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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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東北地方太平洋沖地震応援基金
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琠獨楲瑳 (10/09)
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将来を担う若者のために [2005年08月30日(Tue)]
08:00〜10:00 「語り場」日本財団職員との対話

13:00 広報チームと打合せ

15:30 東京財団特別研究員 歌川令三氏 面談

16:00〜18:00 「語り場」日本財団職員との対話

日本財団では、将来を担う若者の教育に力を入れています。
今日紹介するのは、中南米ホンジュラスにあるサモラノ・パンアメリカン農業大学における奨学金制度です。

私は常々、農業はその国の基いだと考えています。発展途上国では、農業についての知識や技術が全くわからず、伝統的な農法で最低限家族が生きられるだけの生活をしている人々が大部分です。

このような人々を農業とか農民と表現することは正しいことではありません。日本の農業経済学者 東畑精一先生は、生きるための業を、即ち「生業」と呼んでいました。このような人々に農業のあり方を指導し、生産制を向上させ、市場に出すことによって現金収入の増加と地域社会の持続的発展を確保する指導者を養成するためにこの奨学金制度は設立されました。

中南米で最高の農業大学である、このサモラノ大学に今年も11カ国62人の日本財団奨学生が誕生しました。

コロンビア出身のメヒアさんの手紙には、
「私の住んでいる町は暴力で荒れ果て、そのような困難な状況を乗り越えるのを手伝ってくれるリーダーが不在の小さな町です。私は運が良い人間であり、また私の祖国や世界には自分と同じようなチャンスを得たいと考えている人がたくさんいることも知っています。ですから私に与えられたこの教育の機会を通じて、祖国と地域、町の発展のために一生懸命勉強したいと思います」

エクアドルのエレラさんからは、
「神様とあなたの意志のおかげで、今、私は以前から望んでいたことを勉強し、自分を向上させることができます。そしてこのことに対して計り知れない連帯責任を感じています。あなたは私だけでなく、私を頼りにしている多くの人たち、そして私の祖国を幸せにしてくれたのです。私は祖国のために働くことを心に誓っております」

ボリビアのポンセさんからは、
「小さい頃の夢を実現するには、努力、犠牲、献身が求められることを知りました。自分の家族だけでなく、一切れのパンさえ手にすることができず、苦しんでいる全ての人々のことを考えることが一番大切なことだと気がつきました。私は私の町で、地域で、国で、持続可能な発展を遂げるために働きたいのです。私は貧しい人たちに自分で食べ物を得ること、組織を作ること、常に前進することを教える仕事がしたいのです」

パナマのセルダさんからは、
「卒業後は、貧しい人々のために仕事に専心し、また愛情に満ちた社会をつくるための変革に貢献することを自分自身に約束します」

私は奨学生が初心を忘れず、祖国で活躍することを願っております。
看護師の養成のために寄付を頂く [2005年08月29日(Mon)]
08:00 (社)東京都モーターボート競走会

13:00 日本財団 書類等決裁、書類整理、職員の報告など

日本財団 常務理事 前田さんの親族から3000万円の寄付金を頂きました。
故君和田スイさんの一人娘であった君和田桂子さんは看護師として従事する直前に交通事故で不慮の死を遂げられました。母親のスイさんは、生前から遺産は看護師の養成に役立てたいとの考えを持っておられたとのことです。
スイさんは4人姉妹の長女で、スイさんの遺志を受け継いだ3姉妹が、がん患者のケアに携わる看護師(ホスピスナース)の養成のためにお金を活用して欲しいと、日本財団に対して寄付の申し出がありました。
日本財団はそのお気持ちをありがたく頂戴し、ホスピスナースの養成研修事業を実施している(財)笹川医学医療研究財団(会長・日野原重明先生)に「君和田桂子基金」を設立しました。 
帰国しました [2005年08月28日(Sun)]
17:00 自宅着。

スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団にご興味のある方はホームページを覗いてみてください。
ササカワ財団理事会出席 [2005年08月27日(Sat)]
09:00〜12:00 理事会出席(スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団)。

12:15 ホテル発 フランクフルト経由日本へ。
ホテルの部屋にはテレビ、冷蔵庫なし [2005年08月26日(Fri)]
11:30 出席した11人の理事と昼食会。

13:30〜16:00 明日の理事会のための予備会議。

16:30 ノルウェーの理事であるラングスレット元文化大臣宅でレセプション。

19:00〜22:00 ソニア王妃国際音楽コンペテション(声楽)の最終審査を理事一同で鑑賞。
レセプションでは、カナッペをつまんだだけでしたので、空腹と疲労で正直苦痛の3時間でした。音楽はゆったりとした気分で聴きたいものです。

23:00 空腹を抱えながらベッドへ。
残念ながらホテルの部屋にはテレビ、冷蔵庫なし。

2週間前にアフリカのコンゴの報告を書きました。コンゴの奥地のホテルでさえ冷蔵庫はありました。ちなみに、そのとき、冷蔵庫の扉を開けると、なんと「蛍の光」のメロディーが流れてきてビックリしました。
それで、冷蔵庫といえば、1987年頃アメリカの美人女優エリザベス・テーラーが来日し、拙宅にお出でになったことがあります。その折の話題は、アルコール過多とダイエットの闘いのために冷蔵庫の扉に鏡を貼って、扉を開ける前に自分の顔を見て、我慢したと話しておりました。
コンゴのホテルの韓国サムソン製の冷蔵庫も蛍の光ではなく、「食べては駄目」、「飲んでは駄目」等の言葉にすれば、世のダイエット族に売れるのではないでしょうか?

つまらないことを書きましたが、
今回のソニア王妃国際音楽コンペテション(声楽)の参加希望者は、37カ国168人で、書類選考の結果20カ国50人が参加。
地元ノルウェー13名
韓国10名
日本1名
などです。韓国パワーはゴルフだけではありませんね。

優勝者は、テノールのダニエル・ベール(31歳、ドイツ)でした。
ノルウェーのオスロへ [2005年08月25日(Thu)]
スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団理事会出席のため、ノルウェーのオスロへ。

11:25 成田発 パリ経由。

21:30 オスロ着。
空港において、迎えの車が手違いで来なくなり、タクシーに乗ろうにも、既に両替店は閉店のために現地通貨がなく困惑していました。偶然にもカードでの支払いが可能なタクシーに乗ることができ、ホテルへ向かいました。

23:30 ホテル着 夕食なしでベッドへ。
湘南オープンウォータースイミング参加 [2005年08月14日(Sun)]
07:50 自宅出発、電車で湘南の七里ガ浜へ。

(財)笹川スポーツ財団主催「湘南オープンウォータースイミング2005」に出席。
私は、開会の挨拶と海に入りスターターをやりました。

2004年からスタートしたこの大会は、マリンスポーツ発祥の地といわれる“湘南”を舞台に、老若男女問わず誰もが気軽に参加できる水泳大会です。
種目は、
・0.8kmスイムツアー(江ノ島→片瀬東浜・腰越海岸)
・2.5kmレース(七里ガ浜→片瀬東浜・腰越海岸)
・6kmレース(材木座海岸→片瀬東浜・腰越海岸)
・10kmレース(逗子海岸→片瀬東浜・腰越海岸)
です。約1400人が海で泳ぐ醍醐味を体験しました。

来年も開催する予定ですので、ぜひ皆さまも参加してみてはいかがですが。

15:00 湘南新宿ラインで新宿駅着。

<写真>1400人が湘南の海で泳ぎました

日本に無事到着 [2005年08月13日(Sat)]
06:00 成田着 日本財団へ。

07:30 書類整理、稟議書の決裁等。

12:00 自宅着。
パリを発つ、日本へ [2005年08月12日(Fri)]
06:00 シャルル・ドゴール空港 到着 5時間待機。

11:35 出発 日本へ。
コンゴを発ち、パリへ向かう [2005年08月11日(Thu)]
08:30 博物館見学。

09:30 銅精錬工場見学。

この工場は、最盛期日産800トン、現在日産10トンで、
海外企業のコンゴ化の失敗の見本のようなものです。
廃墟のような工場が細々と稼動していました。

14:00 空港へ。

16:00 キンシャサへ 空港で4時間待機。

21:00 エールフランスでパリへ。

<写真>銅精錬工場

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