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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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11月30日(金) [2012年11月30日(Fri)]
11月30日(金)

10:20 成田着

11:45 成田発

17:20 バンコク着

18:00 バンコク発

18:50 ヤンゴン着

20:00 ホテル着

20:30 関係者との夕食
「ミャンマー少数民族武装勢力」 ―テイン・セイン大統領とアウンサン・スーチー女史― [2012年11月30日(Fri)]
記念撮影.JPG
ミャンマーの10組の少数民族が日本財団に集結し
世界で初めて「ミャンマー少数民族武装勢力支援会議」が開催され
和平プロセスについての真剣な討議がおこなわれた



「ミャンマー少数民族武装勢力」
―テイン・セイン大統領とアウンサン・スーチー女史―


ミャンマーの民主化の動向が世界の注目を浴びるようになってから約2年間が経過した。先般のオバマ大統領の約7時間の訪問はそのハイライトであった。

これはテイン・セイン大統領の卓越した指導力によるものである。特に民主化の象徴であるアウンサン・スーチー女史の海外での活動に、国会開催中にもかかわらず大幅な自由を与えていることは見事である。大統領は「肉を切らせて骨を切る」度量の大きい人である。

スーチー女史は、たった二年前まではミャンマー軍政は腐敗しているとして人道援助すら否定していたのである。ところが今や、まるで大統領の広報担当大臣のよう。訪問先のアメリカでも積極的にミャンマーへの投資を呼びかけるまでに変身した。

大統領が如何に度量としたたかな計算があるかは次の事象を見ればよくわかる。

スーチー女史はタイ国訪問やアメリカ訪問で大歓迎を受けた。直後の大統領のタイ訪問やほぼ同時の国連出席は、メディアの扱いで大きく差をつけられることは予想されたことで、大統領としての面子(めんつ)を考えると、大統領の取りまきは強く反対したであろうが、予定通り訪問された。一時的とはいえ、一国の大統領の存在がスーチー女史より影の薄い存在になるのを承知での決断は簡単ではなかったはずだ。

オバマ大統領のヤンゴン滞在はわずか約7時間だったが、スーチー女史宅を訪問。共同記者会見は大きく世界に報道された。本来ならば首都ネピドーを訪問し、テイン・セイン大統領と会談するのが外交儀礼であるが、テイン・セイン大統領はわざわざヤンゴンまで出かけてオバマ大統領と会談した。地位や名誉にこだわらず、大統領としての立場よりミャンマーの民主化を世界に理解してもらおうとするテイン・セイン大統領のひたむきに公に奉仕する姿は、やがてミャンマー国民が誇りに思い、名大統領として大幅な信頼を勝ち得る日がくるに相違ない。

スーチー女史はNLDの党首として、いまだミャンマーの将来についての明確な政策すら発表していない。イスラム教徒のロヒンギャ問題については、フランスでの記者会見で「そのような問題は存在しない」との発言で記者団に失望を与えたことは記憶に新しい。その後、ロヒンギャ問題には固く口を閉ざしている状態が続いている。

一方、テイン・セイン大統領は、国連のバン・キ・ムン事務総長にロヒンギャに市民権を与えるとの書簡を送り、西欧のみならずイスラム諸国家からも高い評価を得た。今や、スーチー女史への改革の夢を託したミャンマー国民は失望に変わりつつあるのではなかろうか。政治家としては、「肉を切らせて骨を切る」テイン・セイン大統領の方が、スーチー女史よりはるかに上手であったといわざるを得ない。スーチー女史は民主化の象徴として歴史に名を留めることで満足するのであろうか。

テイン・セイン大統領にとって最大の難関は2015年の国政選挙に勝利することである。そのためには、なんとしても少数民族武装勢力との停戦、和平が必要条件となってくる。しかし交渉は決して順調ではない。政府と少数民族武装勢力との60年に及ぶ戦いの中で、武装勢力に染みついた極度の被害者意識は、そう簡単には消えないからである。

今年6月、少数民族福祉向上大使となった筆者にとって最大の関心事は、少数民族武装勢力との信頼醸成のための努力である。豪雨の中、たった70キロの道程を悪戦苦闘で11時間以上かけ、そのうちの一つ「新モン州党」の最高責任者を訪問。ジャングルの中で会談し、一昨日帰国した。

今後も少数民族武装勢力との接触を重ね信頼醸成に努め、ブログを通して、機密漏洩にならない範囲でお伝えして参りたい。
(つづく)

11月29日(木) [2012年11月29日(Thu)]
11月29日(木)

7:30 財団着

8:00 「東日本大震災復興」事業打合せ

8:30 「休眠口座預金」事業打合せ

9:15 「まつり基金(社殿構想)」事業打合せ

11:00 小原 泰 新日本パブリックフェアーズ代表

12:00 渡邉秀央 日本ミャンマー協会会長

15:00 入山章子様

19:00 ジョゼ・ラモス=ホルタ前東チモール大統領
「ミャンマー出張」 [2012年11月29日(Thu)]
「ミャンマー出張」


11月26日、ミャンマーの少数民族武装勢力が活動する地域の視察を終え帰国したばかりですが、また明日からミャンマーに出張いたします。

少数民族カレン州パアンで、日本財団の人道支援活動の一部として置き薬引き渡し式典、モバイルクリニック開始式に出席します。

その後、少数民族武装勢力活動地域視察やIDP(国際避難民)キャンプを訪問。

ヤンゴンに戻り、政府と武装勢力との和平協議にオブザーバーとして出席いたします。

帰国は12月9日の予定です。
11月28日(水) [2012年11月28日(Wed)]
11月28日(水)

7:30 財団着

12:00 広報グループ職員と昼食

13:00 CSR事業打合せ

14:00 ミャンマー出張打合せ

15:00 ヨハン・セルス UNHCR東京事務所代表

16:00 原野城冶 ニッポンドットコム代表理事

18:30 黒野匡彦 運輸政策研究機構会長
「タイ・ミャンマーの国境」 [2012年11月28日(Wed)]
「タイ・ミャンマーの国境」


今年の6月、ミャンマー少数民族福祉向上大使の辞令を受けてから再三再四、タイのチェンマイでミャンマーの少数民族武装勢力との会談を精力的に続けている。内容は、困窮する少数民族の実態把握と、日本財団が進めている人道活動に基づく緊急支援物資(主に米と医薬品)の配布方法等に関してである。

ご承知の通り、タイはミャンマーと長い国境線で隣接しており、多くの難民を受け入れ、国境の往来も自由度が高く、寛容な対応をしてきたタイ政府のミャンマー少数民族への取り扱いについては大いに評価されるべきである。

先般、メソッドにあるミャンマーの難民に対する医療サービスを無料で行っていることで有名なメータオ・クリニック視察の合間に国境見学に訪れた。

タイのメソッドとミャンマーのカレン州ミャワディーは、幅約100メートルの川で対峙している。国境には立派な道路があり国境警察が監視しているが、両国の住民は正式なこの道路を使用せず、川船で自由に往来していた。この場所だけで日に5000人の往来があり、片道約50円で乗船できる。国境警備隊が見て見ぬ振りをしているのは袖の下があるからだと案内人は説明してくれたが、なんとものどかな風景である。

国境にて。川の向こうはミャンマー。有刺鉄線と川の間は緩衝地帯。.jpg
川の向こうはミャンマー。有刺鉄線と川の間は緩衝地帯


通常、国境線は川の中央線だと思うのだが、ここの国境ではタイ側の堤のところに鉄条網があり、ミャンマーの住民が小店を開いていかがわしい雑誌や「大人のおもちゃ」、バイアグラは4粒約250円で売られており、お客は鉄条網越しに商品を受けとっていた。

タイ側から緩衝地帯に店を出すミャンマー人から物を買っていたJPG.JPG
タイ側の緩衝地帯に店を出すミャンマー人から物を買うタイ人


この川とタイ側の堤の間の緩衝地帯をNOMAN’S LAND(誰の土地でもない)と呼ぶそうで、無法地帯となっており、犯罪人が逃げ込んでもタイ、ミャンマーの警察は捜査しないそうである。

背丈ほどの葦(あし)が密集する茂みの中を覗くと、低いバラック小屋が点在し、洗濯物が屋根に干してあり、厳しい生活が垣間見られた。
11月27日(火) [2012年11月27日(Tue)]
11月27日(火)

7:30 財団着
    打合せ、決裁、書類整理等

11:00 秋山昌廣 東京財団理事長

12:00 福祉チーム職員と昼食

13:00 渡邉秀央 日本ミャンマー協会会長

14:00 ミャンマー関係打合せ

15:00 紀伊国献三 笹川記念保健協力財団理事長
11月26日(月) [2012年11月26日(Mon)]
11月26日(月)

7:00 バンコクより成田空港着

9:30 自宅着

15:00 自宅発

15:30 財団着(書類整理、決裁)

18:00 松岡正剛 編集工学研究所所長
「アメリカの選挙と日本の選挙」 [2012年11月26日(Mon)]
「アメリカの選挙と日本の選挙」


アメリカの大統領選挙は、民主、共和両党の指名獲得競争から始まり、本番の大統領選挙まで、世界一長い選挙戦である。

結果はオバマの勝利、再選で終わった。

今回の大統領選で特に際立ったのは選挙資金の巨大化で、投入資金の大きさと相手候補を中傷するテレビ広告の多さは史上最大であったという。

非営利の政治基金調査機関(Center for Responsive Politics)のデータによると、2011年1月から選挙日までの22ヶ月余に両選対が集めた選挙資金は、オバマ6億8000万ドル、ロムニー4億5000万ドル、合計11億3000万ドルに上った。

その上、今回の大統領選では新たに「特別政治活動委員会」なる組織が登場した。連邦最高裁が2010年、候補者から独立して活動する団体の寄付上限を撤廃する判断を示したのを受けた新組織で、直接、特定候補を支援する選挙運動はできないが、現実には特定候補の側近や所属政党の政治参謀等が取り仕切っている。党派色は明瞭であり、委員会は富豪や企業経営者から無制限に資金を受け入れ、それを使って対立候補を中傷するテレビCM攻勢をかけるなど「集金・攻撃マシン」となっている。

この資金を加えると、両陣営の選挙費用はオバマ11億8000万ドル、ロムニー12億1000万ドル(約2000億円弱)に達し、投票者約1億2200万人で計算すると、「一票はおよそ20ドル」だったことになる。
(ワシントン・ウォッチ 発行人 山崎一民)

日本でも「金権選挙」なる言葉がメディアに氾濫したことがあったが、この数字を日本語に置き換えれば「超金権選挙」ということになろうか。

それにしても家族総出で全米を飛び回るあの体力と執念は、どこから来るのだろう。愛国心だけではなかろう! 「権力」の魔力に取りつかれた人たちなのだろうか。不精者の私には想像すらできないことである。

同時に行われた議会選挙では、上・下両院とも米議会史上最多の女性議員が当選した。下院総数435人中81人。上院は100人中20人が女性議員となった。1992年の選挙から20年間で女性議員は10倍になったことになる。特にハワイ州のメイジー・ヒロノ女史は、確か福島県出身の日系人一世で、アジア系初の女性上院議員となったことは誠に喜ばしいことである。ニューハンプシャー州では、非改選を含め、州知事、上・下両院の議席全てを女性が独占、米国史上初の「かかあ天下」州となった。

アメリカ最大のお祭り騒ぎは終わった。
日本の選挙はどのようになるのだろうか。

厳しい政策論争もなければ人柄すら分からない人もいる。党を離れる議員も多く、新しいグループが乱立。政治の世界の合従連衡もここまで来ると喜劇の一幕を見る感すらある。女性議員にいたっては、路チューだとか不倫の話題ばかりで、多くは真面目に政治活動を行っているのだろうが、真剣さがさっぱり伝わってこないのである。

昔、各自食材を持ち寄って真っ暗闇の中で鍋をつっつく「闇鍋」というものがあった。食べていても何だか分からない食材もあり、30〜40分後に明かりをつけて一同、笑い転げたものである。しかし選挙では、真昼間に何が何だか分からない人の中から一人を選んで票を投じなければならない。自信のない1票を闇鍋のように笑い飛ばすこともできず、いつもながら無責任な思いさえ付きまとう。今回こそ、我が選挙区から尊敬できる秀れた立候補者の出現を望みたいものである。
11月25日(日) [2012年11月25日(Sun)]
11月25日(日)

5:00 僧院にて起床

6:10 出発

7:15 途中で朝食

11:45 タイ側に入る

14:00 新モン州党幹事長と昼食

14:45 バンコク空港へ

21:50 バンコク空港着(本日の車の移動時間、通算13時間)

23:15 バンコク発、成田空港へ

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