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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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琠獨楲瑳 (10/09)
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7月31日(金) [2009年07月31日(Fri)]
7月31日(金)

 10:30 海洋グループ・事業説明

 11:00 「中日関係史」出版発表会・挨拶

 12:00 中国社会科学院社会科学文献出版社・謝寿光社長と昼食

 13:00 内閣官房総合海洋政策本部・井手憲文事務局長

 13:30 日本財団・執行理事会

 16:00 緩和ケア教育プログラム委員会・挨拶

 18:30 日米リーダーシップ・プログラム10周年記念レセプション
     於:八芳園
「アセアン(ASEAN)と日本財団」 [2009年07月31日(Fri)]

筆者とスリン事務局長(右)

「アセアン(ASEAN)と日本財団」

東南アジア諸国連合(アセアン)加盟国は、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、カンボジア、ラオス、シンガポール、ブルネイの10ヶ国で、インドネシアのジャカルタに立派な本部がある。

アセアンのスリン・ピッツワン事務局長とは、彼がタイ国外相時代からの付き合いである。

昨年アセアン憲章が発効し、2015年までに「アセアン共同体を目指すアセアンが、経済、政治問題だけでなく、人権などのさまざまな社会問題を解決できるアセアン事務局に発展させるべき」との意見で一致。

年に一、二回の国家間の代表会議も重要だが、民衆レベルの目に見える活動も重要である。そのためにはNGOをはじめ、市民社会の育成をはかると共に、アセアン事務局の人材強化も重要であり、この分野でも協力していきたい。

「アセアンと日本財団の包括的な業務提携」は下記の通り。
@海洋の安全保障
Aハンセン病制圧と回復者の尊厳回復
B人材育成と国際的ネットワークの構築
C伝統医療の復興
D障害者の社会参加の促進
の5分野を柱に、日本財団と5年間で5億円の共同事業を行う。

いずれも既に日本財団が積極的に活動している事業ではあるが、アセアン事務局の人材強化をはかり、各国政府も巻き込んで相乗効果を上げようとするものである。

今回はその第1弾として、アセアン本部で「ハンセン病患者・回復者の尊厳回復」のプログラムがスタートした。

ハンセン病回復者として初めてアセアン事務局に勤務したヨセフ・アディ氏を中心に会議は準備され、笹川記念保健協力財団と日本財団の強力なサポートもあり、初回としては満足の行く会議となった。連日、会議開催に向けての激務をこなし疲れ切ったヨゼフの顔色も、会議終了と共に元の元気な姿に戻り、ほっとした。

私は「アセアンのような地域機構がハンセン病を人権問題として取り組んだ例はない。我々は各国のNGOと手を結ぶことで、より市民社会に近い場所から問題解決を図ろうと新しいアプローチを開始した」と発言。

スリン事務局長は「共同体形成にはこのような社会問題を無視することはできない。世界に対し、このような問題解決にも熱意あることを表明したい」と述べた。



7月30日(木) [2009年07月30日(Thu)]

内蒙古師範大学、青海民族大学等18名の研修生


7月30日(木)

 09:00 
  〜  中国地方大学における日本語学習者に対する講義
 10:30 於:早稲田大学

 12:00 システム統括グループ・職員との昼食

 14:00 国土交通省・小野芳清海事局長

 14:30 ブルーシー・アンド・グリーンランド財団・広渡英治専務理事

 15:00 海上保安庁・鈴木久泰長官

 15:30 国土交通省・北村隆志官房長
 
 16:15 笹川記念保健協力財団・紀伊國献三理事長

 18:00 米日財団・トーマス・ジョンソン会長
7月29日(水) [2009年07月29日(Wed)]
7月29日(水)

 12:00 公益・ボランティア支援グループ(公益担当)・職員との昼食

 13:30 月刊BOSS・取材

 15:00 防衛省・中江公人大臣官房長

 18:00 わたなべ工房・渡辺起知夫代表
「ザンビアでのハンセン病制圧活動」 [2009年07月29日(Wed)]

地元記者にハンセン病の現状を視察してもらう(ザンビア・LITETAハンセン病病院)


「ザンビアでのハンセン病制圧活動」


私は一年の三分の一強を海外の、主にハンセン病制圧活動に従事しているが、現地訪問で行う活動は、ハンセン病をそれぞれの国民に正しく理解してもらうための三つのシンプル・メッセージを伝えることである。

1.ハンセン病は治る病気である
2.薬は全て無料である
3.この病気を差別してはいけない

以上の三点を
@国家元首との面談
A保健省当局者のモチベーションアップ
Bメディアの協力
によって啓蒙活動を具体化するのである。

少し詳しく説明すると、途上国においては国家元首との面談が重要である。ともすればエイズ、マラリア、結核など、多くの患者を抱える病気に比べ、劇的に減少してきているハンセン病患者根絶の優先順位を維持するためには、国家元首の理解を得た上でのコミットメントが、保健省のハンセン病担当官の仕事をやりやすくする必要条件になる。

タンザニアのある大統領は「笹川さんが来るからといって、昨日、はじめて我国のハンセン病について担当者からレクチャーを受けたよ。我国にこんなに患者がいることは知らなかった。何よりも、私は演説の中で、悪いことをしたらハンセン病になるぞと脅したこともあったよ。随分悪い例を使っていたものだ」と反省された。

ウガンダのムセベニ大統領は「この国にハンセン病患者はいないよ。子供の頃、患者を皆、ビクトリア湖の島に送り込んだと聞いているからね」と言われた。大統領官邸から40分ほどの所に立派なハンセン病施設があるにもかかわらずである。

今回のザンビアのバンダ大統領も正直な方で、「ハンセン病は恐いからね。病院の前を通る時は窓を閉めて、スピードを上げて通ったものだ」と語られた。

A国家元首との会談には保健大臣や事務次官が同席するのが常で、国家元首の発言は保健省でのハンセン病対策を活気付けることになる。だが今回のザンビアでの保健省の対応は、率直に云ってにぶかった。

仄聞するところ、最近ヨーロッパからの保健省に対する支援金約5億円の使途不明金が発覚。関係者20名が捜査の対象となっており、幹部も交代したばかりで心ここにあらずの状態であったようだ。

Bのメディアの協力は大成功であった。WHOと保健省の尽力により、新聞社は勿論のことテレビも同行取材して下さった。私が患者の患部を触るところが撮影され放映されることによって、ハンセン病に対する恐怖感も大いに変わるものと期待される。ただ、メディアの皆さんは私から5〜6メートル離れた場所から恐る恐る取材する状態。制圧活動の現状を物語るひと幕である。

このように3条件が満たされると現地に乗り込んだ意味もあるのだが、正直なところ、満点を得られるケースは少ない。

しかし、私のモットーは「情熱・忍耐・継続」であり、決してあきらめない。

モザンビークのように、状況は最悪であったが、4年続けて訪問したことでガリドゥ保健大臣も真剣になり、大統領直轄のハンセン病対策委員会を設置して見事制圧されたケースもある。

今年5月のWHOの総会で、ガリドゥ保健大臣に「早くハンセン病制圧の祝賀会をやりましょう」と誘いをかけると、保健大臣は「北部の3州でまだ1万人に1以下の基準に達していないところがある。今年中に制圧して、必ず笹川さんを祝賀会に招待しますよ」と、3年前とは異なり、自信に満ちた表情で今しばらくお待ちくださいと言った。

日本から数千キロ離れた僻地でのハンセン病制圧活動も、こういう一語で救われ勇気づけられる。
有難いことである。



7月28日(火) [2009年07月28日(Tue)]

全国から若き剣士が集まる(日本武道館)


7月28日(火)

 09:00 全日本少年剣道練成大会・全日本選抜少年剣道個人練成大会 挨拶
     於:日本武道館

 11:00 海洋政策研究財団・工藤栄介常務理事

 12:00 国際協力グループ・職員との昼食

 14:00 中国教育国際交流協会・林佐平常務理事

 16:00
  〜  「語り場」日本財団職員との対話
 18:00
7月27日(月) [2009年07月27日(Mon)]
7月27日(月)

 ハンセン病募金 18件 140,446円の礼状を書く。

 11:00 社会貢献支援財団・天城一専務理事

 12:00 公益・ボランティア支援グループ(福祉担当)・職員との昼食

 14:15 競艇振興会・伊東高廣常勤理事

 15:00 早稲田大学・西尾雄志助教授
「今や国父と言われるようになった初代ザンビア大統領」 [2009年07月27日(Mon)]

カウンダ初代ザンビア大統領と筆者(2009年7月・ザンビア)


「今や国父と言われるようになった初代ザンビア大統領」


7月2日、カウンダ・初代ザンビア大統領(85歳)と面談した。

夕刻、三田村秀人・日本国大使のサポートもあり、久しぶりに歓談の機会をいただいた。ロンドンより帰国直後とのことでお疲れではと思っていたが、多少足どりは衰えているものの、革ジャンパー姿でお元気そうであった。

「人々を代表してハンセン病制圧の戦士として活動し、世界を幸せにしてくれ感謝するよ。私も一人の人間としてできるだけ支援したい。貴男がザンビアに来ると聞いて是非ともお会いしたかった。Welcome back! 日本政府もエイズに対する支援をしてくれている」と、長旅の疲れも見せず励ましの言葉をかけて下さった。

息子の一人をエイズで失くしたことが、今、彼をエイズ撲滅運動に駆り立てている要因であることは間違いない。

20年前、カーター元大統領、ノーマン・ボーログ博士、笹川良一と私の4人で、「アフリカの貧困解決には人口の約80%を占める貧農の食糧増産以外にない」との結論のもと、適地選択のため、スーダン、タンザニア、ザンビア、ガーナの4カ国を5〜6日間で飛び廻った。

その折、ザンビアの大統領官邸でカウンダ大統領主催の夕食会があり、デザートの時間になった頃、大統領は出席した全閣僚と共に立ち上がり、チーフポケットから真白な絹のハンカチを取り出し、右手に持って振りながら歌の指揮をとった。ほの暗い部屋の中で、真白いハンカチだけが輝いていたのが目に浮かぶ。

抑制の利いた低音で、囁くような、偲び泣くような、しかし力強い歌声であった。押し殺したような低い声は、ザンビア独立の闘士達の志と決意を表明したかのようで、魂を揺さぶる感動を覚えたことを思い出す。

カウンダ元大統領は、息子の一人をエイズで、もう一人の息子は政敵に殺害され、ご自身も政敵に投獄された苦難の経験を経ているが、現在は国父として尊敬され「First President」と呼ばれている。自ら主導することはないが、依頼や相談事には積極的に対応し、ケニアの政治混乱収拾にも影ながら活躍されたらしい。

親日家でもあり、1989年・昭和天皇の大喪の礼、1990年の天皇即位の礼にも来日してくださり、そのたびに旧交を温めさせていただいた。

三田村大使は、公邸にたびたび元大統領をお招きし、夕食を差し上げておられ、スコットランド長老派協会の牧師の8番目の末っ子として生まれた元大統領は、夕食後、大使館のピアノで聖歌を弾かれるのを楽しみにしておられるという。

ともすれば、日の当たる方々との接触の多い大使活動の中で、三田村大使の気配り目配りは、目に見えない重要な外交活動ではないだろうか。
モンゴル サンジャー・バヤル首相との朝食会 [2009年07月26日(Sun)]


モンゴル サンジャー・バヤル首相との朝食会
会談・要旨


2009年7月17日
ホテルニューオータニ東京「ラピス1」


<笹川>
昨日の麻生太郎首相との会談は順調だったとお聞きしております。心からお喜び申し上げます。

今年の夏は政治家にとって暑い夏になりそうです。万が一、政権交代があったとしても、モンゴルと日本との関係は全く変わりません。政治家、経済界、あるいは民間レベルも含め、日本人のモンゴルに対する友好の気持ちは大変強いものだと思っています。

特に長年にわたり、レンツェンドー・ジクジット駐日モンゴル特命全権大使が幅広い人間関係を構築され、それらは今後も大いに発展するものと私たちは確信しています。

私たちが長くモンゴルとの関係を続けられましたことに、感謝申し上げます。

<バヤル首相>
今、日本の政治が熱いとお話しされました。そのような大変お忙しい中、私たちとの面談の機会を作っていただき、意義深く感じています。

訪日の主な目的は、二カ国間で実施すべき経済について意見交換することです。

新たな進展として、鉱物資源の開発について話し合うことができました。モンゴルは地下資源が豊富です。

またモンゴルは農業国です。農業を発展させることにも大きな可能性があります。 これらを発展させるためには、日本の優れた技術を導入し、投資を増やせる環境をつくることだと思います。

昨日の公式会談では、二つの重要項目について署名することができました。それは無償資金協力の実施とウラン資源についてです。

モンゴルのウランの資源量は、世界で第五位に位置しています。一方、日本は原子力発電に関し、優れた技術を持っています。

農業に関しては、モンゴルには6千万頭の家畜がいます。しかし、国内需要としては1千万頭を利用しているだけで、残る5千万頭はほとんど活用されていません。この残る5千万頭を経済的に活用することを考えています。

ここでも日本の技術を導入することを望んでいます。農業分野での協力も大きいと思っています。モンゴルは広大な土地を有し、特殊な経営を取り入れてきました。一方、日本は数百年にわたる経験を持っています。これを合わせることで効率的な農業が確立できると思います。

二カ国の関係をより一層発展させるためには、民間交流を促進させることが必要です。ビザなしで外国人観光客を受け入れたところ、2倍にも増えました。

また、この場をお借りし、日本財団が実施してきた多くのプロジェクトに感謝申し上げます。日本財団は、モンゴルでの人材育成、相互交流に力を入れていると聞いています。また医療分野でのプロジェクトも実施していると聞いています。二カ国間の相互理解を深める活動の一つとして、モンゴルの若い国会議員を日本に招待いただいていることにも感謝申し上げます。

<笹川>
私たちの仕事を評価いただき、有難うございます。

国会議員との交流は、ジグジット大使のアイディアで私たちが進めさせていただいております。

私は民間人ですので、政治家のような含みのある言葉を使うことが下手ですが、率直に話をさせていただきたいと思います。

政治家、経済界を含め、日本の指導者はモンゴルの置かれている地政学的な位置というものを良く理解しています。そのような中で日本がもっと積極的にモンゴルに対して協力すべきだということについても十分に理解しているつもりです。

しかしながら、日本人の欠点は、物事を遂行するときに非常に慎重に行動することです。すなわち少し時間がかかりすぎるということです。ただ、一度仕事に着手した以上、絶対にあきらめずに完成させるという素晴らしい特徴も持ち合わせています。

調印された地下鉱物資源の開発についても、日本側の産業界が行動を迅速にとるべきだと思いますが、今回の閣下のご来日で日本の経済界も真剣に研究、努力するものと私たちは確信しています。

閣下のご指摘のように、原子力発電に関わる日本の技術は世界最高水準にあると思われます。環境問題に対処するために原子力発電を拒否し続けたスウェーデンにおいても、原子力発電の見直しが始まっています。

これからのクリーンエネルギー、地球温暖化を考えれば、原子力発電所の設置が急速に進むと思います。今回の調印は、日本の産業界にとっても大きなビジネスチャンスになると理解しています。

原子力発電において日本の競争相手はフランスの企業だけで、あとは日本国内の競争です。原子力発電の技術は日本とフランスに集中しているのが現状です。

閣下の今回の調印が具体的にスピードアップされるように、ジグジット大使は外務省を中心にご活躍されるでしょう。

なお、私たちがモンゴルで始めた伝統医療プロジェクトは、モンゴルの伝統医療を使い、人々に薬を配布するものです。今では国際的にも高く評価されていることをお伝えしたいと思います。

モンゴルでの成功が、タイ、カンボジア、ミャンマーなどに波及し、各国政府がモンゴル方式を急速に取り入れています。住民一人ひとりの健康管理として伝統医薬品を配布する事業が非常に注目されているのです。

モンゴルを訪問したとき、たくさんの薬を使うというのでその理由を尋ねたところ、モンゴルでは羊やヤギも家族同然なので家畜にも薬を飲ませているというのです。

世界60億人のうち20億人は近代的な医学にアクセスできない人々です。しかし、モンゴルでは、広大な土地を有していながらも、誰もが薬箱を持てるようになりました。世界的にも驚くべき成果です。

モンゴルでの成功は、識字率の高さにも起因しています。薬箱に入っている保健衛生、病気に関する冊子を良く読み、薬を使っていただいています。識字率の高さとそれを理解する能力は世界的にもトップレベルにあると思います。

日本財団は協力を惜しみませんので、モンゴル政府としてこのテーマを取り上げていただき、全国レベルで展開できるようにお願いしたいと思います。

笹川平和財団が実施している国会議員の交流も継続的に実施しています。日本側も多くの政治家が参加しています。

先般、ジグジット大使から日本には衆参両院にモンゴルに関する議員連盟があるので、一つに統合してほしいという要請がありました。私も調整に入りましたが、それぞれがモンゴルに対する思いを強くしており、笹川平和財団の実施する議員交流には必ず参加するから心配しないでほしいということでした。
「早稲田大学と日本財団」 [2009年07月25日(Sat)]

50人近くの学生が熱心に講義を受ける(2009年7月)


「早稲田大学と日本財団」


最近、日本財団と各大学とのコラボレーションが活発化していることは6月27日のブログ、東京大学海洋アライアンスの稿で述べた

早稲田大学には、世界68大学をカバーする「笹川ヤングリーダー奨学金制度」が設置されており、中国・北京大学国際関係学院(修士・博士)の学生受け入れにも積極的に協力して頂いている。

7月14日(火)には西尾雄志助教授の計らいで、日本財団若手職員によるリレー講義「ワークキャンプ論、実践的リーダー養成講座」のトリを務めることになった。

6月23日(火)吉田稔による聴覚障害者支援活動
6月30日(火)中嶋竜生によるアジアにおける伝統医薬品普及活動
7月 7日(火)千葉寿夫による障害者支援活動
7月14日(火)笹川陽平「若者よ、現場に行こう 実践的リーダーの条件」

前回の講義でも学生の真摯な態度に感銘を受けた。今回は講義50分、Q&A37分とのこと。老い先短い身。将来を担う若者のために労は厭わないつもりである。

まとまりのない講義であったが、学生からは多くの真剣な質問を受けた。
参考までに要旨を下記に掲載します。

****************************


早稲田大学・講義「ワークキャンプ論〜実践的リーダー養成講座」
講義(要旨)


2009年7月14日
日本財団ビル2階


皆さまが日頃、学校の授業で学んでいる知識と、私のように現場を中心に活動して得られる知識とでは違いがあるかもしれません。今日はそれらを対比いただき、多少なりとも参考にしていただければと思っています。

日本財団は、私の父である笹川良一が、戦後の壊滅的な被害が残る日本を海洋立国として復興させようと、競艇を誕生させ創立した組織です。

戦後、今でもそうかもしれませんが、国民主権とは名ばかりで、日本は政治家と官僚により治められてきました。国民は税金を納めさえすれば国が全てを担うといった国民性悪説の社会にあったわけです。そのような時代の中にあって「何故、民が公の仕事をしてはならないのか」。これが笹川良一の疑問であり、競艇事業の出発点でした。

日本は本来、民が積極的に公の仕事に参加する社会が形成されていましたが、戦後はすっかり変わってしまいました。世のため人のための仕事というのは国や地方自治体の独占的な仕事になったわけです。

笹川良一は「世界は一家、人類兄弟姉妹」ということを1931年から唱えていました。これは非常に面白い発想です。青く澄んだ地球はまさに水の惑星です。皆さまも宇宙から見た地球の映像を見たことがあると思いますが、そこには国境線が引かれているわけではありません。そして誰も人種間による争いがあるとは思わないのではないでしょうか。宇宙から見た地球には国境も政治も宗教も思想の違いも見えないはずです。

私は猫を飼っていますが、尻尾をちょっと掴んだら、その後3年間は私に近寄りませんでした。学習能力があるのです。しかし、人間は平和という念仏を唱えながらも争いが耐えることはありません。もしかしたら人間は学習能力がない生き物なのかもしれません。万物の霊長といいながら、人類誕生以来、争いが耐えなかったからです。

また科学の進歩により生活は向上したのかもしれませんが、基本的には孔子の時代(紀元前500年)から人の考え方や行動はあまり変わっていないのではないでしょうか。

そのような意味から、私たちは「世界は一家、人類兄弟姉妹」という基本的な哲学としての宇宙船地球号に乗っていて、日本財団は政治、宗教、思想、人種、国境を超えた仕事をしているのです。

私は政治、宗教、思想、人種、国境を超えた仕事とは何かということを常に考え、プロジェクトを作ってきました。そして、その基本は主に人物交流と人材養成にあります。
また、笹川良一の哲学は何かということを総合的に考えたとき、特に発展途上国では、人類の生存権である食糧増産、医療、それに教育分野での国際協力が最も重要との結論に行き着きました。

この父の哲学をもっとも具現化した事業は、世界44カ国68大学の修士・博士課程の学生に奨学基金制度を設け、地球規模で活躍する将来のリーダーを育成する活動でした。

これらの大学にはキリスト教徒、イスラム教徒、仏教徒が学ぶ大学、白人、黒人、黄色人種を中心にした大学もあり、五大陸にまたがっています。また、世界中から様々な人種が集まってくる大学もあります。そこには差別や争いはなく、希望に満ちた学生の姿があるだけです。この奨学金を受給した学生は今では11,000人を超えるまでになりました。

では私たちの財団で働く職員はどうかといいますと、一時期、知恵は会長が出すのだから我々は言われたことだけをやればよいという雰囲気にあることに気がつきました。私はそのようなつもりで新たな仕事を開拓してきたわけではなかったのですが・・・これからは職員全員が新しい事業を開発するプロ集団にしなければならないと考え、職員全員との毎週1回の対話を開始して3年余になります。

プロスポーツだって試合中だけ仕事をしているわけではありません。日夜トレーニングを積み重ね、成績を出しているのです。24時間頭の中で考えることがプロなのです。

日本財団の職員には、自分で考え行動する人間になってもらいたいと思い、当時の財団顧問・林雄二郎先生のお力を借り、「七つの鍵」という理念を作りました。具体的な形で職員に行動哲学を示したわけです。

<フィランソロピー実践のための七つの鍵>

1.あまねく平等にではなく、優先順位を持って、深く、且つ、きめ細かく対応すること
2.前例にこだわることなく、新たな創造に取り組むこと
3.失敗を恐れずに速やかに行動すること
4.社会に対して常にオープンで透明であること
5.絶えず自らを評価し、自らを教育することを忘れてはならない
6.新しい変化の兆しをいち早く見つけて、それへの対応をすること
7.世界中に良き人脈を開拓すること


私たちは現場主義を第一義と考えています。冷暖房が完備された事務所で仕事をして良い仕事ができると思っていては大きな間違いです。

物事は多面的に見ることが大切です。上から見て、下からも見、さまざまな角度から見る努力をしなければ複雑な問題は解決できません。

先進諸国が発展途上国で間違いを犯すことがあるのは一方向からしか見ていないからです。自分たちの考え方は正しく、そこには教えてやるという意識があります。発展途上国では「指導する、監督する、命令する」というやり方ではなく、相手国の歴史や文化を尊重し、彼らの目線で仕事をすることが必要なのです。

私は常に彼らの目線に立ち仕事をしてきました。同じ目線で仕事をする謙虚さが必要なのです。どこの国にも歴史や文化はあります。尊敬心をもって彼らの目線で仕事をしなければいけません。

そこで必要となるのが現場に行くことです。私の仕事のモットーは、あふれる情熱と耐え忍ぶ忍耐、そして決してあきらめないで継続することです。これが現場主義の根幹だと思います。時には難問にぶつかることもあります。しかし、その解決方法はそれほど難しいことではありません。あらゆる角度から問題を見ることが大切であり、現場には問題もありますが、答えも隠されているのです。

また困難な問題と向き合ったとき、解決することを苦しみと捉えるのではなく、楽しみとして向き合うことも大切です。つまらないことで考え悩むのではなく、色々な角度から考えると解決方法も見えてくるものです。

そのようなことから日本財団は、国家ができないことを実行する組織として行動してきました。

例えば、小泉内閣のときに日中間の防衛交流はストップしてしまいましたが、その間も私たちは民間組織として、人民解放軍と自衛隊との防衛交流を継続してきました。

また日本には海の日があります。海の日が祝日なのは世界でも日本くらいではないでしょうか。

私たちは海に守られた日本から海を守る日本への転換を求めて、海洋基本の法律化にも邁進しました。かつて海に関する行政機関は9省庁11部局ありました。川は河川局が管理し、河口部の防風林は林野庁、そして環境問題は環境庁であり、海上交通は国土交通省というように縦割り行政だったのです。そんな中、私たちは海洋を総合的に管理できる体制を作ろうと海洋基本法の原案を作成し、海洋基本法という法制定に結びついたのです。

ソマリア沖の海賊への海上自衛隊の活動、あるいはマラッカ・シンガポール海峡の航行の安全問題も同様に、私たちが主導し、問題解決のための糸口を政府、または国際機関に提案、実行してきました。

すなわち社会を変えていくトリガー的な役割を果たすのが日本財団なのです。最近ではベトナムの障害者のための法律作成にも協力しています。

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