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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

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resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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4月30日(月) [2018年04月30日(Mon)]
4月30日(月)

9:30 成田着

11:15 成田発

9:30 アメリカ・ヒューストン着(日本との時差はマイナス14時間)

10:40 ヒューストン大学
    Sasakawa International Center for Space Architecuture(SICSA)訪問

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Sasakawa International Center for Space Architecuture


10:50 SICSA設置時の代表者 ラリー・ベル(Larry Bell )教授と30年ぶりの再会

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SICSA設置時の代表者ラリー教授に施設を案内していただく


12:30 ラリー・ベル教授、ボニー・ダンバー(Bonnie J. Dunbar)元宇宙飛行士
    ウォルター・カニンガム(Wolter Cunningham)元宇宙飛行士たちとの昼食

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右からラリー教授、筆者、ボニー元宇宙飛行士、ウォルター元宇宙飛行士

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似てきたと言われる父・良一のモニュメントの前で


14:00 NASA Jonson Space Center(NASAジョンソン・スペース・センター)視察

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NASA宇宙ステーションを見学

I宇宙飛行士がこの巨大なプールの中で宇宙服を着て7時間の訓練をするという!.JPG
宇宙飛行士がこの巨大なプールの中で宇宙服を着て7時間の訓練をするという

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ミッション・コントロール・センター

F船外作業をするロボット.JPG
船外作業をするロボット

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宇宙ステーションの中へ

H中継でよく見る宇宙ステーションと宇宙船が”ドッキング”箇所を通過.JPG
中継でよく見る宇宙ステーションと宇宙船が”ドッキング”箇所を通過


18:00 ホテル着

18:20 関係者との夕食
4月27日(金) [2018年04月27日(Fri)]
4月27日(金)

7:20 財団着

8:00 アメリカ、スウェーデン出張打合せ

9:00 伊東高廣 ボートレース振興会常務理事

10:00 ソーシャルイノベーションフォーラム街中企画打合せ

11:35 平成28年度笹川科学研究助成及び笹川スポーツ研究助成「研究奨励の会」
    於:ANAインターコンチネンタルホテル

14:00 山田高廣 モーターボート競走保安協会理事長

15:30 障害者就労議員報告会 冒頭挨拶 於:衆議院第一議員会館

「ヤンキース戦で始球式」―アメリカ・ヒューストン出張− [2018年04月27日(Fri)]
「ヤンキース戦で始球式」
―アメリカ・ヒューストン出張−


4月30日月曜日(祭日)からアメリカ・ヒューストンに出張いたします。

「海洋エネルギー(石油・天然ガス)開発に関する国際連携プログラム設立」の覚書締結式に出席し、スピーチを行います。

また、昨年のワールドシリーズの優勝チーム、ヒューストンアストロズ対ニューヨークヤンキースの公式戦で、始球式に指名されました。多分、79歳は始球式の最高年齢でしょう。楽しみにしています。

帰国は5月3日です。
「中国の人工知能」―既に日本を凌駕― [2018年04月27日(Fri)]
「中国の人工知能」
―既に日本を凌駕―


アメリカのハドソン研究所・中国戦略センターのマイケル・ピルズベリー所長の著書「中国『100年マラソン』の全貌」は衝撃的な内容である。

ピルズベリーはこの中で、中国は建国(1949年)から100年になる2049年には中国主導の世界秩序、即ち世界の覇権国家になるべく着実にプランを実行してきており、アメリカは長い間、中国に騙され続けてきたという。アメリカの対中政策決定者は、1972年のニクソン訪中以降、「脆弱な中国を助けてやれば、中国はやがて民主的で平和的な大国になる」、「決して世界支配の野望を持つことはない」と信じ込んでいたが、こうした仮説はすべて間違っていた、というのだ。

ショックだったのは、レーガン元大統領、中曽根元首相の“ロン・ヤス関係”をメディアがもてはやしていた時期にも、アメリカが中国に軍事機密はもちろん、あらゆる分野の専門家の養成に密かに協力していたとされている点である。このあたりに貧しかった中国が文化大革命終結(1976年)からたった42年で高度経済成長を達成し得た答えのひとつがあるような気がする。習近平国家主席が打ち出した一帯一路政策が世界の覇権国になるのを狙いとしているのは間違いあるまい。

中国の米国留学生は今や50万人に上るともいわれ、最先端技術の取得に懸命である。1月14日付けの日経新聞によれば、電気自動車(EV)のモーター研究論文は今やアメリカと並び、国際会議の発表者数はアメリカ1011人に対し中国は950人と拮抗している。

日本は3位につけているものの258人と大きく水をあけられ、同紙は「技術力、日中逆転も」の見出しで、今後、急速な普及が見込まれるEVの競争軸となる蓄電池について「中国が主役に躍り出るかもしれない」と指摘している。

アメリカのシンクタンクCNASのエルサ・カニア氏は論文で、中国の人工知能(AI)の軍事利用は急速にアメリカに追いつきつつあると指摘。当の中国は「新世代AI開発計画」を発表し、2030年までにAIで世界をリードする野心的計画を持っているという。

翻って日本を見ると、国会は森友学園、加計学園問題に自衛隊イラク派遣時の日報問題も加わり疑惑解明に向けた集中審議一色に染まっている。政府の説明と食い違う文書が次々に見つかり、日報問題はシビリアンコントロールにも影響する事項だけに徹底議論は当然としても、一方で国際情勢は日々、激しく動き財政再建など喫緊の国内課題も山積している。

世界の中の日本であり、日本だけが世界の動きと無縁などということは有り得ない。4月27日には北朝鮮と韓国の首脳会談、5月中には米朝首脳会談が予想され、場合によっては日米同盟の在り方が問われ、日朝国交正常化問題が出てくる可能性もある。

「ウサギとカメ」の昔話ではないが、国会がカメのような状態であってはいけない。モリ・カケ問題も含め、もっと幅広く、バランスの取れた審議をしてほしい。それが筆者の願う国会の姿であり、国民の多くも同じ目線で今の国会を見ている気がする。
4月26日(木) [2018年04月26日(Thu)]
4月26日(木)

10:30 財団着

14:45  牛尾治朗 ウシオ電機会長

16:00 日本モーターボート競走会10周年「感謝の集い」祝辞
    於:グランドプリンスホテル新高輪
4月25日(水) [2018年04月25日(Wed)]
4月25日(水)

7:20 財団着

8:30 「ダイバーシティー就労」事業打合せ

9:00 浜中啓一 青梅市長

10:30 手話を広める知事の会総会 挨拶

13:00 渡邉一利 笹川スポーツ財団理事長

13:30 2017アニュアルレポート・インタビュー

14:00 カンボジア フン・マネット王国軍参謀次長

15:00 スピーチ打合せ

15:30 年度内事業打合せ

16:30 スウェーデン国王夫妻歓迎レセプション 於:スウェーデン大使公邸
「野党の議員諸兄へ」―今の姿は幼稚園生以下― [2018年04月25日(Wed)]
「野党の議員諸兄へ」
―今の姿は幼稚園生以下―


仕事で毎週のように海外に出ているが、報道を通じて垣間見る日本の国会は相変わらずモリ・カケ問題を中心に、財務省の書類改ざん、防衛省の日報問題等々に終始している。

野党が政府与党を追及することの大切さは筆者も十分理解している。しかし、国家・国民生活にとって、これらの問題はあくまで一部であり、国家を健全に運営していく上で、国民はこのような問題だけを諸兄に負託しているわけではない

一年近くも世界情勢や国民生活の在り方を忘れたが如きの現状は、まるで子どもの口喧嘩のような体たらくである。今や日本に対する世界の評価は高い。にも関わらず、財務大臣や外務大臣の国際会議出席をも拒否する現状には唖然とせざるを得ない。

グローバリゼーションの時代、刻一刻変化する世界の中で存在する日本であり、適切な政策を計る上でも首相や大臣の国際会議出席は無条件で優先されなければならない。そのために当時政権党だった民主党は、副大臣や政務官を設置したのではなかったのか。然るに野党はこれに闇雲に反対し、あきれることに、自ら提出した法案の審議も拒否している。唖然、呆然―。今日の諸兄の議員としての資質は幼稚園以下と言わざるを得ない。

野党には民主党を中心とした連立政権時代に、政権に参加した多くの諸兄が今も健在である。今こそ政権崩壊時を思い返し、その原因を検証し、再度政権奪還に向けた方策を国民に明らかにすべきである。「反対」、「反対」で満足しているのなら諸兄が存在する意味はない。政治システムの崩壊に導いているのみである。

政権交代を可能にするのが小選挙区制であろう。果たして野党議員諸兄には結集して再度、政権を担う覚悟と自信と気概をお持ちであろうか。今のままでは例え現政権を倒しても、次の政権も自民党から選出され、自民党の党是に従って国会は運営される。いわば何の展望も拓かれないのではないか。

野党議員諸兄。貴方たちの存在理由、政治目的は何なのか。今一度冷静に考え、国家・国民、ひいては世界の中の日本のために優秀な頭脳を発揮されるよう改めて期待する。
4月24日(火) [2018年04月24日(Tue)]
4月24日(火)

12:30 財団着

15:00 谷口智彦 内閣官房参与

16:45 岩川洋一郎 星塚敬愛園自治会会長

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星塚敬愛園の皆様(筆者左が岩川会長)

「ハンセン病制圧活動記」その45―アゼルバイジャン共和国のハンセン病療養所を10年ぶりに訪ねて― [2018年04月23日(Mon)]
「ハンセン病制圧活動記」その45
―アゼルバイジャン共和国のハンセン病療養所を10年ぶりに訪ねて―

多摩全生園機関誌『多摩』
2018年2月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平

2017年10月にアゼルバイジャン共和国(以下アゼルバイジャン)を10年ぶりに訪問する機会を得た。今回の同国訪問の目的は、@南コーカサス地域(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアの3国)に唯一あるハンセン病療養所の再訪、A日本の図書100冊事業の寄贈式、B中央アジア奨学金事業のアゼルバイジャン奨学生の同窓会出席であった。後者2つの日本財団事業については割愛し、療養所訪問について詳しく記したいと思う。

アゼルバイジャンはロシア、ジョージア(グルジア)、アルメニア、イランと国境を接し、様々な言語・文化・宗教が複雑に入り混じる地域に位置する。面積は日本の約4分の1。人口は約1,000万人(2017年現在)で、90%以上がイスラム教徒である。近年カスピ海で新たな油田が発見され好景気に沸いたが、現地の人たちによると原油価格下落の煽りを受けて一時期の勢いは失われつつあるという。ただ、首都バクーの幹線道路沿いに鬱蒼と立ち並ぶ高層ビル群は10年前には存在していなかった。カスピ海の水辺に広がる高層ビル群と周辺の乾いた岩山のコントラストは、さながら現代のオアシスを思い起こさせる。街には高級車が行き交い、有名ブランド店が軒を連ねる目抜き通りを着飾った女性たちが歩く様子は、パリかロンドンと錯覚してしまうほどである。

こうして国が発展する中、10年前に訪れたウンバキ療養所の元患者たちはどうしているのだろうか。療養所には30人ほどが入所していて、中庭のようなところで大きなケーキをご馳走になったことを覚えている。10年経ったいまはどうなっているのだろうか。私は当時撮った写真を携え、首都バクーから南西約80キロ離れたゴビスタン砂漠の中にある療養所へ向かった。ビルや住宅が並ぶカスピ海沿いの幹線道路を離れると景色は一変した。樹木1本生えていない荒涼とした大地が地平線まで続いていた。道路は依然、舗装はされていないものの10年前の干上がった川底のようなデコボコの道ではなく、平らにならされていた。

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砂漠の中の一本道を走り続ける


砂埃をあげながら疾走する車の外に広がる青空の下の地平線を眺めながら、10年前にも感じていたことを思い出していた。世界中のハンセン病施設の多くが社会からの「排除」を目的としているため、人里離れたところに建てられている。この地も例外ではない。これから訪ねるウンバキ療養所は、もともと南コーカサス地域で唯一のハンセン病施設として1926年に首都バクー(当時はソビエト連邦)に開設され、その後数回場所を変えて1957年にこの砂漠の中に移された。当初は300人近い患者が入居していたという。(2時間近く)砂漠の中を移動すると見覚えのある鉄製の門が見えてきた。砂漠の中にぽつんと建てられた療養所の入り口である。幅4メートルほどの門は前回来た時は塗装が剥げていて何色かわからなかったが、いまは青色に塗り直されていた。

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ウンバキ療養所の門の前で
一歩出れば砂漠が拡がる


門を入ったところで車を降りると10年前と同じ顔が私を迎え入れてくれた。療養所のアリエヴ院長である。早速10年前の写真を見せて、この方々はいらっしゃいますか、会いにやってきましたと伝える。すると、アリエヴ院長は写真を全てめくり終えると「この中の多くの方が亡くなりました」と教えてくれた。前回私が訪問した時、30人だった入居者は15人(女10男5)となり、ほとんどの方が80歳〜90歳になっていた。10年という月日を感じられずにはいられなかった。しかし、写真の中の何人かの方々は今もいらっしゃると聞き、早速会いにいくことにした。
            
まず、サヤラさんの部屋を訪ねた。木造の部屋の壁は綺麗な青色で塗られていた。ふかふかの絨毯にベッドが2つ置かれ、暖房が入っていて部屋の中はほんのり暖かかった。10年前の写真に写るサヤラさんは白衣を着ていたので私は看護師だと思っていたが、改めて話を聞くとハンセン病になって1969年に入所し、病気が治ったあとは施設内で暮らしながら介護などの仕事をしているとのことだった。10年ぶりに写真を一緒に撮りましょうと言うと「インターネットに私の写真が出ると親戚に迷惑がかかるので、やめてほしい」と断られた。私は、今なお偏見や差別に怯えながら生きる元患者がいることを思い知らされ、やるせない気持ちになった。しかし、サヤラさんからは「日本から来訪者が来ると聞いて、あなたが来ると思っていました。10年ぶりに会えて懐かしい」とうれしい言葉をかけてもらい、逆に励まされてしまった。

次に、庭で寛ぐセードバーニュさんを訪ねた。手渡した10年前の写真を懐かしそうに眺めながらご自身の話を少しだけ聞かせてくれた。出身はイランに近いランカランという地域で、14歳の時に入所して以来ずっとここに住んでいるという。家族とは連絡をとり続けているという。なぜ家族の元に戻れないのか、理由が想像できるだけに聞くことはできなかった。

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懐かしそうに10年前の写真を眺めるセードバーニュさん


その他にも亡き妻を写真の中に見つけ、懐かしさで涙ぐむ男性や、「娘に孫が生まれて顔を見せに来てくれた」と顔をほころばせる女性にも会うことができた。私にはここに住む全ての方々が、残された時間を穏やかに過ごすことができるよう心から願うことしかできなかった。

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お孫さんが会いに来てくれたと、嬉しそうに話す女性


かつてはアルメニア、ジョージア、タジキスタンからの患者もいたが、90年以降に帰国したとのことである。ふと、2012年にロシアのアストラハン・ハンセン病療養所を訪問した時にアゼルバイジャンから来たという男性に会ったことを思い出した。男性は25年間そこに住んでいると話していたので、その前はもしかしたらこの療養所にいたこともあったのかもしれない。

入所者の方々との再会を果たして施設内を歩いているとアリエヴ院長が、生い茂る木々を指差しながら「周りは砂漠だが、入所者たちが土を集めて果実を植えたので、ここは緑豊かです。ここはオアシスなのです」と誇らしげに話していた。家族や社会から「隔離」された人々が肩を寄せ合うようにひっそりと暮らす砂漠の中の療養所。「オアシス」と呼ぶには、あまりにも寂しい場所ではないだろうか。

現在、アゼルバイジャンではハンセン病の新規患者はほとんどいない。ロシアや中央アジアの療養所もそうだが、入居者は徐々に減り、やがていなくなるのは時間の問題である。ここも10年後には閉鎖されているかもしれない。たとえそうなっても、差別と排除の中で生きてきた人々がいるということを我々は忘れてはならない、と強く感じた再訪であった。

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療養所の中には緑が茂る
4月22日(日) [2018年04月22日(Sun)]
4月22日(日)

8:30 熊本発

10:05 羽田着
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