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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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ジュネーブへ移動 [2005年05月18日(Wed)]
01:45 チェンナイ発 フランクフルト経由ジュネーブへ。

10:30 ジュネーブ着。
気温40度を超えるインドの現場から、気温8度のジュネーブは身体にこたえる。

笹川記念保健協力財団の紀伊國理事長、WHO山下先生のお出迎え。山下先生とは、先生が長崎大学におられた頃、チェルノブイリ原子力発電所の事故後の住民救済活動を10年間一緒に行った間柄。
       
以下、「ハンセン病制圧の最新の活動状況と問題点の協議」
於:国連欧州本部(パレ・デ・ナシオン)

15:00 ブラジル保健大臣。

16:00 ネパール保健省代表。

17:00 アンゴラ保健大臣。

17:30 WHOアフリカ地域事務局長 サンボ博士。

20:00 国連人権委員会 白石先生 WHO山下先生と会食。

<写真>アンゴラの保健大臣と会談

ハンセン病の現場を訪問 [2005年05月17日(Tue)]
08:30 現場視察へ。
ホテルから車で約50分、カタンクラツール地区の保健所を訪問。この保健所は、10万人を対象に24時間体制。
ここで6人のハンセン病患者に会う。足の患部を薬水で洗ってあげる。

ハンセン病リハビリテーションホームを視察。
1950年代に政府が設立した時はベガーズホーム(物乞いの家)の名前で物乞いの人たちを強制的に収容した。現在300人が居住している。

少額融資制度(マイクロクレジット)を働く意欲のある人は、利用することができる。乳牛1頭を1万円で購入し、ミルクを売って2年で完済することが可能だ。

手の不自由な回復者は上手にベッドの組み立てをやっていた。
1日1台製造
販売価格350ルピー
原材料費250ルピー
1日の利益100ルピー 約200円である。

ベンカタマラン インド元大統領のお嬢さんが運営するハンセン病回復者の老人ホーム(50人収容)を訪問。
老人たちが石のベッドに寝ているのには驚く。
50人収容の新築中の建物を視察。この建設資金は、日本の奄美大島にある療養所の謙さんご夫妻から私が頂戴した1900万円の中から70万円を提供したものだ。順調に工事が進んでいるので、近いうちに入所者は石のベッドから解放される。謙さんご夫妻は遺産相続人に私を指名されている。

中央ハンセン病教育調査研究所を訪問。
1924年、英国植民地時代、当地の知事夫人のウエリントン女史が設立。現在インド政府所管。
ウエリントン夫人が当地に狩りに来た折に、あまりにハンセン病患者が多いのに驚き設立した。
1946年1月30日 ガンジーが訪問
1948年1月30日 2年後の同月同日はガンジー暗殺される

フィリップさんの自宅を訪問。
彼はハンセン病の回復者で、発病前はインド政府の鉄道省の役人で、発病と同時に家族、親族から追放され、流浪の末当地に定着。女性とハンセン病回復者の二人の娘を養女にして、養鶏業を営む。津波の影響で飼料が75%高騰して、廃業状態であった。この地域ではちょっと名の知れた数少ない回復者の成功者だっただけに、ちょっと残念。

15:00 新聞社の個別インタビューを受ける。

16:00 ハンセン病コロニーを訪問。
かつては麻薬密造、物乞いが仕事であった人たちだが、私の旧知で回復者のリーダーであるバラカサム氏の強力な指導力のもと、現在は貧困の中にも健全に生きている。
テレビカメラが入り、取材を受ける。

22:30 ホテル発 飛行場へ。

<写真>保健所で患者の患部を洗う

会議の合間を縫って津波の被害状況を視察 [2005年05月16日(Mon)]
10:30 「ハンセン病と人権」のセッションで共同議長を務める。

14:00 津波被害の現場視察。
チェンナイの海岸シーニワサポラム地区で150人死亡、30人行方不明。8:30に津波の到来で、海岸から150m離れたアパート1階の高さ1mの所に津波の跡が残っていた。海岸にあったスラム同然の住居の基礎部のレンガ積みまで完全に破壊されている。
タミールナドゥ州の全県で死者、行方不明者、約12,000人。

16:00 タミールナドゥ州の保健省がハンセン病の啓発用ビデオ取り。

17:00 「ハンセン病回復者と物乞い」のセッション出席。

18:00 最終総括の挨拶をする。

19:00 国際ハンセン病ユニオンのノーディーン博士の招待による夕食会。

<写真>津波の被害状況を視察

500人のインド人が日本語を学んでいる [2005年05月15日(Sun)]
10:00 タミールナドゥ州の保健大臣と面談。

10:40 ハンセン病地域会議 開会式で基調講演。

12:30 記者会見。テレビカメラ5台、20人の記者が集まる。

13:30 ホテルの部屋で、3社から個別インタビューを受ける。

14:30 ゴパール博士、ゴカレ博士と会談。
私が提案したインドにおけるハンセン病回復者の村の実態調査と12月に全インドの回復者村の代表者による初めての全国会議の開催について、基本的合意を得る。

16:00 ABK―AOTS同窓会事務所訪問。
この組織は日本に留学経験のあるタミールナドゥ州の人々で組織され、日本財団は1990、1993、1994、1996年に日本語教育プログラムなどを支援。
ここで日本語を学ぶインド人は、500人とのこと。10才から71才までの学生が在籍。極めて日本語に関心が高い。

19:00 関係者とハンセン病回復者20人を招いて、日本財団主催の立食夕食会。

<写真>ABK―AOTS同窓会事務所で先生たちと

ヘルスセンターを訪問 [2005年05月14日(Sat)]
08:00 カルカッタ郊外のハウラー地区にあるヘルスセンターを訪問。
関係者の集会で挨拶。その後ハンセン病患者を激励。多くのメディアから質問攻めにあう。

ところで、我々一団の運転手さんの一人が自分の手を医師に見せたところ、驚いたことに、ハンセン病と判明。まだまだ身近なところでも潜在的な患者が存在するのだということを実感しました。

11:30 2日間行われてきた「ハンセン病制圧とメディアの役割」の会議で総括の挨拶。

13:20 15分間で昼食を食べて飛行場へ向かう。

15:20 カルカッタ空港からチェンナイへ。

18:45 チェンナイ空港着。
ハンセン病回復者の代表であるゴパール博士とお孫さん、WHO、政府関係者の方々が出迎えてくれる。

チェンナイは、昔マドラスと言われ、年配の日本人にはこの呼び名の方が馴染みがありますが、旧植民地時代の名前は新しく変えられています。
・カルカッタは、コルカタへ
・ボンベイは、ムンバイへ
・マドラスは、チェンナイへ

チェンナイは、タミールナドゥ州の首都であり、この州の人口は約6,400万人。ハンセン病の患者数は、20年前には約64万人だったのですが、現在では、5,853人にまで激減したのです。

<写真>ヘルスセンターでハンセン病患者を激励

ハンセン病制圧の会議で基調講演 [2005年05月13日(Fri)]
10:00 「ハンセン病制圧とメディアの役割」と題する会議に出席、基調講演をする。

11:30 記者会見 7台のテレビカメラを含め、30人の記者が集まる。

12:30 ウェストベンガル州ブッダデブ・バタチャジー首相とスルジャ・カンタ・ミシュラ保健大臣と会談。
   
インドには、35の州があり、それぞれ中央政府に対して独立色が強いようです。カルカッタのあるウェストベンガル州は人口8,400万人で、ブッダデブ・バタチャジー首相は、インド共産党の出身です。インドでは珍しく共産党の強い州です。この州は“ハンセン病蔓延州”の一つです。

17:30 会議終了。

19:00 日本財団主催の立食パーティーを開催。
インド有数のジャタプール大学のロイ(Roy)教授から「ハンセン病と人権」について講演を依頼される。

<写真>「ハンセン病とメディアの役割」と題する会議で基調講演

今年3回目のインド訪問 [2005年05月12日(Thu)]
09:40 関西空港からバンコク経由インドへ出発。
16:00 インド・カルカッタ着。
19:00 ホテルにおいて、インド地元紙『ザ・テレグラフ』を含め、4紙の個別インタビューを受ける。

今年は既に2回のアフリカ訪問とブラジル訪問、そしてインドが今回で3回目の訪問です。

<写真>インドの地元紙「ザ・テレブラフ」から取材を受ける

明日からインド・スイスへ行ってきます [2005年05月11日(Wed)]
明日から、ハンセン病制圧活動のため、インドのコルカタ(カルカッタ)、チェンナイを訪問いたします。
また、WHOに設置した笹川健康賞授与式に出席するためスイスのジュネーブを訪問いたします。
帰国後、ご報告をいたします。

WHO The Sasakawa Health Prize
採用応募者は2,000人を超える [2005年05月10日(Tue)]
08:00〜10:00 日本財団職員との「語り場」

10:00 日本財団執行理事会

11:30 財団法人 ブルーシー・アンド・グリーンランド財団(B&G財団)広渡専務理事と面談

B&G財団は、全国480市町村に480カ所の体育館とプールなどの地域海洋センターを建設し、また、誰もが気軽に海洋性レクリエーションを楽しむことができる組織として293の海洋クラブのネットワークを持ち、青少年からお年寄りまで、生涯スポーツの普及に努力しております。

13:00 運輸政策研究所 森地所長と面談

13:30〜16:00 日本財団新卒採用最終面接

応募者数2,006人のなかから、男子2人、女子2人 計4人が内定しました。 

16:00〜18:00 財団職員との「語り場」

18:30 ペルー前大統領のアルベルト・フジモリ氏と懇談

<写真>語り場で2時間若手職員の話を聞く

ピアニストや女優の方たちとワーキング・ランチ [2005年05月09日(Mon)]
08:00 社団法人 東京都モーターボート競走会 執行理事会出席

09:30 財団法人 競艇保安協会 大山理事長面談

11:30 財団法人 海洋政策研究財団 今理事長面談

12:00 笹川日仏財団 日本側理事懇談会
理事であるピアニストの中村紘子さん、女優の吉行和子さんらとワーキング・ランチ。
今回9件の助成金が決定し、昨年10月の決定分と併せ、合計18件、3,850万円です。

14:00 財団法人 日本ゲートボール連合の機関誌「ナイスパル」の取材のため、ゲートボール連合会長の小野清子先生と対談しました。

今年はゲートボール連合の創立20周年で、現在ゲートボール愛好者数は全国で200万人、審判員登録者数20万人とのこと。

15:00 スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の日本側理事による助成案件審査会出席

・人文系学術案件 16件
・自然科学系学術案件 5件
・医学 5件
・文化 1件
合計27件、1,075万円の助成が決定しました。

この財団は、日本とスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドとの人物交流を中心に、相互理解促進のために設立されました。