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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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インド・アフリカ勉強会 [2008年02月29日(Fri)]
10:00 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団) 梶田会長

11:00 海上保安庁 有川孝国際係長

11:30 外務省 林景一官房長

11:45 外務省 藪中三十二事務次官

12:30 (社)全国モーターボート競走会連合会 蔭山会長

15:00 インド・アフリカ出張 勉強会

18:30 「河豚の会」 正木邸
マオイスト国際部長会見 [2008年02月29日(Fri)]



「ネパール共産党マオイスト・グループ 
ガジュレル国際部長 会見」


ネパールでのハンセン病制圧は私の重点目標であるが、日本の外務省は政情不安定からカトマンズ以外は渡航延期、もしくは自粛勧告を出しており、国際機関もカトマンズ以外は原則禁止としている。

私の活動拠点はカトマンズ以外の地方であり、これではハンセン病制圧活動はほとんど不可能となってしまう。そこで地方を実質支配しているネパール共産党・毛沢東主義者グループの最高指導者・プラチャンダ議長に私の活動の安全確保を頼むため会見を申し入れた。

あいにく議長は所用で実現しなかったが、外交担当のガジュレル国際部長が応対してくれた。

日本でいえば代々木の共産党本部に乗り込んだようなものである。住所をたよりにカトマンズ市内を迷いに迷い、脇道に入ったところで小さな4階建ての本部にたどり着いた。入口前には2〜3人の守衛らしい人はいるが、武器も携行しておらず、警備はないに等しかった。

粗末な入口に毛沢東スターリンマルクスレーニンの写真がなければ何の建物かわからないようなビルである。3階の会議室に案内されたところ、白髪に洒落たマフラーを巻いたスマートな老人がガジュレル国際部長であった。

「外国人はとかく疑いをかけられやすい。ハンセン病制圧活動と偽ってCIA(アメリカ中央情報局)のような活動をしているのではと疑われることもあるだろう。しかし、あなた方はネパールにとって“UNWANTED(アンウォンテッド)”ではなく“WANTED(ウォンテッド)”な人々だ。いくらでもお手伝いしましょう」ときっぱりといい切った。

以下、会見の内容の概略である。
ご興味の向きは、会見模様をユーチューブ(YouTube)でご覧いただけます。こちら



◆       ◆       ◆       ◆




ネパール共産党国際部長 C.P.ガジュレル氏面談
Mr. C.P. Gajurel, Chief, Department of Foreing Affairs, Communist Party of Nepal (M)
2008年2月5日午前8時
同党本部建物にて面会

ガジュレル国際部長:わが国の経済発展のための支援をしてくれている日本からの代表団を心から歓迎する。日本の支援を引き続き期待している。この困難な暫定的な状況は長くは続かない。政治的対立によって延期されてきた選挙が4月10日に開催される予定である。

わが党は、この選挙が予定通り4月10日に開催されることを強く支持するものである。政党が選挙を延期してきたことに対するネパールの人民の不満は大きくなっている。

今後、選挙の結果を経て、民主的な共和制ができるかどうかということが大きな課題だ。この国が民主化されれば、それは経済的発展に大きく門戸を開放する。7政党が全党一致で、ネパールが連邦民主共和制へと移行することを決定している。

4月10日の選挙の後、我々の最初の仕事はどのようにこの民主共和制をマネージするかということを決めることだ。つまり、新たな大統領制を、どのように運ぶか、大統領の権利と義務とは何かなどを決定する。共和制に移行することはすでに決定済みだ、日本もこの新生ネパールを支持して欲しい。

笹川会長:4月10日の選挙が実行できなければどのような状況となるか?
アメリカが貴党をテロリストグループとみているのをどう改善するか?

ガジュレル国際部長:もし選挙が行わなければ、大きな政治的疑問となろう。多くの国際機関も参加をしており、モニターの活動に入っている。

確かにわが党はテロリストグループとしてブランドされている。
私は、国際担当として、刑務所から解放されたあと、多くの国々を訪問してきた。

選挙は大きな実験だ。論理的な結論をださねばならず、それは平和的な手段で解決できるはずだ。このプロセスは国際的な組織や各国政府にも支持されている。しかし、日本政府(日本大使館)は政治的な展開にはあまり関心がないようだ。

インド、中国、EU、ドイツ、フランスなどはアクティブに積極的な関心をもってこの政治プロセスを見ている。

もし、この選挙が成功すれば、多くの国のモデルとして画期的前例をつくることができよう。ネパールの問題のみならず、他の多くの国の問題を解決するモデルとなろう。

もし、選挙ができなければ、この国を平和裏に統治するのはむずかしかろう。私たちは苦悩している。

いずれにしても、これ以上の選挙の延期は同意できない。選挙の時機は暫定憲法にも明記されており、これを変えるには3分の2の議決がいる。

今あるオプションは、@選挙実施、A選挙延期、B選挙を実施しないである。
Aのオプションは政党として絶対に認められない。もし選挙が行われなければ政治的危機となり、マスムーブメントが起こるだろう。そうなれば無政府状態と混乱が起こる。わが党は平和的なマスムーブメントを起こすつもりだ。他の政党も選挙をサポートしている。

アメリカの問題について、ビザはとれない。我々は米政府によりテロリスト組織NO.2と定義されている。2年前から平和プロセスに入っており、議会に参加もしており、7政党政府にも参加しているのに信じられないことだ。

花田記者(読売新聞:プラチャンダ議長がメディアに対して、選挙で過半数をとれなかったらクーデターを起こすといったそうだが、本当か?

ガジュレル国際部長:誤解だと思う。我々が選挙に勝つことは確実だ。前回の選挙にはわが党は参加しなかったが、他の左派の政党は参加した。今回我々も参加すれば過半数をとれる。

しかし、左派が分裂気味であることもたしかだ。だからわが党が中心に異なる党と結束する。ひとつの選挙区に左派から一人候補者を送れば勝てる。

しかし、左派が過半数をとることを嫌う勢力、王政支持派などが選挙をサボタージュすれば、マスムーブメント、デモを起こすつもりだ。前回はマスムーブメント2と呼ばれたが、今回は3となる。王政を暴動ではなく選挙で倒す。

現在人民解放軍は武器を放棄して施設に収容されている。彼らを呼び戻すことはしない。しかしマスムーブメントは起こす。クーデターや暴動を起こすつもりはない。わが党だけで30から32%を確保している。左派が必ず勝利する。
日本地雷処理を支援する会 [2008年02月28日(Thu)]
10:30 公益コミュニティサイト「CANPAN」 月次報告

13:00 リサーチ・アンド・ディベロプメント(R&D)社 インタビュー

14:00 競艇振興センター 小高会長

15:00 国連 法務部 海洋問題・海洋法課 Mr.Mikulka(ミクルカ)課長

16:00 日本地雷処理を支援する会 先崎一会長

16:30 外務省 総合外交政策局 人道人権課 木村課長

18:00 国際政治評論家 手嶋龍一

休暇 [2008年02月27日(Wed)]
休 暇
ネパール ギャネンドラ国王謁見 [2008年02月27日(Wed)]




「ネパール『ギャネンドラ国王』謁見」


二年以上も沈黙を守っておられた国王が、心よく謁見に応じてくださった

ネパール国会の7政党(マオイストも含む)は4月10日の国民選挙に向けて、自党を有利に導くためのさまざまな駆け引きが激化している。

最大の懸案であった王制廃止、共和制移行を主張するマオイストも、選挙の結果次第では少数党になる可能性がなきにしもあらずで、選挙制度の中で比例代表制の人数の増加を強行に主張して認めさせ、主要閣僚も獲得して万全の体制へと懸命の努力をしているが、国王は「首都・カトマンズだけで判断しないで欲しい。国民主権の中で、選挙が平和で公正で安全な環境で行われれば、大多数の国民は王制に理解を示してくれるだとう」と、期待を込めて語られた。

また「現在ネパールでは法と秩序が十分に機能せず、憂慮すべき状況にあるが、これは一つの過程であり、雲の後ろには光が見える。ネパールの将来に希望を持つことだ」と語った。


国王に皇后陛下お言葉集(英文併記)「歩み」(海竜社)をお渡しした


「日本にお帰りの際には、天皇、皇后両陛下に心からのご挨拶と尊敬の意を表します。また、日本国民に友情と感謝の意を表しますとお伝えください」とメッセージを託された。

同席者が退室した後の二者会談で

「国王の長い沈黙は国民に評価されていると思う。これからも可能な限り沈黙を維持されることが望ましい。ただ、精神衛生上はとてもお辛いことだと思いますが」と率直に申し上げると、

初めて大きく笑われ「全くそのとおりです」と答えられた。

1時間にわたる謁見には日本の新聞記者も同席したが、嫌な質問にも実に丁寧に返答されていた。

詳しくは私のブログからユーチューブをクリックして下さい。
会談の映像を提供しております。

一部はNHK・BSニュースから日本財団提供で報道され、同席した読売新聞・花田記者が掲載した読売・英字新聞からBBC放送(英国放送協会)が引用。

ネパールのマオイスト最高指導者・プラチャンダ議長は「国王は外国勢力と結託した」とのコメントを出したのには驚いた。

次回はこのマオイストのナンバー3の話である。


ギャネンドラ国王との謁見の模様(動画)はこちら
欧州大使及び国連機関大使会議 [2008年02月26日(Tue)]
07:30 成田着 日本財団へ

09:30 日本財団着

10:00 オルメルトイスラエル首相

10:50 日本財団 執行理事会

11:30 パスツール研究所 フランソワ・アレイ理事長(フランス電力名誉会長)

16:30 ヘルシー・ソサエティ賞 於:帝国ホテル

18:00 欧州大使及び国連、国際機関大使 会議 レセプション 於:外務省飯倉別館

18:45 ヘルシー・ソサエティ賞 授賞式 笹川記念保健協力財団 紀伊國理事長 受賞
カンボジア保健大臣 [2008年02月25日(Mon)]
(カンボジア〜タイ)

09:00 ヌットゥ ソコム(Nuth Sokhom)保健大臣

10:00 カンボジア大学

12:00〜14:00 篠原駐カンボジア大使と昼食

15:00〜17:00 「アジア障害者国際芸術音楽祭」 挨拶

18:30 プノンペン発 帰国へ

22:45 バンコク(タイ)着

23:55 バンコク発 成田へ
リゴベール・ミナニ・ビフゾ神父とペドロ・アルぺ社会研究センター [2008年02月25日(Mon)]

第2回SYLFF賞贈呈式のため来日したビフゾ神父




「リゴベール・ミナニ・ビフゾ神父とペドロ・アルぺ社会研究センター」

笹川良一ヤングリーダー奨学金制度(SYLFF)は、世界69の著名大学の修士・博士課程の優秀な学生達に活用され、その数は1万名を超えている。

本年度のヤングリーダー(SYLFF)賞・受賞者のビフゾ神父は、コンゴ民主共和国生まれの46歳。かつて、イタリアのシシリー島にあるペドロ・アルぺ社会研究センターで笹川奨学金を受給されたことがある。

神父は、コンゴ東部のキブ湖畔に位置する街で、隣国・ウガンダルワンダブルンジへ抜ける交通の要所・ブカブで生まれ、長期にわたるコンゴ内戦を経験。難民生活を強いられた時期もあった。

コンゴを代表する知識人の一人であり、人権擁護・市民教育に取組んだNGOグループ“JEREMIE”の創設・代表者としての活動に忙殺されている。

神父は、ペドロ・アルぺでの研究テーマの中で、ブカブを含む国境地帯の90%がキリスト教徒であることから、キリスト教的価値観の普及が、同地域における平和構築への重要な役割を担うと主張されている。

また、大統領令により、コンゴの内戦終結を目指す国内各派の政治交渉に向けた政府準備委員会や、汚職・詐欺・密輸入に関する政府委員にも任命されている。

2006年7月、40年ぶりに実施された大統領及び国民議会議員選挙では、5万名の国内選挙監視員と125名の国際選挙監視員の活動を指揮した。同選挙は大きな混乱もなく実施され、神父の活躍は、和平プロセスの進展に向けた重要な一歩と評価された。

先般、コンゴ滞在中、ビフゾ神父が活動する事務所を訪問し、夕食を共にした。気さくで陽気な神父はジーンズに半袖姿。カビラ大統領の政治手腕を評価し、国内の治安は急速に安定化の方向にあり、混乱の続く東部地域の和平実現もそう遠くないと断言された。


ポスターをはさみ撮影



事務所の一階、通りに面したガラスの壁に、私が提唱する『ハンセン病のスティグマと差別をなくすための世界アピール』のポスターが貼られていた。

ビフゾ神父が研究されたペドロ・アルぺ社会研究センターには、なつかしい思い出がある。

このセンターは、シシリー島の名物であるマフィアの撲滅や社会正義実現のために、社会で既に活躍している医者、弁護士、社会活動家に呼びかけて設立された。

1992年、奨学金制度設置のためにシシリー島の飛行場に降りたった私を迎え出てくれた当時のペドロ・アルペ政治家養成学校の学長・ソルジェ神父には、マシンガンを携帯したボディーガードがぴったりとついていた。

足早に小型車に乗り込んだ神父は、自ら運転しながら、窓ガラスは防弾であること、最近マフィア退治に辣腕を発揮した検察官が高速道路で爆殺されたこと、神父のところにも暗殺するとの黒枠の予告文が届いたことなど、物騒な話を矢継ぎ早にする。

「怖くありませんか」と問うと
「怖くありませんよ。マフィアも馬鹿じゃありませんから・・・。神父を殺したら天国に行けないことぐらい知っているでしょう。しかし、この国では誰がマフィアかわからないのです。この助手席に座っているボディーガードもマフィアかもしません」
と振り向いてニコッと笑われた。

シシリー・ワインを大いに飲み、式典と夕食会は大盛会のうちに終わった。

翌朝早く、神父はあわただしく私の部屋をノックして新聞を差し出した。

日本からマフィア対策の研究支援のため基金設置」とイタリア語で書いてあるらしい。万一迷惑がかかってもいけないので、早めに飛行場へ行ってくれと、あわてて迎えにきてくれたわけである。

私に黒枠の暗殺予告は届かなかったが・・・

その後、シシリー島には行っていない。
地雷撤去事業 [2008年02月24日(Sun)]
(カンボジア滞在)

08:00〜12:00 地雷撤去事業(コンポンスプー) 不発弾回収、爆破処理 現場視察

12:30〜14:00 カンボジア国会議員7名と昼食会 於:ホテル・カンボジアーナ

14:20 メディア インタビュー

15:00〜20:20 ハンセン病回復者村訪問

20:30 関係者夕食会
アジア障害者国際芸術音楽祭 [2008年02月23日(Sat)]
(成田〜バンコク〜カンボジア)

00:40 バンコク(タイ)空港内 ホテル着

06:00 ホテル発

09:30 プノンペン(カンボジア)着

11:00 ハンセン病回復者と面談

12:00 記者会見

14:00 カンボジア伝統医療勉強会

15:00 伝統医療品マーケット視察

17:45 「アジア障害者国際芸術音楽祭」開会式 挨拶 於:チャット・モック劇場

20:00 関係者夕食会
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