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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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ハンセン病病院をお見舞い [2006年11月30日(Thu)]

病院で患者さんを見舞う


08:00 カトマンズからポカラ(ネパール)へ
天候不良のため空港で2時間30分待機

11:30 ポカラ着

12:10 グリーン・パスチュアーズハンセン病病院 患者御見舞い

14:30〜16:00 ハンセン病回復者定着村視察
マリの新聞に掲載される(下) [2006年11月30日(Thu)]
10月30、31日にアフリカのマリ共和国を訪問した際、マリの新聞社『レソール・コティディアン』紙に掲載されましたので記事と抄訳を載せます。掲載量が多いため3回に分けて載せました。今回が最終回です。お時間のある時にでもご高覧いただければ幸いです。

◆       ◆       ◆       ◆




2006年10月31日火曜日『レソール・コティディアン』紙


マリ   メッセージ

インタビュー  「笹川グローバル2000」マリのディレクター

“貧困との闘いが唯一の目標”

土壌の肥沃化と集約化が農作物の生産性を向上させる


『レソール』紙記者(以下、記者):マリでまもなくアフリカにおける笹川グローバル2000の活動開始  20周年記念祝賀行事が開催されます。バマコが選ばれた理由は?

マルセル・ガリバ博士(以下、博士)
マリは民主主義の国です。政権交代が実際に行われ、野党も政権に参加し、新聞雑誌と民間ラジオは自由に活動しています。要するに、マリでは行政が機能しており、安定した平和な環境にあります。農業と農村部の発展が国家元首の優先課題となっていますので、バマコが選ばれたのは当然のことです。

開発に取り組むマリに対する私たちのささやかな貢献なのです。SG2000は今、マリで11回目の農繁期を迎えています。笹川グローバル2000では2005年以降の重点支援国となり、唯一マリだけがフランス語圏を代表しています。他の重点国は、エチオピア、ナイジェリア、ウガンダです。ですから、私たちは自分たちの組織の創設20周年をマリで祝うことをとても喜んでいます。

記者:今回の記念行事の目玉は10月31日から11月2日に開かれるシンポジウム「小規模商業農業の発展――サハラ以南アフリカの挑戦」でしょう。このシンポジウムの目的を教えてください。

博士:「小規模商業農業の発展――サハラ以南アフリカの挑戦」と題されたシンポジウムは、この地域の農業が永遠に抱え続ける問題を扱います。主食依存型農業からいかに脱するか。競争力のある高品質の産物で農業市場にどのように進出するか。例えばマリの綿花、ガーナのカカオ、セネガルの落花生のような単一の作物支配からどのようにして抜け出すか。

いかにして零細生産者をプロの生産者へと変貌さるか。シンポジウムの第一の目的は、笹川グローバル2000を行う笹川アフリカ協会に、とりわけ重点支援国での活動プログラムを強化する勧告を提案することです。それから特に市場に向いた新プロジェクトの推進も挙げられます。アフリカのすべての農業関係者にも役立つロードマップ作りが期待されています。

記者:笹川グローバル2000は、わが国で農業発展に関係する活動と食の安全のための活動も行っています。具体的な成果はどのようなものでしょうか。

博士:笹川グローバル2000がマリでの活動を始めたのは1996年でした。活動は3つの段階に分けることができます。1996年から2002年までの活動の中心は、肥沃な土地の維持と改良、農業生産の集約化、協力活動でした。2003年から2004年は2種類の内外からの評価を受け、生産投入財の入手と、基礎からの経営、金融取引の仲介、コミュニケーションに重点を置きました。

そして2005年から現在までを、私たちは第2期とよび、2010年までの期間、SG2000は農民団体を通じた農業市場プロジェクトの推進に取り組んでいく予定です。すべての活動に、関係者の育成、提携と研究、SG2000とビジョンを共有する団体が組み込まれています。この10年で土壌を肥沃化し、農作業を集約化したため作物の生産性を大幅に向上させました。収穫量の余剰分は、コメでは全種類合わせて54%、トウモロコシに至っては100%です。

言い換えれば、トウモロコシに関して収量は2倍になったのです。1ヘクタールの投資に対する利益は、モロコシの9万2000CFAフラン(訳者注:アフリカ経済共同体フラン)からコメの58万6000CFAフランに及んでいます。キビ、トウモロコシはそれぞれ、10万5000CFAフランと23万7000CFAフランの収益を上げました。すなわち私たちの穀類は、生産者が大幅に収入を向上させ、貧困の環なるものを断つことができる作物であるのです。これは農業に関する勧告を受け入れた結果であると言えます。

もう一つ忘れてはならないのが、1996年以来導入している高タンパクのトウモロコシ品種「デンバニュマ」(記者注:良い系統の意)です。「デンバニュマ」は1ヘクタール当たり最高5〜6トンに達する収量だけでなく、栄養品質の面でも得るところが大きいのです。現在、「デンバニュマ」はトウモロコシの作付けの少なくとも60%を占めています。

また、私たちは小規模金融(マイクロファイナンス)の分野への取り組みも始めました。クリコロ、セグー、モプティ、シカソの各地に農業貯蓄貸付組合(CREP)と協同組合を設立しました。こうした機関のおかげで生産者は正規の金融機関と有益なビジネス関係を築くことができたのです。

もう一つ覚えておくべきなのは、下流分野を重視したことで、生産者とユーザーの関係が促進され、両者の間で生産契約が締結、実施されたことです。一つだけ例を挙げれば、納入された製品の品質を見た民間業者が、初めてキロあたり10CFAフランの割増金を与えることに同意しました。市場重視の姿勢で、生産者を価格暴落から保護するための質入証券の発行のような手段を用いることもできるようになりました。共同出荷と穀物取引所の設立から、生産者は需要と供給の法則について理解を深めるようになりました。

例えば、今年2月の穀物取引では、ある週末だけでトウモロコシ、キビ、ゴマ、大豆が8500万CFAフラン以上売れたことがあります。交渉のうえ受諾された価格はどれも同時期のOMA(マリ市場局)の平均価格を上回っていました。

けれども一番の成功は、何と言っても農民団体が自らの責任を完全に引受け、生産過程全体を決定的かつ効率的に変えていくと約束したことです。これらの団体は、採算のとれるイノベーションには反対しないと率直に話してくれました。彼らの方からイノベーションを要求してくることもよくあります。もう、あきらめの気持がなくなったことに私たちは気づきました。生産者は団体を通じて自分たちの運命は自分の手にあり、共によりよい明日を約束する条件を作りだしていけると理解していたのです。それは実に重要なことなのです。

記者:マリのどの地域で活動しているのですか。

博士:1996年に活動を始めたときは、クリコロ、モプティ、セグーを拠点にしていました。やがて1998年にはシカソとカイエに活動が広がり、2006年11月にはトンブクトゥ地方も活動範囲に入る予定です。これは私たちが小麦の生産と研究を支援することを決めたためです。これで活動範囲はマリにある8つの地方のうち6つに及ぶことになります。キダルとガオのような北部地方もSG2000に参加できるようにする計画が進行中です。

ここでは、南部地域よりも水で潤されることの少ないこの地域にとってプラスになりそうな、単純な水利用システムの設置をめざしています。第2期の活動でマリ全体を活動範囲に収められると思っています。

記者:この笹川アフリカ協会というNGOによって生産投入財の再販業者と農民団体も台頭しました。この復興のねらいは何でしょうか。

博士:生産投入財というのは、農業生産に属するすべての要素および生産前の段階で関わるもの、という意味で私は使っています。そこには内外からの評価、農民とのさまざまな出会いなども含まれます。私たちはアンケートも行ったのですが、対象となった生産者全員が、生産投入財は今でも農業生産の一番のボトルネックであると明らかにしていました。中には品質の高い種子や肥料、化学製品を入手することは、降水量よりも心配の種だったと言う農民さえいました。

そこで第1期の後半ではこの点を重点課題として、農業貯金組合で生産投入財への投資を奨励し、生産者に民間の納入業者との関係を根づかせました。さらには、在庫を持つ販売業者、つまり村レベルで生産投入財を小売りする業者のシステムも作りましたが、ここでもSG2000の援助を受け、生産投入財の入手経路を確立し、生産者が入手できるようにしたのです。

現在進もうとしている段階は、これら業者に銀行との関係を作らせることできちんとした職業として確立させ、自らの売上げを上げ、引き続き地元に貢献してもらうことです。改良種子に関して言えば、私たちがマリで活動を始めて以来、「デンバニュマ」銘柄と認定された種子が2000年から2005年の間に400トン生産されました。当初は原種子の入手をガーナに依存していましたが、2003年以降、原原種子と原種子は現地生産されています。つまり、現在は研究機関と国の種子関連事業、生産農家との協力で自力で保証種子を確保できるようになっています。

また「ネリカ」についてもふれておかなくてはなりません。特に「ネリカ4」という品種で、ここマリでは「ドゥススマ・マロ」(注:高品質米)と呼ばれているものについてです。この川辺に生育するイネのおかげで、コメの生産をする農民が増え、高収量も得られています。例えば、現在シカソ地方では100ヘクタール以上の作付けがありますが、その中に女性たちの手で40ヘクタール作付けされたモリアという場所もあります。また私たちは種子会社の設立も支援しています。

最初に設立され今も事業を行っている企業に「ファソ・カバ」(注:国のトウモロコシ)社がありますが、社長は女性です。つまり女性はアフリカ農業の発展において誰もが認める役割を果たしているということです。

記者:笹川アフリカ協会では今年から収穫後の活動と農産物の加工会社の発展により多くの支援をする予定ですが、具体的には?

博士:農業は儲からなくてはなりません。そのためには市場を統合し、シェアを増やす必要があります。私たちは皆、貿易条件の悪化の弊害を経験しています。一次産品は周期的に価格が下落し、私たちは北半球のブローカーにいいようにされています。今こそ、私たちの農産品に付加価値をつけるべきです。不労所得文化か主食依存型文化の陰険な二分法を頭から一掃すべきです。農業へのあらゆる投機は金を生む可能性があります。モロコシはテキサス(アメリカ合衆国)に何百万ドルももたらしています。トウモロコシはアメリカで18種類の製品に加工され、12億ドル、約6300億CFAフラン相当を生みだしています。

私たちは穀物の加工者を最重要視する下流部門主導の計画をすでに始めました。このように第2期では、SG2000の対象とする村のすべてで収穫後の加工事業が実施される予定です。各地で「ニエラケネ(あるいはイリワケネ)」(注:開発地域)と呼ばれる予定の開発センターを作り、収益性のある加工の可能性を追求する予定です。現在はインフラ整備の段階で、設備が納入されているところです。これから年末にかけて最初の製品を出荷するつもりでいます。

記者:国との関係はいかがでしょう。

博士:農業省を通じて国は私たちの一番のパートナーになっています。SGは受け入れ先の国の掲げる目標に合わせ、その国の力を発揮できる分野に貢献しています…… 最近、農業方針法(LOA)が採択されたことも、マリ政府が農業を広い意味での発展の原動力としたいと考えていることの証だと思います。私たちはマリ農業の発展をめざす政府の取り組みに歩調を合わせていくつもりです。

<聞き手:B・M・シソコ>
ハンセン病制圧会議 [2006年11月29日(Wed)]

ネパール・ハンセン病制圧会議(WHO主催)


09:00 WHO主催 ネパール・ハンセン病制圧会議 挨拶
副首相、保健大臣同席

10:00 新聞社主催


ハンセン病制圧会議で挨拶


15:30 コイララ・ネパール首相

16:20 デウバ前ネパール首相、モハト前外務大臣

17:00 ナラシンハ前保健大臣

18:00 記者会見 25社出席

19:00〜21:30 WHO主催 夕食会
マリの新聞に掲載される(中) [2006年11月29日(Wed)]
10月30、31日にアフリカのマリ共和国を訪問した際、マリの新聞社『レソール・コティディアン』紙に掲載されましたので記事と抄訳を載せます。掲載量が多いため3回に分けて載せますので、お時間のある時にでもご高覧いただければ幸いです。

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2006年10月31日火曜日『レソール・コティディアン』紙

SG2000:進行する緑の革命

私は再びマリに戻り、農業分野での発展を目の当たりにできることを嬉しく思います。思い起こせば、マリで笹川グローバル2000(SG2000)が開始されたのは1997年、サヘルの国の農業発展にかかわる問題に取組むことが決定された年でした。私たちの取り組みを奨励してくださった大統領と政府当局の皆さま、助力を下さった農業省に敬意を表したいと思います。

日本財団は、SG2000の開始当初からその運営団体となっている笹川アフリカ協会に出資しております。私たちは国の発展は農業に依存していると強く確信しており、マリ政府も意見を共にしているものと満足しています。このように見解を同じくしていることもあり、私たちはナイジェリアエチオピアウガンダの3カ国と共にマリをSG2000の重点的なプロジェクト実施国4カ国としたのです。つまり日本財団は今後4年間、マリにおいてSG2000プログラムの支援を続けるということになります。

今日と明日開催される重要なシンポジウムは、マリ政府とその他のSG2000の重点活動対象国の大臣、援助機関、開発銀行、民間企業の代表者に参加いただき、アフリカの小規模な商業的農業経営の発展のためのロードマップを策定することをめざしています。

またシンポジウムはアフリカでのSG2000の20周年を記念するものでもあります。このプロジェクトは、今は亡き私の父、笹川良一と、ノーマン・ボーログ博士、ジミー・カーター元米大統領により実現されました。3人とも、改良技術を利用できればアフリカ農民は穀物をはじめとする食用作物の収穫量を大幅に増産できると確信していました。これはすでにSG2000が実施されたアフリカの14カ国で何百万という農民により実証されています。

私たちの活動はすべて、アフリカ農業の未来に対するノーマン・ボーログの想像力と情熱に鼓舞されたものです。

日本財団会長
笹川陽平


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アフリカの多くの国々で農業はようやく発展をはじめました。食糧生産量の増加率が年間2パーセント以下であるのに、人口増加率が3パーセント以上だった時代はもう終わったと思いたいものです。アフリカ内外の研究者は、病害虫に強く、収量も多いトウモロコシ、イネ、モロコシ、キャッサバ、マメ類の早稲品種を開発し、農民に増産への新たな手段を提供しています。

多くの農民は高タンパクのトウモロコシの栽培を始めました。同時に土壌を維持する作業により土壌の肥沃度と湿度が保持され、手作業による除草と土壌の準備作業の苦役は軽減しています。遺伝子工学の新たな手段を利用すれば、もし政府が許可すればですが、乾燥や暑さ、寒さ、土壌の有毒な鉱物に対する耐性があり、病害虫の脅威にも強く、栄養価の高い品種の開発を進めることも可能です。

アフリカの小規模農家は、道路網や学校、医療機関、市場の開発に必要な投資があれば、こうした技術発展をすべて利用することができるのです。そのすべては、人類全体にとってよりよい世界を作りたいという心からの意思があれば、実現可能です。

笹川アフリカ協会会長
ノーマン・ボーログ


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この21世紀の初めに、まだ何百万もの人々が飢餓と飢饉を経験しています。中でももっとも危機的な問題を抱えているのがサハラ以南のアフリカです。私たちには栄養不足を予防することができ、私たちの怠慢だけが責められるべきである以上、この状況はいっそう悲劇的です。農業生産を増加できる技術は存在しますが、小規模農家でも利用できる、比較的簡素な技術にするためにはさらに努力が必要です。

またバイオ農業技術により健康と栄養の分野でも大きな進歩が実現できるはずです。裕福な国々で一部のグループが科学技術の発展に反対しつづけていることは嘆かわしいことです。環境をおろそかにして農業を営むことはできないことは明白ですが、後戻りして、養うべき人口がはるかに少なかった時代と同じ方法を用いることはできません。

今後45年間で世界の農業生産量を2倍にする必要があります。それを達成するには、世界のどの地域の農民でも、現時点で利用可能な最良の栽培技術を利用でき、農業分野で絶えず実現されている科学技術の進歩を活用できるようにしなくてはなりません。今こそ、緑の革命がアフリカに届く時です。

元米大統領
ロザリン夫人と並ぶ、カーター・センターの創立者
ジミー・カーター



ハンセン病回復者全国会議 [2006年11月28日(Tue)]

ハンセン病回復者会議出席者と一緒に


06:00 マウンテン・フライト

10:00 ネパール保健省 シン次官

12:00〜16:00 第4回ネパール・ハンセン病回復者全国会議 挨拶 於:アナンダマンハンセン病病院

19:00〜21:30 平岡 在ネパール日本国大使夕食会 於:大使公邸
マリの新聞に掲載される(上) [2006年11月28日(Tue)]
10月30、31日にアフリカのマリ共和国を訪問した際、マリの新聞社『レソール・コティディアン』紙に掲載されましたので記事と抄訳を載せます。掲載量が多いため3回に分けて載せますので、お時間のある時にでもご高覧いただければ幸いです。

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2006年10月31日火曜日『レソール・コティディアン』紙


マリ   メッセージ

SG2000シンポジウム アフリカ農業のロードマップ
農業部門の発展を促進するため、政府と小規模農家への支援を討議

(写真キャプション)
シカッソ地方ルータナのこの女性たちは、教育のおかげで食用作物の収量向上を実現できるだろう。

笹川グローバル(SG2000)のアフリカにおけるプログラムの開始20周年を記念し、この非政府機関の主催するシンポジウムが、10月31日と11月1日の両日、マリのバマコで開催される。小規模農家を効率の高い商業農家に脱皮させる奨励策をロードマップで策定することをめざしている。

アフリカ農業の未来は進歩的で豊かな小規模商業農家層の台頭にかかっている。この目標追求のためにSG2000は今後4年間、マリ、ナイジェリアエチオピアウガンダの4カ国に資金を集中していく予定である。

<生産の促進> 
SG2000の歴史は1984-85年にエチオピアを襲った飢饉にさかのぼる。日本の篤志家であった故笹川良一氏が当時、資金を募り、エチオピアと近隣の被害諸国に緊急食料援助を行った。
笹川氏は、アジアではイネと小麦の収量の高い品種の栽培、施肥、改良した栽培法を組み合わせることで周期的に発生していた飢餓から脱し、多くの国で農業生産性に重点を置いた開発を促進できたと認識していた。

そこで笹川氏は、ノーベル平和賞受賞者で1960年代にインドとパキスタンで緑の革命の父と謳われたノーマン・ボーログ博士と、同じくアフリカの食糧危機にこのうえない懸念を抱いていた元米大統領のジミー・カーター氏と問題を検討することを決めた。
ノーマン・ボーログ博士は、食糧生産の促進に必要な知識と改良された農業技術はすでに存在しているものの、アフリカの食用作物のほぼ全量を、ほとんどの場合、痩せた土壌で生産している何百万もの小規模農家には普及していないことを指摘した。

発展の一番の障害となっていたのが、農業普及のための公的ネットワークが貧弱で、国内外の農業技師から提供される製品や情報を広めるまでに至らなかったことだった。それが解決すべき中心的課題だった。
こうして生まれたのがSG2000である。アフリカでの事業を指揮している笹川アフリカ協会とアトランタのカーター・プレジデンシャル・センターのグローバル2000プログラムとの提携関係がその母体となっている。

このプログラムは発足当時から日本財団(正式名称:財団法人日本船舶振興会)の資金援助を受けていた。財団の会長は現在、笹川良一氏の息子である笹川陽平氏が務めており、提携関係は今も続いている。
SG2000が初めて農業技術の移転プロジェクトを手がけたのは1986年、ガーナとスーダンにおいてである。現在とまったく同様にプロジェクトの中心は小規模な農業経営であり、利用できる技術を利用できるようにすれば、食用作物の収穫を大幅に増やせることを明らかにするのがねらいだった。

これ以降、SG2000がアフリカ14カ国で実施したプロジェクトの直接的な結果として、アフリカの何百万という農民が収穫量を2倍、さらには3倍にも増やすことができた。設立から20年間、SG2000は特に各国の農業省と協力している。
基本的には省内の国内普及担当部門と、あるいはそこを仲介役として協力体制が作られてきたほか、国内外の研究機関との連携も図られてきた。

<組織の能力強化> 
SG2000は組織としての農業普及力の強化のため、一大プロジェクトを立ち上げた。笹川農業普及教育基金(SAFE)がそれにあたり、SG2000の実施対象各国の前途有望な農業普及員に学業再開の機会を与え、農業普及の分野での学士号もしくは修士号の取得をめざすというものである。
このプログラムはウインロック・インターナショナル(米アーカンソー州)の農業普及の専門家の支援を受け、1993年にガーナのケープコースト大学で始まり、これまでに9カ国、10の大学に広がっている。プログラムに参加した大学やその他の教育機関からは1000人以上の農業普及員が卒業し、現在も500人が教育を受けている。

やがて政府と小規模農家がアフリカ農業の発展を進めるうえで役立つ新たな戦略が策定された。例を挙げれば、あまりコストのかからない小規模の灌漑網は、小規模農家がたとえば牧畜や酪農を手がけるなどして活動の幅を広げるのに役立っている。
また考え方にも変化が見られた。何が何でも食糧生産を増やそうとすることよりも、農民の生活手段を改善することのほうを気にかけるようになっている。

農民が集まって効率よく協力しあうことは不可欠だと考えられている。卸売り業者や農工業部門との関係を築きやすくなり、農業普及員からの技術指導や、灌漑、収穫、農産物の加工といった契約サービスなど、農家へのサービスも提供しやすくなる。
供給ルートの統合、消費者のニーズに応える生産と加工段階での品質規格の向上、小規模農家が市場での徴候に敏感に反応するようにしていくことも、アフリカでの商業的農業の発展のためには達成しなくてはならない目標である。こうした目標は、現在、SG2000の各プロジェクトの中でも重要な地位を占めている。

<プログラムの新たな方向づけ> 
この新たな要請からSG2000のプログラムは新たな方向づけと財源の再分配を行うこととなった。今後は、戦略上選ばれた4カ国に支援を集中する一方、強化された地域プログラムでは種子の改良、高タンパク質トウモロコシ(QPM)とアフリカ向け新品種のコメ(ネリカ米)の普及、国際熱帯農業研究所(IITA)と実施している地域プログラムの枠内での農工業活動に集中的に取組んでいく。
栄養価の高いQPMの普及に最初に取組んだのはSG2000である。現在、SG2000の実施国ではこの品種が70万ヘクタールで栽培されている。国際協力機構(JICA)のような機関の支援を受け、コメの生産国ではアフリカとアジアのコメの最良の特徴を組み合わせた交配種、ネリカ米の採用が促進されている。また新技術(簡単な道具や機械)の効果はガーナ、エチオピア、ベナンの農村地域で実感されはじめている。

SG2000はアフリカの指導者のあいだで農業が最優先課題とされることを常に目標としてきた。ノーマン・ボーログ博士によりアフリカの小規模農家への近代技術の導入を促進すると同時に、カーター元大統領がプロジェクトに参加している意味はそこにある。
こうしたことがSG2000の実施国の大臣、援助機関や開発銀行、民間企業の代表が集まるバマコでのシンポジウムの中心的課題となろう。参加者は皆、92歳にしてこのプログラムの精神的な指導者であり中心人物でありつづけるノーマン・ボーログ氏の言葉を忘れないだろう。

「サハラ以南のアフリカの持つ潜在的可能性については盛んに語られている。可能性は確かに存在するが、可能性だけでは食べていけない。」20年前と同様、この言葉は今も真実をついている。
ネパール国王拝謁 [2006年11月27日(Mon)]

ギャネンドラ国王と


05:00 ホテル発

07:00 プーケット発 バンコクへ

09:20 バンコク着 約2時間待機

11:00 バンコク発 カトマンズへ



13:50 カトマンズ(ネパール)ホテル着

16:30 WHOネパール代表部

17:30 ギャネンドラ・ネパール国王拝謁

18:30〜21:00 ゴパール博士 夕食会
API会合で挨拶 [2006年11月26日(Sun)]

API夕食会で


08:30 ホテル発 バンコク経由プーケットへ

11:20 バンコク(タイ)空港着 3時間待機

14:30 プーケット(タイ)へ



17:20 プーケット ホテル着

18:00 スリン元タイ外務大臣

18:20 「API(アジア・パブリック・インテレクチュアル)」夕食会 挨拶
障害者音楽祭 [2006年11月25日(Sat)]

ビエンチャンで開催された障害者音楽祭


05:45 僧の托鉢に供物

08:00 農業森林大学及びキャッサバプロジェクト実施農家の視察 その後空港へ直行

13:30 ルアンプラパン空港着

15:40 ビエンチャン着

17:30 スリランカ大統領特使

19:00〜24:15 障害者音楽祭
農業現場を視察 [2006年11月24日(Fri)]

ルアンプラパンの農業現場を視察


09:30 国際熱帯食糧研究所

11:00 ビエンチャン空港 航空機遅延のため空港内で4時間待機

16:30 ルアンプラパン(ラオス)着 農業現場へ直行

18:30 ホテル着
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