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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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「歓迎の仕方」 [2006年01月31日(Tue)]
「歓迎の仕方」



首が冷た〜い


インドの一月は、朝晩冷える。歓迎を受けるのにマフラーは失礼と外した途端、次から次へ、たっぷり水を含んだ花輪を首に掛けられ、私の首はまるで輪投げの台のように花輪に埋まった。歓迎陣の前では(花輪を)外すことも出来ず、後頭部はあまりの冷たさに痺れてしまった。

次にインド女性が額に赤い印を付けている。「ビンディ」を付けられた。私の眉間には縦皴があり、洗ってもなかなかとれない。眉間はいつもヒリヒリしている。

3年前訪問したハンセン病回復者の村では、ぐい飲み2杯分の砂糖を口に投げ込まれ、吐き出すこともできず、目を白黒させて飲み込んだ苦い(甘い?)経験もある。

かつて中国奥地の貴州省に行った折には、度数50度の白酒を飲まされた。私達一行の酒席(首席)代表の尾形理事長が被害者となった。

なんと茶碗3杯飲めと言う。両脇から村娘が尾形理事長の耳を摘んで、飲み方が悪いと両方から思い切り耳を引っ張られるわけだ。

私がやられていたら、多分卒倒しただろう。貴州省の賓客だから、是非、食べてくれと天然記念物の山椒魚を持ってきた。

井伏鱒二の「山椒魚」でなんとなく親しみを感じている私は、逃がしてやってくれと懇願した。天然記念物を食べたら罪になるでしょう、と追い討ちをかけると普段は禁止されているが、賓客の場合は例外だという。

要は、招待者側が客を餌に食べたいわけだ。
中国では「上に法律あれば、下に対策あり」という。
4時起きでジャールカンド [2006年01月31日(Tue)]
「4時起きでジャールカンド」へ

昨日は早朝4時50分、今日も4時30分の出発である。私の活動は、いつも強行日程で職員に大きな負担を掛けているのは心苦しい限りだ。

何事も予定通りに行かないインドで、特に1泊での移動は困難を極める。連絡、確認、出張報告書の作成、相手方との交渉、荷造り等、職員の仕事は早朝から深夜に及び、黙々と仕事を処理する姿は頼もしいが、申し訳ない気持ちが先に立つ。

04:30 ホテル発 ジャールカンド州(人口3000万人)ランチへ

07:50 ランチホテル着

08:30 片道2時間のドライブでジャムシェットプールへ

ここにはインド最大の財閥「タタスチール」がある

13:30〜15:00 3カ所のハンセン病回復者施設を訪問


コロニーで回復者と一緒に


19:30 回復者と夕食会
「赤旗と共産党」 [2006年01月30日(Mon)]
「赤旗と共産党」


昨夜、インド駐在の赤旗記者と夕食を共にした。日本共産党は党員の老齢化と機関紙「赤旗」の部数減が言われて久しく、若手党員もかつての勢いを欠くのが現状である。

赤旗は、インド、アメリカ、中国など10カ国に特派員を配置しているそうだ。勿論、取材と記事は別問題であるが、記者はざっくばらんで明るく、熱心で好感が持てた。

私はなんとも思わないが、
記者は「以前なら二人で談笑するのは奇異な感じがしたでしょうね」と率直な感想を漏らした。

日本は現在も人物を右とか左とかで判断するところがある。

かつて、笹川良一がA級戦犯容疑(後日、裁判もなく釈放)で出頭する際、銀座の街頭で盛大な送別会が開催された。送別の辞は、かつての民社党の創設者、西尾末広氏であった。

翌朝の新聞で西尾氏は、「思想を売った」と批判されたが、「思想信条は違っても男の友情は変わらない」と反論された。

笹川の交友関係は広く、日本社会党の鈴木茂三郎氏、神近市子氏の書簡も残されている。

笹川はある点で宮本顕治氏を評価していた。極寒の地、網走刑務所で15年以上、転向もせず頑張り通した強靭な精神力に対してであった。


ハンセン病制圧宣言 [2006年01月30日(Mon)]
インド「ハンセン病制圧」を宣言

発表を聞いて、正直のところ満足感と言うより、なんとも言えない虚脱感、疲労感に襲われた。この三年間に計18回インドを訪問し、全国各地を駆け回った疲労が一度に出たのかもしれない。

20年前、1100万人を超えた患者が、現在10万人以下になるとは、専門家も予想しなかった画期的な出来事である。

インド政府、WHO(世界保健機関)、全ての関係者の努力に心から感謝申し上げたい。

04:50 ホテル発 コルカタへ

10:00 コルカタ ホテル着


ハンセン病啓蒙会議出席


12:00〜17:30 「ハンセン病啓蒙会議」
「世界ハンセン病の日」 [2006年01月29日(Sun)]
「世界ハンセン病の日」


1月の最終日曜日は「世界ハンセン病の日」として、世界各地で啓蒙活動が行われる。

世界ハンセン病の日にあたる29日、患者、回復者、その家族に対する偏見や差別の撤廃を求める「グローバルアピール」をニューデリーで発表した。



【趣旨説明】
この度、世界各国の友人たちの賛同を得て、「ハンセン病と差別」について世界に訴えるグローバル・アピールを、1月29日付けで発表いたしましたのでご報告申し上げます。

ハンセン病はご高承のとおり有史以前から人類を苦しめて来た病気ですが、幸い、1980年代初めに利用可能となった多剤併用療法(MDT)によって、治る病気となりました。現在までに世界中で1400万人の人々が治癒しています。医学上の問題としてのハンセン病も、現在の患者数は約40万人にまで激減し、制圧の一歩手前に到達することができました。

しかし、患者、回復者、そしてその家族に対する社会的差別の問題は解決されず、彼らは教育、就職、結婚など、社会的生活を送る上で最も基本的な権利を奪われているのが現状です。

インドだけでも全国に700以上のハンセン病村(コロニー)が存在し、患者、回復者、その家族は、一般社会から隔絶され、職につくこともできず、多くは物乞いによってその日の糧を得ています。昨年末、私の呼びかけでインドで初めて、このようなコロニーの代表者を集めた全国ハンセン病回復者代表会議がデリーで催されました。その折に集まった600人近い人々にとって、これが初めて公共交通機関で旅をし、初めて普通のホテルで食事をし、初めて暖かいシャワーを浴びて、初めてベッドで眠る体験となりました。彼らはこれが自分たちの人生最大の思い出になると、口々に興奮して話してくれました。

私は30年以上にわたって医学面でのハンセン病制圧の活動に従事してきましたが、この社会的差別の問題に対して行動を起こしたのは、恥しいことに最近のことです。

しかし、世界にこの問題を訴え、誤解や偏見をなくし、差別をなくすための私の活動には限界があり、無力さを痛感してきました。そこで、大きな影響力のある声が必要であると考え、これまでの日本財団の活動を通じて知り合い、行動を共にしてきた友人たちの助けを借りることにしました。幸いにも、皆さんの賛同を得ることができました。

このグローバル・アピールは、ハンセン病患者、回復者、その家族に対するいわれのない差別をなくすために、私達12人が1つになって世界の皆さんに訴えるものです。どうぞ、このアピールを読まれた皆さんも、様々な機会を通じてこの病気についての一般の理解を進め、誤解をなくし、差別をなくすためにご助力くださるよう心からお願いいたします。

2006年1月29日

笹川陽平
日本財団会長
世界保健機関ハンセン病制圧特別大使

【グローバルアピール】
※ ニューデリーでは英語で発表し、その原文を翻訳した。

「グローバルアピール」(和訳)

世界に訴える「ハンセン病と差別」について


ハンセン病は、歴史上最も古く、最も恐ろしい病気の一つとして知られてきました。長い間、有効な治療方法もなく、恐ろしい障害を身体にもたらす感染症とされてきました。患者は社会から隔離され、放逐され、差別を受けながら生きることを強いられてきたのです。

1980年代に、多剤併用療法(MDT)という効果的な治療が可能となり、現在までに世界中で1400万人以上の患者が治癒しました。そもそもハンセン病は感染力が極めて弱い病気であり、万一感染しても、早期に治療を受ければ、障害が起こることもなく、6ヶ月から12ヶ月で医学的には病気は治ります。

しかし、ハンセン病に対する恐れは、私たちの心に今もなお根深く存在しています。ハンセン病は、「容易に感染する病気」である、「不治の病」である、「遺伝病」である、「天罰」である、といった誤った認識がいまだ消えずに残っています。

そして、このような無知と誤解がもたらした偏見と差別的態度は、あたかも慣習か伝統のように私たちの心の中にあります。

その結果、ハンセン病患者、回復者、そしてその家族までもが、教育、就職、結婚の機会を制限され、自由に公共機関を利用できないといった社会的烙印(スティグマ)と差別の対象となっています。

患者、回復者、その家族は、新たな差別を招くと考え、長い間沈黙してきました。そして、沈黙は、差別をさらに根強いものにしてきました。

世界はあまりにも長い間彼らの苦しみに対して無関心でした。

世界人権宣言は、その第一条に、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である」と謳っています。しかし、この条文は、不当な差別に苦しみ続けるハンセン病患者、回復者、その家族にとって、何の意味も持ちえません。

私たちは、ここに訴えます。国連人権委員会が、この問題を審議し、各国政府にハンセン病患者、回復者、そしてその家族に対するあらゆる差別を取り除くことを促す基本原則とガイドラインを作成し、公布することを。

私たちは、ここに訴えます。すべての政府が、この問題に真剣に取り組み、現状の改善のために必要な行動を速やかにとることを。

私たちは、世界中の皆さんに訴えます。ハンセン病の患者、回復者、そしてその家族が普通の生活を送ることができるスティグマと差別のない環境を育むことを。そして、そのために皆さんひとりひとりの認識を変えていただくことを。

【グローバルアピールに賛同し、署名した方々(敬称略)】
(1)オスカー・アリアス(元コスタリカ共和国大統領、ノーベル平和賞受賞者)
(2)ジミー・カーター(元アメリカ合衆国大統領、ノーベル平和賞受賞者)
(3)ダライ・ラマ(ノーベル平和賞受賞者)
(4)ハッサン・ビン・タラル(ヨルダン・ハシェミット王国王子)
(5)ヴァーツラフ・ハヴェル(前チェコ共和国大統領)
(6)ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ(ブラジル連邦共和国大統領)
(7)オルセグン・オバサンジョ(ナイジェリア連邦共和国大統領)
(8)メアリー・ロビンソン(前アイルランド大統領、元国連人権高等弁務官)
(9)笹川陽平(日本財団会長)
(10)デスモンド・ツツ(ノーベル平和賞受賞者)
(11)R.ヴェンカタラーマン(元インド大統領)
(12)エリー・ウィーゼル(ノーベル平和賞受賞者)


元大統領宅訪問 [2006年01月29日(Sun)]
07:30〜09:30 早朝会議

ニューデリー支局の朝日新聞、読売新聞、赤旗の記者と同行の共同通信、時事通信、西日本新聞、中日新聞、産経新聞の記者にハンセン病についてブリーフィング

10:00 ヴェンカタラーマン 元インド大統領宅 訪問


ヴェンカタラーマン元大統領と


11:00 グローバルアピールとハンセン病の会議

11:30 12人の署名者(注)を代表してグローバルアピールを発表

13:00 テレビ取材2社

18:30 会議終了

19:30 記者と夕食懇談

(注)
オスカー・アリアス(元コスタリカ共和国大統領、ノーベル平和賞受賞者)、ジミー・カーター(元アメリカ合衆国大統領、ノーベル平和賞受賞者)、ダライ・ラマ(ノーベル平和賞受賞者)、
ハッサン・ビン・タラル(ヨルダン・ハシェミット王国王子)、ヴァーツラフ・ハヴェル(前チェコ共和国大統領)、ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ(ブラジル連邦共和国大統領)、オルセグン・オバサンジョ(ナイジェリア連邦共和国大統領)、メアリー・ロビンソン(前アイルランド大統領、元国連人権高等弁務官)、笹川陽平(日本財団会長)、デスモンド・ツツ(ノーベル平和賞受賞者)、R.ヴェンカタラーマン(元インド大統領)、エリー・ウィーゼル(ノーベル平和賞受賞者)
インドへ [2006年01月28日(Sat)]
「ハンセン病と差別」について、グローバルアピール発表のためインドへ

08:20 自宅発 バンコク経由 ニューデリーへ

21:00 ニューデリー着 空港から直接ハンセン病関係者の夕食会へ参加

23:00 就寝(日本時間:午前2時30分)
全国市長会 [2006年01月27日(Fri)]
明日からハンセン病制圧活動のため、インドに参ります

10:00 習志野市(千葉県) 荒木市長

10:50 海洋政策研究財団 工藤常務理事

11:00 カンボジア国会議員 7名

12:00 (社)全国モーターボート競走会連合会 蔭山会長

13:20 社会貢献支援財団 横山専務理事

13:30 柳川市(福岡県) 石田市長

13:40 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団 梶田会長

14:00〜15:20 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団 全国市長会議 講演「小泉政治の評価」

市長会議には、全国95市から125名が出席

16:30 日本財団 海外事業案件 勉強会

17:30 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団 全国市長会議 レセプション

18:30 劇団四季「鹿鳴館」
曽野綾子前会長 [2006年01月26日(Thu)]
午後出社

日本財団 平成18年度 予算勉強会


日本財団会長時代の一枚


18:00 曽野綾子前会長 懇談
飛鳥寺 [2006年01月25日(Wed)]
11:00 (社)東京都モーターボート競走会 理事会

15:00 前スウェーデン大使 クリスター・クムリン氏

15:30 日本財団平成18年度 予算勉強会

16:00 飛鳥寺 山本住職


596年、蘇我馬子によって建てられた日本で最初の大寺院



18:00 勉強会 「沖縄問題」
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