつ科学的根拠が必要です。本インスティチュートがその役割を果たせると私は信じています。
これまでの人材育成事業の長年のパートナーであり、海事から海洋へと視野を拡大してきたWMUと、本事業を共にできることを私達は幸運に思っています。ともに、この研究所を国際的な産官学をつなぐハブに育て上げ、そして7世代のスチューアドシップの原理にならって、本インスティチュートの先導のもと、人類は持続可能な海を達成することができるでしょう。
この航海の舵取りを担うことになるインスティチュートのディレクター、ローナン・ロング教授には、あなたのリーダーシップの元、インスティチュートのミッションを達成できると大いに期待しています。
我々が力を合わせれば海が沈黙の苦しみから開放されるときは必ず来ると信じています。その実現に向けて、そして愛する海と、次世代のために、私達一人ひとりが役目を果たしていきましょう。
ありがとうございました。