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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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7月23日(木) [2015年07月23日(Thu)]
7月23日(木)

7:25 財団着

8:00-9:00 「アドバイザリー会義」新委員選考会議

10:00 マルタ インターナショナル・マリタイム・ロー アタード学長

13:30 伊東高廣 ボートレース振興会常務理事

14:00 日本財団GEBCO奨学生

14:30 紀伊国献三 笹川記念保健協力財団会長

18:00 神保国男 戸田市長 
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7月22日(水) [2015年07月22日(Wed)]
7月22日(水)

7:25 財団着

9:00 「遺贈センター構想」打合せ

10:00 フィリピン残留日本人二世

フィリピン代表団と.JPG
フィリピン残留日本人二世と記念撮影


11:00 関水康司 IMO事務局長、クレオパトラWMU学長 

15.07.22 WMUクレオパトラ学長、IMO関本.JPG
クレオパトラ学長(中央)と関水事務局長(右側)


13:00 「夢の貯金箱」事業説明

13:30 フィリピン残留日本人二世・記者会見

記者会見
記者会見2.JPG


記者会見1.JPG


15:00 フィリピン残留日本人二世 国会議員へのブリーフィング 於:第二議員会館

16:10 フィリピン残留日本人二世 安倍総理表敬 於:総理官邸

カルロス氏が総理に署名簿を渡す.JPG
カルロス氏が総理に署名簿を渡す

安倍総理と代表団.JPG
総理と一緒に記念撮影


16:40 渡邉秀央 日本ミャンマー協会会長
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「俎板(まないた)の上の鯉のつぶやき」その2―宿命の子の書評― [2015年07月22日(Wed)]
「俎板(まないた)の上の鯉のつぶやき」その2
―宿命の子の書評―


東京大学名誉教授の御厨 貴(みくりや たかし)先生が『宿命の子』の書評を『週刊読書人』に記載された。ちなみに御厨氏は亡父についての人物評を、アカデミズムの世界にあって初めて書かれた人であり、旧知の仲である。

以下、全文をご披露させていただきます。

*************


御厨貴氏が日本人の一類型を発見した高山文彦著『宿命の子』

【書評】『宿命の子 笹川一族の神話』高山文彦・著/小学館/2500円+税

 * * *
◆セルフメイドマンの宿命 日本人の一類型を改めて発見

 本書の主人公・笹川陽平は旧知の人である。今を去ること二十年前、私は笹川陽平から父・笹川良一の「巣鴨日記」の学術的分析と公開を依頼されていた。本書にも書かれている通り、当時の笹川良一はアンタッチャブルな存在であった。亡くなったばかりのその人の日記だから後難を避けるため断わるのがあたりまえだったかもしれぬ。だが私は、好奇心のなせる業か「巣鴨日記」の素材の面白さと広がりとから、これは学術的利用に堪える一級資料と判断し、「中央公論」誌上で公開し解題を書いた。後に単行本にもなった。

 そこでの笹川良一のイメージを、セルフメイドマンと私は名づけた。説明や言葉や論理を必要としない世界があり、睨みをきかせる人物の押し出しが皆を納得させるタイプである。セルフメイドマンは存在そのものに価値がある。戦前はそれでよかった。しかし戦後デモクラシーの中で、セルフメイドマンはおよそ一般の理解の外にあり、時と場合によってはあってはならぬモノと断罪されてしまう。

 本書の著者は、良一の三男・陽平とその周辺への徹底的なインタヴュー取材を通して、陽平を介して良一及び笹川一族を描き出そうとする方法をとる。語るべき素材はすべて笹川の側にあるのだから、そことの距離感をどうとるか、本書の中にても随所で触れられているが、著者は大変だったと思う。しかし手ざわりの感覚で表現される陽平の姿は、かつて私が、良一の日記を分析するにあたり、同じく陽平のインタヴューを行った際の印象を、確実に記憶の中によみがえらせた。私の師にあたる佐藤誠三郎や伊藤隆が、彼等の晩年に笹川良一の全体像の解読に魅せられたのには、同様の印象があったからではないかと思う。

 すわなち、良一にも陽平にもどこか一般人とは異なる感性があって、それを隠すことなく周囲に、さらしているのだ。良一の場合はまさにセルフメイドマンだ。だから世評は一切気にせず微動だにしない。家庭的には本書に見られるように、一見奔放な女性関係が家族関係をややこしくするのだがこれまた隠そうともしない。三人の息子との関係も、普通の親子関係とは随分と違う。そこには愛憎劇も無論あるのだが、長期的にはむしろ淡々とした人間関係が破綻することもなく続く。端的に言って、セルフメイドマンの子供たちは、また彼等なりに知らず知らずセルフメイドマン二世の道を各々切り拓いていった。

 良一と言えば、戦後は日本船舶振興会、今の日本財団の生みの親であり育ての親であった。一九八五年頃から亡くなる九五年前後までの十年間、笹川の支配する船舶振興会の運営をめぐって、内に外に対立抗争がくり広げられた。メディアをおどろおどろしい記事が飾ったことは、今も鮮明に覚えている。この間の危機管理を担い、今のような落ち着き所に持っていったのが陽平その人であった。本書の後半部はすべてこの話に尽きる。

 良一譲りの説明なく行動で見せるやり方ではもはやありえない。幼い頃から良一とは、無関係の時、斜めの関係の時、緊張関係の時がくり返された陽平にとって、セルフメイドマンとしての父の毀誉褒貶をすべて受け入れた上で、危機を乗りこえることが出来たのだと思う。ハンセン氏病の撲滅から多方面に広がりゆく財団の活動のユニークさを表象し、年をとっても若い人顔負けの体力と行動力に賭ける。こういった特性すべてを、陽平は良一のセルフメイドマンたる強烈な個性を、一度遠くに置いて客観的視座を確保した上で、自らの行動規範にしているのだ。その点を現すためにこそ、著者は陽平を「宿命の子」と呼ぶわけである。

 本書は、陽平のインタヴュー録を絶妙に引用しつつ、ノンフィクション作家としての著者得意のエピソードの展開とをうまく融合している。だから七〇〇頁近くの大部の本にもかかわらず、一挙に読み通せるのだ。かくてセルフメイドマンの個性とその限界と、セルフメイドマン二世の遺産継承とその展開とを、クロスさせて見る時、今やめずらしくなった日本人の一類型を改めて発見した思いがする。
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7月21日(火) [2015年07月21日(Tue)]
7月21日(火)

7:35 財団着

9:00 グローバルアピール・ミーティング

10:00 理事会 

13:00 世界海事大学連合(IAMU)学生
    IAMU学生フォーラム出席のため来日
    将来の海事産業を担う若者達による海事教育訓練に関わる問題点について
    活発な意見が交わされた

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財団を訪ねて下さった学生を前に挨拶

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31カ国、48名の学生と共に記念撮影


14:00 鳥井啓一 日本財団参与

15:00 語り場

16:00 東京財団 秋山昌廣理事長
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7月20日(月 海の日) [2015年07月20日(Mon)]
7月20日(月 海の日)

8:30 自宅発

9:15 ザ・キャピトルホテル東急着

9:30 第20回「海の日」総合開会式 挨拶 
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7月18日(土) [2015年07月18日(Sat)]
7月18日(土)

15:30 自宅発

16:30 パシフィコ横浜 会議センターメインホール着

17:00 日本青年会議所(JCI)主催 「誇りある日本創造フォーラム」基調講演

「誇りある日本創造フォーラム」で基調講演.
誇りある日本創造フォーラムでの基調講演.JPG


誇りある日本創造フォーラム.JPG


女優の中江有里さんの「Think Nowハンセン病」朗読会も行われました.JPG
女優の中江有里さんの「Think Nowハンセン病」朗読会も行われました.

「Think Now ハンセン病」写真展も開催 JPG.JPG
「Think Now ハンセン病」写真展も開催
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7月17日(金) [2015年07月17日(Fri)]
7月17日(金)

7:35 財団着

7:40 海野光行 日本財団常務理事

8:30 「フリースクール」事業打合せ

9:30 韓国 朴 槿姈女史

11:40 ブラジル・ハンセン病会議 スピーチ打合せ

16;40 羽生次郎 笹川平和財団会長
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「今流行(はやり)のかき氷」―冬も食べるかき氷― [2015年07月17日(Fri)]
「今流行(はやり)のかき氷」
―冬も食べるかき氷―


今年はまだ梅雨も明けないというのに、既に全国的に炎暑が続いている。

かつて、夏の風物詩の一つであった『かき氷』が若者を中心に復活してきた。あちこちで話題の『かき氷』の店を渡り歩く人もいるという。今や厳寒の季節でも食べるようになったというから驚きである。

たまの休日は自宅から90分ほどで到着する富士山麓の山荘で過ごすことにしている。梅雨時でも乾燥した澄んだ空気は気分転換になり、喧騒から逃れての好きな読書と散策は息抜きにもってこいだ。

この山荘がある河口湖周辺は食文化も意外に多彩で、東京に比べて価格も半値から三分の一と、安くて旨い。

息子たちは外食好きで、案内書を頼りにあちこちのレストランに入るのが楽しみらしいが、私も老妻も外食嫌いなので、この30年間、限られたレストランにしか行ったことがない。

この外食嫌いの老妻が、どうしたことか『かき氷』に夢中で、「一度是非あなたに食べてほしいの。かき氷だからといってバカにしないで。日本一美味しいんだから。でもいつも満員で一時間は待つの。それにその日の氷がなくなると閉店になっちゃうのよ。行きましょうよ」と、まるで氷屋の回し物のようなことを云う。

「やだね。一時間も待って氷など食べたくないね」というと、「ものは試しよ。東京からわざわざ食べに来る人がいるほど人気の店なんだから」と、追い打ちをかける。

『夫唱婦随』ならぬ『婦唱夫随』の時代。仕方なく出かけることにした。

「あなたって幸運ね。私はこのところ4回も無駄足だったの。しかも待たずに入れたのは今回が初めてよ」と、嬉しそうにドアを開けた。15坪ほどの店内には小さな椅子が20脚ほど並んでおり、店は夫婦二人で切り盛りしているらしい。

日本一のかき氷の秘密は、富士の天然水で作った氷を恐ろしいほど薄く削る。日本が誇る刃物の切れ味ゆえであろうか。写真のようにふんわりと淡雪のようで、普通のかき氷のように急いで食べても、頭にツゥーンとくることはない。

かき氷.jpg


場所を聞いても、多分、1回や2回では行けないような辺鄙な場所にありながら、冬でも遠く東京から食べにくるという。環境の悪いことを逆手にとって、創意工夫で日本一のかき氷屋になったわけである。

アイスクリームも、今や冬でも食べるようになった。1984年にハーゲンダッツが青山に一号店をオープンした折、寒さの中、コートの襟を立ててマフラーを首にまいた若者が店の前に行列を作ったことが報道され、冬のアイスクリームが定着したのではないだろうか。

少年のころ、暑い盛りに舗装もされていない農道を、チリンチリンと鈴を鳴らしながら「アイスキャンディー」の旗を立てた自転車が通ると、無性にアイスキャンディーが食べたかったが、貧乏だったので、水道の蛇口に口をつけ、腹いっぱい飲んで我慢したものだ。

アイスクリームの思い出は5歳の時、叔父に連れられて、何と! 帝国ホテルで食べたのが最初である。銀の器には黄色いアイスクリームが入っており、「美味しいかい?」と尋ねる叔父の姿と共に、70年を経過しても思い出す懐かしい出来事であった。

話がそれたが、この山梨県河口湖のかき氷専門店『信水堂』のいちごのかき氷は840円であった。メニューには「氷へのこだわり」として、「世界遺産、霊峰富士のミネラルたっぷりの天然水から専用の製氷機を使用し、こだわりの『氷』で製作致しました。他では味わえないふわふわの、ケレン味のない純な『氷』をお楽しみください」とあった。

場  所:山梨県南都留郡富士河口湖町船津7673-1
電  話:0555-73-8548
営業時間:11:00〜17:00 ただし、その日の氷がなくなると閉店
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7月16日(木) [2015年07月16日(Thu)]
7月16日(木)

7:35 財団着

11:00 アメリカ・カナダ大学連合日本研究センター
    Indra Levyディレクター(スタンフォード大学教授)

16:00 参議院議員 衛藤晟一先生
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7月15日(水) [2015年07月15日(Wed)]
7月15日(水)

8:30 神保国男 戸田市長

10:25 前葉泰幸 津市長

14:00 鈴木英夫 経済産業省通商政策局局長

16:00 工藤泰三 日本船主協会会長

18:30 スカンジナビア・ニッポン・ササカワ財団・2015年度助成者交流懇親会 

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