08:30 現場視察へ。
ホテルから車で約50分、カタンクラツール地区の保健所を訪問。この保健所は、10万人を対象に24時間体制。
ここで6人のハンセン病患者に会う。足の患部を薬水で洗ってあげる。
ハンセン病リハビリテーションホームを視察。
1950年代に政府が設立した時はベガーズホーム(物乞いの家)の名前で物乞いの人たちを強制的に収容した。現在300人が居住している。
少額融資制度(マイクロクレジット)を働く意欲のある人は、利用することができる。乳牛1頭を1万円で購入し、ミルクを売って2年で完済することが可能だ。
手の不自由な回復者は上手にベッドの組み立てをやっていた。
1日1台製造
販売価格350ルピー
原材料費250ルピー
1日の利益100ルピー 約200円である。
ベンカタマラン インド元大統領のお嬢さんが運営するハンセン病回復者の老人ホーム(50人収容)を訪問。
老人たちが石のベッドに寝ているのには驚く。
50人収容の新築中の建物を視察。この建設資金は、日本の奄美大島にある療養所の謙さんご夫妻から私が頂戴した1900万円の中から70万円を提供したものだ。順調に工事が進んでいるので、近いうちに入所者は石のベッドから解放される。謙さんご夫妻は遺産相続人に私を指名されている。
中央ハンセン病教育調査研究所を訪問。
1924年、英国植民地時代、当地の知事夫人のウエリントン女史が設立。現在インド政府所管。
ウエリントン夫人が当地に狩りに来た折に、あまりにハンセン病患者が多いのに驚き設立した。
1946年1月30日 ガンジーが訪問
1948年1月30日 2年後の同月同日はガンジー暗殺される
フィリップさんの自宅を訪問。
彼はハンセン病の回復者で、発病前はインド政府の鉄道省の役人で、発病と同時に家族、親族から追放され、流浪の末当地に定着。女性とハンセン病回復者の二人の娘を養女にして、養鶏業を営む。津波の影響で飼料が75%高騰して、廃業状態であった。この地域ではちょっと名の知れた数少ない回復者の成功者だっただけに、ちょっと残念。
15:00 新聞社の個別インタビューを受ける。
16:00 ハンセン病コロニーを訪問。
かつては麻薬密造、物乞いが仕事であった人たちだが、私の旧知で回復者のリーダーであるバラカサム氏の強力な指導力のもと、現在は貧困の中にも健全に生きている。
テレビカメラが入り、取材を受ける。
22:30 ホテル発 飛行場へ。
<写真>保健所で患者の患部を洗う