50人近くの学生が熱心に講義を受ける(2009年7月)
「早稲田大学と日本財団」
最近、日本財団と各大学とのコラボレーションが活発化していることは6月27日のブログ、東京大学海洋アライアンスの稿で述べた。
早稲田大学には、世界68大学をカバーする「笹川ヤングリーダー奨学金制度」が設置されており、中国・北京大学国際関係学院(修士・博士)の学生受け入れにも積極的に協力して頂いている。
7月14日(火)には西尾雄志助教授の計らいで、日本財団若手職員によるリレー講義「ワークキャンプ論、実践的リーダー養成講座」のトリを務めることになった。
6月23日(火)吉田稔による聴覚障害者支援活動
6月30日(火)中嶋竜生によるアジアにおける伝統医薬品普及活動
7月 7日(火)千葉寿夫による障害者支援活動
7月14日(火)笹川陽平「若者よ、現場に行こう 実践的リーダーの条件」
前回の講義でも学生の真摯な態度に感銘を受けた。今回は講義50分、Q&A37分とのこと。老い先短い身。将来を担う若者のために労は厭わないつもりである。
まとまりのない講義であったが、学生からは多くの真剣な質問を受けた。
参考までに要旨を下記に掲載します。
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早稲田大学・講義「ワークキャンプ論〜実践的リーダー養成講座」
講義(要旨)
2009年7月14日
日本財団ビル2階
皆さまが日頃、学校の授業で学んでいる知識と、私のように現場を中心に活動して得られる知識とでは違いがあるかもしれません。今日はそれらを対比いただき、多少なりとも参考にしていただければと思っています。
日本財団は、私の父である笹川良一が、戦後の壊滅的な被害が残る日本を海洋立国として復興させようと、競艇を誕生させ創立した組織です。
戦後、今でもそうかもしれませんが、国民主権とは名ばかりで、日本は政治家と官僚により治められてきました。国民は税金を納めさえすれば国が全てを担うといった国民性悪説の社会にあったわけです。そのような時代の中にあって「何故、民が公の仕事をしてはならないのか」。これが笹川良一の疑問であり、競艇事業の出発点でした。
日本は本来、民が積極的に公の仕事に参加する社会が形成されていましたが、戦後はすっかり変わってしまいました。世のため人のための仕事というのは国や地方自治体の独占的な仕事になったわけです。
笹川良一は「世界は一家、人類兄弟姉妹」ということを1931年から唱えていました。これは非常に面白い発想です。青く澄んだ地球はまさに水の惑星です。皆さまも宇宙から見た地球の映像を見たことがあると思いますが、そこには国境線が引かれているわけではありません。そして誰も人種間による争いがあるとは思わないのではないでしょうか。宇宙から見た地球には国境も政治も宗教も思想の違いも見えないはずです。
私は猫を飼っていますが、尻尾をちょっと掴んだら、その後3年間は私に近寄りませんでした。学習能力があるのです。しかし、人間は平和という念仏を唱えながらも争いが耐えることはありません。もしかしたら人間は学習能力がない生き物なのかもしれません。万物の霊長といいながら、人類誕生以来、争いが耐えなかったからです。
また科学の進歩により生活は向上したのかもしれませんが、基本的には孔子の時代(紀元前500年)から人の考え方や行動はあまり変わっていないのではないでしょうか。
そのような意味から、私たちは「世界は一家、人類兄弟姉妹」という基本的な哲学としての宇宙船地球号に乗っていて、日本財団は政治、宗教、思想、人種、国境を超えた仕事をしているのです。
私は政治、宗教、思想、人種、国境を超えた仕事とは何かということを常に考え、プロジェクトを作ってきました。そして、その基本は主に人物交流と人材養成にあります。
また、笹川良一の哲学は何かということを総合的に考えたとき、特に発展途上国では、人類の生存権である食糧増産、医療、それに教育分野での国際協力が最も重要との結論に行き着きました。
この父の哲学をもっとも具現化した事業は、世界44カ国68大学の修士・博士課程の学生に奨学基金制度を設け、地球規模で活躍する将来のリーダーを育成する活動でした。
これらの大学にはキリスト教徒、イスラム教徒、仏教徒が学ぶ大学、白人、黒人、黄色人種を中心にした大学もあり、五大陸にまたがっています。また、世界中から様々な人種が集まってくる大学もあります。そこには差別や争いはなく、希望に満ちた学生の姿があるだけです。この奨学金を受給した学生は今では11,000人を超えるまでになりました。
では私たちの財団で働く職員はどうかといいますと、一時期、知恵は会長が出すのだから我々は言われたことだけをやればよいという雰囲気にあることに気がつきました。私はそのようなつもりで新たな仕事を開拓してきたわけではなかったのですが・・・これからは職員全員が新しい事業を開発するプロ集団にしなければならないと考え、職員全員との毎週1回の対話を開始して3年余になります。
プロスポーツだって試合中だけ仕事をしているわけではありません。日夜トレーニングを積み重ね、成績を出しているのです。24時間頭の中で考えることがプロなのです。
日本財団の職員には、自分で考え行動する人間になってもらいたいと思い、当時の財団顧問・林雄二郎先生のお力を借り、「七つの鍵」という理念を作りました。具体的な形で職員に行動哲学を示したわけです。
<フィランソロピー実践のための七つの鍵>
1.あまねく平等にではなく、優先順位を持って、深く、且つ、きめ細かく対応すること
2.前例にこだわることなく、新たな創造に取り組むこと
3.失敗を恐れずに速やかに行動すること
4.社会に対して常にオープンで透明であること
5.絶えず自らを評価し、自らを教育することを忘れてはならない
6.新しい変化の兆しをいち早く見つけて、それへの対応をすること
7.世界中に良き人脈を開拓すること
私たちは現場主義を第一義と考えています。冷暖房が完備された事務所で仕事をして良い仕事ができると思っていては大きな間違いです。
物事は多面的に見ることが大切です。上から見て、下からも見、さまざまな角度から見る努力をしなければ複雑な問題は解決できません。
先進諸国が発展途上国で間違いを犯すことがあるのは一方向からしか見ていないからです。自分たちの考え方は正しく、そこには教えてやるという意識があります。発展途上国では「指導する、監督する、命令する」というやり方ではなく、相手国の歴史や文化を尊重し、彼らの目線で仕事をすることが必要なのです。
私は常に彼らの目線に立ち仕事をしてきました。同じ目線で仕事をする謙虚さが必要なのです。どこの国にも歴史や文化はあります。尊敬心をもって彼らの目線で仕事をしなければいけません。
そこで必要となるのが現場に行くことです。私の仕事のモットーは、あふれる情熱と耐え忍ぶ忍耐、そして決してあきらめないで継続することです。これが現場主義の根幹だと思います。時には難問にぶつかることもあります。しかし、その解決方法はそれほど難しいことではありません。あらゆる角度から問題を見ることが大切であり、現場には問題もありますが、答えも隠されているのです。
また困難な問題と向き合ったとき、解決することを苦しみと捉えるのではなく、楽しみとして向き合うことも大切です。つまらないことで考え悩むのではなく、色々な角度から考えると解決方法も見えてくるものです。
そのようなことから日本財団は、国家ができないことを実行する組織として行動してきました。
例えば、小泉内閣のときに日中間の防衛交流はストップしてしまいましたが、その間も私たちは民間組織として、人民解放軍と自衛隊との防衛交流を継続してきました。
また日本には海の日があります。海の日が祝日なのは世界でも日本くらいではないでしょうか。
私たちは海に守られた日本から海を守る日本への転換を求めて、海洋基本の法律化にも邁進しました。かつて海に関する行政機関は9省庁11部局ありました。川は河川局が管理し、河口部の防風林は林野庁、そして環境問題は環境庁であり、海上交通は国土交通省というように縦割り行政だったのです。そんな中、私たちは海洋を総合的に管理できる体制を作ろうと海洋基本法の原案を作成し、海洋基本法という法制定に結びついたのです。
ソマリア沖の海賊への海上自衛隊の活動、あるいはマラッカ・シンガポール海峡の航行の安全問題も同様に、私たちが主導し、問題解決のための糸口を政府、または国際機関に提案、実行してきました。
すなわち社会を変えていくトリガー的な役割を果たすのが日本財団なのです。最近ではベトナムの障害者のための法律作成にも協力しています。