CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2008年02月 | Main | 2008年04月»
leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2008年03月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml
語り場 [2008年03月25日(Tue)]
08:00〜10:00 「語り場」日本財団職員との対話

10:00 日本財団執行理事会

11:00 (社)日本観光協会 中村会長

14:00 外務省 久保田有香女史

16:00〜18:00 「語り場」日本財団職員との対話
国際シンポジウム「中国の緑化を!」で講演 [2008年03月25日(Tue)]
※2月16日(土)、国際シンポジウムで講演をいたしましたので、お時間のある時にでもご高覧いただければ幸いです。


国際シンポジウム「中国の緑化を!日中NPOとODAとの協力の下で」
(講演・要旨)


2008年2月16日13:00〜
於:日中友好会館


ご紹介を受けました日本財団の笹川です。

易解放・グリーンライフ理事長はご子息の意志を継がれ、素晴らしい活動をなさっています。今日、このような機会に恵まれましたことを厚くお礼申し上げます。

私は1年の三分の一を発展途上国の現場で仕事をしています。そのため、さまざまな国の僻地を旅する機会もあるわけです。今回は日中間に絞って大きな立場から皆様にお話をしたいと思います。

私は民間人ですので、両国政府におもねる必要はありません。また政治家のように一票の票をいただかなければならないということもありませんので、聴衆におもねる必要もありません。そのため率直にお話ししたいと思います。

何故、日中間の友好とか、あるいはより良い改善とか、このようなことがテーマになるのでしょうか。何故中国と日本が仲良くしなければならないのでしょうか。少し考えていただきたいと思います。

世界の歴史を見ますと、どこの国においても隣国との関係というのはデリケートなものです。仲が良い隣同士の国というのは世界中にないのです。それを頭に入れておかなければなりません。

地政学的に見ても私たちは中国と離れることができない関係にあります。夫婦関係なら別れることが可能ですが、日中間は地政学的に離れることができない関係にありますので、常に私たちは頭に入れなければならないのです。

政府、あるいは国会議員というのは、5年、10年経てば変わっていきます。その時々の政治的問題によって関係が温かくなったり、冷たくなったりするのです。今やっと氷が解けはじめ盛り上がりが出てきたというのは二国間にとって大変プラスなことです。

しかしながら、永久に温かさが続くわけでもありません。皆様方の恋愛と同じです。猛烈に愛し合えば反発することもあります。私のように見合いをし、何の希望もなく結婚したのであれば、最初から諦めていますので、夫婦喧嘩はありません。熱くなり過ぎると長く続かないのです。

江沢民・前国家主席が一時期、日中関係について「歴史を鑑とし、未来に向かって」と説いていました。私はこの言葉に大きく反発しました。

「歴史を鑑とし」という言葉は誤りではありませんが、私たち日本人からみますと、近現代史の中で日本が中国人に対し大変辛い目にあわせたという印象だけが残ります。これは事実かもしれませんが、そこにばかりに焦点がいき、本当に二国間の未来が開けるのでしょうか。

片方の足を踏んづけ、もう片方で歩いていこうとしても上手くはいきません。少し知恵を絞ったらどうかと思うのです。

私は「二千年の歴史を鑑として未来へ進む」というように考えれば、日本人の気持ちがもっと大らかになると思います。世界の歴史の中で二千年の間おおむね良好な関係にあった二国間というのは中国と日本の関係以外にありません。

二国間がこれからもうまくいくように努力を続けなければならず、これは自然な道です。これを単に政治家だけに任せておくというのは如何なものでしょうか。

そのような意味でグリーンライフの易理事長をはじめ、多くの民間の方々が両国の安定と友好のために市民レベルで立ち上がってきたというのは大いに私は評価されることではないかと思います。

政権も、政治家も変わっていきます。しかし中国人民と日本の国民は変わることがないのです。そのような意味で私は中国で多くの事業を行っています。


毎年100名が研修のため来日した日中医学奨学金制度の式典模様


例えば、この二十年間で中国の医師・看護師など医療関係者を毎年百人づつ、二千人を招へいし、北海道の札幌医科大学から沖縄の琉球大学まで全国で研修を実施してきました。今では中国医学会の中堅のほとんどは笹川医学生といわれるくらい立派な研究生が日本で教育を受けてくれました。

笹川日中友好基金では、ケ小平先生の改革解放経済の目指された政策に根ざし、政治家、国有企業の経営者、地方自治の専門家、あるいは近代的な法律家など一万人を超える専門家を日本に招いてきました。

また中国には千を越える大学がありますが、国際関係論を勉強する学部がなかったため、北京大学に国際関係学院という修士課程をつくりました。今では大変素晴らしい学生が集まり、中国で最も人気のある学部に成長しました。そして多くは中国の国務院、外務省、その他一流といわれる組織で活躍しています。

私たちは人材養成を目的に170万冊を超える本を大学図書館に寄贈し、今では素晴らしい図書館に成長しています。

このような私たちの仕事は中国のためにするのでしょうか。中国のために何かするという考えは果たして正しいのでしょうか。私は中国のために何かするという考え方では物事は長続きがしないと考えております。

そうではなく、中国人と日本人というのは、生活習慣も違います。当然、民族も違っています。私は多くの中国人の人材養成をしてきましたが、親日家になってほしいとは一度も言ったことがありません。

そうではなく、日本をよく知る人になってほしいのです。私たちが中国でする仕事は日本をよく知ってもらう、私たち日本人をよく知ってもらうために、日本のために行っているのです。そこを間違えてはいけないのではないかと思います。

そして、先ほど夫婦間の話をしましたが、20年、30年そばにいる夫婦でも意見が一致することはありませんし、新たな性格や行動を目にすることもあるのです。まして国家と国家の意見が一致し、何事も上手くいくということはありえないのです。

そのような幻想にとらわれて日中間を考えると、全てが感情論に陥ってしまい、理性をなくしてしまう恐れがあります。二国間の違いをどう正していくのか、近づけられるのかを模索しあっていくことが、これからの日中間にとって大事なことなのです。意見の一致は必要ありません。

中国は近代化のプロセスの途にあります。日本には公害を含め環境対策など経済成長の過程で犯した過ちなどの貴重な経験にもとづくノウハウがあります。そのような過ちを中国が繰り返さないように、私たちの持っているノウハウを提供するということは、ひいては日本のためになるのです。


寄贈した本が中国の大学の図書館に



中国の環境問題は日本の環境問題であり、それは世界の環境問題、人類の生存へとつながるグローバルな問題になっています。いまや環境問題は国境を越え、中国のために協力するというのではなく、我々自身のために行っていくと考えてはいかがでしょうか。

外国と仕事をするというと、多くの方は肩に力が入ってしまいます。一生懸命してあげたのに理解してくれない、あるいは努力しているのに相手がのってこないなど、常に自分が良いことをしているという認識のもと仕事を進めようとしています。

もう少し気楽になり、自分が仕事をさせていただいているというように考えては如何でしょうか。自分自身のためであり、日本の国のためであり、中国のためになり、ひいては世界のためになるということであれば、少しは気楽な気持ちになるのではないでしょうか。息長く続けていくというスタンスが重要ではないかと思います。

日本では教育問題ひとつとっても、すぐに駄目だ駄目だといいます。西洋人はその点上手くておだてて人を使います。おだてるという言葉は少し下品に聞こえるかもしれませんが、私の真意は相手をその気にさせて、彼らがやっていくための一つの刺激、方策をともに汗して考えるという、腰を落としたやり方です。

私は世界中をまわっていますが、JICA(国際協力機構)青年海外協力隊というのは世界最高だと思います。

西洋人は常に途上国に対して、教えて指導します。監督します。命令します。高い位置から相手を見下ろして教育するのです。日本人は相手の目線まで自分たちの立場を低くして、相手の目を見ながら共に汗を流し仕事をすることによって理解させるのです。

共に喜びを分かち合うという協力姿勢というのは世界に冠たるものです。私たちは誇りに思わなければならないのです。指導する、命令する、協力するというスタンスで仕事をするというのは本来の日本のやり方ではないのです。

政府間レベルから民間レベルまで幅広い、ごく自然な二国間関係、近所づきあいができる関係にしていくためには私たちが日々の努力を怠らないことです。かつて経験したことのないような穏やかな二国間関係が築きあげられることを切に願っています。
飛鳥寺 [2008年03月24日(Mon)]
10:30 東京都モーターボート競走会 宮本理事

11:00 飛鳥寺 山本住職

17:30 日中医学奨学生 第30期生修了式
カンボジア・プノンペン 雑感 [2008年03月24日(Mon)]

障害者アジア国際芸術音楽祭で障害者が華麗な踊りを見せる




「カンボジア・プノンペン 雑感」


日本財団大野常務理事の発案による『障害者アジア国際芸術音楽祭』に出席するため、久し振りにプノンペン(カンボジア)を訪れた。

市内は訪問するたびに格段に整備されてきており、活気ある美しい街に変貌しつつある。市民の生き生きとした表情を目にするにつけ、特に発展途上国においては、政治の安定が如何に重要であるかを感じる。


街は建設ラッシュである。特に韓国人の在留者は3万人を超え、韓国からプノンペンへは直行便もある。日本人の在留者は800人程度であるが、ホテルには多くの日本人観光客の姿があった。

『障害者アジア国際芸術音楽祭』は聴覚障害、知的障害、身体的障害者がプロ顔負けの演技を披露し、観客に大きな感動を与えてくれた。

日本から参加した聴覚障害者が演奏する『甲州ろうあ太鼓』は圧倒的な人気であった。聴覚障害がありながら、指揮者もいないのになぜあのような素晴らしい演奏ができるのか、大いに不思議がられた。

ネパールの片足の女性の踊りも、障害の存在を忘れさせる見事なものであった。

シンガポールの聴覚障害者のパントマイムや、日本人知的障害者の踊り『生きてめぐる』の苦悶する表情豊かな踊りは、宗教的雰囲気があり、私の好みの舞台であった。

ご多忙中の中、シアヌーク前国王の王女・ポパ・デヴィ王女(正式名は、ソムダイ・リッチボットレイ・プレアッ・リアム・ノロドム・ポパ・デヴィ王女)がご臨席くださり、会場からは大きな拍手で迎えられた。

最後は舞台に上がり、出演者一人一人と握手し記念撮影にも応じてくださった。

実は王女とは15、6年振りの再会であった。

訪日の折、私の事務所を訪ねて下さったことがある。王女はカンボジア舞踏の名花で「混乱するカンボジアの早期安定とカンボジア舞踏の復興に努力したい」と話されていた。

今回お目にかかり、若干、お歳は召されたものの、しっとりとした優雅な立ち居振る舞いは、名花とうたわれた面影を感じさせた。文化芸術大臣も経験されたほど芸術に造詣が深く、障害者のカンボジア舞踊には精一杯の拍手を送られていた。

ところで、モンゴルでの伝統医療の復興と日本の富山の薬売り方式(使用後代金を徴収)の合体事業が大きな反響を呼び、カンボジアの関係者からも是非実現したいとの要望があり、伝統医薬品を販売している市場を視察した。

思いのほか種類は豊富で、女性、妊婦、子供の栄養不良、肝臓、腎臓、その他あらゆる伝統医薬が販売されており、病名によって薬草の選別、調合をする責任者は有資格であるとのことで、近い将来、当方のシステムを導入する基盤はあるように判断した。


市場の奥の方に中古衣料を並べている店が数件あるので覗いて見ると、韓国製の大きな布袋から古着を出して仕分け作業をしていた。良く解釈すれば韓国から輸入したものであるが、悪く解釈すると韓国キリスト教系の団体からの慈善事業の古着が横流しされたとも判断できる。

どこの国に行っても時間があればマーケット見学に出かける。その国のマーケットには、なによりも市民生活の知られざる一面を垣間見る機会もあるからである。


障害者アジア国際芸術音楽祭の動画はこちら
ハンセン病寄付金 [2008年03月21日(Fri)]
ハンセン病回復者への寄付金 12名 6万7239円に対する礼状を書く

10:30 東京都モーターボート競走会 坂本副会長

12:00 イギリス PR会社 代表 パトリック・オア氏
漂流する政治はアナーキー [2008年03月21日(Fri)]
「漂流する政治はアナーキー」


広辞苑によれば「アナーキー」とは「無政府状態・無秩序」と訳されており、ギリシャ語に由来した言葉である。そして、アナーキーを信奉することを「アナーキズム」という。

政治用語では「国家を廃絶し、自由な個人から構成される。相互扶助を基調とする小さな地域共同社会又は中間的集団の確立を主張する思想」である。


社会主義の流れを汲むものもあれば個人主義の流れを汲むものもあり、通常アナーキズムの思想は、マルクスの共産主義よりも「左」に位置する極左思想と見られている。

1968年から1970年にかけての全国的な学園闘争では、キャンパスにアナキストのシンボルである
黒旗が翻り、一部ではマルクス主義者を凌駕  (アナキストたちが占拠した東大安田講堂)
したこともあった。

以下、若干過激に云う。

今日の日本の政治は権力・権威がなく、秩序もない。すなわち政府が無い状態に近く、漂流している。国会を中心に政治が機能不全に陥っているのではないかということである。

@中国毒ギョーザへの対応
A日本銀行総裁人事をめぐる茶番劇
B円高、ドル安への無策

どれ一つをとっても「アナーキー」、すなわち「政府はあって無き状態」にある。首相のコメントはまるで他人事のようであり、国民のために命懸けで戦う気概は全く感じられない。国会における政治家の論戦も、国民不在のゲーム遊びの感すらある。

大多数の国民は不満に思いながらも「その内なんとかなるだろう」と思い込んでいる節がある。「時の過ぎゆくままに」といった一種の「あきらめ」があるのだろうか。

しかし、これがいけないのである。

社会保険庁の問題の時、「外国ではこの手の不祥事は暴動になる」と書いたことがある。「そのうちなんとかなるだろう」は植木等の歌だけで結構である。

「一国平和主義」「私だけが我慢すればよい」「長いものにはまかれよ」との考えは、国際社会では通用しない。政治の停滞は国民生活に直接波及する。

主権在民、国民国家において無策の政治なら国民は政治家を必要としない。このようにいうこと自体がアナーキーの萌芽である。国民は政治家に激しく怒りを表明しなければならないし、余程の怒りをぶつけない限り政治家は覚醒しない。

かつて一部左翼が憧れたアナーキーな時代が現実のものになりつつある今日、地下に眠る幸徳秋水大杉栄は苦笑いしているに相違ない。
日中医学奨学金制度 [2008年03月19日(Wed)]
10:30 渡部昇一先生(上智大学名誉教授)

11:30 日本・ロシア協会 佐藤会長

16:30 国土交通省 海事局 斉藤氏(世界海事大学卒業生)

17:00 在日笹川医学奨学生 袁 世華 会長

17:30 日中笹川医学奨学生第16期特別研究者 報告会

18:30 外務省 谷口副報道官
日本の航空防疫は無防備である [2008年03月19日(Wed)]
「日本の航空防疫は無防備である」


世界的に大流行が懸念される鳥インフルエンザH5NT」は、これまでは人には感染しないと考えられていた。しかし、現在では人間に感染した例が数多く報告されており、南東アジアを中心に14カ国で227人の死者が出ている。昨年末には中国からも人から人への感染が報告されている。

厚生労働省のまとめによると、新型インフルエンザが発生した場合、日本での感染者は最大3200万人、死者は64万人が予想されるという。

WHO(世界保健機関)では、新型インフルエンザは「起こるかも知れない」ではなく「いつ起こるか」が問題の段階で、もはや時間の問題であるという専門家もいる。

新型インフルエンザが海外で発生すれば、短期間に簡単に国内に侵入することは間違いない。

日本では新型インフルエンザ発生後、薬の供給に半年から1年もかかり、当局はその人数分も明らかにしていない。

「日本の人口密度は高く、人の移動も激しい国なので、ウイルスの拡大、伝播の連鎖を止めることは不可能。新型ウイスル発生の場合、その大流行を回避するのは非常に難しい」と『SAPIO』3月号(小学館)は報じている。

発展途上国を中心に日常的に多くの伝染病や熱帯性の病気(マラリヤデング熱コレラチフス等)が発生しており、日本に到着する病人の保護や防疫体制が如何に重要であるかはいうまでもない。

さて、ここからが本題。
日本の防疫体制が如何に不備であるか、実例を紹介する。

今年の2月22日より、私をはじめ、一行8名でカンボジアを訪問した。一行の中の日本財団の女性職員の一人が、帰国の飛行機(2月25日21時20分 バンコク発 NH916便)の機内で気分が悪くなり、嘔吐を繰り返した。

脱水症状の心配から同僚が飲み物を勧めたが、ほとんど喉を通らない。アテンダントからは「これだけの症状なので、黄色い紙(問診表)を記入の上、成田で診断を受けてください」との指示を受けた。

本人の希望で車椅子を頼む。
2月26日(火)AM7:30 成田着。
歩行は困難な状態で乗客の最後に降りて車椅子に乗る。
押し手の係は女性で、当方の同行職員の協力なくして段差は上れなかった。

車椅子に乗っても衰弱が激しく、前かがみのまま検診所に到着。50〜55歳位の年齢の医師の問診を受けるも、本人に応答の気力なく、同行の富永夏子が代わりに答える。

「私」とは富永夏子のことである。
医師:どこに行っていましたか?
:カンボジアです。
医師:何日ですか?
:3日です。
医師:いつからこの状態ですか?
:プノンペンの空港からです。バンコクまでの間、機内で寝ていました。バンコクから更に気持ち悪くなったようです。日本に着くまでの間、最初の3時間はずっと吐いていました。後半は吐き気は止まったのですが、気持ち悪いのは治らず、今に至ります。
医師:何人のグループですか?
:8人です。
医師:他に症状の出ている人は?
:いません。
医師:旅行ですか?
:仕事です。
医師:どんな?
:障害者支援をしています。あと、ハンセン病の施設に行きました。
医師:病院視察は行ったのですか?
:行っていません。
医師:どんなもの食べましたか?
:生野菜も食べています。カンボジア料理です。
医師:魚も?
:はい。
医師:生で?
:生では食べていません。
医師:2、3日様子を見て、治らなかったら近くの病院に行ってください。

その頃には車椅子からずるずるとすべり落ち、そばにあったソファーに倒れ込む。そこでまた嘔吐。

:こんな状態なので歩けません。そちらのベッド(恐らく点滴用)で休めませんか?
医師:だめだめ、他の人がたくさん来るから。
:でも歩けませんから。
医師:このタ−ミナルの下にクリニックあるから、そこへ・・・。開くのは9時半からだ。今が8時だから1時間半か。第2ターミナルは9時からだから少しはましかな。

私は本人に「今動ける?」
本人:首を振る。
:救急車呼んでもらう?
本人:うなずく。

私は医師とそばにいた全日空のスタッフに「救急車お願いします」
スタッフは電話で連絡をとる。
医師はそこでどこかに行ってしまった。

どのみちイミグレーションを通らないとだめであることがわかり、
本人に「動ける?とりあえず移動しないと。吐いたら少し楽になった?」
本人:うなずく。
車椅子になんとか戻り、イミグレーションを通過。
荷物受け取り場で他の同行者と合流。

「救急車を頼んだ」との富永さんの説明をもとに、同行者の一人・宮崎さんが、税関職員に救急車がどこに何時ごろ到着するか訪ねると、通常のゲートを指した上、「あとは運行会社(ANA)の責任」「ここにいてもしょうがないので早く動いて欲しい」との冷たい対応。

そこにANAの職員2人が来たため「救急車は何時ごろ到着するか」確認すると、あいまいな答えで、救急車の出動を要請していない様子。

税関職員に「しばらく安静に待機する場所がないか」と質問すると、ここでも「それは運行会社がやる」と相変わらずの返事。思わず「目の前に患者がいる事実をどう考えているのか」と税関職員に抗議。

そんなやり取りをしているうち、ANA職員が「第2ターミナルの診療所が“診てくれる”と言っています」と告げ、それならばと第1ターミナルのタクシー乗り場に移動。タクシーの運転手に事情を告げると、「もちろんOK。だが、こういうことは航空会社がやるんじゃないですか?」と逆に質問してきた。

第2ターミナルに到着すると、どういうわけか、先ほど対応にあたったANA職員2人が既に着いており「何もお役に立てず申し訳ありません」と頭を下げた。目の前にあった車椅子で地下1階の日本医科大クリニックに。この間、病人に肩を貸す形でタクシーや車椅子に乗ってもらったが相当苦しい様子。

クリニックでは「脱水症状がひどいようなので、とりあえず安静にして点滴を行います」との看護師さんの説明。併せて医療事務の担当者から健康保険証、海外旅行保険契約書があれば提示して欲しい、などの要請。

約1時間半後、1回目の点滴は終了したが、動ける状態ではない。もう1本、点滴をするとの説明(看護師)。どのような原因が考えられるか聞くと「下痢症状などがなく直ちに原因調査をするより症状を回復させるのが先決と判断している」と答えた。

さらに1時間半後、2度目の点滴が終わり、本人と話せると言うので相談した結果「まだ動くのは苦しい」とのこと。クリニックに頼むと「ベッドは夕方までOK」とのことで再度安静に。

その2時間後、日本財団の総務から菅さんが到着。病人の自宅に同行。

以上が日本の空の防疫体制の最前線でおこった事柄である。

医師の「2、3日様子を見て、治らなかったら自宅近くの病院に行ってください」と、血圧、脈、聴診器も使用せず、歩行困難な状態の患者を追い出した。医者の暴言とその対応に驚くだけでなく、毎日、数千、数万人の入国者のいる成田に患者用のベッドが1台しかないとは、如何なることであろうか。

礼礼しく黄色紙の問診表に記入させるのは、あくまで形式に過ぎないことが判明した。

迫まりくる「鳥インフルエンザ」の恐怖はNHKでも連続で放映されているが、
日本の空の防疫は無防備である。
フジサンケイビジネス・アイ [2008年03月18日(Tue)]
08:00〜10:00 「語り場」 日本財団職員との対話

10:00 日本財団 執行理事会

13:30 フジサンケイビジネス・アイ

14:30 東京都モーターボート競走会 伊藤理事

16:00〜18:00 「語り場」 日本財団職員との対話
B&G全国市長会議(その1) [2008年03月18日(Tue)]
※1月23日『B&G全国市長会議』での講演。
少し古くなりご参考になるかどうか自信はありませんが、とりあえずアップしました。



B&G全国市長会議 講演「日本人と誇り」


2008年1月23日 午後3時
日本財団ビル2階


ご紹介のありました日本財団の笹川です。
お天気がすぐれない中、多くの方にご参加いただきまして、誠に恐縮です。

日本財団は国家財政、あるいは地方財政が緊縮にある中、社会で忘れられがちな、あるいは手が届かないような分野に対して、ささやかではありますが協力したいということで仕事をしています。

私たちが提供してきました福祉車両は既に全国で2万台となりました。2千万人以上の方々に活用していただいています。また全国にあるNPO団体、あるいはボランティア活動をしている方への支援も積極的に取り組んでいます。

戦後、ともすれば世のため、人のために働くということは、公の仕事であると考えられてきました。民は一生懸命働いて税金を納めれば、国家が全て民に変わって行ってくれるというシステムが長く続いてきたわけです。しかし、このようなシステムは既に破綻しています。公的な仕事というと語弊がありますが、世のため、人のために民の人たちが社会活動に参加することなくして、これからの日本の存在はありえません。私たちのウェブサイト「CANPAN」では企業の社会的活動・責任に関する情報を公表しています。

株式会社においては、安くて良いものをつくり、国民生活を豊かにする。そして雇用を促進し、儲かった利益の半分を国家に納め、残りは株主と役員で分配する。これが従来考えられてきた企業の姿です。しかし、これからは企業がもっと積極的に社会参加しなければならないのです。財政上の足りない部分を企業の社会的責任、あるいは市民活動を通じて埋め合わせていくようにならなければなりません。

これまで日本財団は公と民との触媒として、主導的役割を担ってきました。皆様方の地元でそのような活動をしている方がいたら、遠慮なく私たちの財団に紹介してください。私たちの若い職員は全国をまわり、皆様の要望を聞き、日本財団のお金を使っていただくようお願いしています。しかし、日本財団は雲の上の存在であるかのように思われているようで、自分たちのようなところに資金協力してもらえるのかという考えが多くあるようです。決してそのようなことはありません。

私たちの努力が足りない面もあるかと思いますが、どのようなことでも相談してください。私たちの財団は、素晴らしい情報と人材にあふれる宝庫です。日本財団が万が一協力できなくても、ほかに素晴らしい協力者、あるいは専門家を紹介することもできます。今日はB&G財団の会議のためにお集まりでしょうが、私たちのような組織があるということもご理解いただき、お使い立ていただければこれに過ぎることはありません。

私は人前で話すことは得意ではありません。私は講演料がもらえない立場にいます。高い講演料を払うと、皆様一生懸命に聞くのでしょうが、タダの話というのは、タダで本をもらったときと同じであまり頭に入らないものです。皆様には私の講演のあと行われる会議に力を注いでいただくということで、ネクタイをはずしていただき、気楽にお聞きください。東京の真ん中で居眠りをするのも良いと思います。

今日の講演にあたり、広渡英治専務理事(ブルーシー・アンド・グリーンランド財団・B&G財団)から日本人の品格について話してほしいという要望がありました。品格のない私が日本人の品格について話をするのも如何なものかと思いますが、これは今を象徴しているような話ですから、少しお話しさせていただきたいと思います。

大相撲でも横綱の品格が話題になっていますが、横綱を決める横綱審議委員会の皆様方の品格について考えてみると、横綱の品格を議論できる資格のある人は−私の偏った目でみると−いないように思います。自分たちができないことを人に望むというのは日本人の習性のようです。政治家への批判、あるいは世界一優れた日本の官僚システムも多少ガタついてきていますが、日本人はいつの間にかあらゆるものを批判することによって自分を正当化するという癖がついてしまったようです。どこの会合でも他人を批判し、他の組織を批判する。それでいて行動が伴いないというのは非常に残念なことです。

私はハンセン病制圧活動で一年の三分の一は僻地を旅しています。それでも、なかなか死なないものです。マラリア、結核、ペスト、髄膜炎、眠り病など、しょうけつの地を旅していますが、今でも元気で仕事をしています。大変有り難いことです。先ほどB&G財団の梶田功会長からハンセン病の活動に使って欲しいと多額の寄付をいただきました。先ほど講演料がないと言いましたが、今日の講演は無料ではなく多額の寄付を梶田会長から頂戴しているのです。

海外から日本を見たときにどのように見えるかということについて、少し皆様に考えていただきたいと思います。既にお気づきのこととは思いますが、日本人というのは謝ることが好きな国民です。テレビを見ていると、最近は頭の下げ方が上手になったように思います。例えば三人がきちんと間をとっています。頭の上げ下げのタイミングがとれるというのは、相当練習しているのではないかという気がします
続きを読む・・・