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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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東北地方太平洋沖地震応援基金
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ハンセン病センター訪問 [2006年03月31日(Fri)]

ハンセン病センター内に小学校があり、昔と比べ病気に対する差別はない


07:00 バクニン省 クワカム・ハンセン病センター

片道車で1時間30分。1913年設立。1994年に訪問経験あり。
ベトナムでは現在約1200人(2005年度)の新患者がいる。うち子どもは10%以下、障害は15%程度。

11:00 ホテル着


ビン元国家副主席


11:30 グエン・チ・ビン元国家副主席と昼食

15:00 ハイフォンへ出発 片道3時間

18:00 ハイフォン・ホテル着

19:00 ハノイ海事大学 学長主催夕食会
ベトナム国立大学 [2006年03月30日(Thu)]

訪問したツゥエ氏の古民家


07:00 障害者調整委員会 ツゥエ氏の古民家訪問 片道1時間半

11:00 ベトナム開発戦略研究所 ビン所長と昼食

14:00 ベトナム国立大学ハノイ校 テイ学長

18:00 首相府調査委員会 ギア会長と夕食会
ベトナムへ [2006年03月29日(Wed)]
07:20 自宅発 香港経由 ベトナムへ

17:00 ハノイ・日航ホテル着


手前右がダック博士


18:00 労働・傷病者・社会福祉省 事務次官ダック博士と夕食
ミャンマータイムス [2006年03月28日(Tue)]

世界海事大学の卒業生(笹川フェロー)から「ハンセン病制圧にために」と寄付金を頂戴する


08:00〜10:00 「語り場」 日本財団職員との対話

10:00 日本財団 執行理事会

10:50 (社)全国モーターボート競走会連合会 橋本常務理事

11:30 日中若手歴史研究者会議 挨拶 於:早稲田大学

13:00 ミャンマータイムス 取材

15:30 海洋政策研究財団 工藤常務理事

16:00〜18:00 「語り場」 日本財団職員との対話

18:00 世界海事大学(WMU) 奨学金 卒業生 斉藤直樹氏

※ 明日からベトナムに出張する。帰国は4月2日の予定
「日中若手歴史研究者」会議 [2006年03月28日(Tue)]
「日中若手歴史研究者」会議


日中間の最大の懸案は「歴史問題」である。この問題を静かに日中の若手研究者の間で勉強をしたいとの笹川平和財団の于展(ウテン)氏の提案を快諾した。

2001年の秋に始まった勉強会は、互いの認識ギャップと共通の問題意識について、具体的な史料を一つ一つ討議しながら議論してこられた。

今回、早稲田大学の国際会議場で「国境を越える歴史認識」について日中の若手歴史研究者と米国からも著名な歴史家が参加して行われた。

会議での対話を通じて研究者間の問題意識の共有を図ると同時に、日中関係をより大きな歴史研究の流れでとらえ直すきっかけとなればと考えている。

この研究会の成果は5月頃「日中関係史視点」と題し、東大出版会から出版される。中国語版は中国社会科学文献出版社より出版される予定である。

詳しくは、笹川平和財団 日中友好基金事業室
ブラジルの太鼓 [2006年03月28日(Tue)]
「ブラジルの太鼓」


日本財団の事業の一つに、文化活動への援助協力がある。
日本太鼓連盟には、伝統的な太鼓と近代的な創作太鼓があり、742団体が加盟している。先般、長野県松本市で18歳未満のチームの全国大会が行われた。


財団を訪問したブラジル代表チーム


最近、文部科学省も西洋音楽一辺倒から和楽器を教育指導要項に加えた。太鼓もその一つである。和楽器の教育は演奏技術だけでなく、礼儀作法、心構えが肝心なので、躾教育にも良いのではなかろうか。

ブラジル日系人社会でも太鼓が盛んで、50チーム、3000人が活動している。この度、ブラジルの代表チームをこの大会参加のために招聘した。15人の子供達の礼儀正しさときびきびした所作は、日本の子供達にも良い刺激を与えたことと思う。


財団からのお土産に興味を示す子ども達


又、日本財団奨学生フェルナンド国吉さんは、2年間、太鼓の製造技術と演奏を勉強している。将来のブラジルでの太鼓指導者の養成である。
送別会 [2006年03月27日(Mon)]
08:30 (社)東京都モーターボート競走会 早朝会議

10:50 (財)日本海事科学振興財団 神山理事長

11:00 「文明間の対話」プログラムで来日したインド知識人代表 ラジブ・クマール博士

13:00〜15:30 モーターボート競走事業活性化検討委員会

16:30 森田常務理事(日本財団)「お別れ講演会」

17:30 森田常務理事 送別会
中国人 感謝のスピーチ その2 [2006年03月27日(Mon)]
「中国人 感謝のスピーチ その2」


先般、中国人医師特別奨学生の日本での研修に対する感謝のスピーチをアップした。今回は、日中笹川医学研修制度第28期研修生の修了式が、日中医学協会、笹川記念保健協力財団、日本財団の共催で行われ、研修生77名を代表して夏紅強さんが下記の通り挨拶を行った。

◇      ◇      ◇      ◇      ◇



代表して挨拶をしてくれた夏紅強さん


私は、上海第二医科大学附属瑞金医院腫瘍内科の夏紅強と申します.東京都立駒込病院放射線診療科で一年間研修いたしました。今日は、日中笹川医学研究制度第28期研究者を代表して、先生方にお礼と感謝の言葉を述べさせていただけることを大変光栄に思っております。

桜の花が満開の4月に私たち77名は来日し、言葉が通じない国への不安と好奇心、そして進んでいる医学を学ぶことへの期待を交えて、異国での生活を始めました。日本財団、笹川記念保健協力財団、日中医学協会の皆さまのおかげで、日本での生活は「案ずるより生むが易し」という諺のとおり、思っていたよりも順調に過ごすことができました。

私たち一人一人に宿舎を手配してくださったり、けがや病気に備えて健康保険に加入してくださったりと、私たちが安心して研究できるようにサポートしてくださり、日本人の真面目さと親切心に心から敬服いたしました。この場を借りて、お礼を申し上げます。

私は休みの時に、長野県の上田市と埼玉県の加須市で2回ホームステイをしました。日本人と一緒に薪割りや葡萄狩り、渓流釣りなどを楽しんで、一緒に歌を歌ったり写真を撮ったり、話し合ったりして、とても楽しく過ごしました。

また、日本の世界遺産である日光東照宮華厳の滝などの美しい景色を堪能し、日本の静かで和やかな雰囲気に感動しました。加須市の市民祭りの時、私は中国人留学生と一緒に水餃子を1500個作って、加須市の人たちに私たちの友情と友好の気持ちを感じて頂きました。これらの体験は、私にとって忘れようとしても忘れられない大切な思い出です。ここにいる研究者も、このようないい体験をたくさんしたことと思います。



研究面でもこの一年間で様々なことを学びました。論文を書く時、どういうふうに書いたら読者にインパクトを与えることができるかについて、指導教官の唐沢先生からたくさんの経験とアドバイスを聞かせていただきました。

学会で発表する時も唐沢先生は「夏先生は教室を代表するだけでなく、中国をも代表するのです。だから自信を持って発表して下さい。夏先生なら必ずできる」と励ましてくださいました。今でも唐沢先生のこの言葉が、強く印象に残っています。

私は、日本が好きで、大学二年生の時から独学で日本語を勉強し始めました。特に日本の小説が大好きで、何度も何度も読み返して、単語や文法を覚えていきました。でも、日本に来たのは今回が初めてだったので、来日当初はわからない言葉がたくさんあり、戸惑いました。

例えば、教室でよく使う「骨メタ」という言葉の意味がわからず、困って唐沢先生に聞いたところ「骨の転移、骨のmatastasis」だというふうにわかりやすく説明してくれたので、すぐに理解することができました。

そうして、わからない言葉を一つ一つ聞いていくうちに、日本語力も少しずつ進歩し、だんだん周りの先生たちとのコミュニケーションの困難がなくなっていきました。

私の専門は腫瘍内科です。放射線療法と化学療法が私の仕事です。日本は最新の設備を備えていますので、私にとって学ぶことが多く、とても勉強になりました。一つ一つ自分の目で確かめながらやり方を覚えていくうちに、日本のやり方とわが国のやり方がちがうことに気がつきました。

例えば、全脳照射をする時に、東京都立駒込病院では固定具のシェルを使わないということに、最初はびっくりしました。中国の医学教科書にシェルを使わないといけないとはっきりと書かれているのに、何故日本ではシェルを使わないのか?

そのことを先生に尋ねると「シェルを使っても、シェルの中で頭が動くこともあるでしょう。それにシェルを使ったら、シェルのbuild up効果で、患者さんの皮膚の損傷がひどくなるじゃないですか」という自信満々な答えを聞いて「なるほど」と思いました。

シェルを使わないといけないということを、今までずっと当たり前なことだと思っていた私は、シェルを使わなくてもいい、もしかしたら使うよりもっといいかもしれないということを一度も考えたことがありませんでした。

これでは医者失格だ、と初めて自分に言い聞かせました。ここにいる研究者も、きっと私と同じような経験があると思います。日本に来て本当によかったです。先入観は絶対いけないです。

中国と日本のやり方はどこが違うのか?何故違うのか?どちらのやり方がもっといいのか?今まで当たり前なことだと思ってきたことを、もう一度考え直す必要があるのではないのか?このような問題こそ私たち医療関係者が考えることではないのか?それぞれの国のやり方を詳しく比べて、じっくり考えて、お互いのメリットを取り入れて、最良の方法で患者さんを治療することが、私たち医療関係者のやるべきことなのだと、あらためて認識しました。これは、この一年間の最大の収穫だと思います。

今日で、この一年の研究生活は終わりました。でも私たち研究者にとってこれからの道はまだ始まったばかりです。日本で一生懸命に学んだことを中国の医学の臨床と研究に生かし、進歩を促すことこそ、私たちに日本で学ぶ機会を与えてくださった日本財団、笹川記念保健協力財団、日中医学協会、そして(中国)衛生部への最大の恩返しだと思います。

これからも日中両国の医学の交流と友好のために、微力ながらも私たちの力を捧げたいと思っております。

最後に、一年間本当にありがとうございました。第28期生を代表し、心から感謝申し上げます


2006年3月23日
日中笹川医学研究者制度第28期研究者
代表 夏 紅強
「私の秘密」の効果 [2006年03月24日(Fri)]
「私の秘密」の効果


3月13日の「私の秘密」で私の欠点を列挙した。
その後、気のせいか職員の私を見る目が変わったように感じる。
もともとたいした人ではないと思っていたが、やはりそうだったかと納得した人、日本財団の会長であるから、もう少し偉い人と思っていたが、何も出来ない人じゃない、と親近感を持ってくれた人と色々である。

ともあれ嬉しい変化である。
私の今日の地位は、若干の努力と大きな幸運に恵まれたにすぎない。
私の自戒である。

組織運営には一般的に権力が伴う。その権力がその人をして立派な人物のように思わせているだけで、実は人間的には大した人物ではない場合が多い。勿論、何事にも例外があり、真に尊敬に値する人もこの世の中にはいるが・・・

通常、世間でいう立派な人とは、私ほどではないにしろ何らかの欠点もあり、家に帰れば恐ろしい妻がいる。社会的立場が即、人間的に秀れていることにはならない。

敗戦後、昨日までの日本の指導者として君臨していた大臣、大将、政府高官が巣鴨拘置所(通称:巣鴨プリズン)に収容されたとき、風呂場で石鹸の取り合い、食事の多少で諍いがあったという。人、皆その程度のものである。

どうぞ読者の皆様、安心して私とブログを通じてお付き合い下さい。







10:00 海洋政策研究財団 工藤常務 

10:30 朝日新聞 白井元記者

11:00 日本経済新聞 小河記者

11:30 ベトナム出張打合せ

13:30 ブラジル日系人 青少年太鼓チーム

16:00〜18:00 「語り場」 日本財団職員との対話
中国医学生歓送会 [2006年03月23日(Thu)]
終日、日本財団で稟議書決裁、書類整理等

17:30 中国医学生歓送会 於:虎ノ門パストラル
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