CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
BLOG 笹川陽平プロフィール 笹川陽平バイオグラフィー

日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

« 2013年07月 | Main | 2013年09月»
leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2013年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml
8月30日(金)、8月31日(土) [2013年08月31日(Sat)]
8月30日(金)

7:00 朝食

9:00 ナショナルフォーラム ナルサッパ会長、ベヌゴパール副会長

11:00 ササカワ・インド・ハンセン病財団(SILF)理事会

SILF理事会.JPG
SILF理事会

SILF理事らと.JPG
SILF理事らと

SILFのスタッフと.JPG
SILFのスタッフと


13:30 SILFの理事らと昼食

14:30 ホテル着

16:30 ホテル発

17:00 空港着(空港待機2時間半)

19:30 デリー発、成田空港へ



8月31日(土)

7:30 成田空港着

9:00 自宅着

「第5回アフリカ開発会議」その2 [2013年08月30日(Fri)]
「第5回アフリカ開発会議」その2


2日目は6ヶ国のアフリカ各国首脳と会談した。

笹川アフリカ協会(本部スイス)からは、現地で活躍するオニヤンゴ会長(女性)を中心とした幹部も来日し、要人との会談にも適宜発言してもらった。

以下は会談の要旨です。

*********************

ナイジェリア ンナンナムディ・サンボ(Namadi Sambo)副大統領
外務大臣、産業貿易投資大臣・陪席


サンボ副大統領(ナイジェリア)2.JPG
ンナンナムディ・サンボ副大統領


【笹川】
 25年前、貴国のオバサンジョ大統領と共に貧農に対する食糧増産プロジェクトであるササカワ・グローバル2000(以下SG2000)プロジェクトを立ち上げた。同席の我々の仲間であるサニ・ミコ(Sani Mico)が貴国ですばらしい成果をあげてくれ、彼がナイジェリア人であることを私は誇りに思っている。貴国からは約1億円の資金援助も受けている。連邦政府から当プロジェクトの拡大要請を受けており、12州で導入予定だが、州レベルとの交渉はあまり進んでいないので、閣下より連邦政府の熱意を伝えて頂き、我々との覚書(MOU)の締結を急ぐよう指示してほしい。

【副大統領】
 SG2000の農業支援に感謝している。私はSG2000プロジェクトの手法を更に発展させたいと思っている。草の根の農民に有効な手段であり、州政府と組むことで更に成功すると思う。我々政府も農業のあり方を変えたいと考えている。
 過去30〜40年間、世界食糧機関、世界銀行、アフリカ開発銀行からの支援は彼らの考えるプログラムだった。振り返ってみると、これらのプログラムは経済を変えるほどの大きな成果はなかったし、GDPへの農業貢献はわずかなものだった。これからはプログラムを多角化し、農業をビジネスとして考えねばならない。そのためには現在の灌漑設備への投資、中小規模の水力発電整備など、政府としても具体的な計画を立てている。中小の農家の育成は、彼らの生活向上につながる。私からも後押ししますので、ナイジェリアに覚書を提案するときはすばらしいプレゼンテーションをして下さい。

【笹川】
 ご期待にそえるようにしましょう。私は小規模自作農民から、例えば農業協同組合のような事業を立ち上げ、草の根からのSocial Innovation(社会変革)が可能だと信じています。
 話は変わりますが、私は40年以上もハンセン病制圧を続けています。7月24日、タイのバンコクで日本財団とWHOの共催でハンセン病サミットを開催します。貴国の保健大臣の出席を歓迎します。

【副大統領】
 わかりました。必ず伝えます。

*********************

エチオピア ハイレマリアム・デサレン(Hailemariam Desalegn)首相


エチオピア.JPG
ハイレマリアム・デサレン首相(右から二番目)


【笹川】
 ハンセン病とG2000へのご支援の2点に簡単に言及します。
 エチオピア政府のハンセン病制圧活動を非常に高く評価しますと同時に、ハンセン病患者・回復者への差別撤廃の国連決議案に賛同してくださったことにお礼を申し上げます。国連決議の原則とガイドライン(P&G)に関連して、日本財団では9月18日にアディスで“ハンセン病と人権”の国際会議を開催しますので、首相には基調講演者としてご参加頂くことを強く望んでおります。また7月24日にタイのバンコクで、WHOと日本財団共催でハンセン病サミットを開催しますので、是非、保健大臣のご出席をお願いしたいので、お伝えください。エチオピアがアフリカ大陸からのハンセン病制圧活動に指導的な役割を果たして頂いたことに改めて感謝いたします。
 もうひとつは農業問題で、20数年エチオピアで活動させて頂いていることに心から感謝いたします。後ほどSG2000の最高責任者ルース・オ二ヤンゴとジュリアナの女性パワーから説明してもらいますが、何よりもDr. Aberraがお国で頑張ってくれ、私達のアフリカにおける小規模農民の生活向上の一つのモデルケースを作ってくれています。6万人の農業普及員を持っている国は、アフリカでは貴国だけです。私は昨日も総会で発言しましたが、小規模農家から収穫が上がることによって生活が向上する、いわゆるソーシャル・イノベーションが大企業からではなく、農民からできるという可能性をエチオピアが証明してくれていると思っています。エチオピアの永年の努力により、ようやくアフリカでも国家指導者が農業の重要性を認めるようになったことを喜んでおります。
 
 先程のハンセン病の話について、コメントを頂ければと思います。
 その後、農業の話を彼女たちから致します。

【首相】
 私は閣下(笹川)が私どもの国に対して多大なご尽力をくださったことに対し、心からお礼を申し上げる機会を待っておりました。私はSG2000が始まったころは知事をしており、このプログラムがエチオピアで始まったこともはっきり知っておりました。当時草の根のリーダーとして、このプログラムは驚嘆するものでした。エチオピアでは大規模な農業普及プログラムを始めるにあたり、農業普及員の養成に関わり、そこから農民の生産性向上を中心に作業をして来ました。笹川さんのご支援があったからこそです。新しい首相という役職に着き、故メレス首相からも貴殿と一緒に農業に関わっているということをよく聴いていました。
 ハンセン病プロジェクトの会議の開会式には参加させて頂きます。我々もこの問題が最も重要であると受け止め、国連決議案をいち早く支持しました。決議案の中には承認まで数年かかるものもあります。私は当時副首相兼外相を務めており、早急に承認することによって差別をなくすこのプロセスが、より早く実現すると考えました。私達は引き続き支援していきます。会議に参加することでそのお約束の意志表示をしたいと思います。人類すべて、差別を受けず自由になるには、各国政府および国民が強く認識することが大切だと思います。保健大臣もバンコク会議には参加させ、私ども政府の支持の表明をしたいと思います。

【Ruth(笹川アフリカ協会会長)】
 AU(アフリカ・ユニオン)議長ご就任、おめでとうございます。笹川さんは非常に謙虚な方です。エチオピアを愛し、何回もこられています。エチオピアが好きだからこそ会議もエチオピアで開催されます。ご尊父の時代からの活動です。
 SAFE(笹川奨学生)プログラムに関しても多くのエチオピアの大学と連携していますが、エチオピアほど農業普及員が育っている国はありません。ご存じの通り、多くのアフリカの国では農業普及活動は世界銀行主導による構造調整のために消えてしまいましたが、いまではエチオピアの小規模農家のメイズの輸出が私の母国ケニアまで届いています。
 我々の地域事務所はエチオピアにあり、非常に重要な役割を果たしています。Dr. 宮本は東京在住の事務局長(Executive Director)ですが、毎月1回は必ずアフリカに来られます。この熱意からも、我々のパートナーシップがどのようなものか証明されると思います。4年前に仕事の大半をアフリカ人の手で行うことと決定しました。Country Directorもアフリカ人です。Dr. Julianaはタンザニア出身のアディス在住のManaging Directorです。Dr. Aberraは永年ケニアで仕事をしてきましたが、現在Country Director です。我々は非常に密接な連携を取りながら仕事をしています。
 私はメレス首相のご葬儀にもお招きいただきました。1984年のエチオピアの飢餓でこのプログラムが導入され、2度とこのような経験したくないというエチオピアの声を耳に活動を始めました。
 昨日、安倍首相が言われたことと同じように、このプログラムは搾取するのではなく、お互いがパートナーとして、共に目的を達成することです。また政府の政策にそって仕事を続けています。エチオピアは閣下のもとで更に成功され、アフリカ全土が必要としている偉大な指導者であることを確信しています。

【Juliana(笹川アフリカ協会事務局 タンザニア人】
 SAA(笹川アフリカ協会)はエチオピア政府と仕事ができる恵まれた環境におります。SAAが政府の一部だと思っている人もいるほどです。政策変更、優先順位が変わったことなどもいち早く知ることが重要と考え、農務省(Ministry of Agriculture)とも定期的に協議をしています。今まで何も問題なくきていますので、これからも同じような形で仕事を続けて行きます。

【首相】
 私もお二人が女性であり、また東アフリカ出身であることをとても嬉しく思います。指導者が女性であると細かいところまで気を配るという女性特有の持ち味が発揮されるのです。笹川さんも良く女性を理解しておられますね。

【宮本(笹川アフリカ協会専務理事)】
 エチオピアでは安心して、快適に仕事に専念できます。

【首相】
 偉大な指導者(メレス前首相)を失って大変心を痛めております。(涙ぐむ)

【Aberra(エチオピアの責任者)】
 個人的にお話できる機会を頂き、お礼申し上げます。現在SG2000のCountry Director を8年務めております。それまでは農業研究者で、調査研究に専念していました。その頃は研究成果の技術を提供する側にいましたが、今はその技術を受け取る側に居ます。
 1994年以来、一貫して笹川陽平会長の継続的なコミットメントがあったからこそ我々のプログラムが続けられています。エチオピア政府の政策に基づいて仕事をしていますが、食糧増産から、今日ではAgro-processing からpost-harvesting と言ったvalue-chain 全体に焦点を当て、更なる付加価値を農業分野につけていくこと、また市場へのアクセス、人材育成、そしてすべての分野においてのモニタリングを行っています。プログラムは非常に順調に行っています。笹川会長はメレス前首相から更にエクステンションサービス強化に努めて欲しいという依頼を受け、SAAおよびBMGFと共に実現に向かっています。エチオピア政府のご協力にも感謝しています。笹川会長はRuthが言われたとおり非常に謙虚な方で、エチオピアを思う気持ちは大変強いものです。エチオピア政府が他のアフリカ諸国のお手本となっておられることに感謝します。お話できて大変光栄です。

【首相】
 エチオピアの大学も皆さまのプログラムを非常に高く評価していますね。笹川会長のアワサ大学名誉博士号に敬意を表します。
笹川会長は貧困からの救済という非常に崇高なことを達成されました。我々も、これからも共に目的を達成するために貢献し続けます。

*********************

ガーナ ジョン・ドラマニ・マハマ(John Dramani Mahama)大統領


ガーナ大統領.JPG
ジョン・ドラマニ・マハマ大統領


【笹川】
 25年前から、貧しい農民への農業協力をして来ましたが、もっとも成功した国はガーナです。Cape Coast 大学の農業普及員の養成に多大な協力を下さり、ガーナ政府と大学には心から感謝いたします。今年はこの養成プログラム(SAFE)の20周年となるので、アクラで11月に農業普及員の活躍を祝うために会議を開催します。大統領も彼らの激励のためにご参加頂ければ幸いです。
 農業の改革を通して貧しい農民からのSocial Innovation の可能性が実現できるということを話して頂ければ、アフリカ大陸のすべての農民に夢と希望を与えることができます。継続してガーナを中心として農業指導を続けていきたいと思っています。
 また、世界はこれから海の資源と海の管理が重要になってくると思います。日本財団はスウェーデンの世界海事大学で、ガーナから10人近い優秀な奨学生を教育しています。アフリカではすでに100人を超える卒業生がいます。彼らを集めてアクラでこれからの海の資源管理について話し合う新しい観点からの会議も計画しています。

【大統領】
 これまでのご支援に感謝します。笹川という名前は知らない人はいません。笹川さんはもっとも貧しい人たちである農民に目を向けてくださいました。過去に私達はIMFや世銀の支援を受けてきましたが、彼らの支援は経済発展に視点を合わせていたもので、さらに貧しい農民を増やすという結果に終わりました。笹川プロジェクトだけが農民のために、我々ガ―ナ政府と手を組んで実行してくださいました。

【笹川】
 ローリングス大統領のころ、よくガ―ナでハンセン病の制圧活動もして来ました。ガーナでは患者数も減りました。2年前の国連総会での差別撤廃の決議案に賛同して頂き、お礼を申し上げます。大統領にもこの問題に関心を持って頂ければ幸いです。
 11月訪問の際、またお目にかかれますことを願っております。

*********************

ベナン トマ・ヤヤイ・ボニ(Thomas Yayi Boni)大統領


ベナン大統領.JPG
トマ・ヤヤイ・ボニ大統領


当方に時間なく、挨拶のみでした。

【大統領】
 笹川さん、何回もベニンにご招待をしていますが、中々いらして頂けませんね。安倍首相からもベニンでの工場建設のご支援を頂けるとのことで、ゾマホン大使には数ヶ月本国に行って貰う予定です。もし成功しなければ彼は首にします(笑)

【笹川】
 私は今、日本政府より新しい任務を言い渡され、ミャンマーで忙しくしていますが、早急に大統領の期待に答え、訪問します。

*********************

ウガンダ ヨウェリ・カグタ・ムセベニ(Yoweri Kaguta Museveni)大統領


ウガンダ大統領.JPG
ヨウェリ・カグタ・ムセベニ大統領


【笹川】
 10年前にカ―タ―大統領と一緒にお会いして以来ですね。ウガンダでのSG2000は、大統領の強い指導力のもと、最も成功している国の一つです。また、マケレレ大学では素晴らしい奨学生達が農業の専門家として育っています。
 私の役目はここまでで、ここからはSG2000を支えている最も強い勢力である女性陣と代わります。

【Ruth】
 私はSAAとSAFEの会長です。私どもは20年以上前からウガンダで仕事をしています。あの時、カーター大統領と故ボーログ博士と一緒に大きな会議を開きましたが、私は会議に参加して笹川のプログラムが気に入り、それから私の関わりは始まったのです。
 ボーログ博士はアジアの緑の革命の父です。2009年に亡くなりました。その時から私は理事会のメンバーになりました。私の専門は食糧・栄養学です。マケレレ大学栄養学部とも密接な関係があります。大使として活躍されたDr. Joyceは私の親友です。それからRosalline はウガンダのCountry Director で獣医師の資格を持っています。

【Rosalline(ウガンダの責任者)】
 獣医師学位と農業管理の修士学位を取得しています。ウガンダでは当初43districtでプログラムを実施し、現在は18districtとなりました。小規模農家のための食糧の安全保障を実現するのが目的です。食糧増産、Agro-processingから post harvest、そして官民パートナーシップとして農民を民間セクターにつなげ、市場へのアクセスを実現しています。
 最初から主たる資金援助は日本財団から供出して頂いており、大変感謝しています。最近の新しいパートナーはドイツのK&S Kali社ですが、このプロジェクトの面白いところは、モバイルトラックです。このトラックは村から村へ移動し農民を指導すると同時に、土壌ラボを積載しており、土壌試験ができるようになっています。土壌試験を実施し、肥沃な土壌作りのために異なる地域にあった肥料使用を勧めています。

【Ruth】
 このドイツの肥料のユニークな特徴は、マグネシウムを含んでいることです。宮本さんとともに鉱山の地下まで行ってきましたが、ここの土壌はマグネシウムが欠乏しているので土壌にも有益で、その土壌で育った農産物を食べる人間にも栄養が供給される得点を持っています。

【Rosalline】
 大統領は東部ウガンダでのユースプログラムの解説に行かれたと思いますが、あのセンターも笹川協会のお陰です。現在さらに14カ所増えています。

【Juliana】
 私は農業経済の修士と博士課程を修了しました。SAAでは4カ国(ウガンダ、エチオピア、マリ、ナイジェリア)を統括するManaging Directorを務めています。それぞれの国にCountry Director がおり、同じvalue-chainプログラムを全国に展開しています。“畑から食卓へ”を目指すプログラムです。

【大統領】
 米作に関しても沢山のことをしてきたでしょう?

【笹川】
 はい、14カ国に米作、その他を導入してきましたが、特にネリカ米ですね。

【大統領】
 知っていますよ。だけれど我々のアジアの友人はウガンダ特有の食物のことを知っているかね? 特にキビが炭水化物、タンパク質、鉄分を含んだ非常に栄養化の高い食物であるので、少し考えてみる価値があると思うよ。

【Juliana】
 私達は各国でプログラムを導入するときにはメイズ、キビ、米、豆、ソルガムなどを植えますが、基本的には農民が望む物を育てます。

【大統領】
 メイズも米もキビよりは栄養化が低いですよ。私は毎日キビとバナナを食べています。

【Juliana】
 エチオピアではインジェラを植えています。キビよりもっと細かい粒子です。

*********************


モザンビークのアルマンド・エミリオ・ゲブーザ(Armando Emílio Guebuza)大統領は、ポルトガル語のため、記録を残せませんでした。

モザンビーク アルマンド・エミリオ・ゲブーザ大統領.jpg
アルマンド・エミリオ・ゲブーザ大統領





8月29日(木) [2013年08月29日(Thu)]
8月29日(木)

7:00 朝食

9:30 ホテル発

9:50 サムリーWHO東南アジア事務局長

サムリー事務局長.JPG
サムリーWHO東南アジア事務局長


10:45 デンラジュ保健次官

保健次官.JPG
デンラジュ保健次官


11:45 パラクリシュナン国家人権委員長

.JPG
パラクリシュナン国家人権委員長(真ん中)とナショナルフォーラム・ナルサッパ会長(左)


13:00 八木毅駐インド大使昼食会

15:00 メナブデWHO代表

メナブデWHO代表.JPG
メナブデWHO代表


18:00 インド・ハンセン病議員連盟会合

インド ハンセン病議員連盟会合.JPG
インド・ハンセン病議員連盟会合


18:50 メディアインタビュー
    (Times of India, PTI(通信社)、The Hindu Business line)

20:30 関係者との夕食
8月28日(水) [2013年08月28日(Wed)]
8月28日(水)

7:30 朝食

10:00 ホテル発

10:30 空港着

12:30 チェンマイ発

14:00 バンコク着(空港待機4時間)

18:00 バンコク発

21:00 デリー着

21:40 ホテル着
「第5回アフリカ開発会議」その1 [2013年08月28日(Wed)]
「第5回アフリカ開発会議」その1


正式には「アフリカ開発における東京国際会議」(通称TICAD)といわれるこの会議は、日本が主催するアフリカをテーマとした国際会議で、5年ごとに開催されている。今年は第5回目で、6月1日〜3日までの3日間、横浜で開催された。

星野秘書より「早く書いてください」と促されつつも多忙にまぎれ、約3ヶ月遅れとなってしまい、読者の皆様にははなはだ迷惑なことではありますが、自分史の記録と考えアップさせていただいた。

会議にはアフリカ54ヶ国のうちの51ヶ国が参加。うち39ヶ国は首脳が出席した。各国首脳による全体会議のテーマは「民間との対話」であったが、各国首脳の発言以外、発言が許されたのは経団連と日本財団にだけであった。

予定ではモザンビーク、経団連、スワジランド、ガンビア、タンザニア、コモロ、ザンビア、セネガル、ガーナの各大統領に次いで私は10番目の発言者の予定だったが、当然のことながら国家元首優先で、ナミビア、ベナン、南アフリカの各大統領の発言が続き、新しく国家になった南スーダンのコール大統領は、発言時間の5分間が超過して制限時間を示す赤ランプの点滅をしりめに、議長の忠告にも「遠くから参加したのだからもう少し喋らせてくれ」と、カーボーイハットを黒くしたような大きな帽子をかぶったまま話を続ける。議長たまらず、意味は不明だが、「あなたの話でアフリカへの愛を感じました」と打ち切ってしまった。

その後も予定外の発言が続き、議長は「天皇・皇后・両陛下のご台臨の時間が迫っています。以後の発言は3分間にしてください」と指示をされた。多分、私の発言は足切りになると諦めていたところ、森喜朗議長より「最後に日本財団の笹川さん、発言を願います」との指名が飛び込んできたので、予定の5分間のスピーチを短縮し、情熱を込めて少し早口で3分間で終了した。

06.01 会議で発言.JPG
全体会議でスピーチ


大きな拍手があったが、これは私のスピーチに対してではなく、予定通り天皇・皇后・両陛下をお迎えできるとの安堵の拍手であったと思う。

以下、3分間の早口で行ったスピーチ要旨です。

********************

原文・英語


2013年6月1日
於:パシフィコ横浜


議長、ありがとうございます。
本日はNGOの立場からお話をする機会をいただきありがとうございます。アフリカの持続可能な発展という大きな目標を達成するためには、様々な協力の方法があると思いますが、本日は一つの例として、私どもが行ってきた農業という側面からの支援についてお話ししたいと思います。

日本財団は、1984年に東アフリカで起こった未曾有の大飢饉の際に緊急食糧援助を行いました。これを契機に、笹川アフリカ協会とともに、これまで25年以上にわたり、サブサハラ地域の15カ国で、ササカワ・グローバル2000(SG2000)という農産物増産指導プロジェクトを開始しました。当初、私たちはアフリカの子どもたちが空腹のまま眠りにつくことがないようにという強い想いを胸に、信念と情熱を持って取り組みました。以来、各国の農業省などと連携し、実際に農民の畑に赴き、食糧生産のための技術指導をしてまいりました。同時に、私たちはアフリカの20大学と協力して、4000人以上の農業普及員を養成しました。多くの方々のご協力により、アフリカの農民自らの手による食糧増産において、大きな実績をあげることができました。

しかし、食糧増産が軌道に乗っても、農民たちの生活水準を向上させるためには、単に食糧増産を続けるだけでは不十分であり、彼らの所得創出をすることが必要であることに気付きました。そこで、私たちは次のフェーズに移行し、アフリカに合った農業ビジネスモデルを構築することを目指しました。具体的には、より団結した農業組合の設立、生産した農作物をより高く販売するための保存・加工技術の向上、官民連携の強化など農民が積極的にビジネスの機会を得るための支援をしています。その結果、農民たちは安定的な現金収入を得られるようになり、農地の拡大、肥料や機械への投資が可能となりました。

このように、SG2000の現場で起こったことは、まさに農業によるソーシャル・イノベーションです。自給自足の農業から食糧増産という段階を経て、近年は、市場のニーズを捉えた商業的な農業へと新たなステージへと着実に進化することができたのも、日本政府、外国政府、国際機関、民間企業など多くのパートナーの皆さまの多大なるご協力のお蔭です。

農業によるソーシャル・イノベーションともいうべきこの取り組みをさらに発展させるためには、政府や企業の皆さまとの相互協力を密にすることが必要不可欠であると私は考えています。質の高い農業機器の確保、物流を確保するための道路などのインフラ整備、様々な側面において皆さま方のお力が大いに必要になってきます。

今後も政府や企業の皆さまとの連携を一層強化し、農業ビジネスモデルの確立を通じて、アフリカの発展のために尽力していきたいと思います。


8月26日(月) [2013年08月26日(Mon)]
8月26日(月)

11:00 成田発

15:40 バンコク着

17:20 バンコク発

18:30 チェンマイ着

19:30 ホテル着
「タイ、インド出張」 [2013年08月26日(Mon)]
「タイ、インド出張」


夏の休養十分、気力・体力も充実。
今年も残すところ5ヶ月、全力疾走が始まります。

本日8月26日からタイ、インドに出張し、31日帰国。

今後の予定は
9月は、ベルギー、エチオピア、インドへ12日間。
10月は、ミャンマー、インドへ10日間。
11月は、イギリス、ガ−ナ、デンマークへ11日間
12月は、ブラジル、コロンビアへ12日間。

その間、随時、ミャンマーで活動。
「東京クヮルテット解散」 [2013年08月26日(Mon)]
「東京クヮルテット解散」


東京クヮルテットは1969年に結成され、2013年7月に解散した。

44年間にわたり、世界一のクヮルテットとして世界を風靡したこの弦楽四重奏団の生演奏は、もう二度と聞くことはできない。

1969年、東京クヮルテットはニューヨークのジュリアード音楽学校において結成された。創設メンバーは、斎藤秀雄門下生の桐朋学園大学の卒業生で、第一ヴァイオリン原田幸一郎、第二ヴァイオリン名倉淑子、ヴィオラ磯村和英、チェロ原田禎夫であった。

結成後まもなく、コールマン・コンクールや、70年当時、世界最難関といわれたミュンヘン国際音楽コンク−ルでの断トツ勝利は関係者を驚かせ、一躍世界の注目を浴びるようになった。その後メンバーの交代もあったが、ステレオ・レヴュー誌、グラモフォン誌で「室内楽部門年間最優秀賞」に輝き、なんと、あの有名なグラミー賞に7回もノミネートされた。

日本財団の姉妹財団である日本音楽財団は、1995年、コーコラン美術館から購入した名匠アントニオ・ストラディヴァリによって製作された通称「パガニーニ・クヮルテット」を無償で貸与した。ストラディヴァリウスのクヮルテット(ヴァイオリン2挺、ヴィオラ、チェロ)は世界に6セットしか現存しない貴重な存在であるが、常時演奏に使用されていたのは、東京クヮルテットに貸与されたこのセットだけだった。スイスが所有する1組は、時々演奏者に貸し出されている。アメリカ国会図書館やスペイン王室が保有するものは、演奏には寄与していない。

70年代の日本の室内楽は、日本の著名な音楽評論家によって極端に低い評価を受けて冷遇されたので、東京クヮルテットはニューヨークを拠点にしての国際活動を選択せざるを得なかったのであろう。しかし、これが逆に今日の世界的名声を確立することになった。

東京クヮルテット創設メンバーのうち、第二ヴァイオリンの名倉淑子は1974年、第一ヴァイオリンの原田幸一郎は1981年、チェロの原田禎夫は1999年に楽団を離れ、創設メンバーはヴィオラの磯村和英だけになり、1974年に参加した第二ヴァイオリンの池田菊衛と二人で支えられてきた。

その間、第一ヴァイオリンは原田幸一郎、ピーター・ウンジャン、アンドリュー・ドース、ミハイル・コペルマン、マーティン・ビーヴァーと替わり、チェロは1999年に原田禎夫からクライヴ・グリーンスミスになった。

日本音楽財団主催の「東京クヮルテット」お別れ演奏会は、2月8日、浜離宮朝日ホールで
第一ヴァイオリン マーティン・ビーヴァー(1727年ストラディヴァリウス)
第二ヴァイオリン 池田菊衛(1680年ストラディヴァリウス)
ヴィオラ     磯村和英(1731年ストラディヴァリウス)
チェロ      クライヴ・グリーンスミス(1736年ストラディヴァリウス)

演目は
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短長 作品95「セリオーソ」
メンデルスゾーン 弦楽四重奏曲 第4番 ホ短長 作品44第2番
であった。

東京クヮルテット.jpg
日本音楽財団主催「東京クヮルテット」お別れ演奏会


さて、「パガニーニ・クヮルテット」は今後どうなるのであろうか。
17年余りに亘り、毎年毎年、欧米を中心に100以上のコンサートで酷使され?てきた楽器で、相当な疲れもあるように思われる。日本音楽財団でゆっくりと休養を取らせたらと個人的には考えるが、音楽財団には楽器貸与委員会があり、国際的に著名な指揮者ロリン・マゼール氏が委員長を務める委員会の決定にゆだねられている。

バブルの時期、日本人は世界の名画を買いあさり、その額1兆円を超えたともいわれ、心ある外国人は眉をひそめていた人も多くいた。

歌舞伎、能、お茶や生け花による日本の伝統文化の情報発信も素晴らしいが、世界の人々に普遍的に愛される文化活動は何かと考え、当時、絵画に比べて圧倒的に安価だった弦楽器の収集を思いつき、塩見和子女史(現日本音楽財団理事長)に協力を要請した。女史は見事にその職責を果たし、収集した20挺の名器は、演奏家への楽器無償貸与は勿論のこと、世界のクラシック愛好家数千万人の人々の耳を楽しませる存在になった。

私は時々名曲をCDで聴く程度で決して愛好家の仲間とは言えないが、世界的な文化遺産ともいえるこの種の楽器の世界一のコレクターとして、その活用と保存に大きな責任が伴っていることを痛感している。

ともあれ、「東京クヮルテット」の演奏家の皆さんの長年にわたる演奏活動に心からなる謝意と、第二の人生が豊であることをお祈りしたい。

8月23日(金) [2013年08月23日(Fri)]
8月23日(金)

7:30 財団着

8:30 タイ、インド出張打合せ

10:00 理事会

11:00 トンガ王国 タニア・ラウマヌルペ・ツポウ大使

11:40 産経新聞「父の教え」インタビュー

13:00〜14:00 ベストセラーズ「サムライ 人生の達人」本のための対談
        サッポロホールディングス 上條努社長 

15:00 森重俊也 国交省海事局局長、森 雅人 国交省海事局前局長

15:30 井出憲文 前国土交通省観光庁長官

16:00 猪俣弘司 パキスタン大使

16:20 寺島紘士 海洋政策研究財団常務理事

16:40 「語り場」打合せ

18:00 WHO Deputy Director General, Dr Asamoa-Baah
「中国の小話」その16―振り込め詐欺― [2013年08月23日(Fri)]
「中国の小話」その16
―振り込め詐欺―


日本では振り込め詐欺の被害が後を絶たない。理由は、昔から「人に迷惑をかけてはいけない」「人を疑ってはならない」との家族の躾が今も老人を中心に残っており、日本人の良き特性を悪用されているからである。

我が家にも何回も4人の息子の実名を語って電話がかかってきた。その中には、妻宛てに「こちら新宿駅の鉄道公安官事務所です。お宅の息子さんの○○さんが痴漢で逮捕され、ただ今被害者と取り調べ室で示談中です。最近振り込め詐欺が多いので、ご心配でしたら新宿駅鉄道公安官事務所の私は担当官の○○という者で、電話番号は○○○○です。おかけ直し下さい」と言って電話を切ったという。

息子の○○は他の3人の息子に比べ、ひょっとしたらと思わせるようなタイプなのである。そんな息子のこと、一瞬、もしやとの気持ちもよぎったらしいが、妻は振り込み詐欺と判断し、電話をかけ直してくれと言った公安官を名乗る男に「よく考えてみましたが、痴漢は癖になるそうですから、この際しっかりと説教して留置所に入れてください」と答えたら、そこで電話は一方的に切れたという。

中国でも最近、振り込め詐欺が流行り出したらしいが、中国には騙す人より騙される人の方が悪いとの文化があるから、日本人のように簡単には騙されないらしい。

****************

中国版詐欺電話への対応術


詐欺者:もしもし、林社長、ご無沙汰しております。 

林さん:あなたは誰ですか?

詐欺者:古い友人ですよ。覚えていないの? 福建省の友人です。声がわからない?

林さん:ええと??

詐欺者:社長さんですから会う人が多いし、忘れても仕方がないね。

林さん:ああ、思い出した! 福建省の張さんですね。

詐欺者:そうですよ。よかった! 覚えていてくださって。

林さん:失礼しました。詐欺電話かと思いました。

詐欺者:来週、出張で北京に行きますので、一席設けたいと思います。

林さん:張さん、お母様の胃癌の治療はどうでしたか?

詐欺者:(一瞬、間があって)あまり変わらないですね。

林さん:このような病気にかかったら、できるかぎりの治療を続けるしかないね。

詐欺者:おっしゃるとおりです。

林さん:お父さんが車にはねられた事件で、犯人が見つかりましたか。

詐欺者:??もう逮捕されました。

林さん:あの時、包茎の手術をすると言っていましたね。しましたか?

詐欺者:????しました。

林さん:奥さんは不妊症の治療をしているとも言っていましたが、効果がありましたか?

詐欺者:???

電話は切れた。

****************


妻の話によると、老人ホーム、墓地・投資の話、物品販売等、さまざまな勧誘の電話が毎日のようにあるという。「私の名前でかかってくるので簡単に電話を切るとなんとなく失礼な気がして、ついつい途中まで話を聞いてしまうの。煩わしいわ」ということらしい。

私の知人は引退して自宅にいることが多く、この手の電話を楽しみにしている。なんだかんだと質問して相手がくたびれるのを待つそうで、女性が相手の時は、「ところで独身ですか? 何歳ですか? 恋愛経験は? 不倫の経験は?」と矢継ぎ早に質問すると、「失礼しました」と、先方から電話が切れるそうである。

投資話の場合はしばらく売り込み話を聞いてから、「私の場合は10億ほどしかないんだが、それでもいい?」というと、相手が目を輝かせて身を乗り出す様子が電話の向こうで想像できておもしろいという。私にはとても出来る技ではない。

たまの休日で妻が留守の時は仕方なく私が電話に出るが、
「○○さんご在宅でいらっしゃいますか?」
「死にました」
「それは失礼しました」
で終わりである。

ところで、振り込め詐欺はあれだけ警察が啓発活動をしても増加しているらしい。老人にいくら注意を喚起しても、冒頭に記したように「人に迷惑をかけてはいけない」という躾が身についている老人には効果がないのです。息子や娘の方から老いた父母に、元気に働いているから絶対に振り込め詐欺にひっかからないようにと電話をさせる方が、いちばん効果があると思うのだが・・・。
| 次へ