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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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東北地方太平洋沖地震応援基金
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1月30日(月) [2012年01月30日(Mon)]
1月30日(月)

10:40 退院

12:00 WHOペルー フェルナンド代表



WHOペルー フェルナンド代表


12:30 ホテル着

12:40 関係者との昼食

19:30 関係者との夕食

21:00 ホテル発

22:00 ペルー空港着

24:00 ペルー発
―大統領、閣僚との会談―「ミャンマー訪問」その8 [2012年01月30日(Mon)]

世界海事大学の笹川フェローもたくさん駆けつけてくれた


―大統領、閣僚との会談―
「ミャンマー訪問」その8


新首都ネピドーは実質2日間の滞在であったが、ティン・セイン大統領との会談、政権基盤である与党USDP(連邦団結発展党)のテー・ウー総書記及び中央委員5名と会談、ワナ・マウン・ルイン外務大臣とは2014年のミャンマー・アセアンサミットへ向けての人材養成支援について、アウン・チー労働・社会福祉大臣とは障害者の組織化と国際障害者芸術祭の開催について、テイン・テー辺境国境大臣とは辺境地域での小学校建設の拡充について、チョウ・ミンUSDP中央委員(前保健大臣)とは伝統医療薬品の配布事業について会談。ソー・テイン工業大臣、ミャ・エイ教育大臣はティン・セイン大統領との会談に同席され面識を得た。

ヤンゴン市長とは旧知の間柄で、単なる表敬訪問。

スーチー女史との会談は、既に12月27日、28日のブログにアップしたので割愛。

今回は大野修一国際担当の発案で、今まで日本財団、笹川平和財団などが援助した奨学生や協力者がはじめて一同に会した。

国連平和大学奨学生、世界海事大学奨学生、障害者、学校建設、伝統医薬品配布、公務員研修、ハンセン病等々の当事者や協力者約100名が出席して下さり、久し振りの顔合わせに賑やかで楽しい会となり、今後、連携を強化してネットワークを構築することになった。

ミャンマーの参加者のほとんどが赤ワインを飲み、日本人関係者はビールと、珍しい色分けとなった。ワインはミャンマー製だが、雰囲気も良かったせいか合格点であった。中国で赤ワインが健康に良いとの情報は知られているが、ミャンマーまで情報が流れているとは・・・。フランスのセールスプロモーションは秀逸。にもかかわらず、近年、多くの国々でワイン生産が始まり、高級品を除き、フランスワインの販路が急速に衰えていることは皮肉である。



ミャンマー人は手に手に赤ワイン


要人面談にキャンセルのない珍しい出張でもあった。
1月29日(日) [2012年01月29日(Sun)]
1月29日(日)

入院・治療
1月28日(土) [2012年01月28日(Sat)]
1月28日(土)

5:30 ホテル発

6:00 ペルー空港着

8:00 ペルー空港発

9:00 ウカヤリ州着



ウカヤリ州に日本財団の中古福祉車両が


9:30 アマゾニコ・デ・ヤリナコチャ病院

9:40 WHO・保健省ハンセン病担当者より、ハンセン病状況についてのプレゼンテーション

11:00 ハンセン病患者、回復者さんたちとの会合



ハンセン病患者、回復者の皆さんと



ハンセン病回復者の方々と


13:30 病院関係者との昼食

16:00 空港着

18:30 空港発

21:15 リマ着、入院
1月27日(金) [2012年01月27日(Fri)]

高層ビルが立ち並ぶペルー市内


1月27日(金)

9:30 ホテル発

10:40 フジモリ元大統領 訪問

16:20 日本人ペルー移住百周年記念病院



日本人ペルー移住百周年記念病院


18:40 ペルー日系人協会新年会 挨拶


ペルー日系人協会新年会
 

22:20 ホテル着
―ティラワ工業団地・視察―「ミャンマー訪問」その7 [2012年01月27日(Fri)]
―ティラワ工業団地・視察―
「ミャンマー訪問」その7


12月18日は日曜日。所在ないので、ヤンゴン近郊から車で1時間ほどの外国企業向けのティラワ工業団地の視察に出かけた。

広大な工業団地・13平方キロメートルの敷地は、側溝も整備され受け入れ側の準備は整っているように見えたが、日本企業の進出は、投資保護の法律が制定されるまで相当な時間が必要だとは、関係者の説明であった。

中国や韓国はパイオニア精神に溢れ、法律が未整備でもどんどん投資する。そのためミャンマー当局には日本企業は出遅れているように判断されてしまうらしい。

道路を挟んで反対側の区画はすでに稼働しており、盛んに大型トレーラーに満載されたチーク材の大木が運び込まれていた。バングラディッシュ、インドへの輸出だというが、丸太での輸出は禁止なのに不思議な光景を目にした。

ヤンゴンからは曲がりくねった粗末な鉄道が単線で入っており、一日2〜3便の列車が運行しているという。よく脱線しないものと、日本の鉄道との差の大きさにびっくりであった。無人駅の近くには使用済みのブルートレインが2〜3輌放置してあった。



懐かしのブルートレインを背に


いざヤンゴンに戻ることになって、車輌のクラッチの故障が判明。運転手は懸命に迎えの車の手配に走り、やっと代替車がくるというが30〜40分経っても現れない。ミャンマーでは1時間のところを40分と短く言う癖があるらしく、ヤンゴンからネピドーの移動も5時間では到着しなかった。日本の大使館員が言っていた見通しの方が正しいことを知った同行の富永夏子が、通りがかりの軽トラックを止めて交渉してくれた。

彼らにとってヤンゴンは逆方向にも関わらず快く協力してくれた。狭い荷台には新聞記者も含めて10人が乗り込んだ。長老の会長からといわれ、運転手とガラス越しに背を向けて進行の逆方向に座った。下にはエンジンルームがあるらしく、しばらくすると尻が熱くなってきた。軽トラックなのでクッションは粗末で、油断をしていると突然直下型の地震のように真下からドスンっと震動が体を直撃する。舌を噛まないように奥歯を嚙みしめて座っているが、手でつかまるところもない。



トラックの荷台に乗りこむが・・・


日が暮れてくると後続車両のライトが容赦なく目に入る。座禅を組むがごとく小1時間を耐えホテルに到着。一行10人、肉体労働者の如く軽トラの荷台より飛び降りる。

冨永夏子が御礼を差し出すが頑に受け取らない。それではと帽子をプレゼントしても「ただただ好意でやったことですから」といって一行10人が見守る中、さわやかな笑顔を残して走り去った。



心優しい運転手さんは、笑顔を残して走り去った


ミャンマーの人々は敬虔な仏教徒が多く、謙虚で慎み深い性格である。ミャンマーでの支援活動を開始した当初も、内心はともかく、なかなか彼等の方から援助してくれとの言葉は口に出なかった。今回もミャンマー人の暖かい友情を経験した。

発展途上国では、援助が足りない、私たちは貧しい!! 援助を受け取るのは当然だと猛々しい人々が多い世界で、ミャンマー人は特別である。日本が戦後の食糧難の時代、たびたび米の無償援助をしてくれた国、戦後の賠償を放棄してくれた親日国ミャンマーを忘れてはならない。

部屋で鏡を覗くと、浅黒い地肌の尻の両側がくっきりと赤くなっていた。
1月26日(木) [2012年01月26日(Thu)]
1月26日(木)

11:00 伊東高廣 BOAT RACE振興会常務理事 

14:30 剱持昭司 ブレーン・トラスト所長 

14:40 日本財団発、成田空港へ

9:55 ロサンジェルス

11:50 ロサンジェルス発

23:25 リマ着(ペルー) 



日系ペルー人協会のみなさまが出迎えてくださいました
ペルー、ブラジルに出張 [2012年01月26日(Thu)]
「ペルー、ブラジルに出張」


今日(26日)から2月3日まで、ペルー、ブラジルに出張いたします。

ペルーのフジモリ元大統領は、癌と闘いながら収監されています。お見舞いと釈放のあり方について相談します。

又、ペルー日系人病院訪問、日系人協会幹部との夕食会、国・州の保健省高官との会談、ハンセン病患者・回復者の施設を訪問予定。

ブラジルは世界唯一のハンセン病未制圧国です。
政府は2015年の制圧を公約していますが、保健大臣をはじめ関係者と会談し、更なる努力を要請します。

ハンセン病患者・回復者の人権を守るための「グローバルアピール2012式典」は世界医師会との共催で、今年はサンパウロで開催いたします。

国連での「ハンセン病の患者・回復者、その家族への差別撤廃」の決議を徹底させるため、世界5大陸でハンセン病の人権セミナーを計画しており、その第1回目をリオデジャネイロで開催します。
1月25日(水) [2012年01月25日(Wed)]
1月25日(水)

10:00 メキシコ大学Sylff20周年ビデオメッセージ撮り

10:35 喜多悦子 日本赤十字九州国際看護大学学長

11:00 三谷宏幸 ノバルティスファーマ日本法人社長

13:30 羽生次郎 笹川平和財団会長
「走るプラネタリウム」―ネピドーからマンダレ―「ミャンマー訪問」その6 [2012年01月25日(Wed)]

漆黒の闇が天体ショーを演出


「走るプラネタリウム」―ネピドーからマンダレ―
「ミャンマー訪問」その6


早朝にヤンゴンを出発。首都のネピドーまで車で6時間かけて移動し、到着後すぐに要人面談。終わるとすぐにネピドーを出発し、マンダレーのハンセン病病院と回復者村訪問のため車で4時間の道程を急いだ。

ネピドーを離れて2時間ほどで日が落ちた。同行の高山文彦氏が窓に顔を押し付けて「星がすばらしい!」と感嘆の声を上げる。ならばと運転手に頼んで高速道路の脇に停めてもらい車外に出た。満天の星空である。月は地平線のわずか上で空気も乾燥しており、周囲には人家も道路灯もない真暗闇である。

すばらしい眺めにしばし見入っていた高山氏、「あれがスバルですね」と指を差す。筆者「そうするとその上はプリウスですかね」と問いかけると同行者「プリウス?」。感の鋭い高山さん「さすが笹川さん。トヨタと言わないところがいい」これで一同大笑いとなった。

うかうかしているとマンダレーには深夜到着となるとの心配から車に乗り込むと、なんと! 布張りの天井が開き、更に透明のプラスチックも開き、心地よい夜風と共に「走るプラネタリウム」となった。

漆黒の闇を切り裂くように猛スピードで走る車の座席に頭をつけて満天の星を仰ぎ見る。忘れたころに対向車が鈍いライトをつけて走り過ぎて行くだけで、すぐに「走るプラネタリウム」となる。

昔、渋谷・東急にプラネタリウムがあり、リクライニングの座席はデートスポットとして人気であった。筆者も淡い恋心がめばえたころで、デートに出かけたことがあった。星座を見ながら説明する女性の声はうわの空で隣の相手のことが気がかりでしょうがない。勇気一番、手をそっとのばして彼女の手の上にわが手を重ねてみた。嫌がることもなく、手を離した時は汗で濡れていた。遠い昔のことである。

相変わらず車は真っ黒闇の中を疾走している。ただそっと手を重ねる相手がいなかっただけである。

中国四川省の山奥で見た「天の川(ミルキーウェイ)」、モンゴルの草原で眺めた荘厳な星空、寒さに震えながらアフリカで眺めた静寂な宇宙。過酷なスケジュールの活動の中にも眼福を得る機会はあった。
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