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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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4月30日(水) [2014年04月30日(Wed)]
4月30日(水)

8:30 ハンセン病ウェブサイト打合せ

9:00 G8・タスクフォース打合せ

10:00 タン・テー ミャンマ−鉄道運輸大臣

ミャンマー タン・テー鉄道運輸大臣.JPG
タン・テー鉄道運輸大臣

記念撮影.JPG
同行者と一緒に記念撮影


11:50 稲吉紘実 CIデザイナー、ピース・コンダクター
    
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CIデザイナーの稲吉紘実様とNPO法人アース・アイデンティティ・プロジェクトの河原裕子様
日本財団再犯防止のための再チャレンジ奨学金制度へご寄附いただきました


13:00 伊東香織 倉敷市市長

15:00 山下俊一 長崎大学副学長
「タイ、スリランカ出張」 [2014年04月30日(Wed)]
「タイ、スリランカ出張」


明日からタイ、スリランカ出張に出張いたします。

スリランカは大統領からの招待で、腹蔵なく意見交換をする予定です。

帰国は4日です。
「アメリカ大統領とゴルフ」 [2014年04月30日(Wed)]
「アメリカ大統領とゴルフ」


アメリカの歴代大統領にはゴルフ好きが多いが、中でもオバマ大統領は別格。月平均3回、年末年始を過ごしたハワイでは15日間のうち9日間プレーしたと朝日新聞が報じていた。

もちろんアメリカの大統領全てがゴルフをするわけではない。ゴルフをしないレーガン大統領に、日本の高官がゴルフクラブをプレゼントし失笑を買ったこともあった。心のこもったプレゼントをするには、あらかじめ相手の好みや奥方の趣味を調べておくことが不可欠。高官には「大統領はゴルフをする」との思い込みが強かったのであろう。

安倍首相もゴルフ好き。健康管理の上からも時間が許せば大いにゴルフを楽しんだらいいと思うが、なかなか日程が取れないようだ。昨年の夏休みは15日間で9日プレーし、「9日も」と報道された。鳥インフルエンザが発生した4月13日には、そのままゴルフを続け、官房長官が弁明のコメントを出す事態となった。メディアの反応は異常な気がする。

小渕首相が倒れた時、メディアはそろって首相の健康管理を問題にし、立派な体格の森首相が後を継ぐと、首相の健康問題は議論から消えた。それどころかハワイで潜水艦による水産高校実習船沈没事故が起きた際には、残り2ホールほどのプレーを続行したことで大きな批判を浴びた。

一般的なサラリーマンの休日を2013年度で見ると、土・日に17日間の祝日を合わせ計121日、これに年末年始や夏季休暇を加えれば休みは3日に1日以上になる。これに対し、日本の首相のスケジュールは、毎日、新聞に掲載されている首相の「動静欄」を見るまでもなく、筆者の知る限り世界で最も過密である。

ほぼ毎週のように習志野カントリーに出掛けながら、何ら批判も出なかった鈴木善幸元首相のようなケースもあるが、心身のリフレッシュがあってこそ大きな政治ができる。われわれは、もう少し首相の休養に寛容であるべきではないかー。

田中角栄元首相は、ある時、筆者とのゴルフ談議の中で、大学ノートのゴルフ記録を見せ、「陽平くん! 私にとってゴルフは政治と同じ闘いだよ」と楽しげに語った。

そこには日付、天気、同伴者、スタート、終了時間がハーフごとに記入され、スコアーはもちろん、昼食のメニューも几帳面に記入されていた。ある年の8月の記録は、何と! 1ヶ月間に67ラウンド。「わたしゃあ、天下国家をやりながら8月は1日2ラウンド以上やったんだよ」と例のダミ声でしゃべりながら、好物のオールドパーを喉に流し込んだ。

多弁な角さんだが、ゴルフではひたすら黙々と歩き、人一倍汗かきのためハーフごとにシャツや靴下を履き替えていた。時間が許せば1日4ラウンドもプレーするという。一度、4ラウンドやろうと一緒にプレーを始めたことがあるが、宮沢喜一氏が急用で軽井沢に来たとのことで中断、「角さんのゴルフは楽しみというより修行だ」とあらためて実感したものである。

筆者は近年、海外出張が多く、ゴルフの機会もめっきり減った。昨年の海外出張は21回、148日であった。たまの休日も雑用が多い。この4月は珍しく1ヶ月を日本で過ごし、2週続けて土・日、各々1.5ラウンドのプレーをした。筆者はカート使用のコース以外は歩くことにしている。春のそよ風の中、桜花が舞い、新緑が日の光を浴び、緑に色づいた芝の上を歩くのは何とも清々しく、心身ともに充実する思いがする。

首相には時間が許せば週一度は、ゴルフ場で心身共にリフレッシュするささやかな贅沢を差し上げようではないか。過密スケジュールの中でのストレス解放こそ首相の健康管理に重要である。
「ちょっといい話」その41―デニス・ブレア海軍大将 笹川平和財団USA会長へ― [2014年04月28日(Mon)]
「ちょっといい話」その41
―デニス・ブレア海軍大将 笹川平和財団USA会長へ―


デニス・ブレア元米国国家情報長官、元太平洋軍事司令官海軍大将は、5月より笹川平和財団U.S.A(ワシントン)の会長に就任する。

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デニス・ブレア提督


4月14日にご夫妻で来日され、安倍首相、小野寺防衛大臣、統合幕僚長などと会談。また、日本財団、日本記者クラブで講演。かつて3年間横須賀に滞在されたこともあり、夫妻とも知日派である。

笹川平和財団は日本財団の姉妹財団で、日米の多様なオピニオンリーダーの交流をはじめ、日米が協力して世界の諸問題の解決に貢献できる基盤作りを目指して活動している。

大将は「財団を、日米関係を扱う最良のシンクタンクにするため全力を尽くしたい」と、筆者に抱負を述べてくれた。

米国における知日派はアーミテージ、ハムレ、ナイの各氏が良く知られているが、人材は極めて限られている。この層を厚くするためには見識、知見、人脈を有する米国人有力指導者で、積極的に協力してくださる人材の出現が待望されていた。笹川平和財団・羽生会長の尽力によりこの人事が実現したことは、これからの日米関係をより幅広くより強固にするための英断であった。

デニス・ブレア海軍大将の略歴は下記の通り。
2009年1月から2010年5月まで、米国家情報長官(DNI)として16の国家情報機関を統合し、50億ドル規模の予算を執行し、大統領、議会、そして戦地の作戦部隊に対して情報支援を行った。米海軍で34年間活動し、米軍最大の戦闘部隊である米国太平洋軍司令部の司令官を務めた後、2002年に退役。米海軍では、大西洋および太平洋艦隊の誘導ミサイル駆逐艦に従事し、キティ・ホーク空母打撃群を指揮した。また、統合参謀本部の事務局長、国家安全保障会議(NSC)における予算や政策担当の役職等も務めた。

米国海軍士官学校で教育を受け、ローズ奨学生としてオックスフォード大学で歴史学と言語学の修士号を取得。米国の防衛殊勲章および、国家情報業務に貢献した者に与えられる勲章を複数授与された他、日本、タイ、韓国、豪州、フィリピン、台湾を含む外国政府からも勲章を授与されている。
4月25日(金) [2014年04月25日(Fri)]
4月25日(金)

10:45 古屋圭司 内閣防災大臣

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古屋圭司防災大臣へ「障害者も参加する防災促進のための仙台声明」を手渡す
(左からESCAPのアンダーソン氏、古屋大臣、筆者、モンスバッケンRI会長)


11:45 平成26年度笹川科学研究助成及び笹川スポーツ研究助成「研究奨励の会」

日本科学協会の大島美恵子会長より笹川科学研究奨励賞を授与.JPG
日本科学協会の大島美恵子会長より、笹川科学研究奨励賞を授与

笹川スポーツ財団の小野清子理事長より研究助成決定通知書を交付.JPG
笹川スポーツ財団の小野清子理事長より、研究助成決定通知書を交付

挨拶.JPG
来賓として挨拶


14:00  東京ネクストTV・取材

16:00 石川和秀 外務省南部アジア部部長

17:00 北岡伸一 国際大学学長
「ハンセン病制圧活動記」その14―インド北部ウッタル・プラデーシュ州訪問記 [2014年04月25日(Fri)]
「ハンセン病制圧活動記」その14
―インド北部ウッタル・プラデーシュ州訪問記―


松丘保養園機関誌「甲田の裾」
2014年新春号


WHOハンセン病制圧特別大使
笹川 陽平



 10月21日から3日間、インド北部のウッタル・プラデーシュ州を訪問した。今回の訪問の目的は、主に3つ。1つめには、インドで最もハンセン病患者数の多い州において、ハンセン病対策をさらに加速させるための政治的コミットメントを取りつけること。2つめに、ハンセン病回復者の州リーダーとともに、ハンセン病年金の設置や第2世代の高等教育支援など、政策のさらなる充実に向けて州政府の高官と会い、交渉すること。最後に、ササカワ・インド・ハンセン病財団で支援している経済的自立のための融資事業を視察することである。

 インドの首都デリーの東に位置するウッタル・プラデーシュ州は、北部にネパールと国境を接している。人口12億人のインドの中でも最も人口が多く、約2億人が暮らす。保健省を通じて報告されるハンセン病の新規患者数は国内最多で、年間24,000人以上。面積は243,000平方キロメートルと日本の本州よりも広く、この州だけで一国と呼びたくなる規模である。

 21日、インドの首都デリー経由でウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウの空港に到着すると、ウッタル・プラデーシュ州保健省の方々とともに、ハンセン病回復者組織の州リーダーであるダヤル・プラサード氏とムラリ・シンハ氏が出迎えてくれた。到着直後に、州社会福祉省の障害担当副委員長であるシャレンドラ・クマール・ソンカール氏と面談。彼自身も視覚障害がある。インドにはIASという行政官資格があり、これは日本の官僚の登竜門である上級職試験より100倍難関であるといっても過言ではない。退職して肩書がなくなっても名刺にはIASと書かれており、いかに尊敬される立場であるかおわかりになるだろう。ソンカール氏はウッタル・プラデーシュ州で視覚障害者として初めてIAS試験に合格したという。同行した州リーダーによる陳情に耳を傾け、ウッタル・プラデーシュ州の障害者を対象とした年金、経済的自立のための融資制度といった各施策が、障害をもつハンセン病回復者にも適用されるよう確約してくれた。またウッタル・プラデーシュ州75県各県に配置されている障害者問題協議会に、ハンセン病回復者もメンバーとして加えるようにすると約束してくださった。

 午後は、インド政府保健省から州政府保健次官の実務トップといえるプラヴィール・クマール保健次官、シャシャンク・ヴィクラム保健省特別次官、州ハンセン病担当官、75県のうち、蔓延率が1以上である37の県ハンセン病担当官、NGO代表者、ハンセン病回復者らが集まり、ハンセン病対策をさらに加速させるための関係者連携会議が行われた。今年7月バンコクで行われた国際ハンセン病サミットにおいて、蔓延国17カ国の保健大臣からさらなるハンセン病対策加速に向けた決意表明がされた。連邦政府制のインドでは、現場におけるハンセン病対策の実権は州政府が握っている。新しい患者を早期に診断し、速やかに治療できるシステムを維持するには、州政府のコミットメントが不可欠だ。会議の議長を務められたプラヴィール・クマール保健次官は、ハンセン病がどのように感染するか、感染経路をどう断つことができるのか、予定時間を大幅に越えて参加者と熱心に議論されていた。「病気の発見、治療は保健省の責任。新規患者を発見し、報告し、一刻も早く治療を始めることに保健省として全力で取り組む」と力強く宣言され、「子どもの障害発生数が高いことに強い懸念を持っている。真剣に取り組む必要がある、手を緩める余裕は全くない」と語られた。ウッタル・プラデーシュ州においても、関係者が一丸となってハンセン病対策に取り組んでいく決意を再確認することができた。

 またこの会議においてもうひとつ喜ばしかったことは、10社以上の地元メディアが参加してくれたことである。ハンセン病が治る病気である、薬が無料で手に入るというメッセージに加えて、ハンセン病が既に終わった昔の問題ではなく、現在も全力で取り組むべき課題であるという意識を、特にインドの蔓延州においては多くの人に持っていただきたい。

 翌日は、州都ラクナウから南に約80キロ離れたライベラリ県にジェイ・ドゥルガ・ハンセン病コロニーを訪ねた。1971年に設立されたこのコロニーでは、40人のハンセン病回復者と31人の子どもたちが暮らしている。コロニーの家屋のうち25軒は、県の都市開発機構によって建てられたコンクリート建ての建物。トイレや機械式汲み上げ井戸など、インフラ整備も比較的整っている。

 このコロニーでは、ササカワ・インド・ハンセン病財団(SILF)の支援を受けて経済的自立のための融資事業が行っている。サイクルリキシャ(自転車による人力車)の操業、女性によるヤギの飼育など、合計13人のメンバーが融資を受けてビジネスを実施。サイクルリキシャでは一日平均200ルピー(約330円)の収入を得られているそうだ。皆、誇らしそうな笑顔で飼っているヤギや自分が運転するサイクルリキシャを私に見せてくれた。

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サイクル・リキシャで生計を立てるコロニーの男性(ジェイ・ドゥルガ・ハンセン病コロニー)


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ヤギの飼育も軌道に乗っている(ジェイ・ドゥルガ・ハンセン病コロニー)


SILFではインド全土16州で約150のプロジェクトが現在動いている。SILFのスタッフによると、プロジェクト成功の鍵は、メンバーが自分自身で意思決定する力を育てられるかどうか、能力や経験など彼らが持つ資源を活かせるかどうか、物品販売のマーケットがあるかどうか、そして現在プロジェクトに従事しているメンバーが年老いた時、次世代である彼らの子どもたちがそのビジネスを継ぎたいと思えるような魅力的なビジネスかどうかの4点だという。これまで物乞い以外に生計を立てる選択肢がなかった人たちが、自分たちの力でビジネスを立ち上げ成功するにつれて自信をつけ、コミュニティ全体の意識が前向きに変化わるような成功例が出てきていることは非常に嬉しいことだ。

 コロニーで行われた集会にはジェイ・ドゥルガ・ハンセン病コロニー以外にも州内12のコロニーから代表者が参加し、それぞれのコロニーで直面している問題について話し合いが行われた。

 ウッタル・プラデーシュ州には、「ハンセン病回復者福祉協会」という名のハンセン病回復者による州組織がある。2012年12月に、生活状況の改善を求める要望書を州首相に宛てて提出した。要望事項は、月額2,000ルピー(約3,300円)のハンセン病年金の設置、州政府が提供する低所得者向け住居のハンセン病コロニーへの適用、水・電気等衛生設備の充実、第二世代への高等教育の機会提供、コロニーにおける医療器具の無償提供などの5つ。返答がなかったため、今年9月に再度要望書を今度はメディアを通じて公開書簡として提出し、州政府の関係各省庁へもコピーを提出した。どうしたら自分たちの声が受け入れられるか、よく考えられた行動である。また州リーダーのムラリ氏はEメールアドレスを持っており、全国のハンセン病回復者州リーダーらとのやりとりにも携帯電話に加えてEメールを使用している。ハンセン病回復者のリーダーの間で情報化を進めることは、広いインドにおいて迅速に情報を共有するためには不可欠なことであり、今後の活動の展開にますます希望が持てる明るい兆しである。

 夕方にラクナウに戻り、州リーダーたちとともにウッタル・プラデーシュ州政府社会福祉省局長のアニル・クマール・サガル社会福祉省局長と面談。要望書のコピーをサガル局長に手渡し、ハンセン病特別年金の設置にご協力をいただくようお願いしたところ、「できる限り協力する」と力強い言葉をいただいた。
 
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社会福祉省クマール次官(左)と州リーダー ムラリ氏(中央)と筆者


 翌朝は、社会福祉省の実務トップに当たるスニル・クマール次官と面談。次官に就任して2ヶ月だが、ハンセン病の回復者から陳情を受けたのは初めてという。陳情事項のひとつである第2世代の子どもたちの高等教育については、州政府が提供する年収3万ルピー(約5万円)以下の低所得者層に提供される奨学金制度に申請するよう助言があった。ハンセン病特別年金の設置について、「対象者が何人いるのか、県ごとに詳細のデータを出して欲しい。それを基に州政府が確認調査を行う。他の州のハンセン病年金についても詳細の情報が欲しい」と語った上で、「前向きに検討します」と約束してくださった。前向きな発言が社会福祉省次官から聞けたことは何より心強いことである。同日にはB. L. ジョシ州知事とアハメット・ハッサン保健大臣を表敬訪問し、ハンセン病回復者が直面する問題解決へのご協力をお願いした。州政府の期待に応えられるデータを提出するよう、州リーダーたちを激励し、ウッタル・プラデーシュ州を後にした。

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ジェイ・ドゥルガ・ハンセン病コロニーで回復者の方々の前であいさつ


 驚いたことに、帰国してから1週間も経たないうちに進展があった。社会福祉次官から発信された公文書がムラリ氏からメールで送られてきた。各県の福祉担当官宛に発信された公文書には、州のハンセン病回復者組織から提出された子どものリストが添付され、「確認調査を行った上で、低所得者層向け高等教育支援を支給するように」と書かれていた。これまで様々な州を回って同様のお願いをしてきたが、これほど迅速な対応が州政府からあったのは初めてのことだ。年金の設置についても州政府との交渉が進められている最中であり、今後の進展に期待したい。
 コロニーに集まったハンセン病回復者の皆さんに語った通り、彼らが直面する問題を解決するのは彼ら自身の力である。インドのハンセン病回復者協会(旧団体名はナショナル・フォーラム)のもとに、全国の成功例の基となる情報や戦略を共有するためのネットワークが着実に築かれつつある。私ができるのは、彼らの闘いに寄り添い、必要な時に手を添えることだ。ハンセン病回復者を対象とした月1,800ルピー(約3,000円)の生活手当の実現に成功したビハール州の例に続き、ウッタル・プラデーシュ州でもハンセン病特別年金が実現するよう、彼らの闘いを引き続き見守りたい。
4月24日(木) [2014年04月24日(Thu)]
4月24日(木)

9:00 「日本財団認知度調査」発表会

10:30 前田洋志 資源エネルギー庁電力・ガス事業部政策課長補佐

15:00 海野光行 常務理事

15:45 橋本孝之 日本IBM会長

16:00 「企業がもつ災害支援の可能性」シンポジウム 挨拶
       〜東日本大震災から今後を考える〜

19:00 稲吉紘実の世界 チャリティー・パーティー
4月23日(水) [2014年04月23日(Wed)]
4月23日(水)

8:00 CSR事業打合せ

9:00 「休眠口座」打合せ

11:00 日本新華僑通信社インタビュー

12:00 鳥井啓一 日本財団参与

13:30 上瀧和則 日本モーターボート選手会会長より寄付金授与

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日本モーターボート選手会・上瀧会長より、寄付金をいただきました


14:00 和田紀夫 日本棋院理事長

16:00 語り場
「ちょっといい話」その40―手話言語学奨学生― [2014年04月23日(Wed)]
「ちょっといい話」その40
―手話言語学奨学生―


新年度に入り、二人の若者が香港中文大学に留学することになった。この大学は、ろう者のための手話言語学や手話辞書の作成で著名な大学である。

二人は香港中文大学の修士課程(MA)で手話言語学を学びつつ、「手話言語学・ろう者学研究センター」にて、研修生として日本人ろう者と手話のリサーチ、手話辞書の編集に携わる予定。

遠藤栄太さんは東京外語大学卒で、聴覚障害者情報提供施設で働きつつ、国際手話の勉強もしてきた。さらに手話言語学を研究してろう者の社会進出をサポートしたいと、志は高い。

下谷奈津子さんは、アメリカのGardner-Webb大学アメリカ手話学科卒。関西学院大学教育学部日本手話講師で、手話言語学も学びたいと応募された由。

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遠藤栄太さん(左)と下谷奈津子さん(右)
二人とも手話通訳士で英語も堪能です


一年間アジアのろう者と共に生活し、将来は、日本のみならず広く世界のろう者のために活躍できるよう、成長されることを願っている。

日本財団は、香港中文大学でインドネシア、スリランカ、日本、フィジー、カンボジア、ベトナムなどの学生が手話話言語学を学び、手話辞書や手話教材を作成する事業に協力してきた。2002年〜20013年の間の支援金額は約6億268万円になる。
4月22日(火) [2014年04月22日(Tue)]
4月22日(火)

7:16 東京発

8:57 仙台着

9:30 障害者インクルーシブな防災に関するアジア太平洋会議(挨拶)
    於:せんだいメディアテーク

開会式であいさつ.JPG
開会式で挨拶

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国際リハビリテーション協会のモンスバッケン会長と

会義風景.JPG


参加者のみなさんと.JPG
参加者のみなさんと


13:44 仙台発

15:48 東京着

16:10 財団着
    書類整理、打合せ
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