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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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1月29日(金) [2016年01月29日(Fri)]
1月29日(金)

7:25 財団着

8:00 佐藤可士和 クリエイティブディレクター

9:30 寺島紘士 笹川平和財団・海洋政策研究所所長

10:00 「北極海航路」シンポジウム ビデオ撮り

12:30 辰己雅世子 笹川平和財団・笹川中東イスラム基金室長

13:30 畑中龍太郎 コロンビア大使

14:00 日本ベンチャー・フィランソロピー 白石智哉様

15:00 伊藤 隆 東京大学名誉教授

18:00 剣持昭司先生、ブレーン・トラスト日比谷所長

19:00 手嶋龍一 国際ジャーナリスト
「ハンセン病に関する世界宣言」 [2016年01月29日(Fri)]
「ハンセン病に関する世界宣言」


日本財団主催によるハンセン病の患者・回復者の差別撤廃への取り組みの一つ、第11回「グローバル・アピール」式典は、国際青年会議所との共催で、新装なった虎ノ門の笹川平和財団ビルに各国・各界の指導者を含め、満員の250名の参加者と共に行われた。

天皇・皇后両陛下のフィリピンへのご旅行のお見送り、そして国会への出席と超多忙の中、安倍総理ご夫妻も寸暇を割いてご出席くださり、ご挨拶をいただいて盛会裏に終了した。

下記は総理挨拶と私の挨拶です。


THINK NOWハンセン病―グローバル・アピール2016
〜ハンセン病患者と回復者に対する社会的差別の撤廃に向けて〜


2016年1月26日
於:笹川平和財団ビル・国際会議場


★総理挨拶
世界各国から参加いただいた皆様、ようこそ日本へお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。

私は、昨年に引き続き、本年もこの集いに駆けつけてまいりました。その理由は、ハンセン病患者の方々に対して行われた重大な人権侵害を決して忘れない。また、二度と起こしてはならないからです。

ハンセン病は、感染力が非常に弱く、治療法も確立され、適切な治療により後遺症なく治る病気です。しかし、我が国では、国の不適切な隔離政策により、ハンセン病患者・回復者の方々の人権に大きな制限・制約をもたらし、また、社会的偏見や差別を助長したという過去があります。我々は、その過去、歴史を反省し、回復者の方々におわびや補償を行い、その名誉の回復や社会復帰支援などの取組を行っています。最近は、回復者の方々の高齢化が進む中、療養所における医療・介護の確保、退所者やその御家族の生活の安定が重要となっています。医療や介護の確保や支援金の充実などに取り組み、安心して心豊かな生活が営めるよう努めています。

グローバル・アピールを主導してこられた笹川会長は、ハンセン病に対する偏見や差別の解消を目指し、自ら率先して世界に赴き、ハンセン病患者の手を握り、精力的な激励を続けられておられます。また、ハンセン病治療に必要な医薬品の無料配布に向けた取組は、世界のハンセン病の制圧に大きな力となっています。長年にわたる熱心な取組に、深く敬意を表する次第であります。

私の妻も、笹川会長のお考えに賛同し、以前より、ハンセン病の差別撤廃に向けた啓発普及活動のお手伝いをいたしております。 今年のグローバル・アピールは、各国の青年会議所の賛同を得て行われます。『若者の視点でハンセン病問題から学べるもの』と題するパネルディスカッションを行われると伺っております。

我が国でも、中学生・高校生によるシンポジウムを毎年開催するとともに、全ての中学生に啓発パンフレットを配布するなど、ハンセン病に関する歴史や正しい認識を、風化させることなく、確実に次の世代に引き継いでいくための取組を進めています。

今日のこの集いを機に、全世界の人々がハンセン病について正しく理解し、考え、そして行動することで、ハンセン病に対する偏見や差別が、大きく解消されていくことを期待し、私の挨拶といたします。

DSC_4171.JPG
全員で記念撮影


★私の挨拶
ハンセン病は、人類の長い歴史の中で、病気そのものだけでなく、それに伴う差別やスティグマが人々を苦しめ続けてきた病気です。
「ハンセン病は病気よりも差別のほうが辛い」
ハンセン病を患った多くの方々がこの言葉を口にされます。ハンセン病の病気と差別の問題は、今も現在進行形の問題として、多くの人々を悩ませています。

私たちがグローバル・アピールを始めたのは2006年のことでした。当時、多くの人たちがハンセン病について誤解をしていました。ハンセン病の患者やその家族など、当事者の方々ですら、「ハンセン病は治る病気である」「治療は無料で受けられる」ということを知りませんでした。そして、「ハンセン病は治らない。患ってしまったのだからもう差別をされても仕方がない」という理由で、家から追い出されたり、離婚されたり、職場を解雇されたりといった厳しい差別を受けてきました。このような状況を改善するために、まずは患者の方々に、「ハンセン病は治る病気である」「治療は無料で受けられる」ということを伝えなければならないと思いました。さらに、患者のみならず、回復者の方々や家族、周りの人たち、そして広く社会の人々に向けて「差別をすることは不当である」ということを伝えよう。そう考えて始めたのが、このグローバル・アピールです。

このメッセージを効果的に、多くの人たちに届けるために、毎年様々な専門家の皆さまと共同で世界に向けて発信してきました。ハンセン病の患者や回復者の方々と接する機会のある医療・看護関係者の皆さまとも是非一緒に取り組みたいと思い、ご協力をいただきました。また、世界には、ハンセン病に対する差別的な法律がまだ残っていることを法律家の皆さまに訴え、そのような法律の撤廃にご賛同いただきました。

このように、それぞれの分野の専門家の方々が強い関心と責任感をもって、私たちとメッセージを共同で発信してくださったことで、グローバル・アピールは広がりをみせてきました。

多くの皆さまからのご支持に後押しされ、7年の歳月をかけて働きかけてきた国連においても、2010年に「ハンセン病差別撤廃決議」が採択されました。これにより国際社会がハンセン病の差別の問題に取り組まなくてはならないという機運が高まったことは、ひとえにハンセン病の差別問題に強いコミットメントを示してくださった皆さまのおかげだと感謝しております。

昨年のグローバル・アピールでは、初めて、ここ日本からメッセージを発信しました。日本では現在、ハンセン病を患う人はいません。そのため、ほとんどの人は、日常生活においてハンセン病との接点がありません。過去に起こった厳しい差別についても知りませんし、未だに残る偏見のために、何十年も家族のもとへ帰ることができずにいる人の存在についても、全くといっていいほど知る機会がありません。そこで昨年は、グローバル・アピールに併せて、ハンセン病について知り、考える機会をつくるため、世界各国に残るハンセン病の療養所や回復者の方々の状況をおさめた写真展、ハンセン病の書籍の朗読会、講演会なども行いました。

このような機会を通じて、ハンセン病のことを知らなかった若い人たちからも、「ハンセン病についてもっと知りたい」「ハンセン病について知るべきだ」というような声が多数寄せられました。

一方、若いボランティアの中には、海外のハンセン病の患者や回復者の方々が暮らす集落を訪れ、彼らの生活を助ける活動をしている人たちもいます。このような若者たちの活動に加え、昨年のグローバル・アピールを通じて、ハンセン病について何も知らなかった若い人たちが関心を寄せてくれたことに勇気づけられ、私は引き続き、「若い人に訴えていきたい」という想いを強くしました。

今年は国際青年会議所の皆さまと共に、世界の若い世代の人々に向けてメッセージを発信することにしました。未来を担うビジネスリーダーである国際青年会議所の皆さまは、社会課題に対して熱心に取り組んでいらっしゃいます。皆さまがハンセン病の差別の問題に積極的に協力してくださったことに、あらためて心から感謝を申し上げます。この機会に、それぞれの国や地域で、ハンセン病の差別について考える機会が広がっていくことを期待しています。

国際青年会議所の皆さまに加え、これまでグローバル・アピールに協力してくださった方々が、継続してコミットメントを示してくださっていることも非常に心強いことです。

本日は世界医師会、国際看護師協会、国際法曹協会、国連人権理事会諮問委員会、そしてインドの国会議員の皆さまが、私たちの活動を応援するために駆けつけてくれました。その情熱にあらためて感謝すると共に、このように皆さまの輪が広がっていくこと。それが、ハンセン病の差別と向き合うための大きな力になると信じております。

そして、病気を克服し、不当な差別と闘っている回復者の皆さま。
差別に立ち向かう勇気、そして闘いを続ける不撓不屈の精神は、私たちに人間の持つ強さ、寛容さを教えてくれます。皆さまが力を尽くされている姿に心より敬意を表し、エールを送りたいと思います。

グローバル・アピール2016では、国内各地での写真展やシンポジウムなどを行います。また、海外では、国際青年会議所や回復者の方々とハンセン病について考える機会を計画しています。

この機会を通じて、一人でも多くの方にハンセン病について考え、向き合っていただきたいと思います。

皆さま。力を合わせ、ハンセン病の差別という大きな問題の解決に向けて、共に立ち向かっていこうではありませんか。

ありがとうございました。

*************


グローバル・アピール2016 宣言文
原文・英語


ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすために

ハンセン病は古くから身体に変形を起こす不治の病として世界中で恐れられ、神の罰とさえ考えられてきました。ハンセン病を患った人々は、長い間厳しい差別や不平等に苦しんできました。

有効な治療法が確立され、ハンセン病は今では完全に治る病気となりました。治療薬は世界中どこでも無料で手に入ります。早期発見と早期治療により、後遺症も防ぐことができます。

しかし、ハンセン病に対する差別やスティグマは根強く残っています。患者や既に治療を終えた回復者、そしてその家族でさえも、教育、就職、結婚など様々な社会参加の機会を制限され、不当な扱いを受けています。

迷信や誤解がこうしたスティグマを生んでいます。ハンセン病に対する誤解を解き、スティグマや差別をなくすためには、人々が病気に関する正しい知識を得ることが必要です。

国際青年会議所は、それぞれの地域が抱える課題への解決策を追求することによって、持続可能なインパクトを地域社会に生み出す若き能動的市民の主導的なグローバル・ネットワークです。

私たちは、国際青年会議所が擁する世界中のネットワークを通じ、ハンセン病を理由とする差別が不当であることを訴え、こうした差別と闘います。

次世代を担う子どもたちに正しい知識を伝え、差別を撤廃するための活動を支持します。

ハンセン病患者と回復者、そしてその家族が差別から解放され、彼らが内に秘めた可能性を発揮するこができるよう、他の人たちと同等の機会を得ることができる社会の実現を目指します。



1月28日(木) [2016年01月28日(Thu)]
1月28日(木)

7:25 財団着

8:00 障がい者支援事業打合せ
                                       
8:30 ロンドン出張打合せ

9:30 笹川記念保健協力財団主催「人類遺産世界会議」挨拶

14:30 パラオ共和国政府代表団

15:30 2016年度「預保」事業打合せ

16:00 President, Universal Investment Advisorysa バシレフ氏

17:00 小倉和夫 日本財団パラリンピック研究会代表

18:00 ミャンマーNLD経済委員会来日歓迎レセプション

ミャンマーNLD経済委員会歓迎レセプションで挨拶.jpg
ミャンマーの民族衣装を着てレセプションで挨拶



1月27日(水) [2016年01月27日(Wed)]
1月27日(水)

7:20 財団着

8:00 語り場

10:00 ハンセン病文学のビブリオバトル打合せ

10:30 「人類遺産世界会議」スピーチ打合せ

11:00 在宅看護センター起業家育成事業修了式

13:00 石 弘之 笹川平和財団参与

14:45 齋木昭隆 外務省事務次官
                                   
16:50 ミャンマーNLDと岸田文雄外務大臣表敬

18:00 笹川平和財団 新ビル竣工お披露目パーティー
「ちょっといい話」その60 ―聴覚障害者の留学生― [2016年01月27日(Wed)]
「ちょっといい話」その60
―聴覚障害者の留学生―


日本財団の活動の大きな柱に人作りがある。私は未来を担う若者に大きな可能性を期待しており、そのための奨学金制度は多種多様で、47種類にも及ぶ。

意欲のある若者に機会を与え、のびやかに勉学や研究の出来る自由度の高い奨学金制度の中で、立派な可能性のある若者を育てられることは無上の喜びでもある。

今回ご紹介するのは、アジアで最高峰の聴覚障害者の研究機関である香港中文大学で研鑽(けんさん)を積んで帰国した二人の若者である。

下谷奈津子さんは奈良県出身。アメリカ・ガードナーウェブ大学でアメリカ手話を勉強し香港中文大学で手話言語学修士を取得。卒業論文は最高位の評価を受け、帰国後はもっとも手話が普及している関西学院大学で講師として活動することになっている。

池田ますみさんは、5年間の留学中、手話辞書の作成、ろう文化、手話教授などの研究に没頭。手話言語学の高等ディプロマコースを修了。帰国後は有名な大阪の国立民族博物館に勤務する。

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下谷さん(左)と池田さん(右)


両名とも好奇心旺盛なさわやかな女性で、今後の活躍を心から願っている。

又、偶然、2名の聴覚障害者の若者がアメリカに旅立つ前に挨拶に来てくれた。

西 雄也さんは、大阪芸術大学卒業後、大阪市立聴覚特別支援学校の高校の先生、カリフォルニアでアメリカ手話を学んだ後、ワシントンにある世界最高の聴覚障害者の為の大学であるギャロデット大学大学院でろう教育とデフアートを研究。帰国後は、ろう教育関係の現場に関わることを考えている。

福島愛未(めぐみ)さんは、同じくカリフォルニアでアメリカ手話を学んだ後、ギャロデット大学大学院で聴覚障害者に優しい建築物や室内スペースのあり方についての建築を研究したいという。

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福島さん(左)と西さん(右)

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米国留学での研究テーマを説明する福島さん

4.福島さんの研究テーマ(デフスペース).JPG
研究テーマは「デフスペース」


彼らの帰国後の活躍を期待して送り出した。
これで聴覚障害者のアメリカの高等教育の卒業生と在校生は12年間に21人となった。
1月26日(火) [2016年01月26日(Tue)]
1月26日(火)

7:20 財団着

10:00〜17:00 THINK NOWハンセン病―グローバル・アピール2016
    〜ハンセン病患者と回復者に対する社会的差別の撤廃に向けて〜
    於:笹川平和財団ビル

  10:00 独唱「歌声の響」御作詞/天皇陛下 御作曲/皇后陛下
      ソプラノ歌手、鮫島有美子さんによるチャリティ・パフォーマンス
  10:20 映像上映「Leprosy in Our Time」 
  10:30 主催者挨拶
      笹川陽平 日本財団会長
      パスカル・ダイク 国際青年会議所2016年会頭
      柴田剛介 日本青年会議所2015年会頭

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主催者として挨拶

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会場は満員


  11:05 来賓挨拶
      ティム・ヒューズ 国際法曹協会事務局次長
      オトゥマー・クロイバー 世界医師会事務局長
      ジュディス・シャミアン 国際看護師協会会長
      オビオラ・オカフォー 国連人権理事会諮問委員会議長
      ディネッシュ・トゥリベディ インド・ハンセン病議員連盟委員長
      ヒラリオン・ギア フィリピン全国ハンセン病当事者ネットワーク会長
  11:40 グローバル・アピール2016宣言 
      ロシーニ ササカワ・インド・ハンセン病財団奨学生
      ラムバライシャー インド・ハンセン病回復者協会ビハール州・リーダー
      パスカル・ダイク 国際青年会議所2016年会頭

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4名でグローバル・アピール宣言


  12:00 安倍晋三 総理大臣 挨拶
      塩崎恭久 厚労大臣 挨拶

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安倍総理からも励ましのお言葉をいただきました


  12:20 ハンセン病キャンペーン紹介映像
  12:30 昼食

14:00 第6回B&G全国サミット 講演 於:笹川記念会館
    「ミャンマーの現状と将来」
    首長200名、副首長30名、教育長180名、その他 総勢700名

16.01.26 B&Gサミット.JPG
B&G全国サミットで講演


16:40 グローバルアピール・セッション3 三人による鼎談 於:笹川平和財団ビル
    「ハンセン病・差別・宗教〜我々に新しい文明は可能か」
    高山文彦 作家
    山折哲雄 国際日本文化研究センター所長
    笹川陽平 日本財団会長
  
18:40 レセプション
1月25日(月) [2016年01月25日(Mon)]
1月25日(月)

7:25 財団着

8:30 スピーチ打合せ(グロ−バルアピール)

9:30 ミャンマーNLD経済委員会訪日団・表敬
    
10:00 NHK・取材

12:00 手嶋龍一 国際ジャーナリスト

13:50 ミャンマーNLDと麻生太郎副総理・表敬

14:10 羽生次郎 笹川平和財団会長

14:30 松岡 巌 笹川平和財団・笹川汎アジア基金事業室副室長

16:30 NHK・BS1「キャッチ!世界の視点」打合せ

18:30 ハンセン病 グローバルアピール出席者・夕食会
「グローバル・アピール」―ハンセン病について― [2016年01月25日(Mon)]
「グローバル・アピール」
―ハンセン病について―


私は世界のハンセン病の制圧と、患者・回復者とその家族への差別撤廃のため、永年、世界中で活動してきた。しかし率直に言って、私個人の非力さを感じざるを得ないことが多くあった。

そこで、世界中の有力指導者や団体の協力を得て、ハンセン病に対する正しい知識を啓発するため、毎年「グローバル・アピール」を発表してきた。今年11回目は、国際青年会議所の協力を得て日本で発表する。

これに関係してさまざまな催しを開催しますので、興味と時間のある方は、是非、ご出席下さい。

下記に日程と参加連絡先を記載しておきます。

***************


今年は明日、1月26日(火)のグローバル・アピール2016を皮切りとして、都内を中心に様々なイベントを開催します。今から参加いただけるイベントもあるので、お誘い合わせのうえ、ぜひご参加下さい。

1.グローバル・アピール2016〜ハンセン病患者と回復者に対する
                     社会的差別の撤廃に向けて〜
  1月26日(火)10:00〜17:40 於:笹川平和財団ビル11階国際会議場
  内容:最初に、独唱「歌声の響」 御作詞 天皇陛下/御作曲 皇后陛下
     ソプラノ歌手、鮫島有美子さんによるチャリティ・パフォーマンスがあります。
     その後、ハンセン病の差別撤廃について国際青年会議所と共にグローバル・ア
     ピール2016を世界に発信。世界中の回復者やその家族、医療関係者、人権専門
     家、NGOなどが参加して「医療面」と「社会面」という側面の解決を目指すシン
     ポジウム。
     詳細はウェブサイトで

2.ワールドカフェ 〜さあムーブメントをおこそう!〜
  1月27日(水)18:30〜21:30 於:日本財団ビル1Fバウルーム
  内容:20〜40代を中心とした世界のハンセン病回復者の方々と語る会であり、日本、
  インド、インドネシア、エチオピア、ナイジェリア、フィリピン、ブラジル、中国から
  ハンセン病の回復者が参加する。
     詳細及び参加申し込み

3.人類遺産世界会議
  1月28日(木)9:30〜16:30 於:笹川平和財団ビル11階国際会議場
  1月29日(金)9:30〜17:30 於:日本財団ビル2階大会議室
  1月30日(土)9:30〜13:45 「東京宣言」発表。於:日本財団ビル2階大会議室
  内容:急速に失われつつあるハンセン病の歴史の保存を促進するため、世界約20カ国
     の当事者、政府機関、NGO、研究者などが集い、人類の遺産としてのハンセン
     病の歴史保存の今後の展開を探る。初日には宮崎駿監督がハンセン病との関り
     について語る。
     最終日に東京宣言を発表する。
     詳細及び参加申し込み

4.ハンセン病文学の書評合戦「ビブリオバトル」
  1月31日(日)13:00〜16:00(予定) 於:六本木 多目的スペースumu
  内容:ハンセン病文学をテーマとした知的書評合戦。
  ゲスト:森元美代治さん(ハンセン病回復者)、ドリアン助川さん(作家)
      中江有里さん(女優・作家)
      詳細及び参加申し込み

5.富永夏子 写真展
  1月29日(金)〜 2月2日(火)11:00〜19:00
       於:丸の内オアゾ OO(おお)広場(丸善丸の内本店前)
  内容:「ハンセン病を考えることは、人間を考えること」
      日本財団フォトグラファー富永夏子 写真展
  協力:八重樫信之氏(写真家) 黒崎彰氏(写真家)
     詳細はウェブサイトで

1月22日(金) [2016年01月22日(Fri)]
1月22日(金)

7:35 財団着

8:00 語り場

9:30 工藤栄介 笹川平和財団参与

10:00 十勝毎日新聞・取材

11:30 ナチュラルダイニング「ラ・ルティザン」訪問
    
13:25 菅井明則 笹川平和財団常務理事

13:40 溝渕将史 外務省大臣官房
       
14:00 外務省南東アジア第一課 宮本哲二課長
日中医学協会設立30周年記念―特別講演― [2016年01月22日(Fri)]
日中医学協会設立30周年記念
―特別講演―


日中医学協会では、中国全土より選ばれた笹川日中医学奨学生を日本全国の医科大学及び医学研究所で養成してきた。30年間、2,300名もの日本で学んだ医師は、今や現代中国の医学界を背負う中心的役割を果たしている。この間の日本財団からの支援金は94億円の巨費であった。

そこで、30周年を記念し、創設以来のエピソードの一部を紹介するスピーチをさせて頂いた。掲載が大幅に遅れたことはご寛恕願いたい。


****************


2015年10月30日
於:学士会館


182.JPG


私は医学の専門家ではありませんが、日中医学協会における笹川奨学金制度が相当大きな役割を果たしてきたということについて、お話をさせていただきます。

日中医学協会誕生時のことですが、当時癌研究会にいらっしゃった黒川敏郎先生(東北大学総長・文化勲章)と、日本薬剤師協会の会長もなさいました石館守三先生(初代東京大学薬学部部長)のお二人が私の事務所にお越しになり、これからの日・中交流のため、特に、政治と関わりのない分野で両国の国民の基本的な生活条件である健康をつかさどる医学の分野で交流をしたいというお話がございました。大変遠慮がちに、何とか6、7名、できれば10名の奨学生を受け入れたいというお話でした。

私は「中国という大国を相手に具体的な成果を上げるためには、相当大きな人数が必要です。また、長期的な展望で戦略的な思考を以てことに当たらないと難しいのではないか」などと、若気の至りで、二人の大先生を前にしてお話しさせていただいたことを思い出します。

お二人共困惑した様子でいらっしゃいましたが、お帰りになってからスタッフの皆さんと相談し、私の申し上げた100人規模で考えてみましょうと言うことで笹川医学奨学金制度がスタートをしました。

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最初の中国の保健省・陳敏章部長(大臣)との会談には、私と笹川記念保健協力財団会長の紀伊国献三先生が参り、そこで私は2つの条件を提示しました。一つは、優秀な学生や医者を北京や上海に偏らず、中国全土から出していただきたいということ。もう一つは、医療のあらゆる分野から出していただきたいということの2つの条件でした。勿論、陳敏章先生は快諾されました。残念ながら当時はまだ看護婦、看護師の役割は理解が得られておらず、日本で教育するということについては時間がかかりましたが、6、7年経って看護婦の奨学生も受け入れることが出来るようになりました。現在の中国の看護師会の会長はこのときの第一期生です。

日本にいらっしゃっていただく以上、しっかり成果をあげたいということで、まず中国側で試験をやっていただき、その後1年間、長春において合宿形式で日本語の勉強をしていただきました。そこでは日本語を覚えるだけでなく、日本の社会的な習慣も含め、すぐに生活に慣れるようにということまでも配慮して準備をしていただきました。当時の中国の奨学金制度はごく一部のところにしかありませんでしたので、本当に優秀な方々が来日して下さり、日本にとってもいい時期だったのではないかと思っています。

文化摩擦、文化交流の難しい場面もございました。「とにかくわからない事は何でも聞いて下さい。異文化交流するのですから何でも結構です。不愉快な思いをされることがあるかも知れませんが、それはひょっとして誤解だったということもありますので、黙っていては理解できません」と申し上げていました。ある時、お昼に松花堂弁当を出しましたら、中国の方にとっては冷や飯を食わされたということで、「これは犬や猫しか食べないもので、箱は立派だけれども、我々を侮辱しているのではないかと言っている」という話が漏れ聞こえて参りまして、次からはご飯だけは温かいものを出すようにしました。

日本の先生方は、奨学生の受け入れをお願いした時、一人として拒否される事はありませんでした。本当にありがたいことだと思っております。東京、大阪など大都市の大学だけではなくて、日本全国津々浦々、北海道から沖縄に至るまでの各大学で勉強していただきました。また、その地方独特の文化も吸収し、日本の地方文化や日常生活における日本人の様子も知っていただきたいと欲張りなプログラムを考えていただきました。

奨学生の方々は各地方で本当によく勉強されていましたし、それぞれの地域で歓迎され尊敬も受けていたため、主任教官や他の先生方がいろいろなプレゼントをされたようです。ところが、日本側から見ると、奨学生たちがその贈物を本当に喜ばれているのかわからないという話がございました。よく調べてみますと、中国では贈物を頂いたときに「ありがとうとございます」と一回だけ言うのが習慣だそうです。日本では家に帰って着てみて、大変良かったとか、何遍でもお礼を言う習慣があるのに、中国の方が一遍しかお礼を言わないのは、本当に喜ばれたのかどうかわからないという疑問を主任教官の先生や関係者が持たれたようでございます。しかし、中国では二度も三度も言うともっと下さいという催促の意味だそうであることもわかってまいりました。

記録には残っていないことですが、1年間日本で勉強するというのは実に大変なことで、特に主任教官の先生の忙しさは半端ではありませんでした。奨学生から見れば、主任教官の先生が本当に私のことを考えて下さっているのだろうか、もっとゆっくり先生とお話しする時間が欲しいとか、他に生活に対する悩みもあったようです。それをしっかり受け止めてくださったのが阿部さんという日中医学協会の女性で、「日中医学協会の母」ともいわれた方です。随時電話をしては今の状況等はどうですかと聞いていらっしゃいました。こういうサポートしてくださったかたがいらっしゃったから1人の脱落者もなく、この奨学金制度は中国の政府からも高い評価があり、成功したのでしょう。

一度だけ悲しいことがございました。大晦日に交通事故で亡くなられた方がお一人いらっしゃいましたが、本当に手厚い配慮をしていただきました。北京の郊外に住む軍医の方で、正月明けに私が北京のご自宅に弔問にお邪魔をしましてお詫びを申し上げましたが、中国の方々には、逆に良くここまで面倒見てくれたと感謝されました。

SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行の時には、奨学生のO.B.の方々が第一線で活躍してくれて、温家宝首相より感謝の談話があったということです。あるいは、四川の大震災でも皆様大いに活躍をして下さったとも伺っております。

中国の諺で「一年穀物を植える、十年木を植える、百年人を育てる」というのがあります。まだ三十年少々しか経っていないのですが、もう数百年分の人が育ったのではないかと思われる位、奨学生の皆様は中国医学会の錚々たるメンバーに成長なさいました。これこそ人を育てることの大切さ、また喜び、人生そのものの喜びを私自身、感じさせていただいたわけでございます。

日・中・韓の三国は時代によっては緊張する時もございました。「歴史を鏡として未来に進もう」という言葉がよく中国の為政者から出て参りましたが、私は「歴史を鏡とする」という言葉だけでは不足です。これは日・中間の近代史の一部を切り取って「歴史を鏡とする」という意味に日本人は捉えます。日・中を2000年という歴史で見れば、おだやかな二国間関係であったといえます。世界史の中で2000年も続いた二国間関係は日・中間だけで、地政学的にも離れ難い隣国なのです。

国家レベルで日中間が常に友好状態であるとは限りません。しかし経済的には相互依存は年々深まっております。これを配慮すれば、多少のトラブルが出たとしても2000年の長い歴史に立って少しおおらかな気持ちで対応すればいいのです。民族的な愛国心で騒ぎ立てれば必ず不幸を招くというのは、世界の歴史が証明していることです。

日中医学協会は、これまで人々の健康を守るという最も大切なことを果たしてきました。協会30年を機に、これからも日・中間の人々の健康を維持するためさらに大きく飛躍すると共に、政治の世界とは離れて、日・中だけではなくてアジアの社会に羽ばたけるような、そういう日中医学協会であって欲しいと思います。と同時に、中国衛生部とのパートナーシップをさらに強化していただきたいとの期待を込め、この30年間の皆様方の努力に心から感謝を申し上げますとともにお祝いを申し上げ、新たな30年に向かって発展されることを心から祈念をいたします。
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