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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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琠獨楲瑳 (10/09)
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3月31日(水) [2010年03月31日(Wed)]
3月31日(水)

 08:00 書類整理、決裁

 11:00 海洋政策研究財団・石原彰海洋研究グループ長

 12:30 パプアニューギニア大使館開館を祝う会
      於:ホテルニューオータニ

 14:00 笹川スポーツ財団・渡邉一利常務理事

 15:30 東京財団・佐々木良昭主席研究員

 17:00 世界海事大学(WMU)笹川奨学生
「聖路加国際病院とあるポスター」 [2010年03月31日(Wed)]

博愛の精神で活躍されている日野原先生(写真・左)と筆者


「聖路加国際病院とあるポスター」


前回「聖路加国際病院と日野原重明先生」で触れた通り、聖路加国際病院は、多少、病院事情を知る立場にいる私にとって、近代的施設は勿論のこと、医師、看護師、検査技師、ボランティアに至るまで、その対応は親切丁寧であり、ウィリアム・オスラーを師と仰ぐ日野原先生は、すでに師を超えた存在であられ、先生のヒューマニストとしての医療実践の指導は、病院の隅々までに及んでいるといっても過言ではない。

そこに遠慮がちに貼られた小さなポスターに、私は驚かされたのである。

「暴言・暴力、診察の妨げになるような行為は慎んで下さい。他の患者に迷惑をかけないで下さい」

とした上で、次のような行為が暴言・暴力ですとあった。

1.叩く、殴る、蹴る、抱きつく、噛む、押し倒す、手を握って離さない。
2.刃物や凶器を向ける。
3.病院内の施設や器具を破損する。
4.「バカヤロー」など、乱暴な言葉で大声を出す。
5.診察の妨げになる話をして、医療者を拘束する。
6.病院に落ち度がない要求を執拗に話す。
7.自宅に押し掛ける。家族に危害を及ぼすと脅す。

聖路加国際病院院長



私は悲しくなった。昔は医者は「お医者様」と呼ばれ、尊敬の対称であった。しかも聖路加国際病院では、日々、医療従事者は勿論のこと、一般事務職員に至るまで、患者、家族、来訪者への対応は親切を極め、他の病院の追従を許さないほどヒューマニズムにあふれた病院であり、そこに貼られたポスターだったからである。

感情の乱れから、何とか助けてほしいと手を握って離さない場合はあるかも知れない。孤独の生活の中で、人恋しさでついつい多忙な医師に長話の可能性があることはある程度想像もつく。しかしそれ以外は全く異常である。

戦後、民主主義といわれる制度は、国民にあらゆる権利があることを教え、強調してきた。日本ほど民主主義における国民の「崇高な義務」を教えることを怠ってきた国はない。

学校の教育現場では、児童の給食費の未払いや、何かとクレームをつけてくるモンスター・ペアレントが出現し、現場の教師を困惑させている。病院にもモンスター・ペイシェント(患者)が多く発生しているということか。

厚生労働省の調査によると、全国約3270病院における累積未収金が1年間で約219億円増加、3年間で約426億円になったと指摘している。

このポスターを見る限り、全て病院内で一度ならず発生したからこそ、やむにやまれず苦渋の決断で貼り出されたものだろう。そこには医師に診ていただくというような謙虚な態度はみじんもない。

悲しい世の中に変質してきている。一般論として、医療過誤への対応、医師、病院に対する不信感は、より国民に権利意識を増大させ、医師から見れば、診察では患者のクレームを恐れ、安全な対応の範囲となってしまったのか・・・。

医師と患者の間に、目に見えない不幸なギスギスした関係が惹起しているのかもしれない。

ヒューマンに徹して患者、家族の苦しみに対応してきた聖路加国際病院にしてしかり。院長をはじめ、関係者の皆さんの苦悩が察せられる。



(次回4月2日は、「刺身大好き、ソマレ・パプアニューギニア首相」です)

********************************


3月24日掲載の「決定版・永田町を舞う謎の鳥」に「夕焼け」と名乗る方から度々コメントをお寄せいただいております。お返事を出したいと思いながらも、メールアドレスが登録されていないため苦慮しております。次回、コメントをいただける場合は、アドレスをご登録いただければ幸甚です。
3月30日(火) [2010年03月30日(Tue)]
3月30日(火)

 08:00 
  〜  「語り場」日本財団職員との対話
 09:45

 10:00 日本財団・執行理事会

 11:30 世界保健機関(WHO)・中谷比呂樹事務局長補と昼食

 14:00 スカンジナビア・ニッポン・ササカワ財団 審査会

 15:00 香港フェニックステレビ・取材

 16:00 笹川平和財団主催講演会「大国政治の復活とリベラル民主主義の将来」
      講演者:カーネギー平和財団・ロバート・ケーガン上席研究員

 19:00 ロバート・ケーガン上席研究員との夕食会
3月29日(月) [2010年03月29日(Mon)]

互いに再会を祝福する(ソマレ首相)


3月29日(月)

 08:00 書類整理、決裁

 09:30 蒲郡市・金原久雄市長

 11:00 パプアニューギニア・マイケル・ソマレ首相
      於:ホテルニューオータニ

 12:00 バングラデシュ・ナショナルデー・レセプション
      於:都ホテル

 15:00 公益コミュニティサイトCANPAN打合せ

 18:00 笹川平和財団・羽生次郎会長


「聖路加国際病院と日野原重明先生」 [2010年03月29日(Mon)]

日野原先生が生涯の師と仰ぐオスラー博士について綴られた著書


「聖路加国際病院と日野原重明先生」


地下鉄サリン事件から15年が経過。今なお後遺症に悩む被害者やその家族の姿が報道された。誠にお気の毒なことである。

この事件の折、大量の被害者を受け入れ、一階のロビーまで全て解放していち早くサリン中毒の治療をされたのが、日野原先生の指揮による聖路加国際病院であった。

日野原先生は文化勲章受章者で、今年の10月4日には99歳になられる現役医師。海外での活発な活動のほか、診察、往診、執筆、講演、ボランティア育成、作詞作曲、指揮、その上、名作「葉っぱのフレディー」のニューヨーク公演では役者も務められるなど、超過密スケジュールをこなす年齢の常識を超越した博愛主義者であられる。

人間性を重視した医学教育のあり方は、先生の生涯のテーマである。かつては血圧測定や心電図の解析は医師の仕事で、看護師には扱いが許可されず、聴診器は医者のシンボルであった。これに問題提起されたのも日野原先生であった。今は当たり前だが、当時を知る者としては隔世の感がある。

「成人病」なる言葉は誤解を招く。悪い生活習慣の積み重ねによって起こる病気だから「生活習慣病」とすべしと提唱し、実現された。

病人への対応も医師一人が独占するのではなく、医師、看護師、検査技師によるチーム医療の実践を提唱し実現させたのは、聖路加国際病院が最初であった。

がんの終末医療における「ホスピス」の重要性を指摘され、神奈川県平塚市に本格的なホスピスである「ピースハウス」も建設された。

ご指導を頂戴して40年を超える。日本財団は先生のご指導のもと、日本看護協会の協力を得て2500人のホスピスナースを養成。現在、全国各地の第一線で活躍されている。

これらのことは、先生の功績のほんの一部を紹介したに過ぎない。

先生の生涯の師は、医の聖人ともいわれたウィリアム・オスラー博士である。先生の名著「医の道を求めて」(日野原重明著 ―ウィリアム・オスラー博士の生涯に学ぶ― 医学書院)の前言に、「医学生、看護学生を愛したオスラーが掲げた教育論やその方法が、広く日本の医療従事者に伝えられることを願っている。また、患者や家族、一般人を素人としてあなどらず、友として、パートナーとして重要視した慈しみの深いオスラーの人類愛の精神が日本の一般人の間にも広がり、医のヒューマニズムが日本を覆うことを祈念する」と述べている。

先生はオスラーの伝道者として、その精神に強く影響を受けられ、日本の医学教育の充実に先駆的活動をしてこられた。また、その実践の場が聖路加国際病院である。

この病院に、遠慮がちに小さなポスターがはられていた。

(つづく)



(次回3月31日は、「聖路加国際病院とポスター」です)
「日本財団・日系人スカラーシップ」 [2010年03月28日(Sun)]


「日本財団・日系人スカラーシップ」


日系人スカラーシップは、大野修一が手作りで開始したプロジェクトである

南米諸国に居住する向学心に燃えた日系の若者を発掘し、将来、それぞれの国の日系人社会のリーダーになってもらいたいとの考えから始まった。

同窓会は、打村明会長(第一期生 国際キリスト教大学修士)を中心に団結力は強く、年に一度開催される日系人大会でも、今や中心的存在になりつつあり、「ともすれば老人が中心の大会に新風を吹き込んだ」と、大会の幹部からも喝采を持って歓迎されている。

このスカラーシップの特徴は、奨学金支給期間に柔軟性があり、5年受給の学生もおり、現在は、卒業生18名、新期生6名、現役29名、合計53名の小集団である。

国籍はペルー、ブラジル、パラグアイ、ボリビア、メキシコ、コロンビア、フィリピン、インドネシアと多彩である。

打村明会長は「新たな日系100年の歴史を絆で紡ぐ日系ユース」なる構想を発案し

*日本人の子孫である誇り
*共通のルーツを土台にした絆
*地域や国を超えた協力


をテーマに、日系ユース(18歳〜40歳)を繋ぐポータルサイトを立ち上げることを発表した。

打村氏の調査によると、日系ユースは北米で約46万人、中南米約3万人、南米約60万人、ヨーロッパ約4万人、日本を中心に約25万人、フィリピン、インドネシア約2万人、合計140万人程度になるという。

コアとなる日系ユースリーダー500名を中心に、さまざまな情報を提供する計画である。日本財団は全面的に協力する予定で、長期的戦略に基づくこれらの計画の実施は、ともすれば日系人に冷たいといわれる今日の日本社会ではあるが、彼等は将来、恩を持って報いてくれるに違いない。


**************


日本財団日系スカラーシップ2009年度卒業生報告会
挨拶(要旨)


2010年3月24日
日本財団ビル2階


日系スカラーシップ制度では、4月より6名の新期生を迎えることになりました。心から歓迎申し上げます。

この制度は当財団大野修一常務理事の発案のもと開始され、7年目を迎えようとしています。

今日、この報告会を前に海外日系人協会の打村明会長から新たな組織「日系ユースネットワーク」の立ち上げについてお話を伺いました。この企画に対し、私は全面的に協力しようと思います。

この日系ユースは、皆さまが中心となり全世界の若い世代の日系人を対象にネットワークを構築しようとするものです。

皆さまが学問の修得を目的に日本で学ばれていることは承知していますし、ぜひ達成していただきたいと思っています。しかし、能力があっても皆さまのように素晴らしい機会に巡り合えない人が多いことも知っていただきたいのです。

日系ユースは絆を大切にする組織であると打村会長から伺いました。絆とは家族や友人、コミュニティーとの結びつきのことです。また日本人の誇りのもとに団結したいとも話されました。皆さまには世界の日系人の指導者として、日本人という誇りを持ち、活躍していただきたいと願っています。

ときには個人の利益も大切ですが、人のために尽くすことも日本人の美しい心であることを忘れないでください。皆さまが一堂に会し、強い絆を持ち、連携を強化し、多くの情報を日系人社会に発信していただきたいと思います。

日本財団の創設者であった笹川良一初代会長は、世界は一つの大きな家であり、人々は兄弟姉妹だという行動哲学を持っていました。

ここにお集まりの皆さまは、私の息子であり、娘なのです。私は皆さまを家族だと思って接していますので、家族の一員になった気持ちで困ったことがあれば遠慮なく相談して下さい。真剣に対応することをお約束致します。
Water Safety Nippon設立記者発表会 [2010年03月27日(Sat)]


Water Safety Nippon設立記者発表会
挨拶(要旨)

―出席メディア36社、48名―


2010年3月24日
日本財団ビル2階


ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団)は全国480か所に海洋センターを設置してきました。海洋センターでは水に親しむ教育をテーマに掲げ、子どもたちの健全育成の役割を果たしています。

日本は海洋国家と言いながら、一方では子どもたちを海や川から遠ざけています。海や川を危険な場所として子どもたちから引き離すのではなく、海や川に対する正しい知識を教えることが大切なことであり、海岸や川辺に行くという自然体験が人間の成長過程では大変重要なことだと私は思っています。

Water Safety Nippon(WSN)の設立に当たり、皆さまがB&G財団の意向に賛同し、横断的に連携いただけることになったことは、水を恐れるのではなく、正しい知識のもとで積極的に水に親しむ子供たちの育成につながるものと確信致します。

昨今、水に対する知識不足が原因で貴重な命を落とす悲しい事故が後を絶ちません。このような痛ましい事故をゼロにしたいという崇高な理念のもとWSNが発足することに私は敬意を表します。

あまり口にしたことはないのですが、私は10歳のとき川で溺れ死にかけたことがありました。大阪の神崎川で岸辺に係留してあった船に飛び乗って遊んでいたのですが、誤って岸壁と船の間に落ちてしまったのです。

私は挟まれた状態で1時間ほど岸壁にしがみついていたのですが、その時刻が満潮時であったため水位が上がり、終には口元まで水に浸ってしまいました。あと20〜30分もしたら間違いなく水死していたと思います。

たまたま運よく近くの橋を渡っていた人が私に気づき、救助してくださったという苦い思い出です。今日、初めて皆さまに告白したわけですが、私自身の体験から水の事故は深刻なことであり、大変重要な問題でもあると思っています。

メディアの皆さまのご協力を賜り、この運動が全国に展開されることを期待しています。


***************


ウォーター・セイフティ日本はB&G財団の広渡英治専務理事の発案で、ニュージーランドの水の事故ゼロ運動を参考に日本に多い水の事故をゼロにしようと、下記の団体が横断的に参加し、全国津々浦々までにこの運動を徹底しようとするものである。

海洋立国日本とか母なる海なくして人類の生存はないとはいうものの、海や河川、湖等、水のあるところは危険との一般認識から、子ども達への水に親しむ正しい教育がおろそかになり、子ども達の興味も極端に薄れてきている。

この危機感から、水は恐れるものではなく、正しい知識を持って海、河川、湖に親しみ、好奇心あふれる健康的な子どもを育成しようとするものである。

ちなみに日本の水の事故の発生率は、下記の表の通り、諸外国に比べて極端に高いことがわかる。




平成20年度の水の事故の発生件数は1,643人、うち子ども273人。水死者829人、うち子ども54人となっている。(警察庁生活安全局の公表数値)。

■発起人団体
日本トライアスロン連合
海洋政策研究財団
日本セーリング連盟
日本ライフセービング協会
日本カヌー連盟
B&G財団
日本財団


以上、7団体の発起人団体のもと平成30年には5,000団体、サポーター50,000人、体験者数50万人を目標に水の事故ゼロ運動を展開することになった。
3月26日(金) [2010年03月26日(Fri)]
3月26日(金)

 08:00 書類整理、決裁

 10:00 学生ボランティアの説明(公益・ボランティア支援グループ)

 10:30 ユーラシア21研究所・吹浦忠正理事長

 12:00 渡辺秀央・参議院議員

 14:00 笹川平和財団・関晃典理事長

 14:30 日本観光協会・中村徹会長

 15:00 実験動物中央研究所・野村達次理事長

 16:30 山中Y子 前衆議院議員

 18:00 ガーナ独立記念日レセプション 於:ホテルオークラ
「レーニン、スターリン」 [2010年03月26日(Fri)]

スターリン生誕の地・グルジアのゴリにある像


「レーニン、スターリン」
―苗字と名前―


いつだったか、人の姓名について、日本は世界の中でも圧倒的に苗字も名前も多い国であると書いたことがあった。苗字は20万近くあり、名前は更に多いだろう。

韓国の苗字は確か数百。中国でも数千か、多くて一万ぐらいのものだろう。名前については、西洋でも宗教から引用する場合が多いので限られている。

親は、最愛の子供のためにどのような名前にするか懸命に考える。中には字画などに凝る人、姓名判断の専門家に依頼する人などさまざまである。また、時代の中で流行った名前をつけることも多い。

ハンセン病制圧活動で今回訪問したインドのタミル・ナドウ州のカルナーニディ首相は、旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンの崇拝者で、長男にスターリンの名前をつけた。長男は、現在副首相として首相の父親を支えている。

この州では共産主義の原理に引き込まれ、レーニン、スターリン、モスクワ、ロシアという名前をつける人が多くいた。チェンナイの有名学校に入学を希望した時、学校側はスターリンの名前に嫌悪感を示し、入学するには名前を変えるよう要求された。

その時父は「名前を変えるより学校を変えろ」とあっさり言ったとの逸話も残っている。立派に成長し、父の後継者として首相になることは衆目の一致するところらしい。

スターリンの名前が出たところで、レーニンについての話もある。

あの有名な大宅壮一氏は、自分の長男にレーニンと名付けようとした。確か0人(レーニン)として役所に届けたと思うが、あるいは零人であったかも知れない。役所は当然のごとく拒否した。

困った大宅氏「それならば将棋の『歩』にしよう。ひょっとすると裏返って『金』になるかもしれない」といって、歩(あゆむ)と名付けたそうだ。好青年であったが、大学時代ラグビーで首を骨折して夭折したという。大宅映子女史にお目にかかる機会があれば確かめてみたいと思っている。

親の思いでつけられた名前に当惑する子供もいるようである。

かつて、悪魔と名付けて物議を醸した若夫婦もいた。

知人はゴルフ好きで、孫にタイガーウッズに因んで大牙(たいが)と名付けた。
孫が成人になった時、性依存症のゴルファーの名をどう思うだろうか。

電話で説明しにくい名前も考えものである。

名前は、単純で親しみやすい名前が良いと考えるのは、私だけだろうか・・・。



(次回3月29日は、「聖路加国際病院と日野原重明先生」です)
3月25日(木) [2010年03月25日(Thu)]

ブラジルからジュニア太鼓チームが来日


3月25日(木)

 08:10 書類整理、決裁

 10:30 東京財団・加藤秀樹会長

 10:45 日本モーターボート選手会・福永達夫会長

 11:15 モンゴル国立インフルエンザセンター・P.ニィマダワ博士

 12:20 中国財政部対外財政経済交流弁公室・鄒加怡局長と昼食

 14:30 日本観光協会・中村徹会長

 15:00 ブラジル・ジュニア日本太鼓チーム「パラナバイ寿太鼓」

 16:00 競艇振興会・評議員会

 18:00 競艇振興会・評議員との夕食会
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