ミャンマー事情
二年振りのミャンマーは、前日まで滞在していたインドとは全くそのたたずまいが異なる。一言でいえば、インドの喧騒に対しミャンマーは静謐である。もちろん首都ヤンゴンの商店は品物があふれており、道行く人々の表情には活気があるものの穏やかである。
拘束中のアウンサン・スーチー女史の自宅前も兵士数人が散見されるだけで張り詰めた緊張感はなかった。
目下、ヤンゴンでの話題はどこに行っても今月7月に発表されたピンナマへの「首都機能移転計画」実施である。突然の移転開始日は、占星術師の託宣によるもの。
新首都ピンナマはヤンゴンの北320kmにある田舎町。第二次大戦後のミャンマー建国の地である。住居・交通・通信等のインフラ建設は、急ピッチで進んでいるというが定かではない。
移動命令を受けた人々は、みな単身赴任であり、命令待ちの役人も情報不足の中で「噂話」だけが駆け巡っていた。ただ一つ正確な情報は、ゴルフ好きのタン・シェ国家元首のためにゴルフ場だけは完成済みという。
情報源の少ないヤンゴンでは、駐在外交団にも今回の突然の移転発表には不快と不満が強い。特に米国は総額200億円をかけて大使館のリニューアル中。一方、日本大使館には当面改築計画はなく、ミャンマー政府と不即不離の関係から事前に情報を得ていたのでは、とのやっかみ的噂もでているとのことだ。
ここで先頃ASEAN首脳会議から三行半的な「民主化プロセスの実施状況についての調査団」派遣を突きつけられたタン・シェ国家元首の描くミャンマー民主化の青写真を紹介しておく。(ちなみにヤンゴンにいる外交団のほとんどは、この青写真を信用していない)
現在、ミャンマーでは国民各階層から選抜された1074人からなる憲法制定国民会議で、来月9月頃の国民投票に向け、憲法草案が審議中である。今回私が会ったミャンマー政府要人の話を総合すると、国民投票によって成立した新憲法に基づき再来年には議会選挙が実施されるというものだ。
そこで、このタン・シェ国家元首の民主化青写真の鍵になるのがUSDAの略語で呼ばれる「連邦団結発展協会」の存在である。この組織の議長は、タン・シェ国家元首が兼務、人口の42%にあたる2200万人がメンバーという。
「インドネシアのゴルカル党を真似たこの組織こそが議会選挙後の要石であり、将来は国家的政党になる可能性が大である」。現在、憲法制定国民会議で延々審議中の憲法草案では、インドネシアを真似てミャンマー国軍に25%の議員枠を保証している。
仮に対人口組織率42%の「連邦団結発展協会」が議会選挙の25%を獲得しさえすれば、国軍枠25%を加え、簡単に現体制を維持できるのである。タン・シェ国家元首の強気の源泉である。
ミャンマーに入るにしろ、国連が種々の決議をするにしろ、人柄についてとかく批判はあるものの、ミャンマー民主化の象徴であるアウンサン・スーチー女史の自宅拘束が近々解かれる可能性は皆無といわざるを得ないようだ。