雑誌「Yu」対談 [2012年03月31日(Sat)]
雑誌「Yu」対談
大畑慶高(日本武道総合格闘技連盟副理事長) 笹川陽平(日本財団会長) 小沢 隆(空手道禅道会首席師範) 日本武道総合格闘技連盟の各道場に寄付型の貯金箱が設置されて久しい。東北の震災から半年が過ぎた9月下旬、機会を得て笹川陽平会長と小沢隆首席師範、そして大畑慶高横浜支部長の鼎談が実現した。程よく空調されて静謐な空気が流れる日本財団の応接室の壁には、絵画と見間違うような大きな虎の刺繍額。笹川会長は軽やかに応接室に入ってこられた。対談までの経緯を説明しようとすると軽くさえぎり「読ませてもらっていますよ」の一言で鼎談がスタートした。 「人間教育の原点は武道でしょう。 だからそれを知らない子供達は不幸だよね」(笹川) ―まず本日は、日本財団と今回の震災に向けた支援活動について少しご紹介頂ければと思います。 笹川 日本財団は、ボートレースの売り上げの一部を財源に、社会の皆さまのためになる様々な活動、例えば、海外ではマラッカ海峡の安全の確保、ハンセン病回復者の社会復帰支援、また国内では福祉車両の配備や古民家を改修して福祉の拠点とするなどの活動に取り組んできました。災害関係では、ナホトカ号の海洋汚染、雲仙普賢岳噴火、阪神淡路大震災など、現場で活動する様々なNPOへの支援を重ねてきております。今回の東日本大震災でもご家族を亡くされたり行方不明となってしまった方々に、私共職員がお5万円ずつ直接お渡ししに現地に伺いました。現在も多くの皆さま、企業さまからのご寄付とご協力を受け、被災地への支援を継続しています。 ―震災直後、被災者に対する多額の義援金が集まっても実際の配分までに時間がかかったのに対し、日本財団は、弔慰金・見舞金や現地で活動するNPOへの支援金という形で直ぐに被災地に送られたんですね。 笹川 非常時には、とにかくすぐにでも前に進まなければなりません。震災が起これば多くの民間企業、NPOの助けがなければ成り立たない訳ですから、現場で活動する人達を助ける支援金がすぐにでも必要だという判断でした。 小沢 私が空手の道場をひらいた当時は家庭内暴力の子が多かったのですが、どこにも頼るところがないという保護者の方に頼まれて、最終的に自分の自宅に問題児を預かり、生活を共にし、何とか成果に近いものを得てその後希望者がどんどん増えてきました。連盟の中に専門の部署を立ち上げた方が良いだろうと、5年前に通信制の高校とタイアップした自立支援の学校「ディヤーナ国際学園」を始めました。フィリピン・タイ・ラオスに施設がありまして、まずは日本を離れ海外で武道に取り組みながら地域の人達と交流を持ち、自分自身や親御さんとの関係性を見つめ直していくというのが基本となります。今回の震災では、学園の生徒達も、日本財団のプログラムで東北の震災のボランティア活動に参加することになりました。何を経験して帰ってくるのか楽しみです。 笹川 若い力は国の宝ですしね。やはり将来の日本国を背負って立たなくてはならないのですから、それはいい経験ですね。 若者よ、世界一美しい国に感謝と誇りを 小沢 笹川会長の『若者よ、世界に翔け!』という著作の中で、若者達はもっと海外に行け、もっと外を見て来いと強いメッセージを伝えていらっしゃいますが、当連盟で空手を習っている子達、あるいは当学園に通う一般の学校から落ちこぼれてしまった子達に向けて何かメッセージを伺えればと思います。 笹川 世界の国連加盟国193カ国で、私は120カ国を周っておりますが、世界で最も優れた国というのは日本かも知れません。ところが日本だけに住んでいると不平や不満ばかりが出てくる。だから私達が生まれ育った日本がいかに優れた国であるかということを知ってもらいたい。そのためには外国を見てもらうことが一番良い。英国BBC放送が調査した結果、統計上120数カ国の中、世界で最も高感度の良い国というのは日本だと評価してくれている。 日本のどこが良いのかというと、昔から海に囲まれているために外国からの侵略のない穏やかな国で、国土は南北3000kmにも渡り、しかも4つの春夏秋冬がハッキリ分かれているなんて世界にも少ない。その上、先進国で人口1億人もいて世界で最も犯罪率が低いし、何より世界中で深刻な紛争を引き起こしている宗教や民族の対立がないのは珍しい。世界で最も美しくて、山へ行けば緑に覆われ、川の水をすくって飲めるような場所が沢山あるというのは日本だけ。人々は穏やかで、今度の震災を見ても外国人は、「なぜ略奪が起こらないのか」「放火や犯罪が起こらないのか」と驚いたでしょう? 世界で最も素晴らしい国に生まれ育っていることに感謝すると同時に、日本人としての誇りを子供の頃から持ってもらいたい。そのために武道というものは子供時代の人間形成の上で最も重要なことです。武道には礼儀作法がきちんとありましね。長幼の序を学び、心身の鍛錬をしながら、怪我をした仲間には思いやりが持てる。相手に負ける悔しさも覚えるし、勝つ喜びも身に付けるというのが人間の心を豊かにします。そういう人間の心を豊かにすることを子供時代から身に付けていくことが大切なのだと思います。 小沢 会長のおっしゃる事に同感で、引きこもりや家庭内暴力の子が海外へ出て、そこで仲間同士で武道に取り組む中で、人に対する思いやりの心を持つとか、日本の文化は素晴らしいということに気付くことが、彼らの情緒を発達させることにつながるという判断で、東南アジアの国々に子供達を送り出しています。 美しく穏やかな自然風土が、温和な国民性をつくる 笹川 誇りを持つということと威張ることは別です。誇りを持つには謙虚さがないといけませんからね。世界には、緑も水もない荒野ばかりの国もあります。一方で、日本人には日常生活の中にあるのが当たり前のものですから大切なものだと思わない。餓死する人が一人もいない国なんて何処にありますか。確かに貧しい方もいらっしゃる、しかし餓死する人はいない。1日1ドル未満で生活している人は世界で14億人いる。日本では生活保護を受けている人でも1日何百円かは使うでしょう。すべては相対的ですから、他と比べてみないとわからない。 小沢 自分も1カ月に一度は東南アジアを回るのですが、ラオスは自然が沢山あり、時々昔の日本が残っていると感じる時があるんです。武道を始めとする様々な文化というのは、やはり日本の自然風土等がかなり影響してきたのかと思います。 笹川 確かに、温和な国民性が作られるのに、美しく穏やかな自然風土が影響を与えているのでしょうね。仮に砂漠の中の生活で水も食べ物もなければ、すさんだ精神構造になる。今の世界の状況を見てもらえばわかりますよね。 知育、徳育、体育から生まれるものに期待 ―笹川会長の『ハンセン病との闘い』という著書の中で、世界最古の人権差別はハンセン病から生まれたのではないかと書かれていますが、ライフワークとして取り組まれている活動についてお聞かせ下さい。 笹川 学校で「自由」、「平等」、「民主主義」を習ったでしょう。何よりも皆、世の中のことがわかったつもりでいるけれども、私達の知らない世界というのは沢山あるんです。何もこれは世界のことだけではなく、日本の国内でも知らないことばかりです。皆さんの取り組まれている引きこもりや家庭内暴力の問題も、あるということは知っているけれど私とは直接関係ないと思っている。関係ないから良いのではなくて、自分に若干の時間的余裕があれば、そういう人たちに手助けしてあげたいという気持ちになるのが普通の人ではないかと私は思いますよ。 もし人が道路に倒れていたら、「大丈夫ですか」と聞きに行く。無視して通る人は日本人には少ないと思います。心には皆“やさしさ”を持っているんだから、素直に行動に移せるような人間になって欲しいと思うんですよ。 小沢 自然体で行動に移すためにはどういうことを学ぶべきでしょうか。 笹川 皆さんが教えていらっしゃる思いやりの精神や、やさしい心が醸成されていけば自然にそうなるのではないでしょうか。それを学問として本で読んで「自由・平等・民主主義」、「人を差別するのは良くない」と、いくら言っても頭で考えているだけではいけません。皆さんのように、現に武道を学んでいる子供達であれば、きちんと正座して礼儀作法も出来るし、先輩を立てなければならないですから。 小沢 戦ってみて初めて自分の弱さを知り、そこからが勉強ですからね。 笹川 人間教育の原点は武道かもしれない。戦うことを知らない子供達は不幸ですよね。 小沢 頭より、体から入るような教育を通しての方が良いということですか。 笹川 両方大事ですがバランスがとれないといけない。知能ばかりが発達しても駄目で、心の教育も必要です。「体育」、「知育」、「徳育」、これは「体を鍛えること」、「知識を吸収すること」、「徳育」というのは心の問題だからこの3つのバランスがとれないといけません。 戦後の文化の断絶により失った日本の良さを取り戻すためには 小沢 会長自身が若い頃から活動されてきた原点は何ですか? 笹川 ある意味、親の教育ですよ。親が教育しないで子供が勝手に育ちますか。多くの人々は、教育というとすぐに学校の先生がするものだと思っていますが、学校へ行く前の教育は家庭でするでしょう。 小沢 家庭の在り方も一つの文化だと思うのですが、それが随分ないがしろにされてきた結果というのもあるかなと感じます。 笹川 それは戦後崩壊してしまったことですね。終戦を知らずにフィリピンのルパング島で戦後29年間頑張って来た最後の日本兵小野田寛郎さんは、自分が帰還して日本に帰って来てみて、子供が親をバットで叩く、親が子供を殺す等、こんなことは信じられない、何とかしたいとおっしゃられて、日本財団から20年間支援をして子供達の教育に尽力していただいていますよ。 小沢 連盟では講演事業をやっておりまして、第1回目に呼ばせて頂いたのが小野田さんで私もお会いしたことがあります。 笹川 そうですか。小野田さんが戻って来た時に、「ここはもう日本ではなくなってしまった」と感じたそうです。 小沢 やはり戦前と戦後の文化の断絶みたいなものがあるのではないでしょうか。 笹川 歴史が断絶した国というのは世界では日本しかなくて、日本の最大の汚点だと思います。歴史というのは良いにつけ悪いにつけ大昔からずっと連綿と続いて来ている。戦争に負けた結果、戦争前の古いことは全て悪いこと、新しいことは全て良いことという風に区別してしまった。その結果、家庭内にあった良いこともみんな断絶してしまった。 小沢 では教育荒廃と言われるのも文化の断絶からきているのが大きいでしょうか。 笹川 これからは戦前と戦後を繋ぐことを一生懸命やらないといけません。知らない人はみんな、江戸時代は封建主義の時代だったと学校で習っている。ですが、江戸時代に世界で唯一の100万人都市が日本にあったというのは、世界に冠たるエコの文化があっということなんです。 小沢 石油や石炭のような化石燃料を一切使わずというのがやはりすごいですよね。 笹川 そういう日本の良さを今一度子供達に理解してもらいたいんです。我々が伝える努力をしていかなければならないことですね。 小沢 戦後の親子教育の中では断絶した部分もあるんですけど、武道の中ではどうしても戦前もしくはその前の歴史や技や文化を感じないと強くなれないし、武道を子供達に伝承していかなくてはなりません。ずっと昔から日本にあった武術から武道、そして総合格闘技にいたるまで断絶のない文化としての「武道」を何とか保守したい、教育に生かしていきたいというのがあったので、引きこもり等の子どもたちに対してなんらかの役にも立てたかなと思いますね。 笹川 それは素晴らしい。 小沢 武道は地味ですから、コツコツとやらなければならないので、案外周りの人にその活動をわかって頂けない部分があるのです。今は『Yu』誌上で幅広く皆に啓蒙活動しているという部分もあります。 ―日本財団ではそのような啓蒙もされている訳でしょうか。 笹川 人として大事なことを日本人が忘れている訳だから啓蒙も必要なのかも知れませんが、今はそこまではやっておりません。ただ子供達の教育については、色々な分野で一生懸命支援をしています。 小沢 親学というのもそういう見地からですか。 笹川 今の時代は、余りにも物質文明が発達し過ぎて欲しい物は何だって手に入る。そして子供が学校の成績が良いと、お母さんは子供に何でも、何万円する物でも買ってしまうでしょう? 私達の子供の時には欲しくても手に入らなかったし、買ってもらえなかったから我慢することも知っていた。この教育の弊害というのは百年たたる、百年かからないと元に戻らないと言われます。戦後教育で肝心なことはみんな忘れてしまっている。結局は四代くらい、約百年かかって、また日本の素晴らしいところを取り戻して行く。震災が起こっても秩序正しく我慢強く耐え忍んでやっているのは、本質的なところは日本人としての素晴らしいDNAを持っているからで、全ての素晴らしさを失ってしまった訳ではないのです。 小沢 何とかして、自分達はそういう秩序はきちんと守れるんだということを顕在化することが大事だと感じます。 笹川 日本人自身は誰も評価していないけれど、そういう日本人の良いところを評価してくれているのは、外国の通信社や新聞社です。 小沢 家庭内暴力や引きこもりの子は、かなり自己否定をしている場合が多いんですが、ある時自分はこれで良いんだということが顕在化すると、急に行動が良くなるんです。そういう意味では、せっかく持っている自分の良さ、自分達の文化の良さを顕在化していくことで自分が変わっていけると思うんです。 笹川 戦後の日本の知識人と言われる学者を始め、日本人は皆悲観的なんです。先行きの心配ばかりして年間3万人以上もの自殺者がいる。外国では貧しくて自殺なんて考えている暇がない、明日をどうやって生きようか精一杯だから、引きこもりも自殺者もいない。食べるために忙しいのです。 小沢 元引きこもりでも精一杯生きているから、武道の試合に出ると一生懸命戦うんですよね。 笹川 やはりそういう人達を褒めてあげなきゃいけない。戦前の教育でもそうでしたが、日本は「してはダメ」という文化ですが、やはり褒めることが重要です。 小沢 その「してはダメ」という文化もある意味で日本の文化なのですか。 笹川 昔から変わらない文化だと思います。 小沢 悲観的なところだけ残ってしまったという感じですか。 笹川 「駄目だと怒られれば怒られるほど認められている」と。そして「怒られるうちが華で、怒られなくなったらお終いだ」とも言われましたよ。でも余り怒られてばかりも気持ちのいいものではないですね。 日本の未来への展望と活動について ―今お話をお聞きしていると、未来に希望はあっても現在は閉塞感も感じられます。今後はどういう形で活動に取り組んでいかれるのかお話しくださいますか? 笹川 日本人として誇りを持って、将来に希望を持って生きることが大切。だから今震災や福島の原発問題に対しても希望が持てるようにしてあげなければいけない。どういうことかというと、被災した人たちに「1年半後には戻れますよ」と言うことです。そうすると人間は1年半なら頑張れるんです。ところが「いつ帰れるかわかりませんよ」と言われたら、希望や夢がないからみんなしょぼくれてしまう。皆さん方のように武道をやっている方は、必ず将来「あの時先生に習っておいて良かった」「おかげで自分はこんなに強くなったし頑張れるようになった」と思えるようになるのだと教えてもらいたい。武道を覚えて強くなることも大事だけれど、それ以上に武道を通じて学んだことの方が大人になってもっと役に立つ。いくら強くても80歳になったら身体は弱くなるけれど、教わった精神はもっと強くなりますよ。 小沢 趣旨は笹川先生の仰ることと同じで、当たり前のことなんですけど、今の子供達を見ると自分のことだけに凝り固まってしまっている。よく保護者の方に、ご自分の子供さんのことを思うのであれば他人の子供さんのことも考えてあげて欲しいと話をするんですが、理解はして下さっても、実際の場面になると自分の子供さんの方だけになってしまうことが多いんです。PTAも、本当は学校の手助けをするはずが学校は文句を言いに行く場所みたいになってしまっている。そういう意味では日本の文化、日本人の国民性は実は素晴らしいんだということを顕在化させていく必要があると思うんです。思春期の時に海外に出て英語等を学び、海外のことをよく知る中で、日本の文化の良さが顕在化されていくと思います。学園の中には、来年から英語習得コースが開校しますが、海外で武道を学び、夏休みはバックパッキング等体験教育を重点に置く予定です。ボランティア活動、たとえばエイズのホスピスへ行って1カ月奉仕などの活動を積極的にする中で、大学の推薦枠で有利になりますので、人間力を上げながら大学に進学して欲しいと思います。 笹川 外国は高校でも既にそういう取り組みがあります。自分で夏休みの冒険旅行の計画をきちんと提出すると、内容が優秀な場合は学校から交通費の一部が出るんです。ところが日本ではそんなの真似出来ないでしょう? もしそれで事故が起きたら学校の責任にされてしまいます。事故は人間生きている限り必ずつきものだけど、全部学校の先生の責任にしてしまいますから。 小沢 そういう日本人の国民性、文化が断絶することによって、大分国民性が損なわれたというのもあるんですかね。 笹川 でも今の若い人の中にはしっかりした人も沢山出て来ているから、決して希望を捨ててはいけないと思います。 小沢 戦後の傷を持たないというか、負けて劣等感がない世代が「まとも」になって来ている。これから日本人が海外でどうしていこうかと考えているのだと思います 笹川 皆さん素晴らしい活動をなさっているのですから、これからも頑張って下さい。 2011年9月5日 |