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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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「ASEAN障害者芸術祭」 [2014年12月12日(Fri)]
「ASEAN障害者芸術祭」
―ミャンマーで開催―


日本財団では、さまざまな障害者が社会の中で健常者と共に分け隔てなく生活できる環境を作ることを目指して活動している。

例えば、各国のろう者への奨学金制度、手話辞書の作成、手話を言語とすることを法律化する運動、国連防災計画の中に障害者対策を追加させる活動等々、多義にわたる。

残念ながら、途上国の障害者は社会との接触が少なく自宅に閉じ籠りがちである。しかし、少数ではあるが、身体的障害を克服して素晴らしい舞台芸術を発表している方々もいる。大野修一の発案で、アセアンの障害者の芸術祭をラオス、カンボジア、ベトナムに続き、今回はミャンマーで行った。

アセアン加盟国10ヶ国から約60名、開催国ミャンマーからは約90名が参加した。ミャンマー福祉省は、この芸術祭を2014年アセアン・サミットの公式サイドイベントとして扱い、花を添えてくれた。

ASEAN各国から約60人を招聘.JPG
ASEAN各国から約60人を招聘


大会名誉総裁の安倍昭恵女史は急な選挙で出席はかなわなかったが、会は大盛況で、毎回出席している甲州ろうわ太鼓の演技には、驚きと共に大きな拍手をいただいた。

会場はほぼ満席!.JPG
会場は満席!


障害者芸術祭は今後もアセアン各国を巡回し、いずれ日本でも開催したいと考えている。

以下は日本財団主催、障害者芸術祭の趣旨説明を含む挨拶です。

********************


2014年12月3日
於:ミャンマー・ネピドー


皆さま、本日は、ASEAN障害者芸術祭にようこそお越しくださいました。ASEAN各国からお越しの芸術家の皆さまをはじめ、すべての参加者の皆さまを心より歓迎いたします。本芸術祭の名誉総裁には、安倍昭恵首相夫人にご就任いただいています。安倍夫人は障害者福祉に大変造詣が深く、この芸術祭への参加を大変楽しみにしていらっしゃいました。本日は公務により、ご出席がかなわず大変残念ですが、メッセージが届いておりますので、後ほど代読でご紹介いたします。

さて、本日は国際障害者デーです。この記念すべき重要な日に芸術祭を開催できることを大変嬉しく思います。本日、12月3日は、1992年に国連総会において、障害者の基本的な権利に対する注意を喚起するために国際障害者デーとして制定されました。これまでの歴史の中で、障害者は、高等教育を受けたり、就職をしたりするなどの機会に制限があり、十分な社会参加ができずにいました。彼らは長い間、社会から疎外されてきたため、彼ら自身もこのような状況を当然のことと思ってきました。

しかし、この困難な状況を打開しようとする障害者自身の固い決意と様々なグループによる取り組みによって、障害者が社会参加するための扉が徐々に開き始めました。日本財団は20年以上にわたり、主にアジアの様々な団体と協力し、障害者が社会参加できる機会の提供に力を入れてきました。たとえば、高等教育を受けるための奨学金、手話辞書の作成、障害者に関わる法制度の構築支援、障害者のネットワークの構築などを通じて、障害者の社会参加の促進に貢献できるよう取り組んできました。日本財団はこうした長年の支援活動を通じて、障害者の持つ可能性を実感してきました。同時に、このことを広く社会に訴えることの必要性を感じてきました。

そこで、障害者の持つ可能性やパワーを、直に感じていただきたいと考え、障害者芸術祭を開催するに至りました。昨年はじめてミャンマーで開催した芸術祭では、3日間で延べ4900人の来場者を迎え、ミャンマー国内から選ばれた障害者が舞台芸術や造形芸術を披露しました。目が不自由な芸術家、耳が不自由な太鼓演奏者、そして、車いすのダンサーがスポットライトを浴びながら、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。才能と自信に満ち溢れた彼らの姿は多くの人々に感動を与えてくれました。私も彼らの演技や作品を目の当たりにし、胸が熱くなる思いがしました。

様々な演技が披露された.JPG
美しい演技が次々披露され


さて、ここで、私は「ミャンマー自立生活協会」(Myanmar Independent Living Initiative:MILI)という3人の障害者によって設立されたNGOについて紹介したいと思います。彼らは、障害者のトレーニングをはじめとする様々な活動を展開しながら、障害者自身が限界と諦めていた壁を乗り越える手助けをすることを使命と課しています。日本財団は2011年以来、MILIとともに障害者のトレーニングプログラムやリーダー養成事業などを実施してきました。昨年のミャンマーでの障害者芸術祭はMILIとミャンマー社会福祉省の多大な尽力により、成功することができました。今年の芸術祭の運営にもMILIが非常に貢献してくれています。

さて、今年も日本から「甲州ろうあ太鼓」のメンバーが駆けつけています。昨年同様、パワフルで感動的な演奏をしてくれることでしょう。

日本財団は、これまでにラオス、ベトナム、カンボジアにおいてもASEAN障害者芸術祭を開催してきました。私はこの芸術祭を通じて、ASEAN各国の障害者が自信を持ち、彼らの家族がその活躍に喜びと誇りを感じていただけることを願っています。近年、ASEAN各国が障害者の権利に関する取り組みを進めていることは大変歓迎すべきことで、今後も継続した取り組みをお願いしたいと思います。各国政府が障害者の声を反映し、障害者が社会参加できる環境を整えるための施策をつくり、社会は互いに多様性を受け入れ、インクルーシブな社会の実現を目指そうという認識が広がることを期待しています。
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12月11日(木) [2014年12月11日(Thu)]
12月11日(木)

7:40 財団着

8:30 海洋関係事業打合せ

10:00 理事会

11:00 上瀧和則 日本モーターボート選手会会長

DSC_0645.JPG


DSC_0649.JPG
チャリティゴルフ寄付金20万円、モーターボート選手会寄付金1500万円
ボートレース選手の皆様には今年も沢山のご支援をいただきました
心より感謝申し上げます


11:30 工藤栄介 海洋政策研究財団顧問

13:00 ハーバード大学ケネディスクール マーシャル・ガンツ博士

DSC_0015.JPG
マーシャル・ガンツ博士(右側)


15:00 シンポジウム「東北復興支援に見る企業の社会的責任について」主催者挨拶
    於:ホテル・グランドパレス

18:30 日高憲三 明治大学理事長
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12月10日(水) [2014年12月10日(Wed)]
12月10日(水)

7:45 財団着

12:15 財団発

13:00 「異才発掘プロジェクトROCKET」開校式 於:東京大学先端科学研究センター

image3.JPG
開校式で挨拶

image2.JPG
第一期ROCKETスカラーたちと
大きな希望を胸に 頑張ろう!


16:00 日本財団評議員会

18:00 日本財団役員合同忘年会
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「シルバー川柳」 [2014年12月10日(Wed)]
「シルバー川柳」


全国有料老人ホーム協会より、11,370の応募作品の中から入選した20作品が送られてきた。その中から私の選んだ作品7点を紹介します。

【老いるとは こういうことかと 老いて知る】城内 光子
       息子とホームコースでゴルフをした折、「こんな老人ばかりのコースは嫌だ
       ね」と言われた。名門コースと言われる伝統あるゴルフ場の会員の年齢は
       70歳前後。私は青春真っ盛りだと思って活動していたが、考えてみれば後
       期高齢者の76歳であった。

【元酒豪 今はシラフで 千鳥足】川辺 昌弘
       千鳥足でも転ぶ人はあまり見ませんね。でも高齢になると「つまずいて 足
       元見れば 何もなし」で、今元気でも、転ぶことが最悪なのです。気をつ
       けましょう!

【いびるなら 遺言書きかえ 倍返し】トミスター
       遺言書はいつでも書きかえ可能で、最新のものが有効です。

【糖尿病 甘い生活 記憶なし】日比野 勉
       そんなことはないでしょう。忘れただけですよ。人間には記憶の美化作用
       があって、つらい事、悲しい事がなつかしく、記憶として残るのです。

【遺産分け 位牌受け取る 人はなし】西田 勲
       死期が近づくと、日頃疎遠の息子や娘が財産目当てに急に親切になるそう
       です。位牌を守ってくれる子どもに二倍あげましょう!

【叱った子に 今は優しく 手をひかれ】大原 美枝子
       いいですね。その子は本当に貴女に感謝しているのでしょう。

【新聞を 電車で読むのは オレ一人】西村 忠士
       若者が新聞を読まなくなりましたね。でもこれは若者だけの責任ではあり
       ません。魅力ある記事がなくなっただけですから。
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12月9日(火) [2014年12月09日(Tue)]
12月9日(火)

7:45 財団着

8:30 富田 武 シベリア抑留研究会世話人代表(成蹊大学名誉教授)

9:30 小高幹雄 ボートレース振興会会長

14:00 多摩全生園 平沢保治様 対談 於:多摩全生園資料館

18:30 中国シニア有識者 夕食会
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12月8日(月) [2014年12月08日(Mon)]
12月8日(月)

7:35 財団着

8:00 2015年度協力援助事業打合せ

9:00 笹川ヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylff)代表者会議 スピーチ

IMG_0180.JPG
オープニングセッションでスピーチ


10:00 日本財団アドバイザリー会議

13:30 山口和子 笹川記念保健協力財団顧問

14:00 Sylff代表者会議

DSC_0190.JPG
財団屋上で記念撮影
はいチーズ!


15:00 ミャンマー国軍将官級訪日団表敬

DSC_0254.JPG


16:00 日本海事新聞インタビュー

17:20 中国シニア有識者

18:00 Sylff代表者会議ウェルカム・ディナー

19:00 ミャンマー国軍将官級訪日団歓迎レセプション

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「ハンセン病と人権」―国際シンポジウム― [2014年12月08日(Mon)]
「ハンセン病と人権」
―国際シンポジウム―


10月26日〜11月5日までモロッコ、スペイン、ポルトガル、11月8日から14日までタイ、ミャンマー、11月17日〜25日までインド、11月28日〜30日までタイ、12月1日〜5日までミャンマーと海外出張が続き、その上、東京での短い滞在中には北極海航路国際セミナーや日本財団・国連法務部海洋法課(DOALOS)総会(50ヶ国参加)などもあり、下手な英語でスピーチをするための練習等で、誠にあわただしい毎日だった。

下記のスピーチ(原文・英語)は、多くの関係者の協力を得て2010年、国連総会で加盟193カ国、全ての賛成を得て決議された『ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃』」の決議案とその原則とガイドラインを各国政府に実行してもらうため、世界五大陸で行っている第4回目となる国際会議を、今年は中東地域のモロッコで開催した時のものです。

ちなみに第1回はブラジル、第2回はインド、第3回はエチオピアで行われ、最終回はジュネーブ(スイス)で来年開催する予定です。

モロッコでは、人権国際シンポジウムと同時に、医療面の専門家である各国のハンセン病プログラム・マネジー会議も開催しました。この時のスピーチもあわせて掲載しました。

長文になり、読者の皆さまには申し訳ないことであります。

*********************

第4回ハンセン病と人権国際シンポジウム


2014年10月28日
於:モロッコ・ラバト


28日 シンポジウム参加者たち.JPG
シンポジウム参加者


本日は各国政府、国連、NGO、その他の国際機関、人権専門家、回復者のリーダーの皆さまにお集りいただき、ありがとうございます。日頃からハンセン病制圧活動のために多大なるご尽力をくださっているモロッコ保健省の皆さま、WHO関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。また、潘基文国連事務総長、ダライ・ラマ法王からはハンセン病を取り巻く差別の問題に対して心強いメッセージをいただき、厚く御礼申し上げます。

今回は第4回目のハンセン病と人権国際シンポジウムです。
ハンセン病は人類の歴史の中で最も誤解され、差別を受けてきた病気のひとつとして知られています。何世紀にもわたり、世界各地で、ハンセン病患者・回復者は故郷を追われ、人里離れた村や島に隔離されていました。そして、その差別はハンセン病患者・回復者本人だけではなく彼らの家族にまで及びました。

1980年代になると、多剤併用療法(Multidrug therapy:MDT)という有効な治療法が開発され、1990年代後半からは、世界中どこでも無料で薬が手に入るようになり、多くの人々が病気から解放されました。また、早期発見・早期治療が的確に行われれば、障害が出る前に病気を治すことができるようになりました。このように医療面では突破口が見つかったにも関わらず、長い間、ハンセン病患者・回復者を苦しめているスティグマや差別は残ったままです。

私は40年以上にわたり、ハンセン病制圧活動で世界各地に足を運ぶ中で、多くのハンセン病患者・回復者に出会いました。社会のひどい差別を恐れてコロニーを離れることを拒む人々。ハンセン病を患っているということが明らかになってしまったことで、仕事を失ったり、離婚を余儀なくされてしまった人々。差別に苦しむ人々の人生はどれ一つとして同じものはありません。しかし、彼らの過酷な苦しみは世界各国に共通する深刻な問題です。

私はこうした社会の不正と闘わないわけにはいかないと強く感じました。そこで2003年、私はハンセン病を取り巻く人権問題について、国連人権高等弁務官事務所に訴える決意をしたのです。各国政府やNGO、関係者の皆さまの粘り強く、誠意あるご協力により、7年の歳月を経て、2010年12月、「ハンセン病差別撤廃決議」が国連総会の総意をもって採択されました。この国連決議は、ハンセン病との闘いにおいて非常に大きな一歩でした。国際社会はこの時はじめて、ハンセン病患者・回復者の見過ごされてきた人権問題や彼らに対するスティグマや差別をなくすことの重要性について認識したのです。さらに重要なことは、この国連決議により、ハンセン病患者・回復者が他の人々と同様に自分にも基本的な人権があることを自覚できたことでした。

本決議は、各国政府等に対し、「ハンセン病差別撤廃決議」と原則及びガイドラインに十分な考慮を払うことを求めています。原則はハンセン病患者・回復者が病気を理由に差別されることなく、人としての尊厳と基本的人権・自由を有することを謳っています。そして、ガイドラインは各国の取り組むべき具体的な指針を示しています。例えば、差別的な法律や制度の撤廃や出版物から差別的な表現を取り除くことなどです。

しかし、国連決議には法的拘束力がありません。国連決議と原則及びガイドラインは、実際に社会の中で適用されなければ何の意味も持たないのです。つまり、現状は何も変わらず、ハンセン病患者・回復者に対するスティグマや差別はそのまま残り、彼らは厳しい差別に苦しみ続けることになってしまうのです。

そこで、私は国連決議と原則及びガイドラインを各国政府、政策立案者やその他の関係者に広く浸透させ、社会の中で確実に適用されることを目的に、世界の5つの地域において「ハンセン病と人権国際シンポジウム」を開催するに至りました。すでにブラジル、インド、エチオピアにおいてシンポジウムを開催しました。ブラジル会議の後、国際ワーキンググループが発足し、各国で原則及びガイドラインを実行してもらうための具体的な行動計画を練っているところです。

ハンセン病患者・回復者を取り巻く多くの問題は、社会のハンセン病に対する誤解や無知に起因しています。ここ、中東地域においても、ハンセン病は未だに恐怖の対象となっています。ハンセン病は感染率の高い病気であるから、彼らを排除しなければならないという誤った認識をしている人もいます。

では、どのようにすれば、差別のない社会をつくることができるのでしょうか。原則及びガイドラインにも明記されていますが、ハンセン病患者・回復者やその家族の人権や尊厳を尊重するためには、各国政府がNGO、市民社会、メディア、ビジネスセクターなど様々なステークホルダーとの連携を通じて、政策立案や行動計画の作成に取り組み、社会の認識を変えていくことが不可欠です。先ほど申し上げたように、現在、国際ワーキンググループがこのモデルとなり得る行動計画を策定中です。この地域においては特に、女性の役割と歴史保存をより重要な課題と捉え、この後のセッションで取り上げます。こうしたことについて、モロッコ政府がコミットメントをくだされば、今までにないような大きな一歩を踏み出せることでしょう。

スピーチ風景.JPG


このシンポジウムで闊達な議論がなされることで、中東地域における具体的な取り組みがはじまる契機となることを願っています。

*********************

ハンセン病プログラム・マネージャー会議


2014年10月29日
於:モロッコ・ラバト


各国保健省プログラム・マネージャーの皆さま、WHO関係者の皆さま、そして、ハンセン病問題に取り組む関係者の皆さまのご尽力にあらためて感謝申し上げます。

私は40年以上にわたり、ハンセン病制圧活動に取り組んでまいりましたが、ここ20年の公衆衛生上のハンセン病制圧における世界的な改善には目を見張るものがあります。WHOが1991年に「患者登録数が人口1万人当たり1人未満となること」という明確な目標を掲げて以来、各国は、目標達成のために綿密な計画を立て、これに沿って関係者の力を結集し、ハンセン病の制圧に向けて尽力されました。

言うまでもなく、ここWHO東地中海地域事務所(EMRO)もハンセン病制圧に向けて多大な貢献をしてくださいました。モロッコでは、1980年以降、ハンセン病患者は指定病院ではなく、地元の診療所で治療を受けられるようになり、また、新規患者発見のための家庭訪問が実施されるようになったと聞いています。患者を減らすだけではなく、早期発見・早期治療のための様々な新規プログラムを政策の中に組み込んでくださっているモロッコ保健省の皆さまに感謝申し上げます。また、ハンセン病患者・回復者に寄り添って活動をしてくださっているプログラム・マネージャーの皆さまに御礼申し上げます。

このような成功例は、ハンセン病と闘うすべての国においても多くあることと思います。こうした努力の結果、ハンセン病の制圧は、世界各国で劇的に進展しました。そして今、ハンセン病未制圧国はブラジルを残すのみとなりました。

しかし、目標に向かって懸命に努力をしていた国でさえ、一度、制圧目標を達成してしまうと関係者の意識が低下してしまうことが往々にしてあります。また、ハンセン病に関する予算や人材が減らされ、他の疾病に比べて相対的にハンセン病の優先順位が低下してしまいます。私はこのような状況にならざるを得ないことも理解しております。しかし、そのことにより、関係者がハンセン病との闘いの本質的な意義も低下してしまったと誤解されることを懸念しています。
ハンセン病患者・回復者は病気との苦しい闘いだけではなく、差別という精神的な苦しみを抱えているため、今後も新規患者を早期発見・早期治療をしていくことが重要だと考えています。ハンセン病制圧活動の主な目的は、感染の予防、患者の発見及び治療、障害の予防だけではなく、差別との闘いという重要な目的があります。

ご存知の通り、ハンセン病は様々な複雑な問題が絡み合っています。多くの国々で、ハンセン病患者・回復者は病気だけではなく、スティグマや差別に苦しんでいます。私は、長年にわたるハンセン病制圧活動を通じて、声をあげることでさらなる差別を受けることを恐れ、沈黙をしたまま、治療を受けることさえできずにいる多くの患者を目の当たりにしてきました。スティグマや差別をなくす多大な努力がされてきたにも関わらず、未だに世界中で多くの人々が一度ハンセン病に罹ると、社会的にも経済的にもコミュニティから孤立をしています。

新規患者の早期発見・早期治療が的確に行われることで、差別を受ける人々の数は減ってきましたが、スティグマが完全になくなるにはまだ時間がかかるでしょう。

プログラム・マネージャーの皆さまは、ハンセン病を取り巻く医療面と社会面の双方の問題の解決に多大な貢献をしてくださっています。皆さまのこれまでのご尽力に敬意を表しますとともに、引き続き、固い決意をもって活動を続けてくださることを期待しています。

私たちは、今、共通の目標を達成するために一人ひとりの責任を再確認するために、ここに集まりました。皆さまの努力と熱意をもって、ハンセン病とそれに伴う差別という苦しみが軽減されていくことを心から願っています。


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12月5日(金) [2014年12月05日(Fri)]
12月5日(金)

6:15 成田着

8:00 自宅着

13:30 財団着
    書類整理・打合せ

16:00 羽生次郎 笹川平和財団会長

18:00 ミンコーナイン ミャンマー88世代民主化勢力歓迎会
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「脚光を浴びる北極海航路」―国際セミナー― [2014年12月05日(Fri)]
「脚光を浴びる北極海航路」
―国際セミナー―


北極海航路の開発が脚光を浴びている。地球温暖化により急速に北極海の氷が解け始め、不可能とされていた船舶の航行が可能なってきたからである。

1990年、ノルウェーの外務大臣が日本財団においでになり、チャレンジングな北極海の夢の航路開発を共同研究しようと提案され、私は即座に了解した。

研究は私が委員長として、ノルウェー、ロシア、日本の科学者や専門家によって10年間にわたり続けられ、横浜からロシアのムルマンスク港までの実証実験も行った。

当時は北極海の氷海域が今日のように大幅に縮小するとは考えられないことであった。しかし、今や現実なものとなった。

日本の関係者にその実情を理解してほしいと考え、国際セミナーを開催した。

以下はその時のスピーチの要約です。

―北極海航路の利活用に向けた国際セミナーin 東京―


2014年11月7日
於:ホテルオークラ


DSC_1568.JPG


海洋政策研究財団と日本財団の共催による北極海航路の利活用に関する国際セミナーは今年で2回目となります。今回もロシア、ノルウェー、デンマーク、韓国、中国の北極海航路に関する専門家及び海事産業関係者の皆様に多数お集まり頂きました。日本政府の菅沼健一北極担当大使、そして駐日ノルウェー王国大使館臨時代理大使ビョーン・ミットゥン氏にもご列席頂きました。これほど多くの方が御参加くださるということは、会議を主催する者にとりましてこの上ない喜びでございます。

また、北極海に対する関心がこれほど高いということも、日本にとってありがたいことです。先程司会者から紹介がございました通り、1990年代の初め、当時のノルウェーの外務大臣が突然、私の事務所を訪問され、北極海航路の可能性についてお互いに勉強しないかというお話をいただきました。ご承知のように、ノルウェーは北極や南極等の極地研究について世界最高水準の専門的知見を有する国でございます。私はすぐに「チャレンジする事は良いことだからやりましょう」とお応えしました。その後、ロシアの専門機関も参加し、本日お見えで、当時北海道大学の教授であられた北川先生が中心となって約10年間にわたり北極海航路の研究を行いました。

その研究の結果、北極海航路を商業利用することは技術的には可能であるとの結論を出しました。実際に横浜からムルマンスクまで船舶を航行させた経験もございまして、大変うまくいきました。当時、ノルウェーのオスロでまとめの会議を開催したのですが、一番多く参加されたのがスエズ運河の関係者だったことに驚きました。彼らからすると商売敵が出てきたという認識のようでしたが、「これは先の話で、可能性について研究しただけです」と慰めたことを覚えておりますが、こんなに早く北極海航路の本格利用というものが現実味を帯びてくるとは想像もしていませんでした。その後国際社会は、ロシアを中心にしまして大きく北極海の活用という方向に舵が取られてきております。

我々は北極海航路という新たな海の恩恵に預かろうとしているわけでございますが、それにはやはり相応の責任と貢献を果たしていかなければなりません。この件につきましては様々な国際会議等で問題提起されてきましたが、北極海という特殊性のためか効果的な対策が進んでいるとはいえない状況にあるのではないでしょうか。

そこで私は、昨年のこのシンポジウムでも申し上げましたが、日本財団並びに海洋政策研究財団は3つの分野で協力あるいは参加していきたいと表明いたしました。

1つ目は、商業利用の促進として、この利活用に関するセミナー等を開催することです。北極海航路の両端、つまりヨーロッパとアジアの海事関係者や企業が、今まで北極海航路の商業利用について話し合う場がございませんでしたので、そういう機会をぜひ作りたいという思いがございます。今年もロシア、ノルウェー、デンマークからキーパソンの方がお見えになっておりますので、コーヒーブレイクの時、あるいはレセプション等で幅広く意見交換をしていただければ、我々主催者としては1つ目的を達成したことになるのではないかと思っております。

2つ目は、北極海の総合的海洋管理を推進するために、海洋政策研究財団と共に包括的なガバナンス体制の構築を目指した調査研究を行います。ご存知の通り、海洋管理という点については、北極は南極と大きく異なります。北極には資源開発や環境保護等の様々な利害調整の枠組みがいまだ存在しておりません。さらに北極沿岸国が有する領域主権や管轄権の存在を前提に議論を進めなければいけないという難しい状況にあります。ですから、日本財団や海洋政策研究財団のような民間組織が、主導できる分野においては積極的に主導し、その打開策を図っていくべきだと考えています。

3つ目の支援でございますが、北極海という閉ざされた海に対する科学的調査をしっかり行うことが非常に重要だと考えております。万が一でも環境汚染につながる事故が発生すれば、北極海の生態系に与える影響は計り知れないものになるでしょう。そういう意味でも、国際共同研究用観測船を保有し、研究を積み重ねることで科学的知見を蓄積する仕組みが必要ではないかと考えております。日本は北極評議会のオブザーバー国であるわけですから、各国の研究者が活用できるような国際研究のプラットフォームとして、日本の役割として、観測船を建造する必要があるのではないかと考えております。この点については然るべき提言を日本政府に行い、ぜひ実現していきたいという熱い希望を持っております。

DSC_1561.JPG


世界の新たな大動脈となりうる北極海を航行ルートとして利活用していくことは勿論ですが、海洋管理や科学調査という面においても、我々は責任と貢献を果たしていかなければなりません。科学的調査の実施、管理体制の構築、そして利用の促進、この3つの分野を有機的に繋ぐことが北極海航路という海の国際公共財を適切かつ持続的に利用するために必要であると考えておりますので、この分野において、日本財団並びに海洋政策研究財団は引き続き協力してまいりたいと願っております。

既に多くの船舶が北極海航路を航海しておりますし、それぞれの国が専門的な知見を有しているかと思いますが、日本は若干の遅れをとっていることは否めません。しかし、1990年の初めに日本が既にノルウェーやロシアと協力して北極海の開発に挑戦したという実績があり、その際の報告書が日本語やロシア語で発表されていますので、今一度それをご覧いただきたと思います。

皆様には本日のシンポジウムを通じてさらに深い理解をいただきたいと思います。また、海外からお見えの皆様との意見交換を通じ、日本がさらに北極海の国際的な開発へ貢献できればと願っております。

どうぞ豊かな議論が行われ、多くの方々との交流の場になることを願って開会の挨拶とさせていただきます。
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12月4日(木) [2014年12月04日(Thu)]
12月4日(木)

6:30 朝食

7:15 ホテル発

7:40 ネピドー空港着

8:40 ネピドー発

9:10 ヤンゴン着

10:30 ホテル着

12:30 関係者と昼食

18:30 関係者と夕食

21:00 ヤンゴン空港着

22:20 ヤンゴン発、成田空港へ
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