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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

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resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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8月31日(金) [2012年08月31日(Fri)]
8月31日(金)

7:00 朝食

8:00 ホテル発

9:20 マガスプール・ハンセン病コロニー(SILFプロジェクト実施コロニー)

@マガスプールコロニー。マイクロクレジットで購入した牛.JPG
マイクロクレジットで購入した牛

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コロニーでとれたての牛のミルクの前で

Bコロニーの住人と集会.JPG
コロニーの住人と集会


13:00 インドール着(車移動3時間)、ホテルチェックイン

13:20 ナショナルフォーラムメンバーと昼食

14:30 ホテル発

15:30 ラム・アバターハンセン病コロニー(アルサワ地区)(SILFプロジェクト実施コロニー)

16:45 ラム・アバターハンセン病コロニー(インドール地区)(SILFプロジェクト実施コロニー)

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コロニーでサリーに刺繍をする女性たち


17:20 近郊のコロニー代表者たちとの会合

Dアバターコロニーで近郊のコロニー代表者たちとの会合.JPG
アバターコロニーで近郊のコロニー代表者たちとの会合

E記念品をいただく.JPG
記念品をいただく

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マディア•プラデシュ州のリーダー、サラン氏と


18:45 ホテル着

19:30 関係者との夕食
「ミャンマー少数民族福祉向上大使」 [2012年08月31日(Fri)]
「ミャンマー少数民族福祉向上大使」


報告が遅くなったが、7月25〜29日とミャンマーに入り首都ネピドーに4日間滞在。大統領をはじめ9人の主要大臣及びスーチー女史を含む与野党の幹部と精力的に面談し、ミャンマーの民主化が急速に進展している情況をある程度掌握することができた。

面談した各大臣の多くは活動の透明性と説明責任に言及されることが多く、その重要性を認識しており、アセアン各国を何十回と訪れている私にとって、このような言葉を政治指導者より聞くのははじめてのことで、新鮮な驚きであった。

アセアン諸国の中にはヴェトナム、ラオスのように一党独裁の国やブルネイの王制、又、警察国家といわれる国もあり、おしなべて何らかの報道規制のあることは周知の事実である。読者の中には分析が甘いのではとの批判もあろうが、ミャンマーにおいて一年有余でここまできた民主化は本物である。しかし、軍政に抑圧されてきた国民の声は民主化と共に多様になり、ミャンマー政府がすべての要望に答えていのは到底無理な話で、国際社会の理解と協力が不可欠である。

60年余もミャンマー政府との紛争が続くカレン民族同盟は、11の主要民族とビルマ統一民族連邦評議会を結成し、ミャンマー政府(担当はアウン・ミン:Aung Min鉄道大臣)との水面下の交渉も始まっている。大統領も少数民族問題の解決なくしてミャンマーの真の統一・民主化はないとの見解を再三再四表明しており、最大野党のNLD(国民民主連盟)議長アウン・サン・スーチー女史にも異論はない。

現在戦闘中なのはカチンのみで、他の少数民族とは一応停戦が実施されている。今のところ政府がこれら勢力の武器の温存を認めているのは、具体的な少数民族対策の実施に自信を持っているのかも知れないが、真の和平は国際機関や国際NGOの協力なくして具体的な実現は不可能と推察される。

今回、私は少数民族大使として医療(巡回診療を含む)、学校建設、山岳地帯の農業技術支援の三本柱を中心に、日本財団の具体的支援策を、大統領をはじめ各閣僚にミャンマー語で作成したペーパーで説明した。政府とビルマ統一民族連邦評議会との和解交渉の中で、ささやかながら、早急に目に見える具体的な行動計画を提示して、多少でも触媒の役割を果たせたらと願っている。

ミャンマー小学校建設2.jpg
建設したミャンマー小学校の開校式で

ミャンマー置き薬.jpg
ミャンマーでの置き薬配布事業、薬箱を手に・・・


現在国会で新聞・雑誌の事前検閲制度を廃止し、新法の制定によって登録制に緩和する準備を進めており、外資導入のための投資法など、重要な法案が審議中で、可決・実施されると、ミャンマーはティン・セイン大統領のリーダーシップによりアセアンで最も民主化が進んだ国になる可能性も大いにあり得る。

報道によると、アジア開発銀行は、ミャンマーの改革が順調に進むと年7〜8%の成長は可能で、2030年までに一人当たり国民所得は3倍に増えると伝えている。

親日国ミャンマーの民主化の成功を、是非実現してもらいたいものである。
8月30日(木) [2012年08月30日(Thu)]
8月30日(木)

4:00 ホテル発

4:30 空港着

6:40 デリー発

8:20 マディア•プラデッシュ州ボパール着

9:00 ホテル着

10:00 シブラジ•シン•チョウハン(Sivraj Singh Chauhan)州首相
    (ナショナルフォーラムメンバーも同席)

@首相にハンセン病回復者の現状を報告するサラン州リーター.JPG
州首相にハンセン病回復者の現状を報告するサラン州リーダー

A州首相(左から4人目)とナショナルフォーラムメンバーと.JPG
州首相(左から4人目)とナショナルフォーラムメンバー


12:00 サクセーナ(A. K. Saxena)人権委員長
    (ナショナルフォーラムメンバーも同席)


B人権委員長(左から3人目)とナショナルフォーラムのメンバー.JPG
人権委員長(左から3人目)とナショナルフォーラムのメンバー

C人権委員長面談後の記者囲み.JPG
人権委員長面談後、記者の囲み取材

D人権委員長と共に囲みインタビューを受けるナショナルフォーラムメンバー.JPG
人権委員長と共に囲みインタビューを受けるナショナルフォーラムメンバー


13:20 ナショナルフォーラムメンバー、LEPRAメンバーらとの昼食会

15:20 記者会見

E記者会見.JPG
記者会見


17:00 マハトマ•ガンジー ハンセン病コロニー


Fマハトマガンジーハンセン病コロニー.JPG
コロニーのガンジー像

Gコロニーで行われた集会.JPG
コロニーで行われた集会

H集会にはコロニーのほぼ全員が集まってくれた.JPG
集会にはほぼ全員が集まってくださった


18:20 ホテル着

19:30 関係者との夕食




8月29日(水) [2012年08月29日(Wed)]
8月29日(水)

7:30 朝食

9:00 サムリーSEARO(WHO東南アジア地域事務所)事務局長

サムリー氏.JPG
サムリーSEARO事務局長


11:00 SILF(笹川インド・ハンセン病財団)理事会

SILF理事会.JPG
SILF理事会


13:30 関係者との昼食

14:10 Deccan Herald(英字新聞) インタビュー

17:00 バドシャー氏(元インド産業連盟主査)

17:20 IANS(Indo Asian Service)(通信社)インタビュー

18:10 Dainik Jargan(ヒンドゥー語新聞)インタビュー

19:30 齋木昭隆日本大使主催夕食会
「東日本大震災 聴覚障害者支援」 ―遠隔情報・コミュニケーション― [2012年08月29日(Wed)]
センター看板.JPG


「東日本大震災 聴覚障害者支援」
―遠隔情報・コミュニケーション―


アメリカやヨーロッパのいくつかの国ではビデオリレーサービス(我々の事業では「代理電話」と呼んでいる)と呼ばれる聴覚障害者のためのサービスが普及しており、最近では韓国においても同様のサービスが開始されている。ビデオリレーサービスは聴覚障害者がテレビ電話を利用して手話通訳オペレーターを通じて音声通話を行えるようにする仕組みである。

アメリカでは電話会社に対して、法律で聴覚障害者も電話を利用できるように配慮することが義務付けられており、ビデオリレーサービス(代理電話)にかかる費用はすべて電話会社が負担。聴覚障害者は無料で利用でき、全米で年間数百万件を超える利用があると言われる。

東日本大震災では聴覚障害者に情報が届かない問題が浮き彫りになった。避難所でアナウンスが聞こえない、気が付いたら仮設住宅の申し込みが終わってしまっていたなど、情報が入ってこないことに加え、罹災証明の発行、義援金や補助金の申請など、生活再建に必要な事柄についても電話で問い合わせることができず、スムーズに進まないことが多々あった。

日本財団では2011年9月11日に遠隔情報・コミュニケーション支援センターを開設し、手話通訳オペレーターを朝8時〜夜8時まで無休で待機させ、聴覚障害者の復興を情報アクセス面から支援し始めた。

手話通訳オペレーター.jpg
手話通訳オペレーター


岩手、宮城、福島の聴覚障害者であれば誰でも、茨城、千葉など他県の聴覚障害者でも罹災証明があれば全て無料で代理電話と遠隔通訳サービスを利用できる。

2012年6月末時点で総利用件数1588件、利用登録者284人、総費用37,350,500円で、一件当たり約23,500円かかった計算となる。なお、総費用は被災市町村を訪ねて開く利用方法説明会の開催費も含んでいる。

これは実験データとしてご理解いただきたい。このビデオリレーサービス(代理電話)の存在を知らない人も多く、広く普及すれば価格は幾何級数的に安くなる。

利用の内容は多岐にわたるが、震災に関する事例をいくつかあげれば
・被災して実家を解体するのに業者にFAXしたが、返事がないので電話で問い合わせ
・義援金申し込みの問い合わせ
・タクシー会社に被災者無料利用の問い合わせと配車予約
・被災廃棄物対策に関し対策室に問い合わせ
・仮設住宅の水回りに異常があり、役所の担当部署と業者に修理依頼
・被災時に住んでいたアパートの敷金返却について不動産屋へ催促
・東京電力福島原子力補償相談室へ自主避難等に係る賠償金請求について問い合わせ
などなど。
この他、震災関連以外でも宅配便の再配達依頼や病院の予約など多岐にわたる利用があった。

日本財団は復興支援にとどまらず、この取り組みを通してビデオリレーサービスを中心とした遠隔・情報コミュニケーション支援の有効性と必要性を実証し、アメリカや欧州と同様に、わが国においてもこれらのサービスが聴覚障害者の社会参加のための社会基盤として発展・定着するよう、行政や電話会社に対して働きかけていきたい。

世の中は耳が聞こえる人だけで成り立っているのではない。 
聴覚障害者も社会の一員として大切な存在であることを忘れてはならない。
8月28日(火) [2012年08月28日(Tue)]
8月28日(火)

7:00 朝食

8:00 Kasturba Gram Kushta ハンセン病コロニー訪問

コロニー㈰.jpg
コロニーにて

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コロニーの代表者と


11:20 ホテル着

12:30 関係者との昼食

15:30 ナショナル・フォーラム前会長ゴパール博士、新会長ナルサッパ氏らとのインタビュー撮影

17:00 プラッドハン保健次官

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プラッドハン保健次官(筆者の右側)とナショナルフォーラムメンバー

18:30 ナショナル・フォーラムメンバーと打ち合わせ

19:30 ナショナル・フォーラムメンバーとSILFスタッフとの夕食会
8月27日(月) [2012年08月27日(Mon)]
8月27日(月)

7:30 朝食

10:00 ホテル発

12:45 ダライ•ラマ法王14世に謁見

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謁見は45分間に及んだ

27日ダライ•ラマ.jpg

27日ダライ•ラマ法王に謁見.jpg

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法王が生活されている寺の入り口

14:30 空港着

16:30 ダラムサラ発

18:00 デリー着

19:00 ホテル着

20:00 関係者との夕食
「ドイツ人女医 ロマーナ・ドラヴィック博士のこと」 [2012年08月27日(Mon)]
「ドイツ人女医 ロマーナ・ドラヴィック博士のこと」


ロマーナ・ドラヴィック(Romana Drabik)博士(75才)はドイツ人女医で、30年以上にも亘り旧ソ連の国々でハンセン病に関わってきたこの地域で最もハンセン病事情に詳しい人物である。

ロマナさんと.jpg
ロマーナさんと筆者


笹川記念保健協力財団の山口和子女史は、世界各国のハンセン病の歴史や療養所の現状を熟知しており、ロシア、ウクライナ訪問に際しては、ネットで探り当ててインド訪問時に面談を果たしたこの地方のハンセン病専門家・ロマーナ博士の協力を得るべきだと助言して下さった。

ロマーナ博士は1976年、ケニアのナイロビで初めてハンセン病の物乞いに出合い、それが彼女のその後の人生を決定づけることになる。

彼女が開業医をしていた街・ディンスラーケンの人々に訴え、30年以上にも亘り募金活動。夫には「私はハンセン病患者・回復者とともに生きる」と伝え、ハンセン病の治療について研究し、1980年代はインドで多くの活動を行った。

インド南部のタミルナドゥのビーチで、当時ソ連の一部であったラトビアの医療関係者たちに出合ったことが、旧ソ連の国々におけるハンセン病に取り組むきっかけとなる。当時、旧ソ連15ヶ国におけるハンセン病の情報は皆無に近かったが、ディンスラーケンの自分の診療所に受診に来るソ連圏諸国の人々からも手がかりになる情報を得ようと努力した。

1990年代からは、検査技師でもあった夫とともに、ボランティアで医薬品を持参して12ヶ国以上の国々の療養所を駆け巡った。大量の医薬品を持参するので税関で許可がおりないこともたびたびあったが、「ある時、患者をここ(税関)に連れてきて治療すると言ったら許可がおりたわ」といたずらっぽく笑う。小柄で高齢の彼女のどこにこのような強靭な精神力と行動力があるのだろうか・・・。

一度モスクワに戻り、又、ウクライナの療養所へ入る全行程に同行。9人で満席のミニバスで今日は11時間、明日は8時間と陸路を走る強行日程であったが、疲れた様子は微塵も見せず、目が合うといつもにっこり笑顔で答えてくれるチャーミングな女性である。どのような献身的な人道活動を行ってきたかは、訪問した療養所の医師・看護師は勿論のこと、回復者の皆さんが尊敬の眼(まなこ)で、親しみ深い笑顔で迎え入れている姿が全てを物語っていた。

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ロマーナさんとハンセン病回復者
回復者の笑顔にはロマーナさんへの深い尊敬の眼差しが・・・


オデッサの空港で別れ、一人イスタンブール経由でドイツへ戻る彼女を見送った。世界にはこのような無私の精神で活動する崇高な人たちが大勢いる。

社会には日の当る場所と光の届かない影の場所がある。日本財団は光の届かない人々に自信と勇気を与える活動を展開しているが、その資金は多くのボートレース・ファンより毎年多額の活動資金をお預かりしているから行える活動で、恵まれていると常々感謝している。

それだけになお透明性と説明責任を果すのは当然の行為で、その上にロマーナ博士のような崇高な精神に自らを昇華させる努力も肝要である。

単に今日まで馬齢を重ねただけで、豊かな精神性を身につけるにはまだまだ努力不足を痛感する今日この頃である。

8月26日(日) [2012年08月26日(Sun)]
8月26日(日)

7:30 朝食

8:30 ホテル発

9:20 空港着

11:30 デリー発

12:40 ダラムサラ着

ダラムサラに到着
26日@ダラムサラに到着。空気がきれい。.jpg
澄んだ空気と緑が美しい山間の町

26日Aダラムサラに到着.jpg

26日B新鮮な野菜がたくさん.jpg
店先には新鮮な野菜が並ぶ


13:20 ホテル着

13:40 関係者との昼食

14:00 ホテル発

15:10 パランプール(Palampur)ハンセン病ホーム

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ダラムサラから車で1時間、パランプール・ハンセン病ホームに到着

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施設に住むデヴィさんと

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1917年に建てられた施設の中にはすでに老朽化してしまったものも

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集会所で住民の方々と談笑


18:20 ホテル着

19:30 関係者との夕食
8月25日(土) [2012年08月25日(Sat)]
8月25日(土)

12:00 成田発

16:30 バンコク着

17:55 バンコク発

20:55 デリー着

22:00 ホテル着
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