「漂着物処理に自衛隊を派遣せよ」
―産経新聞『正論』―
東日本大震災の漂流物が、一部、アメリカ沿岸に到着し始めた。住民の一部に福島原発事故の放射線物質を含む漂流物があるのではとの誤解もあるようで、日本の早急な対応が必要である。
そこで、下記のような論を緊急に投稿しました。
読者のご批判を賜りたい。
2012年7月26日
産経新聞 東京朝刊
東日本大震災から1年4カ月。大津波で太平洋に流出したがれきが米国やカナダの西海岸に本格的に漂着し始めている。漂着物はたどり着いた国が処分するのが原則で、国際法上、日本に回収義務はない。しかし、大震災で日本は、米国の「トモダチ作戦」をはじめ世界各国から多大な人的・物的支援を受けた。今度は日本が行動で「感謝」を示すときである。
≪目に見える行動こそ必要≫
それには自衛隊の派遣に勝る策はない。東北の被災地と同様、漂着地で自衛隊と米軍がともに汗を流す姿が再現されれば、日本の誠意は米国民に伝わり、大災害における両国の末永い協力関係も確立する。その際は、われわれ日本財団もNPO(民間非営利団体)やボランティアを現地に派遣して全面的に協力する用意がある。
東日本大震災では岩手、宮城、福島3県だけで2000万トンに上るがれきが発生し、うち約500万トンが津波で太平洋に流出した。内閣官房総合海洋政策本部のシミュレーションによると、このうち7割は近海に堆積、残る150万トンも偏西風に乗って漂流する間に大半が海中に沈むが、最終的に4万1300トンがアラスカ州からカリフォルニア州にかけた北米大陸の西海岸に漂着する。
ピークは今秋から来春。既に今年春ごろから漂着が始まり、表面に書かれた学校名を手掛かりにバスケットボールが被災地の中学校に送り届けられるなど心温まる話題もあるが、アラスカ沖やオレゴン州にはイカ釣り漁船や長さ20メートルもの浮桟橋が漂着し、海上交通の危険だけでなく、生活環境や野生生物の生息地の破壊なども懸念されている。
漁船は米沿岸警備隊が撃沈し、浮桟橋の処理にはオレゴン州が9万ドル(約720万円)を支出、米海洋大気局(NOAA)は今月、アラスカ、ワシントン、オレゴン、カリフォルニア、ハワイの5州に清掃費名目で計25万ドル(約2000万円)を拠出すると発表した。しかし、各州に対策費の備えはなく、米議会からは「日本に費用分担を求めるべきだ」といった声も出始めた。
≪まず首相が意思表示を≫
日本政府にも回収費用の一部負担を検討する動きがあるようだが、賛成しかねる。1991年の湾岸戦争で日本は130億ドルもの巨費を拠出しながら、国民の納得も外国の評価も得られなかった。理解と協力を得るには、目に見える具体的な行動こそ重要である。
海外の災害では99年のトルコ北西部地震、2001年のインド西部地震、10年のパキスタン洪水などでも自衛隊が派遣されている。根拠となる「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」は、対象を「海外の地域、特に開発途上にある海外の地域」「大規模な災害」とするとともに「(当該国の)政府又は国際機関の要請」を派遣の前提としている。
「米国が対象地域に含まれるか」「がれきの漂着が大規模災害に当たるか」「米国政府が果たして派遣を要請するか」といった疑問もあるようだが、法律が合わないのなら新たにルールを作れば済む。広範かつ長期にわたる膨大ながれきの漂着は、大災害以外の何ものでもなく、手を取り合って処理に当たれば、間違いなく日米両国民の信頼は強化される。まずは野田佳彦首相が自衛隊派遣の必要性と派遣に向けた明確な意思を表明すべきである。
≪災害相互協力は日米同盟の柱≫
沿岸海域での危険な大型漂流物の処理から、陸に打ち上げられたがれきの回収・分別まで幅広い作業が予想され、大型重機や焼却炉なども必要となる。世界最先端の災害技術を持つ自衛隊に期待される役割は大きい。そこに日本のNPOやボランティアが参加して直接、がれきの回収処理に当たれば、漂着物に対して米国民が持つ放射能汚染の恐怖も緩和される。漂着物は福島原発事故の発生前に大津波で洋上に運ばれた家屋などの木材がれきで、もともと放射能汚染の可能性はない。理屈より行動で示すことが、何よりも安心感の共有につながる。
われわれは東日本大震災の被災地で活動する約700のNPOを支援する一方、学生ボランティア多数を被災地に派遣し、米国を含む多くの外国人学生も参加した。自衛隊派遣が実現すれば、蓄積したノウハウを活用してボランティアの参加を支援したいと考える。
各種世論調査によると、「トモダチ作戦」の後、日本人の対米好感度は85%と高い数字を記録、「日本を信頼できる」とする米国人も70%と、引き続き高い数字を保っている。半面、集団的自衛権の解釈や難航する米海兵隊の普天間飛行場の移設問題などで日本とのパートナー関係の先行きを不安視する向きも少なくない。
大災害は今後も起きる。手厚い災害相互協力は日米同盟の柱ともなる。ともに汗を流せば「信頼の絆」も強まる。仮に米側の事情で実現しなくとも、わが国が明確な意思表示をすることで、その心意気は伝わる。政府の迅速な決断を期待してやまない。(ささかわ ようへい)