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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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【私の毎日】10月12日(金) [2018年10月12日(Fri)]
10月12日(金)

7:20 財団着

12:00 武部恭枝 プライムコーポレーション社長 

13:30 田南立也 日本財団特別顧問

14:30 聴覚障害者海外留学奨学生 山本芙由美さん 帰国報告
    ギャロデット大学国際特別生プログラム修了

14:50 中国社会科学院訪日団・表敬訪問
    中国社会科学院 蔡ム・副院長

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蔡ム・副院長

15:30 国内福祉関連事業打合せ

16:00 鈴木 隆 東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトリーダー

16:20 葛西 健 次期WHO西太平洋地域事務局長

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次期WHO西太平洋地域事務局長選挙に当選した葛西氏
当選挨拶に来てくださった
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「ちょっといい話」その100―毛沢東と旧日本軍― [2018年10月12日(Fri)]
「ちょっといい話」その100
―毛沢東と旧日本軍―


今年は日中友好平和条約締結40周年である。ようやく尖閣諸島の国有化に端を発した両国の冷めた情況を脱しようとしている。

既に報告の通り、もっとも敏感な問題である両国の佐官級軍事交流も、笹川平和財団・日中友好基金室の努力で再開され、王毅外交部長、李克強首相の来日、秋の安倍総理の訪中、そして習近平主席の来日と、順調に進む予定である。

ここに記すエピソードは、日中国交回復以前の話である。

大東亜戦争終結の5年後、1950年6月には朝鮮戦争が勃発。1953年7月休戦。その3年後の1956年8月、毛沢東の招待で旧敵日本軍の幹部将校一行15名は、遠藤三郎陸軍中将を団長に、毛沢東の手配で飛行機1機を提供されて1カ月間、中国各地の視察旅行を行ったのである。

話の概要は下記の通り。

*************


1956年8月から9月にかけて、旧帝国軍人訪中団一行15名(団長、遠藤三郎利陸軍中将、内訳:陸軍中将3名、海軍中将1名、佐官級9名、他階級2名)が、中国人民外交学会の招請で訪中した。

切っ掛けは、1955年遠藤が片山哲と共に訪中して毛沢東と会見。滞在中に周恩来総理から、旧軍人が訪中する要望があれば、中国側は大いに歓迎する旨のメッセージをもらう。帰国後、遠藤は旧軍人に呼び掛け、200余名の訪中希望者を募った。その中から30名を選んで名簿を作成して政府に申し込んだが、政府の反対で難航。後に、当時の岸信介外相、三木武夫自民党幹事長、中曽根康弘副幹事長などに働きかけ、人数を15名に減らし、政府の許可を得てパスポートが発給された。

一行は8月9日、羽田から香港へ飛び、翌日香港から列車で深圳を経由して中国に入国し、33日間にわたる訪中交流を始める。内容は、要人との会談、意見交換、工業、農業、教育、軍事関連施設や文化史跡の見学などで、自由時間も与えられ、人民元の小遣いまで支給された。

要人との会談に関しては、一行はまず8月16日に副総理、外交部長の陳毅元帥と中南海で会談。19日は周恩来総理、22日は国防部長の彭徳懐元帥と会談。その後、中国各地を専用機で視察し、最後に毛沢東と会談した。

2_周恩来会見.jpg
前列左側から4人目は遠藤団長、5人目は周恩来総理
前列右側から2人目は廖承志・初代中日友好協会会長

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前列左から3人目は李克農上将、5人目は陳庚大将
6人目は遠藤団長、7人目は国防部長の彭徳懐元師

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彭徳懐国防部長と歓談する遠藤団長(白服)
真中は会見の通訳をつとめた若き日の日中友好交流の大先輩・劉徳友氏


そして、一行は9月4日夜、毛沢東主席と中南海で会見。

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毛沢東とその左が遠藤団長

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訪中団と歓談する毛沢東主席

*************


この時20代で唯一参加した筆者の知人・清水廉(92歳)の話によると、毛沢東から優秀な日本軍将校に、中国各地で革命の成果を視察して改善点を指摘して欲しいとの依頼があった由。

ところが、視察を終わった後の毛沢東との会談で、団長の遠藤三郎利陸軍中将は、毛沢東を前に滔々と共産主義を批判。革命は失敗に終わると強調したという。それでも毛沢東はニコニコ笑いなが遠藤の話を聞き、その場の雰囲気を壊さなかったらしい。

清水廉氏曰く
「私と主義主張は大きく異なるが、旧敵の話をじっくり聞いた毛沢東は腹の座った革命家であった」と述懐していた。その時に中国各地で撮った貧しい風景の写真も、掲載した貴重な写真も、清水氏は私に寄贈してくれた。

最近、中国では腐敗征伐運動が厳しいのは当然としても、学者、ジャーナリスト、知識人の言論活動空間が極端になくなってきたことは、毛沢東の業績を凌駕したい野望を持つ習近平主席にとって、この毛沢東の優しさと腹の座った剛胆さこそが必要ではないだろうか。




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【私の毎日】10月11日(木) [2018年10月11日(Thu)]
10月11日(木)

10:20 仁和寺着

10:30 仁和寺「松林庵」見学

@仁和寺境内に移築された旧家屋「松林庵」.JPG
仁和寺境内に移築された旧家屋「松林庵」

A宿泊の体験ができる「松林庵」室内。窓からの景色は四季色々の風景を楽しめる.JPG
宿泊の体験ができる「松林庵」室内
窓からの景色は四季色々の風景を楽しめる

Bいろはにっぽんプロジェクトを担当してくださっている金崎氏.JPG
いろはにほんプロジェクトを担当してくださっている金崎氏

C檜の香りがたまらない.JPG
檜の香りがたまらない!

D仁和寺庭園を見学.JPG
仁和寺庭園を見学


11:00 総本山仁和寺第五十一世門跡  瀬川大秀 大僧正晋山式

E瀬川大秀大僧正晋山式に列席.JPG
瀬川大秀大僧正晋山式に列席

F金堂で執り行われた晋山式.JPG
金堂で執り行われた晋山式

Gお供えの美しい餅に釘付け・・筆者、餅には目がないのである.jpg
お供えの美しい餅に釘付け・・・筆者、餅には目がないのである

Hお寺の取り計らいでお供えの餅をいただく。明日の朝食に。.jpg
お寺の取り計らいでお供えの餅をいただく
明日の朝食に!


12:00 佐々木丞平 京都国立博物館館長

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佐々木丞平 京都国立博物館館長


12:20 瀬川大秀 門跡と面談

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晋山式後、瀬川大秀門跡にご挨拶

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仁和寺の応接室には笹川良一の写真が飾られていた


17:30 財団着
    打合せ、書類整理

  
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【私の毎日】10月10日(水) [2018年10月10日(Wed)]
10月10日(水)

7:15 財団着

8:00 海野光行 日本財団常務理事

9:00 「18歳意識調査」打合せ

9:30 ソアレス国連事務次長

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ソアレス国連事務次長


10:20 マイケル・ロッジ(Michael Lodge)国際海底機構法務局長

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国際海底機構の マイケル・ロッジ氏


10:40 茶野順子 笹川平和財団常務理事

11:00 西牧久雄 トルコ・イスタンブール総領事

13:00 「厚労大臣向けの政策提言」打合せ

18:00 ソーシャルイノベーションフォーラム お疲れ様会

18:30 ミャンマー連邦政府大臣 タウン・トゥン氏との夕食会
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「ハンセン病制圧活動記」その46―インド訪問記「写真を通じてハンセン病に対する理解を」― [2018年10月10日(Wed)]
「ハンセン病制圧活動記」その46
―インド訪問記「写真を通じてハンセン病に対する理解を」―


栗生楽泉園機関誌『高原』
2018年7・8月号

WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平


今年4月、私はインドの首都デリーを訪問した。18日の夕方日本をたち、翌日朝からいくつかの用件を済ませ、そのまま深夜便で帰国するという1泊2日の慌ただしいインド往復であった。

到着日の19日午前中、インド保健家族福祉省でハンセン病担当官のアニル・クマール氏との面談で、インド政府が2年前から実施している「ハンセン病患者発見キャンペーン(LCDC)」により多くの患者が発見されていることに敬意を表した。制圧が達成された途端、患者が増えることを恐れて発見の活動を怠ることを私は「エリミネーション・トラウマ」と呼んでいるが、インドはこのトラウマにも負けず、一生懸命に患者を探し、ハンセン病のない国の実現に向けて本気で取り組んでいる。彼らの勇気と熱意に大いに期待したい。

その後、笹川インドハンセン病財団理事との打ち合わせや子どもの権利活動家として2014年にノーベル平和賞を受賞したカイラシュ・サティヤルティ氏と面談。

夕刻から今回の主な目的である富永夏子の写真展『OUR LIVES』のオープニングセレモニーに出席した。富永は私と共に世界中をまわり、ハンセン病の患者・回復者、その家族の写真を撮り続けている日本財団職員の写真家である。

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写真展会場の様子


写真展はデリー中心地にある格式高いインディア・インターナショナル・センターで4月20日から5月1日までの12日間開催された。インドおよび世界のハンセン病患者、回復者、家族の生活の様子が彼らの声と共に伝わるように100枚の写真が展示されていた。

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オープニングで挨拶をさせていただく


オープニングセレモニーにはインドでハンセン病問題に取り組んでいる政府、WHO、NGOなどの関係者、メディア、回復者の他、在インド日本大使館の全面的な協力を得て日系企業からも多数参加して下さった。私は今回の集まりをきっかけに日系企業の方々にインドの国民的課題であるハンセン病の実態と日本財団の取り組みを知っていただき、将来的には彼らの協力も得たいものと淡い期待もしている。

また、オープニングでは写真のモデルの一人であるマディア・プラデッシュ州のアニータさんが彼女のつらい人生経験を語ってくれた。

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写真展に駆けつけてくれたアニータさん(自身の写真の前で)


この写真展は多数のメディアが取り上げてくれ、多くの人にハンセン病の問題を伝えることができたのは望外のことで、世界の約20万人の新規患者のうち6割がインドで発見されていることを考えると、インドでのこの写真展は、一般の人々にハンセン病のことを知ってもらう機会を提供することができ、成功だったと思う。

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インド国内の多くの新聞に写真展について報道された(写真は富永夏子)


インド独立の父、マハトマ・ガンジーは当時社会の最下層に置かれていたハンセン病の患者の境遇を変えたいと願った。来年はそのガンジーの生誕150周年の年だ。それまでにインドのハンセン病問題の解決で画期的成果が出るようこれまで以上に、全力で活動に取り組んでいきたいと思う。

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【私の毎日】10月9日(火) [2018年10月09日(Tue)]
10月9日(火)

7:30 「18歳意識調査」打合せ

9:00 京都出張打合せ

9:30 日本財団創立記念日 挨拶

17:00 赤坂・迎賓館着

17:20 ミャンマー アウンサン・スー・チー国家最高顧問と安倍総理との会談 陪席

19:00 晩餐会 於:迎賓館・和風別館
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【私の毎日】10月8日(月) [2018年10月08日(Mon)]
10月8日(月)

9:45 ホテル・ニューオータニ着

10:00 ミャンマー アウンサン・スー・チー国家最高顧問との会談 

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アウンサン・スー・チー国家最高顧問と


18:50 総理公邸着

19:10 安倍総理主催 メコン首脳との晩餐会 於:総理公邸

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【私の毎日】10月6日(土) [2018年10月06日(Sat)]
10月6日(土)

5:00 ホテル発

7:00 ジャカルタ発

16:10 羽田着

17:30 自宅着
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【私の毎日】10月5日(金)インドネシア5日目・マルク州→ジャカルタ [2018年10月05日(Fri)]
10月5日(金)

6:00 朝食

8:00 RRIラジオ出演

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ラジオ生出演
右から回復者組織ペルマータのアルカドリ副会長、州の保健局長

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ラジオのリスナーに向けて、ハンセン病の正しい知識について説明

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リスナーからの質問に答えるコーナー


9:30 アンボン市長舎にて、ハンセン病制圧のための啓発会合

C州庁舎に掲げられたポスター。自分の笑顔に出迎えられるとは・・・.JPG
州庁舎に掲げられたポスター
自分の笑顔に出迎えられるとは・・・

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「社会が差別という病気を持っていることが最大の間違い」

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マルク州のハンセン病回復者たちも出席


11:00 インドネシア・ハンセン病回復者組織 ペルマータのマルク州支部立ち上げ

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マルク州にハンセン病回復者組織ペルマータの支部を立ち上げることを宣言するパウロス会長

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マルク州支部に参加を表明した回復者の皆さんと
記憶に残る1枚

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「ハンセン病をなくすには保健省以外の省庁の協力が必要で
全ての人が偏見をなくせばゼロになる」

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会場に用意された昼食をいただく

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州保健局のハンセン病担当者たちと
ハンセン病患者の早期発見に彼らの役割は欠かせない


11:30 記者インタビュー

12:00 昼食

14:00 ホテル発

14:30 空港着

15:30 アンボン発

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白い点々としたのは島である
インドネシアには14000近くの島があるということが頷ける


17:00 ジャカルタ着(アンボンと時差2時間)

18:00 ホテル着

18:30 関係者との夕食

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「電話リレーサービス」―一億総活躍― [2018年10月05日(Fri)]
「電話リレーサービス」
―一億総活躍―


「一億総活躍時代」の実現は現政権の最重要政策であるが、現下の各省庁の障がい者雇用の水増し問題を見ても、掛け声倒れといわれても仕方がない点が多々見受けられる。

日本財団は、障がい者の社会での活躍の場の提供に懸命に努力している。

手話を言語として認める法案は、全国全ての地方自治体で決議したにもかかわらず、依然として国の動きは鈍い。

又、聴覚障がい者が手話や字幕を利用して電話をかける電話リレーサービスの制度は、G7先進国の中で日本だけがなく、お隣り韓国は勿論のこと、途上国のコロンビア、パラグアイでも制度化されている。日本財団では、2013年から「日本財団電話リレーサービス」を実験的に実施しているが、ろう者に大好評で、現在登録利用者は7800人を越え、規模的にこれ以上受け入れられない情況にある。投資した金額は累計10億円に達し、これも本来国が行うべき事業で、省庁の通信と福祉の縦割りを排し、国家として一丸となって早急に実現してもらいたいものである。

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電話リレーサービスの仕組み


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