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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「ちょっといい話」その84―障がい者の花屋さん― [2017年07月28日(Fri)]
「ちょっといい話」その84
―障がい者の花屋さん―


日本財団は、障がいのある方々の賃金3倍増を目指して、全国で様々な小規模店舗の開店を支援している。

障がい者の賃金は、現在、全国平均で約1万5千円と些少である。障がいの程度にもよるが、賃金を3倍にしたいと店舗や経営のあり方を含め、全国の志ある方々の協力を得て店舗開店を拡大している。

5月8日、小さな花屋さんとスムージーを提供するかわいい店舗が開店した。経営は一般社団法人ローランズプラス代表理事で若干28歳の福寿満希さんである。ここで働く軽い知的障がいがある店員さんは、毎日地下鉄に乗って働きに来るのが楽しみだと、恥ずかしそうに笑みを浮かべながら話してくれた。軌道に乗れば15人の障がい者に15万円の給料を支払うのが夢と、福寿さんは胸を張った。

開所式にて挨拶.jpg
美しい花を背にして挨拶


この店舗のあるビルは、鈴木慶子さんが「この建物を社会福祉に役立てて欲しい」と日本財団に寄贈され、その一階にかわいい花屋さんが開店したことで、通りの一角がパッと明るくなった感じすらする。

店の名前は「ローランズ原宿 social flower & smoothie shop」
住所は「渋谷区千駄ヶ谷3-54-15 ベルズ原宿1階」
電話は「03-6434-0607」

機会がありましたら、是非、訪ねて下さい。
7月26日(水) [2017年07月26日(Wed)]
7月26日(水)

6:40 朝食

9:00 ホテル発

9:40 マナド空港着

12:00 マナド空港発

13:30 北マルク・テルナテ着

@北マルク州のテルナテ市はこの小さな島にある.JPG
北マルク州のテルナテ市はこの小さな島にある


14:15 テルテナ市のタウヒッド(Dr. Mohamad Tauhid Soleman)事務次官と
    保健局や社会福祉局の代表との面談

Aタウヒッド事務次官から記念品をいただく.JPG
タウヒッド事務次官から記念品をいただく

B保健局や社会福祉局の代表者も参加.JPG
保健局や社会福祉局の代表者も参加

Cハンセン病対策の強化に期待します、と挨拶.JPG
「ハンセン病対策の強化に期待します」と挨拶


15:30 ホテル着

18:00 関係者との夕食
「性教育と出産」 [2017年07月26日(Wed)]
「性教育と出産」


今から65年前の13歳の時、私は初めてビキニスタイルの水着写真を雑誌で見て衝撃を受けた記憶がある。性に目覚める年頃であった。

昨今は、スマホの普及により安易に性に関する情報が氾濫しており、思春期に正しい「性教育」の徹底が望まれる。アメリカの文化人類学のルース・ベネディクト女史の名著「菊と刀」で日本の「恥の文化」について論述しているが、このような日本人の特性から、学校レベルでも西洋ほど具体的で大胆な性教育は行われていないのではと推察する。勿論、親が子どもに説明することも少ないのではないだろうか。

私は4人の息子とは率直に話し合ってきた。そのためか、別掲の「世界日報」のようにはならず、幸い10人の孫に恵まれた。ただ、結婚後の性行為は「出産」のための厳粛な儀式だと嫁に説いて顰蹙(ひんしゅく)をかった事もあった。
(興味のおありの方は「我が家のコンドーム(スキン)騒動記」をお読みください。)

「性と出産」については、近年、多少話題になってきてはいるが、高学歴の人を含めて、まだまだ知識不足に驚かされることが多い。

私の持論に近い記事が7月11日付「世界日報」の「あすへのノート」欄に掲載されているので、参考のために全文を引用させて戴いた。

111.png

7月25日(火) [2017年07月25日(Tue)]
7月25日(火)

6:00 朝食

7:30 ホテル発(マナドから他県へバス移動約4時間)

11:30 ボラアン・モゴンドウ県のヤスティ(Yasti Soepredjo Mokoagow)県知事

11:40 県レベル関係者会議

@ヤスティ県知事も出席して行われた関係者会議.JPG
ヤスティ県知事も出席して行われた関係者会議

A保健局や社会福祉局などの代表や県議会の代表者が出席.JPG
保健局や社会福祉局などの代表や県議会の代表者が出席

Bハンセン病についての理解促進に意欲的なヤスティ県知事.JPG
ハンセン病についての理解促進に意欲的なヤスティ県知事


12:50 県知事との昼食

13:30 記者会見

C地元のメディアへの理解も呼びかけた.JPG
地元のメディアへの理解も呼びかけた


14:30 Maelang保健センター(患者発見キャンペーン開催中)

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Maelang保健センターでは
ハンセン病のパッチ(斑紋)チェックに来ていた人たちに出迎えられる

E保健所センターではパッチチェックのキャンペーンが行われていた.JPG
保健所センターではパッチチェックのキャンペーンが行われていた

F12歳の男の子にパッチが見つかる.JPG
12歳の男の子にパッチが見つかる

G保健センターにはハンセン病の治療薬(MDT)が置かれていた.JPG
保健センターにはハンセン病の治療薬(MDT)が置かれていた

Hハンセン病と診断されてもすぐに治療をすれば治ることを説明.JPG
ハンセン病と診断されてもすぐに治療をすれば治ることを説明

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子供達が正しく理解してくれたことを願う


15:30 マナドへバス移動約5時間半

21:00 ホテル着

21:00 関係者との夕食
7月24日(月) [2017年07月24日(Mon)]
7月24日(月)

6:00 朝食

6:45 ホテル発

9:00 北スラウェシ州のオリー・ドンドカムベイ(Olly Dondokambey)州知事

@オリー州知事.JPG
オリー州知事

A私邸にあるプールサイドでの面談.JPG
私邸にあるプールサイドでの面談

Bインドネシアの料理も用意されていた.JPG
インドネシアの料理も用意されていた


10:00 回復者団体Tumotou(代表:フェルナンディス氏)メンバーとの会合

C回復者団体Tumotouとの会合.JPG
回復者団体Tumotouとの会合

D北スラウェシ州に約80人のメンバーがいるJPG.JPG
北スラウェシ州に約80人のメンバーがいる

EマナドにいるTumotouのメンバーたちと(筆者左が代表のフェルナンディス氏).JPG
マナドにいるTumotouのメンバーたちと(筆者左が代表のフェルナンディス氏)


11:00 記者会見

12:00 中央保健省、州保健局担当者たちとの昼食

14:00 北スラウェシ州/北ミナハサ地区・マウンビ(Maumbi)村着
     コミュニティレベルでの患者発見活動(Bina Desaku)

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保健局の担当者が村人にハンセン病について説明

G村レベルでの活動の成果に期待したい、と挨拶.JPG
村レベルでの活動の成果に期待したい、と挨拶


15:30 バス移動約1時間45分

17:15 小さな動物園にいる“前”世界一小さい猿(タルシウス)を観察

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長い間、世界最小の手のひらサイズの猿と言われてきたここマナドにいるタルシウス。
しかし92年にマダガスカルで更に小さい猿が見つかったため、世界一の名誉を失った

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食べているバッタが体の半分以上ある。いかに小さいかがお分かりであろう。
それにしても可愛い表情から一転、獲物を食べる時の顔は野生ならでは?


17:30 バス移動約2時間半

20:00 ホテル着

20:10 関係者との夕食
産経新聞【正論】百年後をにらみ海の再構築を [2017年07月24日(Mon)]
100年後をにらみ海の再構築を


産経新聞【正論】
2017年7月3日


 温暖化・酸性化、漁業資源の枯渇、プラスチックごみの増大−。海の危機が急速に拡大しており、6月初旬には初の国連海洋会議も開催された。

≪なお薄い国際社会の危機感≫
 しかし、米国のトランプ大統領が、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減を目指すパリ協定からの離脱を表明するなど、陸や海の環境悪化に対する国際社会の危機感はなお薄い。

 海に関係する国際機関は国連食糧農業機関(FAO)、国際海事機関(IMO)、国連環境計画(UNEP)など9機関に上り、1993年の生物多様性条約など多くの条約、協定を定めているが強制力を欠き実効を上げるに至っていない。そんな危機意識から、海洋会議最終日の国連総会本会議で、筆者は世界の非政府組織(NGO)を代表して、国を超えて海の問題を話し合う政府間パネルの設置を提案した。

 わが国でも海を管轄する行政機関が9省庁11部局にまたがり、施行から10年を経た海洋基本法が十分機能しない現実がある。縦割りの各組織が横の連携を欠くのが一因で、政府間パネルでは各国が問題点や必要な対策を共有し、有機的な連携を強化したいと思う。日本はじめ各国が前向きに受け止めてくれるよう願っている。

 地球温暖化の原因となるCO2濃度は18世紀後半から19世紀にかけた産業革命以前に比べ40%増加、これに伴い平均気温も1度上昇し、パリ協定では気温上昇を産業革命以前に比べ2度未満に抑えるのを目標に、各国が独自のCO2削減目標を策定している。

 しかし現実には、各国がそれぞれの目標を達成しても地球温度はなお3度近く上昇するとされ、各地の海水温度も既に1度前後の上昇が見られる。

 この結果、種に適した水温の海域に魚が移動し、世界の魚の分布に大きな変化が出ているほか、大気中の過剰なCO2が海水に溶け込むことで酸性化が進み、豪州や沖縄では大規模なサンゴの白化現象も起きている。

≪深刻な乱獲やプラスチックごみ≫
 魚の乱獲も進んでいる。FAOは主要な魚種200種類のうち8割以上を「これ以上、獲(と)ってはいけないレベルにある」と警告しているが、依然、歯止めが掛かっていない。世界の人口70億人のうち30億人が水産物を動物性タンパク質の主要な供給源とし、健康志向の高まりもあって総消費量は、この40年間で2倍に増えている。

 日本財団がカナダなど世界の7大学・研究機関と2011年から取り組む国際海洋プログラム「海の未来の予測」によると、赤道周辺の商業種の漁獲可能性は50年までに40〜60%減少し日本産のすしネタが姿を消すといったショッキングな報告もなされている。

 プラスチックごみによる汚染も深刻だ。世界の生産量は12年、2億8800万トンに上り、米ジョージア大の調査によると、このうち1.6〜4.4%が海に流出。波間を漂ううち微小に砕け、海の生態系を壊し、海産物を通じて人間の健康に悪影響を与える恐れも指摘されている。中国やインドネシアなどリサイクルや廃棄処理が適切に行われていない地域からの流出が多く、UNEPは15年、プラスチックごみが生態系や漁業など海洋に与える経済損失を年間130億ドル(約1兆4500億円)に上ると報告している。

≪これ以上の負荷に耐えられない
 政府間パネルの設置と合わせ、国際協力による海底地形図の作成や国連の海事・海洋法課(UNDOALOS)と協力した海の人材育成も提案した。
 
 特に海底地形図は月や火星の表面がほぼ解明されている現在でも、領海や排他的経済水域(EEZ)を除いた公海の深海部を中心に85%が未解明の状態にある。当面、日本財団と大洋水深総図(GEBCO)指導委員会の共同作業として進め、各国に領海やEEZの未公表データや漁船、商船に装備されている測深機のデータの提供を求め、30年までに完成させたいと考える。

 成果をGEBCOの公式サイトで公開するほか、グーグルの検索サイトとも連携することで国際的な共有財産として台風や津波の進路予測、海底資源の発掘などにも活用できる。

 数年前まで海の危機は過剰操業に伴う漁業資源の枯渇が主たるテーマだった。しかし現在は海洋の温暖化や酸性化が深刻化し、元の状態に戻すのはもはや、不可能といった指摘さえ耳にする。

 人類は、17世紀のオランダの法学者グロチウスが唱えた「海は無限」「海洋の自由」そのままに、地球の3割を占める陸に比べ、7割の海を野放図に使ってきた。国連は地球の人口が半世紀後に100億人を突破すると予測しており、海はこれ以上の負荷に耐えられない。

 海の危機は「待ったなし」の状況にあり、“母なる海”が死ねば人類の生存は不可能になる。国際社会は100年、200年後をにらんで海の再構築に本格的に取り組まなければならない。
(ささかわ ようへい)




7月23日(日) [2017年07月24日(Mon)]
7月23日(日)

9:00 羽田空港着

10:20 羽田発

15:30 ジャカルタ着(空港待機約3時間)

18:30 ジャカルタ発

22:30 西スラウェシ州・マナド着

00:00 ホテル着
7月21日(金) [2017年07月21日(Fri)]
7月21日(金)

7:30 財団着

9:30 谷喜久郎 新東通信会長

10:30 飯塚浩彦 産経新聞社長

11:00 イスラエル Mr.Abrajame Bitzur

12:30 元ダスキン奨学生・海外障害者若手リーダー研修発表会 挨拶

@スピーチをする笹川会長.JPG
挨拶

@研修生のみなさんと一緒に.JPG
研修生のみさんと一緒に
手話の意味は「I Love you」です

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寸劇で学んだことを発表する研修生


14:00 社会貢献者表彰式典

13:30 祝賀会 挨拶

16:30 小高幹雄 ボートレース振興会会長
「インドネシア出張」―ハンセン病制圧活動― [2017年07月21日(Fri)]
「インドネシア出張」
―ハンセン病制圧活動―


7月23日(日)から8日間、ハンセン病制圧活動のためインドネシアに入ります。

要人面談後は、北スラウェシ州及び北マルク州のモロタイ島、テルナテ島などの僻地で活動して参ります。

マラリア蔓延地域で熱帯特有の病気もあります。私の終生の仕事ですが、同行者の健康が第一なので、最善の注意を払いつつ行って参ります。

帰国は30日です。
「日野原重明先生」―ご逝去― [2017年07月21日(Fri)]
「日野原重明先生」
―ご逝去―


私が日野原先生との面識を得てご指導を賜って約50年になる。報道の通り、先生は7月18日、ご自宅でご家族に看取られながら天国へ召された。

先生との最初の出会いは、笹川良一が箱根で脳血栓で倒れた折、偶然近くで会議に参加されていた先生が駆けつけてくださり治療を受けたのが最初であった。勿論、先生と笹川良一は旧知の間柄であった。

先生は、これからの医療は教育的予防医学が大切で、その活動拠点として『ライフプランニングセンター』の設立を計画され、協力させていただき、活動を開始した。1973年4月の創設以来44年、今も三田の笹川記念会館の11階に、久代登志男先生指導のもと、『人間ドック』は盛況を極めている。

この『人間ドック』なる言葉は日野原先生の造語で、船舶は2〜3年に一度、安全性確認のために地上に引き上げて検査することから、人間も同じように検査すべしと『人間ドック』との造語を作られた。

当時は血圧計も聴診器も医師専用で、看護師は使用を認められていない時代であった。先生はよく「医者が心電図を見ているのは稀なことであり、それよりも、一日何十人もの心電図を計測する検査技師の判断の方が秀れている。さまざまな検査技師の充実も大切なことだ」とおっしゃったり、「成人病との名前はおかしなことだ。これは過度の酒やタバコ、乱れた食生活等、悪い生活習慣の蓄積からなる病気なので『生活習慣病』というべきだ」と関係諸機関を説得され、『生活習慣病』が定着し、『成人病』は死語となった。

先生はジョンズ・ホプキンズ大学医学部の内科教授、ウイリアム・オスラー博士を尊敬されていた。私が30代の頃、先生は優しい眼差しで、医者でもないのに「人生の参考になりますよ」と、オスラー博士講演集『平静の心』日野原重明訳(医学書院出版)をサイン入りで手渡してくださった。私の本棚の中央に、いつも私を戒めるように鎮座している。先生の文化勲章受賞記念パーティーの挨拶でも、私は先生とオスラーの『平静の心』について話しをさせていただいた。

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『平静の心』

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優しく美しい文字でサインも


この本は医学書といより人間如何に生きるべきかという哲学書か人生訓の本のようで、「我々の存在は、人生から何かを与えられるためにあるのではなく、自らが出来ることを『人生に』与えるためにあるのだ」との名言もあり、先生は訳者序において「医療の世界に働くものにとってこの本は聖書のような存在で、一般人までがこれを愛読しました」と述べ、「私が今日の仕事に全力投球できる力を与えてくれたのは、この本に示されたオスラーの言葉である」と書かれている。

オスラーは、医師を志す者は医学の勉強だけでなく科学、哲学、文学などの人文教育も大切だと説いています」と言って、正に先生は音楽を愛し、演奏し、人間の命の輪廻をつづった『葉っぱのフレディ』では、脚本だけでなく自ら舞台でも演じられ、詩を書き、著作多数、平和と人類愛の講演、晩年は書道展も開催された。39歳で米国に留学。先進的な臨床学に深く感銘を受けられ、生涯現役臨床医としてウイリアム・オスラー博士の思想と行動を実践された。

ちなみに、オスラー博士は1849年生まれ。1919年没。70年の人生であった。

先生とは独立型のホスピスの建設、ホスピスナース3692名の養成、メメント・モリ(死を想え)の全国講演旅行、それに私の終生の仕事となったハンセン病制圧活動の拠点となった『笹川記念保健協力財団』は、初代東京大学薬学部部長でハンセン病の特効薬・プロミンの合成に成功された石館守三先生、日野原重明先生、笹川良一の三人によって設立されたが、最初の設立資金は若輩の私に提供せよとの命令に従った。

日野原先生は会議の居眠りの名人でもあった。会議の冒頭挨拶後、しばらくして眠りに入られ、会議終了挨拶では、まるで議論を全て聞いておられたように総括され、その名人芸には何時も感心させられたものである。

16.11.25 日野原先生と笹川.jpg
2016年、105歳の誕生日を祝って


石館守三先生、笹川良一、日野原重明先生、奇しくも三人とも7月18日が命日となった。
ご冥福をお祈りします。

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