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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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9月30日(金) [2011年09月30日(Fri)]
9月30日(金)

7:40 デリーより、香港着

11:00 香港発 
      
16:00 成田着

18:15 日本財団着

19:30 日本財団発
ハワード大学とギャロデット大学 [2011年09月30日(Fri)]

ギャロデット大学の日本財団奨学生とランチ
筆者の左、アラン・ホーウィッツ学長


「ワシントン訪問」
―ハワード大学とギャロデット大学―


9月7、8日に開催された第1回東京・ワシントン対話については9月21日のブログで既に述べた。

筆者は、訪問地では寸暇を惜しんで関係している団体や個人、あるいはかつて関係した人々と旧交を温めるように心がけている。

今回は会議の合間に黒人を中心にしたユニークなハワード大学、世界一のろう者の大学・ギャロデット大学を訪問した。

ギャロデット大学から「訪問日は9月の新学期と新入生歓迎式典の日なので挨拶しろ」とのご下命を受けたのは日本発前日の夕刻であった。急遽、ニューヨーク州ロチェスター工科大学で修士を取得した日本財団の吉田稔に成田空港まで来てもらい、待合室で簡単なアメリカ手話「こんにちは」「世界は一家、人類は皆兄弟」を教わった。

しかし覚えの悪い筆者のこと。悪戦苦闘の様子に同情して、同行の小沢直が映像を撮ってくれた。練習中に少しでも顔をさわったり汗をふくとそれだけで手話の意味になるから、顔や体には絶対さわるなと厳しい声が飛ぶ。しかし練習の甲斐あってか、式典では即席の筆者の手話が何とか通じたようだ。

ろう者のアラン・ホーウィッツ学長のスピーチはボディーアクションを伴う手話で、チャーチルやケネディーの言葉を引用。額から汗が流れ落ちるほどの熱弁?が30分も続き、学生への優しい眼差しとろう教育にかける熱情は圧倒的であった。

ナイジェリア、スリランカ、ベネズエラ、ネパール等々から集まってくれた日本財団奨学生を含め、受給者は200人を超えるまでになった。嬉しいことである。

ハワード大学は、東部では珍しい黒人中心の大学で、アフリカからの留学生も多く、独特の雰囲気がある。この大学に奨学金制度を設立して早20年。笹川奨学生委員会の先生方は、篤志家から寄贈された仮面を中心にしたアフリカ民族工芸品の新しい展示室で、笹川奨学生も出席してのささやかではあるが心のこもったミーティングの機会を準備してくれた。

9.11事件10周年を直前にした2泊3日のワシントン滞在中は、台風の影響で珍しく連日の強い雨であった。財政再建をはじめ数々の困難に立ち向かうホワイトハウスは、真近にあるにも関わらす遠く霞んで見えた。
9月29日(木) [2011年09月29日(Thu)]

法務大臣とゴパール氏


9月29日(木)

7:30 朝食

12:00 関係者との昼食

14:00 国営テレビプログラムマネージャー リーナ・ナンダン氏

15:20 クルシッド法務大臣(ナショナル・フォーラム代表ゴパール氏同席)

16:15 インド医師会 タンドン局長(ナショナル・フォーラム代表ゴパール氏同席)

19:30 ナショナル・フォーラム理事との夕食

20:30 ホテル発

21:30 空港着(空港待機約2時間)

23:35 空港発
9月28日(水) [2011年09月28日(Wed)]

WHO主催『世界ハンセン病プログラムマネージャー会議』


9月28日(水)

7:30 朝食

9:00 WHO主催『世界ハンセン病プログラムマネージャー会議』(スピーチ)

12:30 SEAROサムリー事務局長昼食

13:40 アグラワル保健省ハンセン病担当官

14:00 SEARO 広報誌インタビュー

15:00 SEARO発

16:00 アナンダグラム・ハンセン病コロニー



アナンダグラムコロニーで踊りを披露する子供達


18:00 ホテル着

19:30 関係者との夕食
中古車両の寄贈 [2011年09月28日(Wed)]


「東日本大震災への救援活動」その78
―中古車両の寄贈―


被災地訪問の経験のある方々ならご理解いただけると思うが、公共交通が不十分な被災地では車がないと日常生活も不便というより、成り立たない。今回の震災では、実に27万台が流出、破壊されたという。

この度、(株)ガリバーインターナショナルから15台、(株)リクルートから36台の中古車両の寄贈を受けた。

日本財団では、名義変更料、ナンバー標識代、車検、重量税、自賠責保険料等々(概算で5,000,000円)、全ての費用を負担の上、第1回目として下記団体に51台の提供・配備を決定した。

  (財)日本訪問看護振興財団(2台)
  被災地障がい者センターいわて(1台)
  被災地障がい者センターみやぎ(1台)
  (特)ILセンター福島(1台)
  (特)ケアステーションゆうとぴあ(1台)
  JDF被災地障がい者支援センターふくしま(1台)
  日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会(1台)
  (社)福島県聴覚障害者協会(1台)
  (社)宮城県ろうあ協会(1台)
  JDFみやぎ支援センター(2台)
  (福)南三陸町社会福祉協議会(1台)
  (福)石巻祥心会(1台)
  (福)若竹会(1台)
  岩手連携復興支援センター(3台)
  宮城県連携復興支援センター(7台)
  福島県連携復興支援センター(3台)
  つなぷろ(17台)
  Disaster Support Project(6台)
9月27日(火) [2011年09月27日(Tue)]

州のコロニーリーダーたちと


9月27日(火)

8:30 州のハンセン病コロニー代表者4名と朝食

11:20 ラジュカール地方貧困対策委員長

12:30 サティヤナラヤナ社会福祉大臣

13:30 ハンセン病コロニーの若者との会合



14:30 コロニー若者、LEPRA関係者との昼食

15:30 レディ州人権委員会委員長

16:10 ホテル着

16:30 ホテル発

17:30 空港着

19:20 ハイデラバード発

21:20 デリー着

22:30 ホテル着
9月26日(月) [2011年09月26日(Mon)]

ハンセン病人権セミナーで挨拶


9月26日(月)

9:30 ヤスキ・ゴドウ国会議員私邸にて朝食

11:15 メディア・インタビュー



ヤシキ国会議員宅で記者会見


12:00 ナラシムハン州知事

12:40 ハンセン病コロニーメンバー達との会合

15:45 議員会館にて人権セミナー

19:30 関係者との夕食
スチュワーデス(キャビンアテンダント) [2011年09月26日(Mon)]

お茶の間でも大人気だった!


「スチュワーデス(キャビンアテンダント)」

ジャンボ機登場以前、スチュワーデスは今の女子アナのように若者の憧れであった。何十倍の競争を突破し、躾・作法を身につけた容姿端麗な女性が多く、着物でのサービスもあり、飛行機に乗るのも楽しみと言われた時代があった。

世界一のエアラインを目指す会社のスチュワーデスは、希望と自信に満ちた立ち居振る舞いで、安全運航はもとより機内サービスでも世界一、待遇も自宅からハイヤーの送迎付きで、それなりのプライドも持っていた。

しかし、ジャンボジェット機の導入によりスチュワーデスは大量採用となり、その上政治家の就職斡旋先としての餌食にもなり、質的にも急速に低下していった。今は「スチュワーデス」とは言わないらしく、いつ頃からか知らないが「キャビンアテンダント」と言うらしい。

最近は正社員でない人も多く、臨機応変の気のきいたサービスというよりマニュアル化したサービスに鼻のしらけることもあるが、時代の流れであり、いたしかたないことかも知れない。

当財団の海外出張は2〜3の他財団との混成部隊で出張するケースが多く、空港の個室を拝借して打ち合わせをすることもよくある。業績不振に見舞われたこの会社がサービスに懸命なのはわかるが、打ち合わせ中に執行役員なる偉い人が「ご搭乗有難うございます」と挨拶に来る。しばらく経つと「本日、同乗するキャビンアテンダントの○○です」との紹介があり、「○○です。機内でお待ちしております」と挨拶して出ていく。タケシなら「ネエちん、挨拶だけかよ。まぁ横に座れよ」となるのかもしれないが、当方にとってはその間の打ち合わせは中断となる。ついつい書類から目を離さないので、無愛想な変な客と思われているに相違ない。

機内で座席について書類の読み込みを始めると「お仕事中お邪魔します。○○でございます。よろしくお願いします」とキャビンアテンダントの長が挨拶。飛行時間は長いのだから、仕事中とわかるなら挨拶は当方の様子を見て落ち着いたところで願いたいものだが、離陸前の挨拶もマニュアルサービスなのだろう。それでいて先般、アフリカ出張で細菌性の下痢で猛烈な寒気を感じ、やっとのことで搭乗の上、キャビンアテンダントに理由を述べ、毛布と体温計を所望したが、搭乗客の対応で忙しいらしく、毛布は2度、体温計は3度お願いしてやっと手に届いた。

フィリピンに飛んだ折には、枕詞のように言葉の最初に必ず「笹川さま」がつく。数えたら7回も言われ、辟易としたこともある。

最近はどういうわけか、トイレに行くと扉を開けてくれるケースが多い。当方、古希を超えているので介護のつもりかも知れないが、あまり気持ちの良いサービスではない。先日など、一緒にトイレの中まで半身を入れ、洗面台を拭きトイレットペーパーの端を折り始めた。当方、既にジョン・ジョン・ジョロリと始まっているのにである。

私はたまらず「悪いけど早く出て!」と言ってしまった。

かつてこの会社にお世話になっていた古女房は、「普通、お客様はこのようなサービスを喜ぶものよ。あなたが例外なの! そんな事をブログに書いたら『要注意人物』としてブラックリストに載るわ。社員一丸となって懸命に会社再建に努めているのよ。これは担当責任者が仲間のモチベーションを上げるためにやっていることで、あなたが東日本大震災で率先して街頭募金に立ったのと同じことなの。非難することではないわ」。退社後40年、いまだ愛社精神があるのは優れた社員教育の成果だったのか・・・。

しかし、言われてみれば筆者も少々へそ曲がりかも知れない。かつてのような目配り、気配り、心配りのサービスの時代は終わり、マニュアル化サービスを良しとする時代になったのだろう。

女性がトイレについてくる習慣は、赤坂、新橋をはじめ、料亭華やかりし時代には確かにあった。

初来日のアメリカ人が料亭の客となりトイレに行こうとすると、案内をするために芸者がついて来た。用が済んだところで扉をあけると、芸者はひしゃくでちょうず鉢から掬った一杯の水をうつ向きかげんに両膝をついて差し出した。その時外人は一瞬戸惑ったが、洗うものだと思って一物を取り出した。芸者が顔をあげると目前には巨大な一物。動転し柄杓を投げ出してしまったという。

外国人にとって日本といえば「富士山(ふじやま)芸者」しか知らない遠い時代の話である。「日本は何と清潔でサービスがいい国だ」と当人は思ったに相違いない。

「明治は遠くなりにけり」は中村草田男の句だが「昭和も遠くなりにけり」である。
9月25日(日) [2011年09月25日(Sun)]

デヴァナガル・ハンセン病コロニーを訪問


9月25日(日)

7:00 朝食

8:30 ホテル発

9:10 空港着

10:00 チャティスガール・ライプール発

11:10 ウッタル・プラデッシュ州・ハイデラバード着

12:30 記者会見

13:40 二ザマバードへ出発(車移動2時間40分)

16:20 デヴァナガル・ハンセン病コロニー(ヤスキ・ゴドウ国会議員同行)




ヤスキ・ゴドウ国会議員と共にコロニーで生活する人々を激励


17:15 ヤスキ・ゴドウ国会議員主催ハンセン病回復者の集会

18:30 ハイデラバードへ移動(車移動2時間30分)

21:00 ホテル着

21:30 関係者との夕食


9月24日(土) [2011年09月24日(Sat)]

ハンセン病回復者の子供らが通うシヴォダヤ寄宿舎


9月24日(土)

7:00 朝食

8:00 ホテル発

9:00 セントヴィノヴァ・コロニー

9:40 ラジヴ・ロチャン寺院

10:10 ハンセン病回復者の子供らが通うシヴォダヤ寄宿舎

10:40 アバムプール・ヘルスセンター

11:40 ホテル着

13:00 記者クラブにて記者会見



14:00 関係者との昼食

15:00 ウダイ・タカール ナショナル・フォーラム理事

18:00 Hitavada紙インタビュー

19:00 関係者との夕食
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