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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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10月13日(月) [2014年10月13日(Mon)]
10月13日(月)

6:50 成田着

8:10 自宅着
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10月12日(日) [2014年10月12日(Sun)]
10月12日(日)

7:30 朝食

11:30 ミャンマーサッカー連盟

13:00 関係者との打ち合わせ

18:00 関係者との夕食

20:30 ヤンゴン空港着

21:45 ヤンゴン発
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10月11日(土) [2014年10月11日(Sat)]
10月11日(土)

9:30 成田空港着

11:00 成田発

15:40 ミャンマー・ヤンゴン着

16:30 ホテル着

18:00 ヤンゴン事務所職員と夕食
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10月10日(金) [2014年10月10日(Fri)]
10月10日(金)

7:35 財団着

8:00〜9:00 語り場

9:00〜10:00 語り場

10:00 「ベンチャー基金」事業打合せ

14:30 福祉事業打合せ

17:00 東京オリンピック顧問会議
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「異例の処分に毅然と抗議を」―不可解な前支局長在宅起訴― [2014年10月10日(Fri)]
「異例の処分に毅然と抗議を」
―不可解な前支局長在宅起訴―


産経新聞の前ソウル支局長が同社のサイトに掲載したコラムで、朴槿恵・韓国大統領の名誉を毀損したとして10月8日、情報通信網法違反の罪でソウル中央地検から在宅起訴された。驚きと同時に不可解さを感じる。

起訴によってメディアに圧力を掛け、大統領の権威を守るのが狙いかもしれないが、言論の自由に対する明らかな弾圧として国際社会が反発するのは、容易に想像がつく。現に同盟国の米国は懸念を表明し、韓国メディアからも起訴に疑問を投げ掛ける声が上がっている。「朴槿恵」個人の名誉を守れたとしても、「韓国大統領」、ひいては「韓国」の信用には傷がつくということだ。

こんなことは朴大統領も大統領府も当然、承知している。しかし「韓国司法関係者は処分に先立ち“政治的案件であり、起訴するかどうかの判断は検察の手を離れた”と述べた」などの報道を踏まえると、起訴の背景に大統領本人、あるいは大統領府の意向があったと見るしかなく、このあたりがどうなっているのか、何とも不可解なのだ。

関連して言えば、韓国には「大統領に対する冒涜」を「大統領を選んだ国民に対する冒涜」と捉え、批判封じ込めを正当化する考えがあるとされるが、これもおかしい。大統領は国民に選ばれた故に、問題となったコラムのような大統領の動静に関する記事は公益性を持つ、というのが本来の理屈であろう。

日本の新聞が首相の動静を分刻みで詳細に紙面に載せているのも、こうした考えだ。ましてコラムの対象となったのは大惨事となった旅客船事故が起きた当日である。

もう一つしっくりしないのは、日本メディアの姿勢である。ソウル中央地検は8月以降、前支局長を出国禁止措置にして3回にわたり前支局長から聴取を行い、この間、日本新聞協会や日本ペンクラブは重大な懸念を表明、起訴しないよう求め、起訴当日も日本新聞協会の編集委員会や日本記者クラブ、日本新聞労働組合連合が抗議声明を出しているが、弱いというより、何故か緊張感が伝わってこないのだ。

事はメディアの取材・報道の自由を脅かす重大事である。まして今回、起訴の対象となったのは、産経新聞が運営するサイトに日本語で日本の読者向けに書かれたコラム。ネット時代を迎え、記事には海外どこからもアクセス可能で、アクセスした国の国内法で処罰できることになれば、従来の名誉・信用棄損とは全く別の深刻な問題も出てくる。

チェチェン紛争に対するロシア政府批判で知られたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんが2006年、自宅アパートのエレベーター内で射殺された直後に私はヨーロッパを訪れ、欧米のメディアの激しい抗議に比べ、日本メディアの反応が今ひとつ弱かったような記憶がある。

10月15日から1週間、新聞界のメーンイベント「新聞週間」が始まる。15日には新潟市で新聞大会も開催されるようだ。かねて盛りだくさんの予定が組まれていると思うが、今回の在宅起訴に対し、新聞界としても一層、毅然とした態度を打ち出してほしく思う。
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「ミャンマー出張」 [2014年10月10日(Fri)]
「ミャンマー出張」


今月8日に戻ったばかりですが、明日からまたミャンマーに出張いたします。

13日に帰国します。
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「福島放射線国際専門家会議」その3―地元からの発言― [2014年10月10日(Fri)]
福島放射線国際専門家会議」その3
―地元からの発言―


福島県立医科大学では住民健康調査を行い、そこで得られた放射線と健康リスクについての秀れたデータが報告された。今後も長期にわたり調査は継続されるので、不幸な出来事ではあったが、国際的に評価の高い科学的データが作成されることになる。

今回の会議の特徴は、長期の避難生活により放射線以外の二次的要因による健康リスクや心理的・社会的問題が議論されたことであり、地元の住民や臨床医、保健師の方々など、原発事故の影響を受けた地域の方々の生の声を聞く機会を設けたことで、この事故が心理的にどのように影響を及ぼしているかについての発表は、専門家による国際会議では珍しいことであった。

これらの問題解決には、政府や専門家と住民との間の信頼関係の構築や丁寧なコミュニケーションが必要であり、単に「放射線と健康リスク」だけにとどまらず、長期にわたる避難生活から生じる放射線以外の原因による健康リスクの問題(糖尿病、高血圧など)、心理的問題(うつ、引きこもり)、社会的問題(差別、風評被害、社会的孤立)など、さまざまな問題を検討する必要があることがわかってきた。

今回の会議で特に注目を浴びたのが、市民である大槻真由美さんの発表であった。しっかりした現状認識のもと、被災地に戻り、家族揃っての生活こそ幸福の原点であると、さまざまな心の葛藤の中から得た自己結論のもと、平和な生活をされている。

避難生活をされている皆さんには是非この文章をお読みいただき、今後の生き方の参考にして頂ければとの思いで、下記、掲載させていただきます。

****************


 皆さん、おはようございます。大槻と申します。とても緊張しておりますが、緊張で口がパクパクならない様に努めさせていただきたいと思います。

 今回「あなたが経験した事をお話ししてもらえませんか!?」ということで、今ここに立たせて頂いております。福島県立医科大学の丹羽先生にお声をかけていただいたんですが、その時丹羽先生が「レベルが高いんだよね〜」と、ポロッと仰ったんですね!! ここに来てわかりました。外国人の方も多いですねぇ〜遠い所ご苦労様です。今日は子供を持つ一人の普通の母親として、震災当初から感じた事をお話しさせていただきます。

 私の住んでいる地区はここから一時間くらいの所で、福島第一原発から46q、霊山という山のふもとです。標高825mの小さな山ですが、岩肌がキレイで、これから秋の紅葉がまた美しく、初心者の方でも登山を楽しめる山です。(日本百景にも登録されています。)

※ラジオから聞こえてくる
 ・なるべく外に出ないでください!
 ・外に出る時はマスクをしてください
 ・ナイロン素材のジャンパーを着用してください
 ・靴についた土は洗ってから家に入ってください・・・
 耳にしながら・・・

 全村避難の飯館村と隣合わせの所に位置していて、年間放射線の積算量が20ミリシーベルトを超える予想が出された為『特定避難勧奨地点』に設定された地域です。そして当初はマスコミにもだいぶ騒がれました。

 私には2人の男の子がおります。震災当時の年齢は3才と1才でした。地震直後すぐ停電になりましたが、幸いにも家にある発電機でなんとか乗り切りながら、テレビやラジオから情報を得ていました。

 津波の被害の映像が目に飛び込んで来た時は『これが本当に起こっている現実なのか!!』と信じられない思いで、ただただ画像を見ている事しか出来ませんでした。津波被害の深刻さが増していく一方で、今度は福島第一原発の情報が流れて来ました。こちらも時間が経つにつれて大変な事になっていきました。その時の私はパニック気味でした。「今すぐ逃げなきゃっ!!」。でもすぐには動けませんでした。皆さん同じ思いの方が多かったことと思います。

 爆発したという情報を得た時には、青森の実家へ避難する決意をしました。3月14日の事です。その時、福島の人は皆、今すぐ・・・少しでも遠くへ逃げたい一心だったと思います。でも・・・行くあてもなければガソリンもなく・・・福島にとどまる事しか出来なかったのです。私はラッキーでした。青森までのガソリンも入っていたし、逃げて行ける所があったのですから。

 3月14日、青森へむけて夜の9時に出発。
 福島県から宮城県、岩手県と・・・どこも停電で、まっ暗な所が多く、異様な雰囲気の中、地震で壊れたデコボコの車道を走らせました。アスファルトのあちこちが盛り上がっていましたから、ゆっくりと慎重にハンドルを握っていたことを記憶しています。

 通りがかりに見るガソリンスタンドには、夜中にもかかわらず営業を待つ車の行列でいっぱいでした。早朝、秋田県入りした時、ラジオから福島第一原発、2度目の爆発の情報が飛び込んできたのです。とにかく!! 子供達を守らなきゃ!! という思いで必死でした。

 実はこの時、福島の家に父と母を残して来ていました。父と母に“一緒に避難しよう!! 逃げよう”と何度説得しても、うなずいてはくれませんでした。父と母は言いました。「家の近所、近くには、兄弟、親戚がたくさんいるから・・・皆をおいて自分だけ逃げることはできない・・・」とハッキリ答えました。そして「孫達を連れて逃げてくれ」と・・・私はどうして逃げないのか解りませんでしたが、その言葉でようやく父と母の心をさっすることができたのです。なんとも言えない引き裂かれる思いの中、私達は出発し、見送ってもらった光景を覚えています。

 青森での避難生活中、子供達が体調不良で小児科へ行った時や、タクシーの運転手さん、お店の人など、“福島からの避難者だ”とわかると皆さんに暖かいお声をかけていただきました。中でも・・・夫が仕事ですぐ福島へ戻らなければいけない時に、帰りのガソリンが無いんですねぇ・・・店じまいしていたガソリンスタンドの店主が福島ナンバーを見て「困った時はお互い様だぁ〜」と心良く満タンにしてくれました。その時は、青森でも燃料や食品の物流が滞っている時でした。マスコミやちまたの噂では、福島ナンバーだとガソリンを入れてくれないとか、キズ付けられた! 子供のイジメなど・・・心の痛くなる様な声も聞こえてきました。

 日に日に事の重大さが日本中を恐怖におとしいれていきました。これは放射線量との長い付き合いになるなと思い、すぐ線量計を購入し、4月には手元に届いていたと思います。青森での避難生活20日余りで一旦福島へ帰ってきました。家の中、外の放射線量を計ると、家の中で最大3マイクロシーベルト台以上、外で5マイクロシーベルト以上もあり、他に雨どいからの水が流れ落ちる所や、大きい屋根の下の土は特に高くて20〜50マイクロシーベルト・・・自分達で除染し始めました。

 それから毎日、テレビ局や新聞記者さんが押し寄せてきました。(子供達はここに住んでいて大丈夫なんですかぁ〜!?とか、避難しないんですかぁ〜!?とか・・・)それが1ヶ月以上続いて、不安をあおられたり・・・頭が変になりそうで、精神的に追い込まれて行きました。私の住む地域、部落は40世帯くらい。ほとんどがお年寄りの方です。その内、子供達がいる家庭は10世帯ぐらいしかありません。皆、幼稚園や学校へ行っていて、日中、家に子供がいたのが我が家だけだったんですねぇ〜。そのためマスコミが集中しました。

DSC_7735.JPG
大槻真由美さんの淡々とした語り口が心に響く


 今でも原発関係の情報を見聞きすると、あの時の恐ろしさがよみがえってきて不安に落ちます。3才だった長男は、地震の怖さからなのか、私の不安な気持ちが伝わってか、オシッコやウンチまで、よく洩らしていました。毎日、よう素、セシウム・・・放射線量のことで頭がいっぱいで不安で・・・そのうちストロンチウムまで検出の報道が流れた時には絶望的でした。ボロボロ・・・

 ある放射線の講演会でお話しされていた先生が『チェルノブイリ原発事故の様子の中で、汚染された地域の市民が、心配な気持ちが長く続いて・・・その強い不安と心配のストレスから病気になった人もたくさんいました。』というお話を思い出しました。その方の“正しい知識を持って、正しく怖がろう”というフレーズが、私の心の中にス〜っと入ってきました。ちなみにその先生というのが、私、今日のプログラムを見てですね『あ〜!!』と見つけてしまいました。本日、議長を務めておられます山下俊一先生だったのです。

 それから無知を克服しよう! 放射性物質との付き合い方がわかれば!!・・・と思い、色んな講演会へ足を運びました。その結果、どれがウソで誰の言っている事が本当なのか・・・.訳がわからなくなって大変な思いもしましたが、私の心は、少しずつ落ち着いていきました。

 とにかく、子供達が口にする食べ物には徹底的に注意して内部被ばくを防ごうと!! 規則正しい生活と安心で豊かな食生活、免疫力を高めて強い体を作って行くしかないなと思い、改めて母親としての責任の重さを感じました。

 外遊びについては『除染されている場所なら心配ない!!』という考え方に近いです。実際に自分達が身をおいている環境は!? というと、家の敷地内や近所で除染されていない手付かずの場所が、もちろんいくつもあります。

 放射線量、今現在で1.5〜マイクロシーベルトあります。家の中と外も計って来ました。家の中:0.146~ 0.25マイクロシーベルト 外:(除染された所)0.35〜0.55マイクロシーベルトでした。

 久々に線量計を首からさげて計って参りました。震災当初は毎日、線量計とにらめっ子していたんですが、今ではまったく使わなくなりました。特に子供を持つ母親は、放射線の事を頭でわかってはいても、線量たった0.1、0.2マイクロシーベルトの数値を見るだけで、不安になってしまうんですねぇ〜。なので・・・見るのをやめました。

 自然とのふれあい(虫や、草花、土あそび)など、外遊びを通しての成長は大切な物! として考えているので、制限はしていません。福島に留まり子育てを続けて行く事への覚悟が必要でした。友人の中にも子供を連れて近くの県や遠くは沖縄まで避難していきました。『もうダメだぁ〜』と何度も思いましたが、六人家族、皆一緒にいることが一番の幸せと信じて・・・

 子供達の将来、放射線の影響がどんな形で出るのか、出ないのかわかりませんが・・・もしもガンやその他の病気をわずらったとしても「10年後には完治出来る時代になっている事でしょう」と自分に都合良く前向きに考えられる様になりました。ただ病気になるといくらお金がかかるのか心配ですね〜・・・。

 放射線量も怖いですけど、みじかにあるタバコ、お酒の飲み過ぎでアルコール中毒になる人もいますね! 他にも食品添加物や重金属、電磁波、農薬残留物など・・・それにもう一つ、放射線が加わってしまったなぁ〜くらいに考える様にしています。記憶に新しいPM2.5!。沖縄に避難した友人が電話口で『放射線から逃げて沖縄まで来たのに、これじゃあ意味がないじゃない〜!!』と嘆いておりました。体に悪い物、こわい物、沢山ありますネ。

 今では、あの恐ろしい出来事から学んだことがあります。私にとっては大きな収穫と言いますか・・・その大きな不安から、目には見えない物、本当の大切な物と向き合う事が出来ました。幸せを見直す、見つめ直す事が出来て、気付く事が出来て良かったなぁ〜と思っています。最近、我が家にはヘビやイノシシ、猿まででてきて賑やかに暮らしています。

 この福島第一原発の事故!
 福島のハジ! ひけめから誇りに変わる時期が必ず来ると信じて・・・

大槻真由美さんより、その後のご家族の写真をお送りいただきました!
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10月9日(木) [2014年10月09日(Thu)]
10月9日(木)

7:30 財団着

8:00~9:00 語り場

9:00〜10:00 語り場

10:00 菅原悟志 B&G財団専務理事

10:30 樋口建史 在ミャンマー大使

11:00 佐藤雄二 海上保安庁長長官

11:30 紀伊国献三 笹川記念保健協力財団会長

14:00 多摩全生園訪問
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10月8日(水) [2014年10月08日(Wed)]
10月8日(水)

6:40 成田着

8:20 自宅着

13:40 財団着

14:40 羽生次郎 笹川平和財団会長

15:00 秋山昌廣 東京財団理事長

16:00 齋木昭隆 外務省事務次官

18:00 外務省アジア大洋州大使会議レセプション
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「福島放射線国際専門家会議」その2―放射線の影響はほとんどゼロ― [2014年10月08日(Wed)]
「福島放射線国際専門家会議」その2
―放射線の人体影響はほとんどゼロ―


9日 会議2日目.JPG
真剣な討議が続く


原発安全神話が国民にほぼ定着していた中での福島原発事故は、地元福島は勿論のこと、日本中に衝撃が走った。放出された放射線に対する人々の恐怖心は想像を絶するものがあり、東京に駐在する原発大国の大使館員をはじめ、在日公館の多くも、関西方面は言うに及ばず、シンガポールや自国へ帰国した方々が多くいた。

菅直人首相(当時)を中心とするドタバタ劇の中で情報は錯綜し、流言蜚語が飛び交った。避難地域に指定された人々は恐怖のどん底に落とされ、やむを得ず故郷を捨て、すでに3年半が経過した2014年8月現在も127,471名(県内80,322名、県外47,149名)の人々が避難生活を余儀なくされている。

原発事故から6カ月が経過した2011年9月、日本財団が主催した福島での国際放射線専門家会議で発言された言葉で最も印象に残ったのは、チェルノブイリ原発事故で10年間にわたって我々に協力してくれた長崎大学の山下俊一教授の『放射線を正しく理解して正しく恐れよう』という言葉であり、アベル・ゴンザレス(アルゼンチン原子力規制庁)の『最大の悲劇は故郷を離れることである』と語っていたことであった。以来3年半が経過し、二人の危惧が現実となり、最大の問題となってきている。

当時、チェルノブイリで10年間の貴重な体験と専門的知見を持つ山下俊一教授に対する報道機関によるバッシングは、常軌を逸していたといっても過言ではない。知ったか振りで発言するテレビのコメンテーターや、実体験のない自称専門家と称する人たちの発言は、被災者に極度の恐怖心を与えたことを忘れてはならない。

『甲状腺ガンは10万人に達するであろう』、『福島から北海道へ避難した人に甲状腺ガンが発症した』と大きく一面で報道した新聞もあった。チェルノブイリ事故発生後、6本足の牛が誕生したとのニュースが日本でも大きく報道されたことがあった。科学的検証のない報道は福島でも最大の問題となり、風評被害に大きな役割をはたしたことを自省してもらいたいものである。

3年半が経過し、報道もようやく冷静になってきたものの、今なお127,471名の避難生活を余儀なくされている人々の諸問題については、1日も早く故郷へ帰れるよう、粘り強く、事実に基づいた報道を願いたいものである。

福島県立医科大学および他の日本人専門家、世界保健機関(WHO)、原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の全ての報告書は、福島原発事故による被ばくレベルは、放射線による影響が認められないほど低く、将来的にもその可能性は低いだろうとデータが示しているという点で一致した。にもかかわらず影響を受けた人々の間には、放射線状況に関する懸念が残っており、被災地の個人、家族そしてコミュニティの生活に深いインパクトを与えている。

シンポジウムの参加者の間では、住民の尊厳、自立、そして連帯の重要性を認識し、住民、専門家、専門的なコミュニティ・ワーカー、地域の世話役、そして行政当局の間のあらゆるレベルの協力を強化することが必要であるとの共通認識を得た。

2時間半にも及んだ記者会見.JPG
終了後の記者会見は2時間半にも及んだ


以上の観点から本国際会議の組織委員会は、9月10日、以下の通り6項の提言書を私から安倍首相に手渡し、善処を要請した。

総理に提言書提出.JPG
安倍首相に提言書を提出


提言

1.放射線防護基準は、地域の状況や個人・コミュニティのあらゆる生活局面に応じて柔軟に設定されなければならない。居住地域の被ばく管理は、空間線量や理論的に計算された線量ではなく、実際の個人線量に基づいてなされるべきである。個人線量は、空間線量が同じで、同様の防護行動を取っている地域でも、 人々の生活習慣によって大きく異なる。

2.被災した人々それぞれが個々の放射線状況を理解し、自分たちの放射線状況をコントロールすることができるよう、情報伝達のインフラを整備しなければならない。

3.避難を余儀なくされた人々が、十分な情報に基づいて決定を下して避難状況を終えることができるよう、個人の意志決定を支援する仕組みが必要である。現在、多くの個人は、避難を余儀なくされたが次の移転先を決めることができないという不安定な状況にとどまっている。自宅に戻ったり、移住したり、家族が一つになることを選択する人たちもいるだろう。地元の雇用再生、現在および将来の安全の確保、(教育を含む)適切なインフラの提供、補償の進め方などの諸問題およびその他の問題を、検証、再評価する必要がある。帰還以外の選択肢を取る者の権利も支持されなければならない。

4.地域の様々なレベルで、レジリエンス、復興、再活性化に関わる成功事例や活動事例の奨励、認定、支援、公表、共有、実施を進めるべきである。地域の人々や自治体は、自分たちの特定のニーズにもっともふさわしい解決方法を提供してくれるのは何かについての深い知見を持っており、その点でユニークな立場にある 。すでに多くの個人や自治体が、革新的で成功をもたらした解決策を開発している。

5.保健医療・地域福祉のサービス従事者の数を大幅に増やして、福島第一原発事故で被災した人々の心理的・社会的福利の向上とレジリエンスの強化を図ろうという努力が現在進められているが、これを支援することはきわめて重要である。個人とコミュニティの心理的・社会的な安寧の確保は、レジリエンスの核心である。震災後3年が経過し、現在のサービス従事者達は十分な経験と知識を持っている。彼らは、保健医療の従事者の数を増加させる上で必要とされるトレーナーの役割を担ってくれるだろう。

6.福島県民健康調査は、地域コミュニティに大きな価値を持つ健康情報を提供している。調査に対する支援と臨機応変な評価を継続すべきだろう。 利害関係者の 関与を柔軟に確保しつつ、現在の調査を強化していく必要がある。調査の結果明らかになった健康・心理面での問題に対応するための政策も策定される必要があるだろう。

第3回福島国際専門家会議組織委員会
笹川 陽平(委員長・日本財団会長)
アベル・ゴンザレス(アルゼンチン原子力規制庁シニア・アドバイザー)
菊地 臣一(福島県立医科大学理事長兼学長)
喜多 悦子(笹川記念保健協力財団理事長)
ジャック・ロシャール(国際放射線防護委員会副委員長)
フレッド・メトラー (ニューメキシコ大学名誉教授)
大戸 斉(福島県立医科大学副理事長兼副学長)
山下 俊一(長崎大学理事・副学長)
(英語版提言を本和文提言の原本とする)

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