「中国・地方大学生」
―日本語学習者への講義―
2012年2月17日
於:早稲田大学
今回招待した中国地方大学の学生諸君は、広西自治区、貴州省、青海省など中国奥地の大学生ではありますが、日本語の理解力は素晴らしく、私の話もおおむね理解出来たようです。
日本語の勉強は中国語から学んだのではなく、モンゴル語、あるいはチベット語から学んだとのことで、驚きです。日本語図書も不足気味の条件の悪い地域の大学で、短期間にこれだけの能力を身につけた学生には只々脱帽です。やさしい言葉でわかりやすく、学生が理解しやすいような言葉で話したので少し長くなってしまいました。
中国の大学には約55万人の日本語学科の学生が在籍しており、世界の約65%に当たります。
****************
【笹川】 私は学校の先生ではありませんから、専門的なことを皆さんにお話する能力もありません。皆さんが日本に来て疑問に思ったことや知りたいことがあれば、それにお答えしたいと思います。中国は大きな国ですから、皆さんが持っている情報や知識はどうしても中国を中心としたものに限られがちです。
ところで皆さん、世界の独立国は何ヶ国ぐらいあると思いますか?
【学生】 100・・・
【笹川】 100位あると思う人手を上げて・・・150? 200? 誰も手を上げませんね。
【学生】 130・・・200・・・
【笹川】 現在の国連加盟国は193ヶ国です。1番大きい国は勿論皆さんの国ですが、小さなところでは人口約20,000人という国もあります。20,000人の国と13億人も14億人いる皆さんの国が同じというのもおかしな話ですが、国連ではそのようになっています。様々な国のことを知って、中国のことを知る。少し難しい言葉を使うと、若い皆さんには相対的・客観的に物事を見るという習慣を身に付けて欲しいと思います。
中国には素晴らしい歴史と文化があり、近年の経済成長には世界が驚いていますが、中国から世界を見るのではなく、日本に来てみて、日本から中国を見たらどんなふうに見えるのか。アメリカやヨーロッパからはどう見えるのか。その中で、自分の意見はどうなのか、物事を多面的に考えてください。そして色々な角度から物事を見る訓練を若い時にすることが大切です。
物理、数学、化学には絶対的な真理というものが存在しますが、皆さんが勉強されている社会科学的な学問にはそれがありません。ですから本日は皆さんからの質問を受け、それに答えていくことで皆さんと一緒に考えていこうと思っています。
世界から見たら今の中国はどのように見えているのか? という質問でも結構です。私は世界193ヶ国のうち120ヶ国を訪問した、最も世界を旅した日本人の一人ですから、難しい事は分かりませんが、大体はお答えできると思います。
それでは質問をどうぞ。
【学生】 笹川会長は中国をどんな国だと思っていますか?
【笹川】 今、中国は世界的に大変注目されています。経済的に急速な発展を遂げていますが、毛沢東の時代は全ての人が貧しい時代でした。だから皆、平等だったのです。ところが今は、経済成長に伴い大変なお金持ちが生まれると同時に、大変貧しい人も沢山いらっしゃいます。生活レベルが上がってくる中で様々な権利意識や主張も出てきましたから、中国はこれから大変難しい時代を迎えるのです。
また、193ヶ国の中の大国として国際的な役割責任を果たしていかなければなりませんが、中国の指導者は今だに「中国はまだ貧しく、発展途上の国です」とおっしゃるのです。しかし世界の人はそうは見ていませんし、中国には責任ある大国として、応分の責任と協力をしてほしいという大きな要望があります。これからの中国は、世界各国に対して皆さんの思いや発言が理解されるかどうかが一番大切なところではないでしょうか。
【学生】 先程、限られた情報とおっしゃられましたが、何が限られていない情報なのでしょうか?
【笹川】 例えば、皆さんが持っている書籍についてお話しします。今はインターネットが普及していますからある程度の情報が得られるかもしれませんが、日本と中国の関係に絞ってみても、皆さんが学校で習ってきた歴史と日本に来て見聞きする日中間の歴史には相違があり、中には「へえ、こんなことがあったの」とか「こういうことだったの」ということは、日本の書籍を知らなければ理解できません。そのような意味で申し上げたのですが、日本ほど世界の情報が自由に入る国はありません。先ほどnippon.comというウェブサイトの名刺を差し上げましたが、中国語でも情報を発信しています。このサイトをご覧になると日本の政治、経済、歴史だけでなく、マンガもファッションもみんな分かるようになっていますから、勉強の合間にぜひご覧ください。
【学生】 日本と中国は夫婦の様な関係だと私の大学時代の先生が言っていました。たとえ両国が時々喧嘩をしても、政治でも経済でも深く繋がりがあります。笹川さんはこのような言い方をどう思いますか?
【笹川】 多分、その先生は私が言ったことを聞いていたのでしょう。それを言ったの私です(笑)。私の本の中に書いてありますから、中国に帰ったら先生に「それは笹川さんから聞いた話ではないですか?」と聞いてみてください(笑)。
【学生】 笹川さんは中華料理の何が好きですか?
【笹川】 世界の三大料理の一番目は中国料理です。二番目がフランス料理で、三番目は国によって違います。日本人は絶対に日本料理が三番目だと思っていますし、トルコ人に言わせればトルコ料理が三大料理の一つだと言います。イタリア人によればフランス料理はもともとイタリアから伝わったもので、メディチ家という大変古い貴族がいたのですが、そこのお嬢さんがフランスに嫁ぐまではフランス人は手で食べていたそうです。だから料理だけでなくフォークもナイフもイタリアから教わったそうですよ。
【学生】 笹川会長から見ると、中日関係発展の道で一番大きな問題は何でしょうか?
【笹川】 中国ではどうしても常に日中、日中といってお考えになりますが、冒頭で申し上げた通り、これは相対的な問題なのです。世界の中で日本と中国がどうあるべきかという問題であって、日本と中国だけで解決できない問題も沢山出てきています。貿易や為替の問題などがそうです。勿論二国間に限られた問題もありますがね。どこの世界でもそうですが、お隣同士で仲の良い国はありません。アメリカとカナダは仲が良いように見えますが、心の中ではあまり上手くいっていませんし、アメリカとメキシコの関係も良くありません。ドイツとフランスは何度も戦争をやっている間柄で、戦いの歴史の方が長いくらい争っています。そういう意味では日本と中国が2000年もの長きに亘りほぼ穏やかな二国間関係を作ってきたというのは、世界でも稀な例なのです。
ところが、皆さんは学校で日本が中国に攻めてきて悪いことを沢山したという、2000年の歴史の中のほんのわずかな期間を勉強して、そこから日中関係を見るとどうしても日本はあまり良い国ではない、私たちに迷惑ばかりかけてきた国ではないか、と見えてしまうのです。戦争は良くないことですが、中国もベトナムに戦争を仕掛けたことをご存知ですか? ベトナムの人から見れば、中国は突然国境を越えて攻めてきて、我々の国の多くの人々を殺してしまった悪い国です。戦争や民族間の紛争をどうやって乗り越えていくかが21世紀に生きる皆さんの仕事なのです。
今から11年前に21世紀を迎えるにあたり、世界中の政治家や学者が言ったことは何だったと思いますか? 「20世紀は戦争の100年でした。多くの人が世界中で傷つきました。21世紀は平和な世紀になりますし、そうしなければなりません」と。これが皆の共通認識でした。ところが今の21世紀はどうでしょうか。20世紀と何ら変わりありません。国と国の争いや民族同士の対立、宗教に基づく争いが世界各地で起こっています。そういう意味で20世紀という非常に悲惨な戦争の世紀が終わっていながら、まだ私たち人間はそう大きく変わっていないということは極めて残念なことです。
この地球上で、生き物の中でも人間が最も高いところに位置します。科学技術を進歩させ、生活を向上させていくのに最も優れた生物が人間なのです。ところがどうでしょうか。たとえば私はよくアフリカに行きますが、一番怖いライオンの傍をシマウマが平気で歩いています。ライオンはシマウマを食べますが、一匹しか殺しません。そしてお腹が一杯になったことが分かれば、シマウマは平気でその周りをウロウロするのです。なのに、どうして人間だけがこんなに無差別に沢山の人を殺すのでしょうか。今のアフガニスタン、イラク、シリアもそうです。一番理性的な動物と言われる人間がそのような残酷なことをしてしまうのは、大変残念なことです。皆さんにはそういうことを良く考えてもらいたいものです。
【学生】 日本に来られるチャンスを与えて頂き有難うございます。資本主義の国の人々は中国の社会主義に対してどんなイメージを持っていますか?
【笹川】 現在の世界で最も優れた社会システムは民主主義だと言われています。しかし、基本的人権や自由、平等という点についてはそうですが、政治あるいは人々の生活を豊かにしていく上で、これが最も良いシステムかという点では、学者の間でも議論があります。本当の意味での民主主義の国があるのかといえば、それほど数多くはありません。
日本も勿論民主主義を標榜している国ですが、お国では2年でできる飛行場が日本では35年経ってもまだ作れないのです。数人が反対して所有する土地を譲ってくれないために、飛行場が35年経っても出来ません。お国では色々なところで素晴らしい大学が沢山出来ています。みな3年もあれば出来てしまうのです。一方日本では、私の家の近くの道路を作るのにも40年もかかってまだ出来ません。住んでいる人がなかなか立ち退いてくれないのです。
そういうことで、どちらが良いかはそれぞれの国の人が自分たちで選択すべきことであって、他国からとやかく言われて変化する必要はありませんが、いずれの国でも基本的人権、自由、平等の精神は確保する必要があります。世界193ヶ国の中には民主主義と言いながら現実問題としては軍事政権や警察国家も沢山あります。選挙といっても、一票の投票のために候補者からお金をもらうというような国も沢山存在します。中国が今後どのような国になっていくのか、なりたいのか、それは中国に住む皆さんが判断すべき問題です。ただ冒頭に申し上げたとおり、世界は今後の中国に対し国際社会の中で大きく協力してほしいと強く希望しているのですから、その声と中国の今の政治体制がどのように上手く調和を取りながらやっていくのかということが大変重要だと思います。
【学生】 私たち研修生のことはどう思いますか? 中日関係について私たちの将来にどんな希望を持っていますか?
【笹川】 皆さんは日中関係を良くしていこう、あるいは日本を理解しようと思っていらっしゃるのですから、大いに希望を持って知識を得て頂きたいと思います。私はこれまで多くの中国の方に勉強する機会を提供してきましたが、決して親日家になって欲しいとは思っていません。知日家になってほしいのです。これからの中国にとって日本はやはり大切な国です。例えば貿易高をみても、輸出入ともに中国にとって一番大きな国は日本です。日本にとっても、勿論中国です。このように非常に緊密な関係が既に国民レベル、中国では人民と言いますが、人民と日本国民との間には出来つつあるのです。どちらが上手くいかなくてもそれぞれの生活に大きな影響を来す、そういう時代になってきているのです。
ところが日中間の政治指導者の対話がなかなか上手くいかないのです。揉め事がでてくると、たとえば尖閣諸島の問題は皆さんご存知でしょうか? 小さな島があるのですが、そこを巡って中国は「これは中国の領土です」と争って時には冷たい関係になってしまうのです。しかしそうではなくて、中国10数億人の生活と日本の1億1千数百万人の生活がかかっている関係になっているということを政治指導者は常に念頭において政治を行わなければなりません。
政治家という職業は、本来国家国民の為に働かなければならない立場ですが、場合によっては自分の人気や存在感を高めるために、あるいは国民の不平不満を逸らすために様々なテクニックというか技術を労して発言します。それを受け手の国民は正しいと判断しがちで、そこが一番間違いやすいところなのです。日本のことをよく勉強して「ああ、我が国の政治家がこういうことを言っているけど、私が勉強してきた日中関係と少し違うな」とか、「なるほど、政治指導者の言っていることが正しいな」と、日本に対する知識を身につけて頂くことが大切です。日本が全て良いというわけではありませんが、良いところは学び、悪い点は真似する必要もありません。そういうことを良く考えながらお互いの国の違いを勉強して頂ければと思います。
【学生】 笹川会長は100ヶ国以上の国へ行ったことがありますとおっしゃいましたが、その中で一番印象に残った国はありますか?
【笹川】 一番印象に残って良かったという国は、実は日本なのです。少し自慢になりますが、イギリスにBBC放送というのがあります。そこが3年か5年に1回、世界の国々の中でどこの国が一番よいか、という調査を行うのですが、常に日本が1番なのです。いくつか理由を言いましょう。
まあ食べ物は中国が1番としましょう。日本は2番目で結構ですが、日本のように春夏秋冬の季節が明確に分かれている国は世界でも珍しいのです。アメリカには春も秋もありますが、とても短いですし、また、皆さん来日してお分かりのように、日本には木が植わっていない山はありません。お国は広いからゴビ砂漠のようなところもありますが、木のない山も沢山ありますね。日本は緑があるから水が素晴らしいのです。お国でこれから一番困る問題は水の問題です。黄河には水がありません。日本のおいしい水を今中国人が買いにきて、日本人は困っています。日本では水を取られてしまうと命に関わるから売るのを止める法律はできないか、と苦労しています。
また料理の話に戻りますが、私は日本料理が世界一だと本当は思っています。お昼のお弁当なんかでも20も30も色々な食べ物が少しずつ入っていて、とてもバランスが良いのです。そして世界一清潔な国が日本なのです。大体皆毎日お風呂に入りますし、非常に清潔好きです。最近、道路なんかは多少汚れてきましたが。
少し難しい話になりますが、日本の工場が東南アジアに進出すると、みな「5つのS」を勉強してもらいます。それは「整理・整頓・清掃・清潔・躾」です。躾というのは子供の時から色々決められたルールを守ることです。躾は残念ながら今の日本では崩れてきました。これはアメリカ文化の悪い影響を受けています。立ったまま、あるいは歩きながら食べるということは絶対にしてはいけないと私達は教わってきたのですが、今はマクドナルドやスターバックスで買い物して歩きながら食べていますね。昔はそういうことは決してありませんでした。皆さんはもう電車に乗りましたか? 電車の中で女性がお化粧をしているでしょう。ああいうことは絶対してはいけないのです。
電車にお年寄りがいればスッと席を立つ。私達の学生時代には席が空いていても座りませんでした。ところが今は若い人が足を広げて座って、その前におじいさんやおばあさんが立っていても知らん顔で寝たふりをしているのです。このように最近は少し悲しいことになってきていますが、工場などに行くと昔の良い習慣はちゃんと残っています。
朝は皆さん会えば「おはようございます」と挨拶をしますし、9時から仕事を始めるのであれば9時前に来てちゃんと準備をしなければなりません。最近インドで日本が地下鉄を作りましたが、教える日本人が9時に来ているのに教わるインド人が9時半とか10時に来るそうです。それでインドの鉄道大臣が大変怒って「あなた方は学ぶ立場、教えてもらう立場なのだから9時に行きなさい。行かない人は辞めさせます」ということになって、皆9時に来るようになったそうです。
そうすると、教える側の日本人が9時前に皆揃っていることについて「9時だというのに一体どうして日本人はそんなに早く来るのですか?」と鉄道会社の人が聞いたそうです。日本では規則に書いてあるわけではないのですが、5分前に集まるということが自然の習慣として身に付いているということを知ったインドの鉄道大臣が驚いて「日本から一銭も援助は要らないから、そういう習慣を教えてもらいたい」というお話しをしたと、お会いした時に聞きました。このようなルールが長く日本の中に生きていたのです。最近、日本人も新聞や雑誌を読まなくなりましたが、それでも読書率の高さは未だに世界一で、非常に沢山本を読む民族であることには変わりありません。
世界中で起こる地域紛争は、皆さんお分かりの通り、民族や宗教の争いであることがほとんどですが、日本は南北に長い国であるにも関わらず、有難いことに、ほぼ一つの民族で出来ている国家です。勿論学者が厳密に区別すれば北海道にはアイヌの方が数千人いらっしゃいますが。ですから民族間の対立がありません。そして日本にも宗教は沢山ありますが、宗教の争いが無い国なのです。これは世界でも大変珍しいことで、ある意味で個人の生活はすべて自由なのです。新聞を毎日読んで頂ければ分かりますが、日本で一番偉いのは総理大臣ではありません。総理大臣が立派だとか良い仕事をしたという記事は一行も出てきません。常にダメだ、ダメだと言われ続けているわけで、そういうことが言えるのも日本に完全な言論の自由があるからです。
【学生】 今は笹川平和財団と中国政府、あるいは民間で色々な援助、交流がありますが、私の質問が少し失礼にあたるかもしれませんが、笹川平和財団の援助対象に中国を選ぶ理由は何ですか?そこまで注視する理由は何ですか?
【笹川】 先ほども言いましたとおり、中国と日本の関係は貿易においても世界一です。お店に行ってみれば中国製品ばかりです。それが無くなったら私たちは生活できません。皆さんの国もそうです。皆さんの国では物づくりは皆日本が教えているのです。だから、お互いの国が理解し合って、中国の人民全てが日本との協力関係によって生活が安定し、生活レベルが上がっていくことが大切ですし、我々も安全で安心できる中国製品が日本に入ってくることによって生活を豊かにできるということが一番大切です。政治家同士が仲良くなれば両国の関係が上手くいくというものでもありません。一番大切なのは中国人民と日本国民との関係です。
【学生】 この前、人民ネットで笹川会長のビデオを観ました。その中で笹川会長は中国における貧富の差と日本における貧富の差についてお話をされていましたが、確かに中国では深刻な問題です。この話についてもっと伺いたいです。
【笹川】 中国は共産主義を標榜して政治体制が出来ています。率直に申せば共産主義政治体制というのは貧しい人を作らない、貧しい人を豊かにする、そして金持ちは作らないというのが本来の基本的な考え方です。日本は世界で最もお金持ちのいない国です。そして極端に貧しい人もいません。世界の人口は今70億人いますが、そのうちの20億人は1日の生活が100円、1ドル未満の生活ですから、病気になっても薬が買えませんし、お医者さんに診てもらうこともなく死んでいく人が沢山います。
中国ではケ小平先生が南巡講話で、改革開放経済を進める上で豊かになれる人から豊かになっていって下さい。そして最終的には中国の人民が全て幸せになれるようにしましょうということでしたが、今笑い話を1つ申し上げますが、中国政府は最近、あまり日本に留学してほしくないそうです。なぜならば日本に行って本当の「社会主義」を勉強してくるから困るって言うんですよ(大笑)。これは冗談ですよ。この冗談分かりますか?
日本でも貧しい人は沢山いますが、生活が困難な人には国や地方自治体から生活の援助費が出ます。皆さん貧しいのですが、家の中にはテレビも洗濯機もあります。冷暖房のある家もあるでしょう。世界では貧しいということは、明日食べる食料が無い人のことを指します。ですから冒頭に言いましたように、世界というものを相対的に色々な角度から見る勉強をしてほしいのです。日本の中にもそういう貧しい人がいることはいますが、世界から見れば決して貧しいとは言えないのです。
日本は国にお金がなくて1000兆円という大変な赤字を抱えているので、私達国民一人が780万円ずつ国に貸していることになるのですが、お国は世界一金持ちが多い国でありながら、国民が貧しいのです。これは問題です。このため、私は中国の政府の方に、まずは世界一の日本の健康保険制度、病気になった時にタダで面倒をみてくれる制度を作らなければいけないということを言っています。また日本には100歳以上の人が4万5千人もいます。中国も早いスピードで高齢化社会になってきています。中国は一人っ子政策ですから1人の子どもが何人もの親の面倒を見るということになりますので物理的には不可能です。親を大切にしながらも自分自身は働かなくてはいけないわけですから、年老いた親を預かってくれるような施設作りを急がなければなりません。親孝行をするならやはり自宅で面倒を見る方がいいのですが、中には出来ない人も沢山いらっしゃいます。そういう人民のための福祉政策を制度的に早く作ってほしいということです。
同時にもう1つは、中国にはお金持ちが多過ぎます。今から24、5年前でしたけれども、ケ小平氏のお嬢さんが私の家にいらっしゃいました。私はそれほどお金持ちではありませんが、生活レベルは高い方です。しかし、お客様には私の妻が料理をし、料理をテーブルに運ぶのを私がやりました。するとお嬢さんは不思議そうに「笹川さんの家にはメイドはいないのですか?」と聞かれましたので「いません。日本でメイドがいる家というのは本当に限られた人たちしかいないんですよ」と言いました。するとお嬢さんは、「私の家にはいますよ」と仰いました。勿論、国を代表する立派な指導者の家ですからそうであっても不思議ではありませんが、今や中国にはあまりにもお金持ちが多過ぎます。
日本人の多くは、お金を沢山稼いでいる人をあまり羨ましいとは思いません。なぜなら、いくら稼いでもそれに応じて沢山税金を納めなくてはいけませんし、どんなにお金を残しても親・子・孫の三代でほぼ全て国に取られるような、そういう税金システムになっているのです。ですから日本では、例えば私は結婚して40年経ちますけれども、私が死ぬと私の妻は今生活を共にしている家を売らなければいけないのです。そして小さなアパートかマンションに引っ越さないと税金が払えないのです。中国では考えられないことですね。
皆さんの国では川に工場の排水を流したり、井戸水を汲み上げたら毒物が出てきたり、工場で環境に悪い物を流したという事件が数多くありましたが、日本も同じような公害問題、水俣病や四日市ぜんそくなど、色々な病気を経験してきました。ですから以前は日本の子どもたちに工場の絵を描かせると、煙突から黒い煙が出ている絵を描きました。そのうちに同じ絵を描かせると煙突は書きますが煙が全然出てない絵を描くようになりました。今の子どもたちに工場を描かせると煙突がありません。そのくらい空気を綺麗にする、あるいは水を綺麗にすることによって、人々の健康を守る努力をしてきました。
また、先ほど言いました老人の問題をどうするのか、色々な身体的な障害を持った人をどう国が面倒見ていくのか。高齢化社会の中で中国はどうやっていくのかという問題は、みな日本が先に経験してきていることですから、これをちゃんと中国の人が勉強して下されば、人民の暮らしも相当良くなっていくだろうと思います。
【学生】 この前、笹川平和財団・玉腰先生の授業で世界における感動の共鳴ということがすごく大切だということが分かりました。とても勉強になりまして、今、私もそう思っております。笹川会長は中日間の共鳴についてどう思われますか?
【笹川】 感動の共鳴とは難しいですね。常に共鳴しているなんてことはありません。愛して結婚しても共鳴しなくなる方々もいます(笑)。する時もあればしない時もあるのです。ここにいる皆さんだって心は一つではありません。考え方も違うでしょうし、置かれている立場も違いますから。従って、一人ひとりには多少の違いがあるかもしれませんが、大きく見たときに日中間はこれから多少のことがあっても争いを起こさないように共に栄える国になってくれれば、それは大きな共鳴と言えるのではないでしょうか。
【学生】 先ほど中国を知るために中国から中国を見るのではなく、世界から相対的、多面的に中国を見ることが必要というお話を伺いました。それは会長の仰るとおりなのですが、誰もが笹川会長のように色々な経験を持てるわけではありません。そういう人たちが国際的な立場に立って中国を相対的、多面的な視点で見ることができるようになるにはどうすれば良いと会長は思われますか?
【笹川】 いい質問ですね。そのために皆さんがいるのです。例えば「日本はひどいとこがあって、どうのこうの」という議論になった時に、皆さんが「いや、私は日本に行った経験がありますよ。私が見てきた日本はこうですよ。あなたは見ないで議論しているんでしょう?」と言うことができます。 すべての人が世界中のことを知るのは不可能です。ですから皆さん方は、日本を知らない人たちのために、日本に自分たちが行ってこういう勉強をしてこうでしたよということを伝えていく役割があるのです。そのためには日本の良いところばかりを言わなくていいのです。「日本人はこういう欠点もあるし、あなたが仰っているこの部分は正しいと思うけれど、これは違いますよ」ということを言わなければいけません。それがあなた方の役割です。
【学生】 「今の若者は」と批判したり、中国でも「今の若者はゲームばかりやって」といったようなことを大人から言われるのですが、本当にそうなのでしょうか?
【笹川】 そういうことを言う人の話は聞く必要はありません(笑)。大体私たちの世代も昔はそう言われてきたものです。エジプトに5,000年前に出来たピラミッドがありますが、その中にも「近頃の若者は堕落している」と書かれていたそうです。日本でも160年前の江戸時代にも若者に対する批判がありました。これは知識人の最も悪いところです。知識人は何でも物事を知っている振りをして世の中を批判する。私はそういう批判をしません。なぜなら知識人ではないからです(笑)。もし今の若者がゲームばかりして良くないと言うならば「そういう若者を育てたのはあなたの世代でしょう」と言い返さないといけません。
例えその人が言っていることが正しいとしても、自分たちが何もしないで批判ばかりしているのはいけません。勿論先ほど言いましたように、電車の中で化粧するのはダメだとか、食べ物食べながら歩くのはいけないとか、そういうことは言いますけれども、いつの時代も世界の歴史を調べてみると、あなた方若い人たちが世の中を変えていくのです。ですから、年寄りや年輩者の批判なんてものともせず、自信をもって「あなた方が作った社会をもっとより良いものに変えていくのが我々の世代だ」と言い返して下さい。
異文化の交流において一番大切なことは、分からないことは聞くということです。色々な人に質問攻めして、「これはどういうことですか? これはどうしてですか?」と聞くことが大切です。異文化交流はまず疑問を持つこと。疑問を持ったことを尋ねて聞くこと。これがないと理解は進みませんし、あまり成果は上がりません。いつも私がする話なのですが、中国と最初に交流した時、中国の偉い人たちがいらっしゃいましたのでお昼ご飯を出しました。それが冷たいご飯だったので、中国の人は侮辱されたと感じてしまったのです。中国では冷たいご飯は犬・猫しか食べませんから。でもその人は偉かったのです。「なんでこんな冷たいご飯を食べるのですか?」と質問されたのです。日本の文化では冷たいご飯でも大変なご馳走があるのです。松花堂弁当といいますが。しかし、もしその人が質問してくれなかったら「私たちは日本に招待されて日本に来たけれど、侮辱された」ということになったでしょうね。
また、かつて文化大革命の時代に来日された方には、素晴らしい洋服を着ている人は誰もいませんでした。紺の洋服を着た人ばかりでした。ですからホームステイされた時、家の息子さんや娘さんの着るものでいいのがあったら皆さんにプレゼントしました。ところがあまり喜んでくれないというのです。よく調べてみると中国の人は頂いた時に有難うございます、とちゃんとお礼を言っているのです。1回言えばいいのです。一方、日本では何回も言わなければなりません。例えば次の日に会った時に「いや、昨日頂いた洋服は素晴らしくて私に似合いました」と言うと相手も喜ぶのですが、中国の人にしてみれば、せっかく頂いて何度もお礼言うと、もっと欲しいと思われてしまう。そういう気持ちが中国の人にはあるのです。ちょっとしたことが異文化交流の摩擦になる原因なのです。お互いに疑問を明らかにすれば解決する話なのです。ですから疑問に思ったことは何でも質問することが大事なのです。
【学生】 先ほど会長が「中国は責任ある大国という立場をとらなければいけない」」と仰っていたのですが、具体的にはどういったことをすれば責任を果たせるというふうにお考えでしょうか。
【笹川】 とてもいい質問だとは思うのですが、これは中国の新聞だけ見ていても少し分かりにくい話です。BBCやCNNを皆さんご覧になることはできますか? ホテルでは見ることができるでしょうが、一般家庭ではまだ難しいですね。あのようなテレビをご覧になれば色々お分かり頂けると思いますが、例えば今、世界中が資源を必要としています。中国は大きい国ですから、お金の力に任せて資源を世界中から全部持って行ってしまうという懸念があります。アフリカを例に取れば、タンザニアやザンビア、コンゴ等で中国が地下資源を掘っています。掘ることは悪いことではありません。ただし、現地の失業率は30%にも40%にもなっていますから、現地の人を使ってあげなければいけません。そうすると現地の人にお金が入るようになって生活も豊かになるのです。しかし中国は今、そういうことはしません。掘る人も何もかも全て中国から持って行って、地元には全然お金が落ちないのです。ですから、働く人も雇わないということに対して各国は批判しています。これはあくまでも一つの例です。やはり、自分だけが良くなるのではなく相手の国も良くなる、周辺国も良くなるという、まあ簡単な言葉では「国際協調」というのですが、共に豊かになるということが大切ではないでしょうか。こういう議論が一つの例です。
ただ、政治体制の違い、民主主義国家と共産主義国家の体制の違いについての議論というのは全然別個の話ですね。しかし、中国は国際的に非常に重要な立場に置かれるようになってきましたから、責任ある行動を取らなければいけないということは、今、一番中国政府自体が頭を悩ませている問題だと思います。
【学生】 現在、複雑な国際関係の中で、中日友好関係はアジアの平和と安定、あるいは世界の平和の安定にどんな役割を果たしていますか。
【笹川】 これから果たしていかなければならないのです。先ほど申し上げたとおり、既に中国は世界の指導者としての役割をきちっと果たしていく時代になっています。自分の国だけ良ければ良いという考えは、貧しい時代はそれでもよかったのですが。
お国の中には先ほど申し上げたとおり様々な社会的な問題があります。貧富の格差、農村問題、老人の問題、福祉の問題、教育の機会均等の問題など色々ありますが、それは国内の問題です。そうではなくて、国際的には中国は大国として認められているわけですから、世界の指導者として国際社会との調和ということも大変重要なテーマです。調和を得るにはきちんとした議論をしながら、協力して一つの方向性を見出していくということが重要です。「私の国の言っていることが絶対正しい。私の国の言っていることが正義だ」ということを主張しているだけでは、いつまでたっても協調は生まれません。外交の基本というのは自己主張と共にいかに相手の為に譲ることが出来るかということです。数学でいえば加減乗除の引き算をすることも問題解決には重要です。しかし弱腰外交とか、時には売国奴と言われたりしますから、お国の外交責任者も大変ですね。
【学生】 国際関係とかそういうことではないのですが、笹川会長の学生時代のことについて是非お話を伺えればと思います。
【笹川】 これはもう、簡単です。私は勉強をしませんでした(笑)。大嫌いでした。だから代わりに皆さんに勉強していただきたいと思って、今、一生懸命人材育成を心掛けているわけです。私は全く勉強をせず、恥ずかしい生活をしていました。代わりを皆さんにやってもらいたいと思っております。
【学生】 凄く簡単な質問ですが、笹川さんはイルカを食べた事はありますか?
【笹川】 いるか、いないかって聞かれたと思って・・・(笑)。食べた事はありません。
【学生】 外国人が作ったビデオを見たことがあるのですが、日本人は残酷で、イルカを殺して食べたりする。その文化を批判して、世界的にも賞を取ったそうなのですが、個人としてどう思われますか?
【笹川】 食文化というのは世界中で異なります。日本人に鯨を食べるのを教えてくれたのはアメリカ人なのですよ。でもアメリカ人の中のエスキモーの人が食べても誰も文句は言わない。中国の人は椅子以外、何でも食べるでしょう。イルカも食べていますよね、きっと。
【学生】 でも、そのビデオでは日本人はわざとそれをやっていますよ。
【笹川 】わざとではなく、必要だから採っているのでしょう。鯨の場合、ちゃんと国際法に基づいて試験操業の範囲内で取って食べても良いと認められているのです。イルカの場合も長い間の日本人の食文化です。和歌山県の魚村には多くの外国人が反対運動のために来て、漁民を困らせています。本当ならそういう外国人が村に沢山入ってくるのを阻止しなければいけませんね。中国ならそんな所には絶対入れませんね。ところが日本はそういうことも自由な国ですから規制が出来ないのです。それぞれの国の文化を、ある日突然いけないと言って強制するというのは良くないことです。ただ、希少動物のサイの角を取ったり、鹿の角を取ったりというのはダメです。中国にも沢山そういう例がありますが、資源が無くならないようにしなければいけません。今、鯨の議論が色々ありますが、私たち日本財団は海の事業を沢山行っており、その中にあと30年経つと海から魚がいなくなるという研究もあります。理由は2つ。1つは日本人がこれだけ長生きをして健康な生活を送っているのは魚を沢山食べているからだと世界中に知れ渡ったために、世界中で魚を食べるようになってきたことです。今まで魚なんか食べなかった人々も食べるようになったため、急速に魚の数が減ってきたのです。もう1つは、クジラは高等動物だから捕ってはいけないと言った結果、クジラが小さな魚を食べてしまうことです。
【学生】 勉強とは何なんでしょうか。何を僕たちは勉強するべきなのでしょうか。
【笹川】 これはもう哲学的な質問です。早稲田大学には立派な先生がたくさんおられますので、一度聞いてみてください。これは自分探しですから、私があなたの人生を探すわけにいきません。ただ言えることは、学問をするというチャンスが皆さん方にあるということは、自分の人生を見出す入口に入ったということです。
その中で、敢えて申し上げれば、出来るだけ若い時に沢山の本を読むことは重要です。読書を通じてハタと気が付くこともあるでしょう。実は、日本は世界で最も自殺率が高い国で、毎年4万人近くの人が死んでしまいます。というのは、生活レベルは上がってきたけれど個人個人の精神的な強さというものが弱くなってきたのです。私たちの時代は貧しくて、そういう貧しさに耐えてきたので精神的に強いのです。こんなこと位で負けてなるものかと頑張るけども、今の人達は3食ご飯もちゃんとあるし不足するものが何もないので、ちょっと会社でトラブルになったといってすぐ家で寝込んでしまったり、さまざまな問題に悩んで最悪の場合、死を選ぶ人もいるのです。先ほどから良いことばかり申し上げましたが、これは何とかしなければならない困難な日本の課題です。
自分探しは自分でしなくてはいけません。その為には本を沢山読むことです。その中に必ず、答えはあります。
【学生】 日本財団は世界中のあらゆる社会課題に取り組んでいらっしゃいますが、その資金はどのように捻出されるのでしょうか。
【笹川】 日本にはボートレースというギャンブルがありまして、106の市町村が運営を行っています。中国の一部でも競馬といって馬を競走させる賭けごとがあるかと思います。そのボートレースの売り上げの2.5%を日本財団が頂けるようになっているのです。その他、3月11日の地震の際に、日本財団は色々なところから寄付を頂きました。これも今は大変大きな活動資金で、多分今年の前半には70億円を超えるでしょう。中国の皆さんからも沢山の寄付を頂きました。感謝しています。
私の考えでは、これからの時代は政府や政治家に全てを任せるのではなく、私たち民間人が民間人を助ける時代です。困っている人たち、病気の人たち、老人、障害者の人。そういう人たちを私たち民間人が助ける仕組みを作りましょうというのが、私の考えです。