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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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東北地方太平洋沖地震応援基金
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笹川 陽平
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佐官級訪中団 結団式 [2007年05月31日(Thu)]
10:30 ベオグラード大学(セルビア) ユバセビッチ学長

13:00 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団) 広渡専務理事

14:00 スリン・ピツワン 元タイ外務大臣

16:00 第7回佐官級訪中団(参考) 結団式 於:防衛省
理事会 [2007年05月30日(Wed)]
10:00 (社)東京都モーターボート競走会 坂本副会長

10:30 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団) 広渡専務理事

11:00 日本財団 理事会

14:00 NPO法人ユーラシア21研究所 吹浦理事長

14:50 WHO(世界保健機関)南東アジア地域事務局 パニカ博士

16:00 森喜朗 元内閣総理大臣

16:40 国際図書寄贈プロジェクト 第1回選考委員会

18:30 スリランカ セワ・ランカ財団 ハルシヤ会長
マダガスカル報告D [2007年05月30日(Wed)]
マダガスカル報告D

〜腰痛と乗り物〜



心配し気遣ってくれるロビンソン保健大臣


私は旅行中を含め、毎日、朝晩二度、10〜30分の自己流ストレッチで日頃の運動不足を補っている。

日本財団の若手職員の中には、腰痛持ちが数人いる。正直なところ「いい若い者が」と思っていた。足、腰はストレッチで鍛えているので、まさか、自分がなるとは夢にも考えていなかったのである。

2カ月ほど前、ゴルフで近年にはない好スコアーが出た。少し打法を変えて、しっかりと左足に体重移動を確認してから打つようにしたのだ。

夕刻、左臀部に少し筋肉痛を感じたが、たいしたことないと放置しておいた。歩いたり、ゴルフのスイングをしても痛まないが、椅子に座って立つ時、腰が一定の角度になると痛むのである。

診断の結果、骨には異常がなく、頂いた薬を飲み続けたが一向によくならない。仕事柄、航空機や車の移動が多く、痛みは激しさを増し、マダガスカルでは車の乗り降りがほとんど不可能になり、左足全体が痺れるようになった。

同行の腰痛持ちの職員の長谷川隆治君が「痛み止めの坐薬を持っております」と、助け舟を出してくれた。

若者に弱みを見せたくない性分ではあるが、この時ばかりはたまらず、彼の好意に従った。朝、薬を使用すると嘘のように痛みから解放される。しかし、マダガスカルでモラマンガ州に行った時は例外であった。

早朝に薬を使用したため、帰り道の途中で薬切れ状態となった。マイクロバスのクッションは悪く、箱根越えのような道を約2時間。車が左右に揺れるたびに電気のように激痛が走る。

あまりの痛さに、なんとか気を紛らわせようと色々考えるのだが、読書中の「私本太平記」(吉川英冶著)の六波羅探題の折檻の苦しみもこのような痛みではなかったかと、ついつい痛みに気がいってしまう。

マイクロバスから降りると、被疑者が拷問から解放され自由を得たような妙な気持ちになった。

苦しい時の神頼みならぬ、苦しい時の日本財団職員頼みである。
舞台芸術センター [2007年05月29日(Tue)]
ハンセン病募金者に対する礼状 20件(6万9000円)

10:00 日本財団 執行理事会

11:30 (財)舞台芸術センター 評議員会 於:ホテルオークラ

13:30 「ぺるそーな」浜田麻記子 代表

14:00 海洋政策研究財団 秋山会長

15:00 日本財団 評議員会

18:30 飯島秘書

帰国 [2007年05月28日(Mon)]
ニューヨーク〜成田

17:30 自宅着
マダガスカル報告C [2007年05月28日(Mon)]
マダガスカル報告C

〜マダガスカルとバルチック艦隊〜




日露戦争における日本海軍とバルチック艦隊との一戦が、日本の大勝利に終わったことは司馬遼太郎の「坂の上の雲」に詳しい。

バルチック艦隊は1904年12月29日、マダガスカルのディアゴ・ジュアレスの港に到着。石炭、食料、水等の補給、船底の清掃を、マレー人が建国したメリナ王国に依頼したが、首を左右にして一日延ばしにし、3カ月半近くも応じなかった。

何故に応じなかったのかは調べてないのでわからないが、その間、兵士の中にはマラリアで死亡する人、自殺者も出て戦意喪失の状態で1905年3月16日に出航。2カ月後の5月27日、日本海海戦となった。

バルチック艦隊が予定通りスムーズにマダガスカルを出航していたら、状況は若干異なっていたかもしれない。

この情報は、流れ流れてマダガスカルの港で娼婦をしていた日本人「イト」の連絡によるものだという。

この間の事情は「孫文と女」西木正明著にあると、フランス語通訳・小澤由和氏が教えてくれた。「城下の人」石光真清著の中でも、ロシアと中国の国境で働く日本人娼婦より貴重な情報が提供されていたと書かれている。当時は苦界に身を落した娼婦ですら、日本人としての誇りを持っていた。

BBC放送の無作為調査の結果、日本のことを「世界に好影響を与えている国」として「好感度一位」にランクしている。

私達は日本人としての「誇り」を忘れてはいけない。
ニューヨーク発 [2007年05月27日(Sun)]
(ニューヨーク滞在)

10:30 ホテル発 帰国へ
ニューヨークへ [2007年05月26日(Sat)]
(ロチェスター〜ニューヨークへ)

06:30 ホテル(ロチェスター)発 ニューヨークへ

12:00 ニューヨーク ホテル着

17:30 息子と夕食
深夜ロチェスター到着 [2007年05月25日(Fri)]
(ニューヨーク滞在)

01:15 ロチェスター ホテル着

07:30 ホテル発 ロチェスター工科大学へ

09:30〜11:45 ロチェスター工科大学全体卒業式 博士号授与

12:00〜14:00 ペン・インターナショナル関係者 笹川奨学生と昼食

15:30〜17:45 ロチェスター聾学校 卒業式 挨拶

18:30〜20:15 ホーウィッツ副学長宅 夕食会
マダガスカル報告B [2007年05月25日(Fri)]
マダガスカル報告B

〜大統領の贈り物・住宅一軒〜



向かって左がロビンソン保健大臣、右が“青春の川”知事


マダガスカル滞在の一日、ロビンソン保健大臣の案内で彼の出身地、モラマンガ州のハンセン病施設に激励に行くことになった。

箱根越えのような山道を約2時間半、車が左右に揺れること甚だしく、整腸作用満点の小旅行であった。

出迎えの知事は髭をたくわえ、海上自衛隊の将官のような威厳のある服装で、にこやかに出迎えてくれた。

知事の名は「ラヴォロロンジャトヴォ・ジォルジュ・クロード」という長い名前である。

柔道3段。明治維新や戦後日本が廃墟から復興したことにいたくい感激。精神力、義理人情、勇気という日本語が好きで、ことのほか日本に親近感を感じるという。

昼食はロビンソン保健大臣主催で、町の横丁にあるレストラン『コックドール』なるフランス名の中華料理店であった。

大臣閣下は、関係者30人ほどが着席するのも待ち遠しいように給仕を呼び、コップに1/4ほどのウイスキーを入れさせ水で割ると、一気に半分ほど飲んだ。

あっけにとられながら、向い側の知事が「夕刻、上院議長との会見があるそうですね」と話しかけると、大臣は「俺たちをそんなに早く帰したいのか」と毒づいた。

慌てた知事は「めっそうもない」とその場をとりつくろうと、大臣は「今日は笹川さんに同行して故郷に帰ってこられた。こんな愉快で光栄なことはない。私は嬉しい」と、残りの水割も一気に喉へ流し込んだ。

「笹川さんは、昨日、大統領との会見で、国際社会はマダガスカルのハンセン病制圧を高く評価する、とおっしゃったんだ。

知事!!今朝の新聞の大統領と笹川さんの大きな写真を見たかい。笹川さんとの会見後、大統領は保健省の幹部を緊急召集したんだ」と興奮さめやらぬ感じで話を続ける。

「大統領の喜びようってなかった。大統領に仕えてあんなご機嫌な様子を見たことはないね。知事!! そこで大統領閣下は何と申されたと思う・・・? 

褒美として君たち各人に住宅1軒を与える、と言明されたんだ。」
知事、口をあんぐりと開けたまま聞き入る。

私は、聞き役の知事に助け舟とばかりに
「貴男の名前の意味は何ですか」と語りかけると、「ラヴォロロンジャトヴォは『青春の川』という意味です。」

「私の名は『笹の川』、つまり『竹の川』です」と、つられて言ってしまった。

『青春の川』に比べようもなく、バカなことを言ってしまったと反省しているところへ、「さすが日本の名前ですね。粘り強く耐える力、素晴らしい名前です」と逆に助け舟を出されてしまった。

帰路、バスの中でこの話を披露すると、財団職員が

「住宅一軒くれるなら、僕だって頑張るよなあ!!」との声。

「わかりました。私も住宅一軒差し上げます。」

「本当ですか?」

「私が皆さんにウソをついたことがありますか?」

「???」

「ただし、東京は物価が高いから犬の住宅です。」

「???」
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