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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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10月30日(金) [2015年10月30日(Fri)]
10月30日(金)

7:20 財団着

8:30 「福祉車両」事業打合せ

9:00 「夢の奨学金」事業打合せ

13:30 日中医学協会設立30周年記念行事 特別講演

170.JPG
特別講演

182.JPG
卒業生は2200人を超えた


15:30 広渡英治 日本吟剣詩舞振興会専務理事

16:00 ミャンマー総選挙監視団勉強会

18:30 手嶋龍一 国際ジャーナリスト

「中国の小話」その66―共産党幹部たちの行動パターン― [2015年10月30日(Fri)]
「中国の小話」その66―
共産党幹部たちの行動パターン―


中国の市民たちのひそひそ話によると、共産党の幹部たちには次のような行動パターンがあるという。

ドイツ人(マルクス)が書いた「共産党宣言」を読む。

フランス人(ウジェーヌ・ポティエ作詞)が作ったインターナショナルを歌う。

ロシア人がデザインした鎌とハンマーの党旗に向かって入党の宣誓をする。

中国共産党学校で共産主義についての定期研修終了後、自動車の中から、アメリカにいる家族にニューヨーク株価について問い合わせする。

国名である「中華人民共和国」は、「中華」以外は日本語であることを知らないで使用している。

スイスの銀行に預金する。

女房と子供はアメリカに送って海外生活させる。

支配している人民には、「外国のもの(制度、方法、経験)をそのまま取り入れるのは禁物だ」と、厳しく指導・監督する。
10月29日(木) [2015年10月29日(Thu)]
10月29日(木)

7:25 財団着

8:00 鳥取プロジェクト事業打合せ

9:00〜17:00 日本財団創立記念日シンポジウム
    9:00 新入職員・自己紹介プレゼン
    10:00-12:00 経営戦略プロジェクト報告・討議

13:00 盛山正仁 法務副大臣

14:00 ミャンマー総選挙監視団に関する勉強会

16:30 日本財団創立記念日シンポジウム 総活で挨拶

集合写真.jpg
最後に記念写真
はいポーズ!


17:00 懇親会

18:00 丸山市郎 ミャンマー大使館公使
10月28日(水) [2015年10月28日(Wed)]
10月28日(水)

7:25 財団着

8:30 金沢出張打合せ

9:00 西尾雄志 Gakuvo代表

9:30 菅原悟志 B&G財団専務理事

9:50 工藤栄介 笹川平和財団参与

10:00 坂本森男 前消防庁長官

10:30 石川一洋 NHK解説委員

11:00 和久井伸孝 日墨協会会長(日本メキシコ協会)

IMG_7873.JPG
和久井伸孝{筆者右}


12:30 東京発

15:06 新大阪着

16:00〜19:00 ボートレース関係・市長会

19:37 新大阪発

22:13 東京着
「ハンセン病制圧活動記」その31―ブラジル保健大臣とトラブル― [2015年10月28日(Wed)]
「ハンセン病制圧活動記」その31
―ブラジル保健大臣とトラブル―


読者ご高承の通り、私はハンセン病の制圧と患者・回復者とその家族へのいわれなき偏見・差別との闘いを終生の仕事として世界中を飛び回っている。

WHOの定めるハンセン病制圧とは、人口1万人に対して患者1人未満にすることである。勿論、これで世界から患者がゼロになるわけでもなく、偏見・差別がなくなるわけでもない。しかし、第一段階としてこの1万人に1人未満にするという数値目標の設定は、世界のハンセン病患者を激減させる上で有効な方法であった。現在この未制圧国はブラジル1カ国のみである。

私は第一段階の世界制圧のために、今年8月、13日間の旅程でブラジルを訪問したが、そこでブラジル保健大臣と思わぬトラブルが発生してしまった。

その経過は下記の通りである。

8月6日、製薬会社ノバルティス社主催の「ハンセン病の国際会議」で挨拶。その後、保健大臣との会談までの時間に、ブラジルの保健・医療問題を解決するためにNGO代表などが集まって開催されていた国家保健審議会の会議で、急遽、議長より飛び入りで「笹川さん、何でもいいですから挨拶してください」との要請があった。

「私は世界からハンセン病をなくす活動を終生の仕事として活動しています。世界全ての国々でWHOの定める人口1万人に患者数1人以下を達成しました。しかし残念なことに、ワールドカップを開催し、オリンピックを開催される国だけが唯一、この基準を達成していません。人材も豊富、お金もあるブラジルで、何故、実現できないのでしょうか? 世界ではブラジルより条件の悪い国々でも成功しています。今日お集りの皆さんは、それぞれの地域で社会活動家として影響力がある方々とお聞きしています。是非、ブラジルのハンセン病制圧活動に興味を持ち、力になって下さい」との要旨の挨拶をした。

ここに保健省の幹部が出席していたらしく、保健大臣にご注進となったらしい。
どのように説明したのかは不明だが、大臣との会談は不機嫌そうなそぶりで、冷たい握手から始まった。

冒頭「あなた方の持っているハンセン病患者・回復者数の資料は古い。現在は25,738人(2014年)まで減っている。今年12月までに制圧する」と発言されたのですかさず確認すると、再度12月までに制圧すると発言。内心しめたと思い、これを聞いただけで訪問したかいがあったと、手をのばして大臣と握手した。

キオロ保健大臣.JPG
キオロ保健大臣と握手はしたが・・・


わずか20分ほどの会談であったが、保健大臣の言質を取ったことは大きかった。外には入室を禁止されていたブラジルのハンセン病活動団体モハンのアルツールとカメラマンが心配そうに待っていた。

しかし、保健大臣の怒りは続き、ブラジル全州から保健関係者が集まる会議では、予定されていた私のスピーチが保健大臣の横槍で急遽、キャンセルとなった。理由は「挨拶する人が急に10人にもなったので」と、主催者は申し訳なさそうに弁解した。日本で準備したスピーチを読めなかったのは残念ではあったが、保健大臣の「今年中に制圧を実現する」との言質は、私にとって何よりの「みやげ」になった。しかし、同行スタッフには心配をかけて申し訳ないことになってしまった。

保健大臣の怒りの指示はまだまだ続く。

ブラジル最大のハンセン病蔓延州であるマトグロッソ州の保健関係者に、笹川一行の世話をしないようにとの連絡があったとのことで、出迎えもなかった。しかし、マトグロッソ州の中には良識派もいた。州知事は日曜にも関わらずご夫妻で滞在中のホテルを訪ねて下さり、「ハンセン病問題は深刻です。是非ご協力願いたい」との陳情を受けた。この州の元知事の中には、マトグロッソ州にはハンセン病はゼロだと公言した方もいたのだから驚きである。

出世ラインから外された良識派の看護師も参加して下さり、ハンセン病患者の自宅訪問に同行した。一人の患者宅では、父親は患者で診療所の名簿に記載さていたが、一緒に暮らす初診断の妹、弟、たまたま休日で遊びに来ていた弟の20歳の娘もハンセン病の疑いが濃厚だった。他の一軒も同様で、同じ家族の中に新患が三人も発見された。ハンセン病は微弱ではあるが感染症であることを改めて深く認識するとともに、現在進行形の存在であり、制圧への新たな闘志がわいてきた。

この惨状はいずれ書くとして、保健大臣の怒りがなければこのような実態を知ることなく保健担当官の見学コースを視察して終わっていたことだろう。怒りの保健大臣閣下には心からなる御礼を申し上げ、今年中の制圧の朗報を心静かにお待ちしています。

後日、保健大臣の怒りには原因があったことが判明した。
一つは、会談の前日、ブラジルの世論調査は、汚職疑惑にゆれるルセフ政権への批判から、支持率がたった8%と、歴代政権の最低の数字が出て神経質になっていたこと。
二つ目は、「ワールドサッカー、オリンピックも開催でき、資金も人材も豊富な国で、何故、ハンセン病が制圧できないのか」と挨拶した会議が、インターネットで全国に配信されていたこと。
三つ目は、ブラジルでハンセン病制圧活動を展開する我々の仲間であるモハンは、保健省のハンセン病対策批判の急先鋒であることが判明した。

しかし、今回のブラジル訪問は成功であった。
保健大臣が今年中にハンセン病を制圧すると発言したこと。保健大臣の圧力により公式ルートではなく、良識派の看護師の案内でハンセン病蔓延地域を視察することができ、私の想像をはるかに超える真実の惨状を目にすることが出来たことである。

ハンセン病対策は、当該政府や担当の保健大臣の協力も必要だが、救いの手のないところで絶望しているハンセン病患者を発見し、一人でも多く救い出すことが使命だと考えている。

「何が幸いするかわからない」とは、笹川良一の口癖であった。
本当にそう思うブラジル訪問であった。

後日談だが、9月30日に保健大臣はルセフ大統領によって突然解任された。
理由はわからない。

ブラジルでのハンセン病制圧活動は下記の通りです。(移動日は含まず)
2002年1月27日〜2月5日
2004年6月30日〜7月6日
2005年2月27日〜3月1日
2006年6月10日〜18日
2008年11月17日〜19日
2011年11月23日〜28日
2012年6月20日〜22日
2013年12月17日〜21日 
2015年8月5日〜14日 

10月27日(火) [2015年10月27日(Tue)]
10月27日(火)

7:30 財団着

8:00 大野修一 日本財団常務理事

9:00 「海外協力援助金」事業打合せ

10:00 理事会

1300 伊東高廣 ボートレース振興会常務理事

14:00 笹川平和財団招聘事業 インド国会議員訪日団・表敬

15:00 スピーチ打合せ

16:00 グレイトブリテン・ササカワ財団審査会

17:00 マグヌス・ローバック スウェーデン大使

18:00 インド国会議員訪日団歓迎レセプション
10月26日(月) [2015年10月26日(Mon)]
10月26日(月)

7:30 財団着

12:00 角 和夫 阪急電鉄会長

14:00 Dr. Pedro Makabe ペルー日系人協会会長

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Dr. Pedro Makabe会長


15:00 伊藤 隆 東京大学名誉教授

17:00 「遺贈終活センター」事業打合せ

17:30 羽生次郎 笹川平和財団会長

18:30 日高憲三 明治大学理事長
「中国の小話」その65―中国の「冶」いろいろ― [2015年10月26日(Mon)]
「中国の小話」その65
―中国の「冶」いろいろ―


「治」とは何か?
辞書によると、「治」とは、おさめる、おさまる、なおる、なおす、とある。

今日の中国のいろいろな「治」を、孔子さまと弟子たちの対話という形で次のように解説している者がいて、人気を集めている。

 子淵が孔子に「人治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「言うことを聞かないと叩き潰すこと」
 ※「人治」とは、儒教の思想で、為政者が徳や権威で国を治めること。

 子路が孔子に「専治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「言うことを聞いても叩き潰すこと」
 ※「専冶」とは、リーダーの独断で国を治める政治。

 子貢が孔子に「吏治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「従わないと叩き潰すこと」
 ※「吏治」とは、官僚の役割を重視し、大きな権限を与える治め方。

 子有が孔子に「統治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「代わる代わる叩き潰すこと」
 ※「統治」とは、日本語と同じ「支配」の意。
  ただし、「統」の字は中国語の副詞で「すべて」「誰でも」という意味があり、
  ここでいう「次々に」「代わる代わる」に通じている。

 子我が孔子に「整治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「口実をつけて叩き潰すこと」
 ※「整治」とは、中国語では手入れする、直す、整理するという意味。
  「整」を動詞として使うときは「懲らしめる」という意味がある。
  ここでは、この意味が使われている。
  即ち、口実をつけて、人を懲らしめること。

 子游が孔子に「法治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「手続きを踏まえて叩き潰すこと」
 ※「法冶」とは、法律を基準にして国を治めること。日本語と同じ。

 子騫が孔子に「徳治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「手下に任して叩き潰すこと」
 ※「徳治」とは、徳、仁に基づいて国を治めること。日本語と同じ。

 子産が孔子に「民治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「互いに叩き潰すこと」
 ※「民治」とは、国民、民衆による政治。

 子夏が孔子に「政治」とは何か、と聞く。
 子曰く、「暗い独房に拘禁して叩き潰すこと」
 ※「政治」とは、国家の統治作用を指す言葉。日本語と同意。
10月25日(日) [2015年10月25日(Sun)]
10月25日(日)

2:00 ナンディーより、ニュージーランド・オークランド着(空港待機7時間)

@早朝?2時にフィジーからニュージーランドに到着。.JPG
早朝?2時にフィジーからニュージーランドに到着

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ニュージーランド空港にて
ニュージーランドvs南アフリカのラグビーワールドカップを観戦


10:00 オークランド発

17:00 成田着
10月24日(土) [2015年10月24日(Sat)]
10月24日(土)

6:30 朝食

@レルビア島で宿泊したコテージ。.JPG
レルビア島で宿泊したコテージ


8:45 ボートにてレルビア島発 (移動時間約1時間45分)

Aイルカが!しばらく我々のボートと並走。.JPG
イルカだ! 
しばらく我々のボートと並走


10:30 かつてのハンセン病隔離島Makogai Island(マコガイ島)着

B1911年から1968年までハンセン病患者を隔離していたマコガイ島.JPG
1911年から1968年まで、ハンセン病患者を隔離していたマコガイ島

C現在はのどかな島となっている.JPG
現在はのどかな島になっていた

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マコガイ島に収容されたペリーさん
我々の訪問を機に46年ぶりに島に戻って来た
家族と別れた時のことを思い出して声を詰まらせる場面も・・・

E隔離されたものの、生活は充実していたというペリーさんの話しに少し胸を撫で下ろす.JPG
隔離されたものの生活は充実していたというペリーさんの話しに、胸を撫で下ろす

F島には当時の建物がいくつも残っている.JPG
島には当時の建物がいくつも残っている

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約1500人のハンセン病患者と
献身的に患者のために尽くした英国のシスターたちが一緒に眠るお墓の前で

H島の人々から昼食のおもてなしをうけた.JPG
島の人々から昼食のもてなしをうけた

I最後にペリーさんと島民たちと一緒に記念撮影.JPG
最後にペリーさん、島民たちと一緒に記念撮影


12:40 マコガイ島発(移動時間約2時間)

14:40 スバ着

15:20 スバ空港着(空港待機約2時間半)

18:00 スバ発

18:30 ナンディ着

22:00 ナンディ発、ニュージーランド・オークランドへ
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