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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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農家視察 [2006年02月28日(Tue)]
06:00 アディスアベバから南へ250km。片道3時間。シャシャマネ地区 ハンセン病回復者村へ

帰途、笹川アフリカ協会の支援する農家2軒視察


農家の方と一緒に


18:00 ホテル着

21:00 空港へ

空港で3時間待機

24:50 アディスアベバ発 フランクフルト飛行場で機内待機2時間。 
カバン紛失とコンドーム [2006年02月28日(Tue)]
「カバン紛失とコンドーム」


私は11日間以内の海外旅行は、全て手荷物に納めることにしている。紛失を避けるのと飛行機の遅延等で数分を争う会合出席のための着替え時間を確保するためである。

海外旅行での荷物の紛失、遅延到着は日常的な出来事であり、職員には一泊分の着替えを手荷物に入れるよう指導している。ある旅行でジュネーブに到着した際、関係団体の女性幹部のカバンが未到着となり、空港の係の人にクレームをつけると、慣れた態度で一晩用のTシャツ、化粧品の入った「キッド」を渡された。ホテルで中身を確認すると、コンドームが1ケ入っていた。

私達の海外活動では、飛行場での待機時間が3〜5時間という場合が多い。従って話題は森羅万象に及ぶ。この時は「さすがスイスは洒落ている」と高評価。しかし、なぜ2ケでなく1ケなのか、に話題が移った。私にはこの討論に参加する資格がなかったので二つの話題を提供した。

○インドネシアで村人にコンドームを親指に被せて使用方法を説明。3カ月後に事後調査に行ったところ、若い女性が指導どおり使用したら妊娠してしまった、と言う。よくよく聞くと、コンドームを親指に被せて、ことに及んだと言う。

この話は、東京銀行札幌支店長を務め、日本財団で共に働いた高木氏の話なので信用に値する。

○1980年代、ソ連で注射器や医療品が不足した時期があった。特にコンドームの不足が深刻でスウェーデンから緊急輸入と相成った。スウェーデンの製薬会社は、この時とばかりに“ラージ(large)サイズ”を全て“スモール(small)サイズ”と表記して輸出した。入手したロシア人の驚きは相当なものであったらしい。

本当のところ、コンドームにスモールサイズはありません。なぜでしょう?

話は変わるが、地球環境、資源の枯掲、飢餓、貧困と連日のように報道される。根本問題である発展途上国の人口爆発については、近年議論されなくなった。アメリカの共和党政権と宗教上の問題があるからである。戦後、日本でも産児制限という言葉が流行ったが、正しくは計画産児と言うべきであろう。

岸信介、福田赳夫、両首相は諸悪の根源は途上国の人口爆発と喝破し、人口問題に関心を示された。国連人口基金への援助は今も日本が最大のドナー国であると思う。日本は途上国の人口爆発の抑制に積極的に協力してはいかがであろうか。
ハンセン病リハビリセンター [2006年02月27日(Mon)]
08:15 世界海事大学笹川奨学生 アレン・アンベティ 面談

09:00 全アフリカ ハンセン病リハビリトレーニングセンター


リハビリトレーニングセンター視察


10:00 ドイツ救ライ協会

11:40 エチオピア保健省

13:30 エチオピア農業大臣

14:15 笹川アフリカ協会 エチオピア事務所

15:00〜16:00 メレス エチオピア首相

17:00〜18:00 記者会見

19:00〜23:00 笹川アフリカ協会 幹部との懇談 夕食会

エチオピアは日本晴れ [2006年02月27日(Mon)]
「エチオピアは日本晴れ」


1980年代、エチオピアと北朝鮮は友好関係にあり、特に農業分野では緊密な関係にあったという。一般にエチオピアでは、米の生産は無いとされてきた。市場に米がでてこないため統計に載らないからで、実際は5〜10万トン生産されているらしい。

稲の名前は「エックス ヂグナ」。エックスは未知のこと、ヂグナはエチオピアの地名である。「エックス ヂグナ」はエチオピアの稲作として静かに存在している。笹川アフリカ協会エチオピア駐在の間遠氏は、農作物用の諸機械(脱穀機・粉末機)の製作に関する権威者。アフリカ諸国の其の道で著名である。

彼が「エックス ヂグナ」のDNA鑑定を日本の専門家に依頼したところ、日本の名作の名種である「日本晴れ」と判明した。人間だけでなく、「日本晴れ」も拉致され、遠くエチオピアの地で密かに生き抜いていたことになる。


メレス首相と面談


今回、メレス首相に「ネリカ米」の普及を進言し、協力を約束したが「日本晴れ」の話はあえてしなかった。
エチオピアはキリスト教国 [2006年02月26日(Sun)]
「エチオピアはキリスト教国」


エチオピアは東アフリカで唯一のキリスト教国である。多くの遺跡もあり、特にラリベラの岩の聖堂群は世界遺産になっており、有名である。

私が訪ねた「ザナロブ」は、世界最大規模のハンセン病回復者のコロニーで3000世帯、約15000人が生活を共にし、1つの行政区にもなっている。

中心部には教会があり、たまたま訪れた日は日曜日で、しかも断食の前日。多くの信者が集まり、女性は白いベールを被り、熱心に祈りを捧げていた。エチオピア正教には、ユダヤ教色の強い断食があり、2月29日からイースターまでの2カ月間は断食となる。



午後3時まで、人によっては午後6時まで水以外は口に入れない。従ってガムも駄目である。ただし、幼児は言うまでもなく例外である。
世界最大のコロニー [2006年02月26日(Sun)]
08:30 全アフリカ・ハンセン病リハビリセンター活動状況と今後の問題点の説明

12:30 関係者と昼食会

14:00 ザナロブ ハンセン病コロニー 視察

世界最大規模のハンセン病回復者のコロニー
3000世帯、15000人が生活をしている。


世界最大規模のザナロブコロニーで


19:30 エチオピア駐在の笹川アフリカ協会関係者とハンセン病関係者の合同夕食会
ハンセン病対策 [2006年02月25日(Sat)]
09:10 アディスアベバ(エチオピア)着

09:20 駐エチオピア 泉大使 面談 (空港内)

10:00 ホテル着(自宅を発ち30時間) 現在日本時間:午前4時

11:00 BBC放送 打ち合わせ

11:20〜14:00 エチオピアのハンセン病の状況と対策活動の報告(WHO、エチオピア保健省)


ハンセン病の現状について報告を受ける


14:20 JICA(国際協力機構)主催 ネリカ米(陸稲)研究会 挨拶

16:00〜18:00 エチオピアにおけるハンセン病とその差別の歴史について 勉強会
アベベの国 エチオピア [2006年02月24日(Fri)]
「アベベの国 エチオピア」



アディスアベバの街並み


私達がエチオピアに親近感を持ったのは、1964年の東京オリンピックであろう。甲州街道をひた走るアベベ・ビギラの姿は、多くの日本人の目に現在も焼き付いている。盲腸手術から8日後の力走であった。

エチオピアの英雄アベベは、1960年のローマオリンピックでエチオピアに初の金メダルをもたらした。このメダルはエチオピアにとって、大きな意義を持っていた。1936〜42年の7年間、屈辱の植民地支配を受けたイタリアからもぎ取った栄光だったからである。ちなみに裸足のアベベはローマのことで、東京オリンピックでは靴を履いていた。

戦前にもエチオピアが話題になったことがある。1931年、来日したエチオピア皇帝の親族リジ・アラヤ・アベバ公は、日本女性の淑やかさと美しさが忘れ難く、2年後、日本人花嫁を求められた。

条件は19〜21才、美人で英会話が出来ることだった。申込者は20人に達し黒田廣志子爵の二女黒田雅子嬢(当時23歳)が候補者と決定した。最終的に破談となるが、背後にエチオピアに利害のあるイタリアの干渉があったらしい。

詳しくは、藤田みどり著 アフリカ「発見」(岩波書店)に。

10:30 自宅発 パリ経由 エチオピアへ
明日からエチオピアへ [2006年02月23日(Thu)]
「明日からエチオピアへ」




08:00〜10:00 「語り場」 日本財団職員との対話

10:00 (財)競艇情報化センター 平野常務理事

10:20 エチオピア出張 打ち合わせ

11:00 日本財団 理事会

13:00〜14:00 国際事業案件 勉強会

14:00 ピーターマサイアス グレートブリテン・ササカワ財団 会長

15:00 松田 津市

15:30〜17:30 「語り場」 日本財団職員との対話
毎朝語り場 [2006年02月22日(Wed)]
08:00 「語り場」 日本財団職員との対話

10:00 日本財団 執行理事会

11:00 日本財団 評議員会

13:00 WHO西太平洋事務局長 尾身博士

15:00 海洋政策研究財団 寺島常務理事

15:30〜17:30 「語り場」 日本財団職員との対話
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