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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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東北地方太平洋沖地震応援基金
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さくらを愛でる会 [2007年03月31日(Sat)]
17:30 「さくらを愛でる会」 於:参議院議長公邸

19:00 米日財団 理事夕食会
フジサンケイグループ [2007年03月30日(Fri)]
10:00 日本財団 執行理事会

11:00〜13:30 フジサンケイグループ 春の懇話会

18:00 雑誌「選択」 湯浅社長
出稼ぎ [2007年03月30日(Fri)]
「出稼ぎ」



これからサウジアラビアに出稼ぎに行くと話してくれた


発展途上国にとって、外国での出稼ぎは貴重な外貨収入となる。フィリピンの出稼ぎは大いに国家財政に寄与していいる。

一昔前の韓国の中近東での建設現場出稼ぎも、大したものであった。

最近アフリカでは、中国のODAに伴う中国人建設労働者が目立つ。

先日、ジャカルタ(インドネシア)からバンコク(タイ)に行く途中、シンガポールの空港で制服らしい服を着たイスラム系の女性の一団が、思い思いの格好で時間待ちしていた。


待ちくたびれてしまった様子(空港で)


カメラマンの富永女史が、彼女たちから聞いたところによると、インドネシアからサウジアラビアへ、2年間の出稼ぎに行くところらしい。

専門の派遣会社に応募してパスした後、アラビア語の勉強もしたという。アラビア語は日本人にとって難しい言葉であるが、彼女達はそんなに難しくないという。

女中として月給600リアル(約19,000円)、男性は運転手として1000リアル(約31,000円)。インドネシアでは望めない良い仕事とのことだ。

年間20万人は中近東に出るという。
日本歯科医師会 [2007年03月29日(Thu)]
08:00 (社)東京都モーターボート競走会 早朝会議

11:15 日本歯科医師会 大久保会長

13:30 (財)運輸政策研究機構 羽生副会長

14:00 海洋政策研究財団 秋山会長

15:00 ブラジル太鼓連盟 訪日団一行

15:30 (社)日本観光協会 中村会長

16:00 日本財団 中南米日系人奨学生一行

16:50 国土交通省 安富事務次官
インドから帰国 [2007年03月28日(Wed)]
09:40 成田着 日本財団へ

12:00 ヴァール・クイスト スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団理事長 昼食会
終末医療 末期がんのためのピ−ス・ハウス [2007年03月28日(Wed)]
「終末医療 末期がんのためのピ−ス・ハウス病院」



国内初の独立型ホスピスとして当時は注目を浴びた


今から13年前、神奈川県中井町にある平塚富士見カントリークラブの隣接地に、末期がん患者をお世話する『ピース・ハウス』が完成した。

聖路加国際病院の日野原重明先生の指導のもと、「末期がん患者が病院の一室で、技術偏重の中、スパゲッティ状態にされたままで人生の最期を迎えるのは如何なものか。

“人生、終わりよければ全てよし”。

死ぬまでの限られた時間を家族やボランティアに支えられながら、精神的に充実した日々を過ごす」ため、遠く富士山や駿河湾を望む景勝地に『ピース・ハウス』は建設された。

この度、自宅療養者やデイ・ケアのための付属施設が完成したので、久し振りに訪問した。


このたび竣工されたデイ・ケアセンター



22床のベットは満員で、医師、看護師は勿論のこと、日野原先生を慕うボランティア100人が協力して、一日一日を大切にされている患者のお世話をしていた。

庭には美しい花壇に四季折々の花が植えられ、遠く富士山を眺めながら、ボランティアの作るクッキーと紅茶で談笑できる環境は、日本唯一のものである。

日本的な義理固さからか、残念なことに、ほとんど回復の見込みがなくても病院との縁がきれず、病院で終末を迎える人が多い。今の時代、病院に遠慮することはない。

読者の関係者で末期がんの方がいらっしゃったら、遠慮なくピース・ハウスに連絡して下さい。

必ずや喜んでいただけるものと確信します。

入院費用は健康保険が適用されます。
詳しくは「ピースハウス病院入院費用」をご覧下さい。

無料のお部屋もあります。

住所:神奈川県足柄上郡中井町井ノ口1000-1
ピースハウス病院 デイ・ケアセンター
Tel:0465−81−8900
ハンセン病コロニー [2007年03月27日(Tue)]

ハンセン病回復者のコロニーを訪問


08:00 ハンセン病回復者コロニーへ

09:00 ウッタル・プラデッシュ州 ナブ・ジーバン クシェット コロニー視察 雑誌社同行取材

12:30 WHO(世界保健機関)ロボ博士

16:00 ウジュワール・チョードリー氏

18:30 ホテル着 帰国へ
インド人権委員会 [2007年03月26日(Mon)]

インド人権委員会パティル委員長と面談


09:30 会議打ち合せ

10:30〜13:30 ササカワ・インド・ハンセン病財団 創立理事会

14:00 雑誌「市民社会」取材

15:45 インド人権委員会 シブラジ・パティル委員長

19:30〜22:00 インド産業連盟主催 夕食会
白バイ パトカー [2007年03月26日(Mon)]
「白バイ パトカー」



見事なテクニックで私たちを誘導してくれた


海外での活動の折、渋滞の激しい途上国では、しばしば警察や軍の白バイやパトロールカーの先導車を手配してくれる。今回のインドネシア訪問時も、2台の白バイを配備してくれた。

ジャカルタ(インドネシア)市内では、時には2台並走で先導し、渋滞や交差点では見事な連携プレーで私たちの車のために巧みに空間を作り、前進させてくれる。

権威をかさに無理やり一般車を押しのけるような、そこのけそこのけの態度ではない。実におだやかな手捌きと運転技術によって一般車から守ってくれる。

国によってはマイクで大声をあげ、身を乗り出して権威を傘に警護するケースもある。渋滞の中での強制的な排除はうらめしそうな顔でにらみつけられ、こちらが恐縮してしまうケースも多い。

かつて、中国の広州に列車で到着した折、プラット・ホームにパトカーが横付けされた。ホームから地下道を抜けて、あっという間に町の雑踏に出たことがある。マイクを使って大声も出したが、見事なハンドル捌きであった。


芸術的な運転技術を見せてくれた二人


聞くところによると、ケ小平さんが南を訪問した時は、必ず先導するグループで、大切なお客さんである貴男のために特に依頼した、と持ち上げられた。

形式的な先導で時間短縮にはならないケースも多い。先導車と本隊との間に一般車が入ってしまい身動きできず、役に立たない先導車もあった。

どこの世界でも腕利きとそうでない人がいるものだ。

芸術的でもあった先導に感激して、つい写真にした。
ロミ (右)25歳 経験 5年
プルワント(左)31歳 経験10年
ニューデリーへ [2007年03月25日(Sun)]


12:30 自宅発 インド ニューデリーへ

22:00 ニューデリー着
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