CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
BLOG 笹川陽平プロフィール 笹川陽平バイオグラフィー

日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

« 2012年11月 | Main | 2013年01月»
leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2012年12月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml
12月28日(金) [2012年12月28日(Fri)]
12月28日(金)

7:30 財団着

8:00 「語り場」日本財団職員との対話

9:00 障害者アートに関する寄付プロジェクト事業打合せ

9:30 CSR事業打合せ

10:00 秋山昌廣 東京財団理事長

10:30 上瀧和則 日本モーターボート選手会会長

10:50 谷内正太郎 日本財団特別顧問

11:00 武部恭枝 プライムコーポレーション社長

12:45 参議院議員 武見敬三先生
「年末ご挨拶」 [2012年12月28日(Fri)]
「年末ご挨拶」


12月27日早朝、ミャンマーより帰国しました。

日本財団のミャンマー少数民族武装勢力への人道支援救援物資の最初の引き渡し式はモン族に対して行われ、子供たちによって日の丸の小旗が振られ、世界の主要メディアも多く参加して成功裡に終了しました。

今年は、1月にペルー出張中に心臓不調で倒れ、ペースメーカー装着となりましたが、益々元気になり、本年も19回123日の海外活動となりました。

私を支えてくれた日本財団役職員、関連団体の皆さん、一年間拙文をお読み下さった読者の皆さんに感謝の誠を捧げます。

私は現在「青春時代」真っ盛りの心境で、心身共に充実しております。

2013年も、2日よりミャンマーで活動開始です。

ブログは1月7日よりアップ致します。
「ミャンマー辺境地帯を行く」その4 ―カレニーの国内避難民村― [2012年12月28日(Fri)]
「ミャンマー辺境地帯を行く」その4
―カレニーの国内避難民村―


12月5日午前6時40分出発。往復8時間のシャドー村国内避難民村を訪ねた。途中、ドゥ・テヨ(Daw Tayo)という国内避難民の村にも立ち寄った。キャンプが次第に村として定着していったようだ。

武装警察官に守られてのジャングルの山道は相変わらず厳しい。反政府勢力の最高幹部の第一幹事長は、わざわざタイ国境近くから私たちとの会談のために政府側の地域に出てきてくれた。停戦中とはいえ、勇気のある彼の行動には敬服せざるを得ない。

山道.jpg
厳しい山岳地帯を走り・・・

シャドー村.jpg
シャドー村へ


シャドー村にある国内避難民村は、従来からあるシャドー村(人口7000名)に隣接し、約1000人269世帯が生活しており、「シャドー村の外」とか「シャドー村隣」という名称で呼ばれている。かつて戦闘のあった地域で生活していた村人は、心情的に反政府側に思いを寄せているため、政府軍の情報や反政府側の連絡要員の役目を果たしていると判断され、7日間以内の強制移住だといわれてここに連れてこられたという。

シャドー村には二ヶ所の国内避難民村の子供たちが学ぶ小学校があり、6人の先生のもとで懸命に勉強している様子を見学した。7月になって武装グループのリエゾンオフィス(連絡所)も開設され、10人の事務員が避難民の相談や生活指導にあたっているが、従来のシャドー村の人々との交流は一切ないという。あとから住み始めた避難民に対して差別の感情があるようであった。

シャドー村の小学校を訪問.jpg
小学校を訪問


我々の訪問のために一頭の豚が屠られ、昼食に提供された。一行を率いる第一幹事長も、政府支配地域にあるこの村を訪問するのは初めてで、リエゾンオフィス(連絡所)の事務員となにやら話し合っていた。

我々を警護する武装警察の隊長が、反政府武装勢力の第一幹事長と一緒に写真を撮りたいと申し出、ツーショットに応じるという不思議な光景もあった。

第一幹事長に質問したところ「私はよくテレビに出演するので、政府側支配地の人々も良く知っており、ちょっとした有名人だ」と、恥ずかしそうに答えてくれた。第一幹事長主催の夕食会にはカレニーの州首相も出席。資金難の中、精一杯の歓迎宴でカレニーの各部族の歌や踊りの披露があり歓待してくれた。

世界中には色々な奇習があるが、首長族の女性の踊りには心底驚いた。5〜6才から首に真鍮の環を1つずつはめていくそうで、写真の老婆はどのようにして寝るのか、首は折れないのか、余計な心配をしてしまった。アフリカ・エチオピアのムルシ族は、下唇に土製の皿を入れて一番大きな皿を入れている女性が美人であるとの評価であったが、この首長族も環が1つでも多い方が美人だそうだ。

首長族の方と.jpg
独特の風習をもつ首長族の方々


舞台終了時、武装勢力第一幹事長と州首相を舞台の上で握手させた。第一幹事長は少し躊躇されたが、停戦から真の和平への願いを込め、少し強引に連れ出した。
12月27日(木) [2012年12月27日(Thu)]
12月27日(木)

6:00 バンコクより成田着

7:40 日本財団着

9:30 日本財団退出
12月26日(水) [2012年12月26日(Wed)]
12月26日(水)

8:00〜15:30 チェンマイ・ラム病院

19:25 チェンマイ発

20:35 バンコク着

22:35 バンコク発、成田空港へ
「ミャンマー辺境地帯を行く」その3 ―バルーチャン発電所― [2012年12月26日(Wed)]
「ミャンマー辺境地帯を行く」その3
―バルーチャン発電所―


11月4日午前6時20分発、バルーチャン発電所の視察に出かけた。この発電所は、現地ではLawpita hydro power plant(ローピタ水力発電所)と呼ばれている。

第1発電所.jpg
第1発電所


この発電所は日本にとっても縁の深い発電所である。昭和29年12月、タイ国境近くの山奥にあるこの発電所は、戦後日本が初めて手掛けた海外工事であった。最盛期には鹿島建設198名、現地就労者3400人に達し、延べ従事者は日本人15万8000人、ビルマ側253万人に及び、5年以上の歳月をかけて完成した。工事は難行を極め、工事中不幸にして亡くなった日本人犠牲者も3名あったと聞く。

近年になって、ミャンマー側の再三再四の修理要請の強い希望にも、日本は西側の経済制裁の一員として心ならずも支援ができない状態にあった。ミャンマーの民主化の進展の中で、最近ようやくODAでの修繕が可能になってきたのである。

この発電所は、カレニー武装勢力にとって恰好の攻撃目標であったため、今日まで関係者以外の通行が禁止されていた地域で、今回はじめて、我々一行に視察の許可が出た。勿論、武装勢力側も足を踏み入れるのは初めてである。

ロイコウから政府側武装警察官に守られ、車輌4台に分乗して山道を行くこと約4時間。バルーチャン発電所に到着した。敷地内には何ヵ所か土嚢(どのう)を積んだ守備隊の塹壕があり、発電所をとりまく山岳地帯には地雷が付設されていると聞いた。

土嚢で作られた.jpg
土嚢を積んだ守備隊の塹壕


しかし、第一発電所、第二発電所とも今も立派に稼働しており、配電盤その他の施設もよく磨かれていて、とても建設後50年間も経過した施設には見えない。駐車場には、今では珍しい1956年製のトヨタのランドクルーザーも実働していた。所長の説明によると「日本からの部品の供給がなく補修に苦労を重ねたが、なんとか自前の技術で補ってきた。ODAの再開も決定しており、一日も早く日本人技術者を迎えいれたい」と、思いのたけを話してくれた。現在、日本が建設した1号2号の発電所からの電力は、ミャンマー電力の25%を賄っている。

第2ダム内のタービンは日本製.jpg
第2ダム内の日本製タービン
磨かれて、立派に現役!

配電盤.jpg
配電盤


ヤンゴンで繰り返される市民の騒ぎも、停電による不満が引き金になることがあると聞く。電力供給はミャンマーの喫緊の課題で、私たちは中国が建設中の第3号発電所建設の現場を視察することができた。日本が建設した第2号は168メガワットだが、中国製は26メガワット2機の小規模なもの。2013年12月完成目標に約1000人の労働者が働き、山間(やまあい)には飯場が整然と並んでいた。基礎的な土木工事が進行中で、中国人は発電機関係者のみ、少数いると、所長は力説した。

建設中の第3ダム.jpg
中国が建設中の第3ダム

建設中の第3ダム見学中.jpg
建設中の第3ダムを見学

第3ダム建設中施設内にある中国人関係者が住むという施設.jpg
建設中施設内にある中国人関係者が住むという建物


停戦中とはいえ、往復路とも厳しい山岳地帯では、5〜6人の政府軍兵士がパトロールしているところに何回か出会った。
12月25日(火) [2012年12月25日(Tue)]
12月25日(火)

9:00〜12:00 ミャンマー総数民族への緊急支援物資の配布に関する会議

12:00 チェンマイ・ラム病院
12月24日(月) [2012年12月24日(Mon)]
12月24日(月)

9:00〜17:00 ミャンマー総数民族への緊急支援物資の配布に関する会議
12月23日(日) [2012年12月23日(Sun)]
12月23日(日)

7:30 朝食

9:00 沼田幹夫 ミャンマー特命全権大使、丸山市郎公使

10:30 障害者クループ代表

11:00 ホテル発

15:00 ヤンゴン発

16:20 チェンマイ着

17:00 ホテル着

19:00 ミャンマー少数民族武装勢力グループ代表と夕食
12月22日(土) [2012年12月22日(Sat)]
12月22日(土)

7:00 朝食

8:30 少数民族武装勢力地域への支援物資引き渡し式会場着

8:40 ロイターテレビインタビュー

8:50 SKY NETインタビュー

9:00 少数民族武装勢力地域への支援物資引き渡し式典(挨拶)

22日支援物資引き渡し.JPG
支援物資引き渡し式

22日式典会場.JPG
式典会場

22日式典に参加したモンモン族の子ども族のこどもたち.JPG
モン族の子どもたちも参加

22日あいさつ.JPG
式典で挨拶

22日アウン・ミン大統領府大臣.JPG
アウン・ミン大統領府大臣も挨拶

22日新モン州党議長と.JPG
ナイ・トゥ モン新モン州党議長


22日.JPG
日の丸の小旗に見送られて、支援物資を詰め込んだトラックが出発


11:30 アウン・ミン(Aung Min)大統領府和平担当大臣、オウン・ミン(Ohn Myin)モン州首相、ナイ・トゥ モン(Nai Htaw Mon)新モン州党議長らと昼食

13:00 モウラミャイン発、ヤンゴンへ

19:40 ヤンゴンホテル着(車移動約6時間半)

20:00 井本勝幸氏らと夕食

| 次へ