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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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ハンセン病コロニー訪問 [2008年01月31日(Thu)]
(インド滞在)

08:30 ノバルティス財団 ライジンガー理事長

09:30 第17回国際ハンセン病学会 出席

11:30 学会参加のハンセン病回復者との懇談会

13:00 パルバティナ・ガール ハンセン病コロニー訪問

16:30 インド メディアインタビュー取材

19:00 学会参加者と夕食会
国際ハンセン病学会 [2008年01月30日(Wed)]
(インド滞在)

04:30 ハイデラバード(インド) ホテル着

12:30 第17回国際ハンセン病学会 開会式 挨拶 (参加者1700名)

14:30 同学会で「ハンセン病と人権」について基調講演

19:00 学会参加者と夕食会
山下太郎とアラビア石油 [2008年01月30日(Wed)]
「山下太郎とアラビア石油」
〜日の丸油田に幕〜



「アラビア太郎」と呼ばれた山下太郎氏



元祖『日の丸油田』は、サウジアラビアクウェートにまたがるカフジ油田である。

1957年、アラビア石油権益を獲得。1960年には世界有数の埋蔵量を持つ油田を掘り当てた。かつては日本の石油消費量の5%に相当する量を持ち込み、エネルギーの安定調達に大きく貢献した。

資源小国・日本が海外で獲得した『自主開発油田』の代名詞だったが(12月27日 日経・朝刊)、2000年のサウジとの権益更新交渉に失敗。2003年にはクウェートでの権益も失効した。

原油高の今日、これに変わる『自主開発油田』はない。中国の積極的な石油資源外交にくらべ、大いに劣る状況となっている。

この『日の丸油田』開発の成功の裏には、山下太郎なる愛国者がいた。


石油利権獲得のためにサウード国王に謁見する山下太郎氏

(アラビア石油ホームページから転載)



山下は日本の経済発展の基となる『日の丸油田』の重要性を要路の人達に説明して廻ったが特段の良い反応もない上『山師・山下太郎』などと揶揄され、資金の目途が立たず途方にくれていた。

ある時、“財界総理”といわれた経団連(日本経済団体連合会)石坂泰三会長を訪れ、この開発の重要性を切々と訴え、理解はしてもらったものの、資金協力については「俺にはそんな金はない」と拒否され、しばらく両者に沈黙の時間が経過した。

粘る山下に、石坂は重い口を開いて
「ところで一体どのくらいの金が必要なのかね」

「100億円の保証です」と山下が答えると、石坂は表情を変えて

「100億円? そんな金額は俺には縁がないから・・・夢物語には協力するよ」

「本当に100億円の保証をお願いできるのですか? 有難うございます」

ここから山下太郎の獅子奮迅の働きが始まる。

彼はパートナーの王族と、どのようにすれば信頼関係を濃密に出来るかを真剣に考える。日本人は個人プレーを極端に嫌う民族であるが、海外では、最終的には人対人の個人的信頼関係が重要であることを山下は良く理解していた。

ある時、パートナーの誕生日の為にデトロイト(米国ミシンガン州)に10数台の特別仕様のキャデラックを発注、プレゼントした。パートナーの女の数を正確に把握していたので、殊の外感動を与えたようだ。

西洋には、ビジネスについてもダブル・スタンダードがシステムとして機能しているが、今の日本人は生真面目だから大胆な行動がとれない。山下退任後のアラビア石油では官僚出身の社長が続いた。

官僚の想像力では、パートナーの誕生日に300万円程度の壺を持参するのが精一杯で、相手には何の感動も与えはしない。『日の丸油田』が消滅したのは、山下太郎以降、パートナーと日本側代表者の個人的信頼関係が確立できなかった日本側の失策によるものである。

発展途上国との国際的商売では、指導者へのワイロは常識であり文化でもある。ビジネス・ライクにはいかないのである。

小さな正義を大切にする今日の日本では、山下太郎のような雄大な夢と国益を考える実業家の出現は期待できない。

日経の記事には、一行も山下太郎の苦労話は書かれていなかった。我々は先達の命を賭けた血の出るような努力の結果今日の日本があることを忘れてはならない。
ロンドンからインドへ [2008年01月29日(Tue)]
(ロンドン〜アラブ首長国連邦〜インド)

06:00 ホテル発 ドバイ(アラブ首長国連邦)経由 ハイデラバード(インド)へ

19:50 ドバイ空港

22:00 ドバイ発 ハイデラバードへ
グローバル・アピール2008発表 [2008年01月28日(Mon)]
(ロンドン滞在)

11:30〜13:00 「グローバル・アピール2008」発表式典 挨拶 於:イギリス王立医学協会

19:30〜22:30 グローバル・アピール2008 夕食会
産経新聞「正論」に掲載 [2008年01月28日(Mon)]
※1月18日付け、産経新聞「正論」に『日本料理は最高の外交手段』が掲載されましたので、お時間がある時にでもご高覧いただければ幸いです。




【正論】日本財団会長・笹川陽平 日本料理は最高の外交手段

 
2008/01/18
産経新聞 東京朝刊


■料理人の待遇改善と食材確保を

≪世界のあこがれの的≫
 
 海外の訪問先で要人らと雑談すると、しばしば日本料理の素晴らしさが話題となる。

慶応大学教授の阿川尚之氏も、民間人外交官としてワシントンに赴任した日々をつづった「マサチューセッツ通り2520番地」の中で、ラムズフェルド前米国防長官が多忙な業務の合間を縫って何度か公邸に大好きなスシを食べに来た、と記している。

日本料理が評判を呼び、地元の有力者から「日本レストラン」と親しまれる日本大使公邸もあるようだ。

 日本料理は近年、高級感にヘルシー感も加わり世界のあこがれの的になった。素晴らしい料理を提供すれば多数の有識者が集まり、おのずと良質な情報も集まる。ODA(政府開発援助)の落ち込みで「日本の顔」である在外公館が今ひとつ活気を欠く、との指摘もあるが、食文化の最先端を行く日本料理を外交に活用しない手はない。

 主役は料理であり、これを作る公邸料理人である。食卓外交を強化するには何よりも料理人の待遇改善−身分の安定と新鮮な食材の確保が必要となる。ODAに比べればはるかに少ない負担で実現可能であり、確実な効果も期待できる。こうした“ハートウェア”の強化も立派な文化外交である。

 在外公館の料理人は大半が公邸に住むが、明治政府以来、一貫して「大使が個人的に雇った随伴者」と位置付けられ、公館の職員ではない。大使が代われば役目も終わり、新たに職探しが必要となる。

 ≪嫌われる在外公館勤務≫

 従って新たな任地が決まった新大使の最初の仕事も料理人探しとなる。腕の確かな料理人が信頼できる知り合いの中にいればともかく、通常は「国際交流サービス協会」に登録している料理人を紹介してもらい、条件が折り合えば、一緒に赴任する。

国が給与の一部を補助し額も随時、改定されてきているが、大使が自分の手当の中から支払うことに変わりない。

「ハクがつく」として、それなりの希望者があるのは一部先進国の公館に限られ、日本人料理人の給与が高騰したバブル期以降は、バンコクに駐在するサービス協会関係者が地元の日本料理店に勤務するタイ人料理人から希望者を募っているありさまで、タイ人料理人が目立って増える結果となっている。

 日本人料理人に人気が低いのは、大使が代わると新たに職探しをしなければならない身分の不安定さが一因。公館の正職員にするのが一番の解決策となるが、外務省によると各国にもそうした例はないようだ。

となると日本人料理人を長期安定的に確保するには、給与を全額、国庫負担とし身分の安定を図ることがまず必要ではないか。

 料理を通じ日本文化への理解を深めてもらうには、食器選び、食材の確保から味覚、見た目の美しさまで質の高い本物の日本料理を作り、その素晴らしさを客に直接、説明できる日本人料理人がやはり望ましいからだ。

一概に日本料理といっても、任地の風土に合わせた工夫も必要で、一定の年季も必要となる。大使が交代しても引き続き勤務する料理人をひとりでも増やす必要がある。

 ≪ODAには安住できない≫

 現在、世界各国で活躍する日本の公邸料理人は約150人。質の高い料理人を恒常的に確保していくためには、この程度の国の負担は欠かせない。料理人は自らの腕を通じて外交に貢献する。そうしたプライドを持つにふさわしい肩書・称号や表彰制度も有効だ。

現在も大使の推薦に基づき外務大臣が表彰する制度があるが、叙勲、褒章制度を柔軟に活用する方法も検討されていい。

 同時に素晴らしい料理にはそれに見合う食材が欠かせない。どの公館も刺し身用の魚介や生鮮野菜を現地で調達できない場合、近隣国から空輸するなど苦労している。短時間で世界各地にモノを運べるこの時代、新鮮な食材を必要に応じて日本から空輸する態勢も整備されていい。

在外公館の公式パーティーは天皇誕生日など年数回に限られているが、食材の確保に目途をつけ、もっと頻繁に開催し知日派の養成を図るべきである。

 近年の日本外交は、ODAの数字の大きさに安住し、「利用できるものは何でも利用する」という貪欲(どんよく)さを欠いた気もする。

「主張する外交」への転換が叫ばれる今、日本外交を見直す好機でもある。日本料理には外交手段として活用するに十分な世界の熱い視線があり、情報は人が関心を持って集まるところにある。

たかが料理ということなく、国として真剣に活用を検討するに値するテーマである。それが在外公館の機能強化にもつながる。(ささかわ ようへい)
IMO事務局長 [2008年01月27日(Sun)]
(ロンドン滞在)

11:00 IMO(国際海事機関) ミトロポリス事務局長

13:30 ハンセン病「グローバル・アピール」打ち合せ会

15:00 産経新聞インタビュー取材

16:00 駐ロンドン日本人マスコミ記者懇談会

19:00 「グローバル・アピール」参加者 夕食会

ロンドンへ旅立つ [2008年01月26日(Sat)]
(成田〜ロンドン)

09:15 自宅発 英国・ロンドンへ

17:30 ロンドン ホテル着
明日から海外出張です。 [2008年01月25日(Fri)]
明日1月26日から2月6日まで海外に出ます。

<ロンドン>
○ ハンセン病と差別撤廃へのグローバル・アピールを世界主要な人権団体と共同で発表

○ IMO(国際海事機関)ミトロポリス事務局長とマラッカ・シンガポール海峡問題について協議

インド・ハイデラバード>
○ 第17回国際ハンセン病学会で「ハンセン病と人権問題」について発表

ネパール
○ ネパール国王、毛沢東主義者の指導者と面談

○ チトワン地方でのハンセン病活動の実態調査 

以上が主な出張目的です。

留守中もブログを更新いたしますので、ご笑覧ください。


− − − − − − − − − − − −


10:30 東京財団奨学事業運営委員会 キャロライン・ヤン委員長

11:00 中国 日本知識クイズ大会優勝者大学生

13:00 海洋問題 勉強会

17:30 東京財団 ヤングリーダー奨学基金(SYLFF) 賞」贈呈式

18:00 東京財団 創立10周年記念シンポジウム

19:30 SYLFF 賞記念レセプション
批林批孔運動と福田首相の孔子廟訪問 [2008年01月25日(Fri)]
「批林批孔運動と福田首相の孔子廟訪問」


中国の長い歴史的時間でいえば、ついこの間の出来事である。35年前の中国では凄まじい「批林批孔運動」が展開された。いわずと知れた、批林は毛沢東の後継者であった林彪批判であり、批孔は現代の孔子、すなわち周恩来批判のことであった。

1973年8月の『人民日報』には、「孔子−頑迷な奴隷制擁護の思想家」が発表され、中国全土にある孔子関係の建物の多くは破壊されたという。

しかし、今や中国では孔子の再評価が進み、海外での中国語学学校が『孔子学院』の名前で猛烈な勢いで設置されている。


孔子廟を視察する福田総理

首相官邸ホームページから転載)


この度福田首相は、多忙なスケジュールの中でこの孔子廟を訪れた。

変われば変わるものである。

石井英夫氏は、産経新聞というより新聞界の名コラムニストである。

彼は1月12日のコラムで、昨年暮れ、福田首相が孔子の故郷・曲阜を訪問したことに触れ、かつて孔子の『論語』の解釈で「行く水の流れに人の世の無常をみて、中国の聖賢が嘆いた」と書かれた。この解釈は荻生徂徠以来の俗説で「孔子は行く水に人の命のはかなさをみたのではなく、川の流れに無限の水の力強いエネルギーを感じた」と訂正されている。

勿論、より合理的な解釈を採用されたわけで、『正誤』を訂正されたわけではない。

産経新聞の良さの一つに、どこかの新聞のように、誤りに御託を並べて強弁したり、無視することなく、すぐに訂正する良き伝統があることである。

亡父・笹川良一が作った『水六訓』がある。
これも恐らく『論語』を参考に、水を積極的に解釈して作成されたものと思う。



<水六訓>
一、あらゆる生物に生命力を与えるは水なり。
一、常に自己の進路を求めてやまざるは水なり。
一、如何なる障害を克服する勇猛心と、よく方円の器に従う和合成とを兼ね備えるは水なり。
一、動力となり光となり、生産と生活に無限の奉仕を行い、何等報いを求めざるは水なり。
一、大洋を充し、発しては蒸気となり、雲となり、雪と変じ、霰と化してもその性を失わざるは水なり。
水を心とすることが平和と健康と長寿の妙薬であります。
笹 川 良 一

ちなみに、孔子の正統派子孫は、台湾におられる第77代・孔徳成氏であり、日本訪問の折、お会いしたことがある。温厚な紳士で『天下衆合』との揮毫は今も私のオフィスに掲げられている。
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