CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
BLOG 笹川陽平プロフィール 笹川陽平バイオグラフィー

笹川陽平ブログ(日本財団会長)

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2018年12月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml
【私の毎日】12月3日(月) [2018年12月03日(Mon)]
12月3日(月)

7:10 財団着

7:30 木田悟史 日本財団鳥取事務所長

8:00 日本財団職員との懇談会

9:00 内海宣幸 ニッポンドットコム・ジェネラレマネージャー

10:00 アドバイザリー会議

13:00 西村康稔副官房長官 「分身ロボットカフェ」視察

14:00 「ASEAN−日本障害者学生サミット」挨拶

16:05 和泉洋人 大臣補佐官

16:30 理事会付議案件事業打合せ

18:00 ヨルダン ファイサル・ビン・アル・フセイン王子

18.12.03 ヨルダン ファイサル・ビン・アル・フセイン王子.JPG
ファイサル・ビン・アル・フセイン王子

このエントリーをはてなブックマークに追加
「私の考え」―日本財団について― [2018年12月03日(Mon)]
「私の考え」
―日本財団について―


2018年10月1日は日本財団の創立56回目の記念日です。特別な行事はございませんが、この機会に職員が集まり、私の日本財団に対する思いを即興で語らせていただきました。
乞うご批判!!

**************

 私は創立記念日自体にはあまり意義は感じておらず、未来志向で仕事をしていかなければと思っています。このような組織ができたのは多くの先人たちの努力の賜物です。興味のある人は、書籍や資料を読んでみてください。
 皆さん自身、自覚を持っているかわかりませんが、日本財団は、世界で唯一の組織です。世界中には日本財団よりも歴史の古い財団が数多くあります。それら財団には多くの資金があり、その資金を必要とする社会活動をしている方々に分配することが仕事です。
 しかし私は、25年ほど前に、日本の社会にない組織もつくらなければならないと考えました。当時は大変な批判を受けましたが、今はどうでしょうか。世界中の財団は、日本財団のように自らも仕事をする必要がある時代になっています。
 少子高齢化については今から30年も前に既にわかっていました。例えばなぜ笹川スポーツ財団をつくったかというと、競技スポーツ一辺倒のスポーツ界の中で、少子高齢化を迎えるにあたって、老人の健康のために生涯スポーツが重要だと考えたからです。
 地方自治体はそれぞれ国家から7割の補助を受けて成り立っています。地方は7割も国からお金を受けておきながら、それでもなお、無い無い尽くしで、疲弊しています。このような状態になっていることについても皆さん方に考えていただきたいです。
 財団というのは大体どこに行っても皆50歳以上の人たちが集まっています。世界で最も若い人たちが働いてる財団は日本財団です。皆さん方は、助成を申請される人への対応と同時に、色々な社会課題を見つけ出し、解決するために自らも汗をかいています。また、人様からお預かりしたお金を扱っているという強い責任感を持ち、経理と総務が中核となってしっかりと管理をして、裏から支えてくれています。そして、監査部が仕事をした後の監査をしてくれます。そこまで徹底した組織というのは世界で日本財団だけです。世界のトップランナーの財団として走っているのです。
 皆さんには、このことを誇りに思い、そのような組織がこれからどのように変わっていかなければいけないのかを考えてほしいと思います。私は常に皆さん方に、未来志向で変化、変化、また変化してもらいたいと考えています。世の中の変化に対応していかないと、頭が良くても生き残れないし、強い組織であっても、いずれ滅びていきます。人であれ組織であれ、社会の変化に対応したもの以外は残れないということを常々申し上げておりますから、私たちは組織を変えることをちっとも恐れる必要はありません。組織あっての人ではなく、人の働きやすい組織にしたいのです。
 我々は自由闊達に、それぞれの人の才能を十分に生かすような、風通しのいい柔軟な組織にしたいという思いから、オフィスや人事のあり方も変えています。決してすべてが良いとは思っていませんが、考えられる最善を尽くす姿勢を皆さん方に見てもらいたいと思っています。
 皆、今まで習い性となってたことを続けることが一番やりやすく、変化は好みません。しかし、それでは組織の存在意義がありませんから、私たちはあらゆることにチャレンジをしようではありませんか。
 何遍も申し上げていますように、リスクは私がとります。ですから、無謀なことはだめですが、遠慮なく大胆に、よく議論をし練り上げ、そして、上司に報告・連絡・相談をするという、そういう前提に立った上で、自由で闊達な組織でなければいけないと思います。
 そういう中で、今や戦後73年になりますが、私たちは戦争に敗れた結果、日本の伝統・文化を忘れて、新しい民主主義という名のもとに、民主主義を少し履き違えして権利の主張ばかりを繰り返してきて、今日にあります。国民の権利の主張に応ずることが政治家の役割であり、当選するためには、国民の願いをかなえることが良いことだという結論の結果が1,100兆円の国の借金となったわけです。それで本当に良いのでしょうか。
私たちは、民主主義の、自由・平等・基本的人権を学生時代に学びました。権利の裏には義務があるということも習ったはずですが、国民として一体どのような義務を果たせるのかということについては、私たち個人で考えてきませんでした。
 しかし、ここにきて、本当に政府や行政だけに任せていいのか、私たち自身が社会のためにも仕事をしなくてはいけないのではないかということで、NPOが生まれ、そして、社会的な活動をする人たちが生まれてきたわけです。今やこのような成熟した民主主義の日本においては、社会課題というものが益々細分化されていますから、政府や行政だけでは対応できない時代になってきています。
 そうは言うものの、日本に今5万とも言われるNPO、あるいは6万とも言われる一般法人が、どれだけ信頼を得てきちんと仕事をしているかと言われれば、1割あるかないかという状況ですから、ここに、社会も変わろうとしている中で矛盾があるわけです。マッチングがうまくいっていないんです。そこに、日本財団は存在価値があるわけですし、これから日本財団の目指すのは、ソーシャルイノベーションからソーシャルチェンジを生み出すことだと考えています。
 戦後73年の社会の仕組みの中で、様々な課題が生まれてきています。犯罪被害者、犯罪者の再チャレンジの問題、また、子どもの貧困、自殺対策、難病の子どもたちへの支援とその家族へのレスパイトの施設の支援など、すでに取り組んでいただいているものもあります。今、ソーシャルイノベーションという言葉で表現していますが、これからはソーシャルチェンジ、社会を変えていくためのリーダーシップを日本財団が発揮していきたい、そして、それができる職員がここに揃っていると私は思っています。
 私は日本財団という方法という言葉で何遍も皆さんにお話をしていますが、皆さん方の長い実績によって、今やどこの役所に行っても、日本財団と言うと一目を置いてくださいます。再犯防止については、歴代の法務大臣も財団に関心を寄せてくださっています。そして、社会課題をここで提起して、政治家、行政の専門家、学者、そしてメディア、あるいは、その道を極め活動しているNPOの皆さんなどに集まっていただき、問題点をたたいてもらって、ある程度の道筋がついたら日本財団がそれを実行するというわけです。そして、成功のモデルケースをつくることによって、行政が正しく効果的に、その問題の処理に当たっていくと、そういう問題提起とトップランナーとしての成功例をつくっていくというのが私たちの役目です。日本全国、全ての問題を日本財団が解決できる訳もないですが、確かな成功例をつくることによって、国土交通省は当然のこと、外務省、環境省、厚生労働省、文科省を含め、色々な役所が既に日本財団のやり方というものに注目をしてくれてますし、それだけでなく、国家の貴重なお金まで任せていただける立場になってきました。
 だからといって、私たちは政治家や行政の、お役所の皆さんに魂を売るようなことを決してしてはいけません。私たちの目指す方向に自信を持って進める協力者としての政府であり、国会議員であり、行政官であり、NPOの皆さんであって、私たちは毅然とするべきです。しかし、私たちは同時に、腰を低くして、人の話をよく聞き届ける心も持つ必要があります。
 私たちは決して傲慢な態度ではないですが、日本財団は資金を持ってるから傲慢だと受け取られることがかつてありました。羊羹を欲しい人が10人いれば、10人に薄く切ってあげれば、皆満足して、「日本財団って良い組織だな」と言ってくださいます。ところが、日本財団は10等分しないで、今社会に何が必要かということで、3等分しかしなかった。羊羹にありつけない残りの7人の人は、「日本財団なんて偉そうなこと言ったって、私のこんな良い仕事にお金を出さなかった。あそこは恣意的にお金を扱っている組織だ」と、そのように思われた時代もあります。
 しかし、それを我々は厳然として筋を通してやってきた結果、今日の日本財団があります。さらに、今や私たちは、モーターボートレースの交付金だけではなく、これからは日本全国から、できれば世界から、日本財団の仕事は素晴らしいから、あそこに協力したいという、そういう一般の寄附をもっと集められる組織に変革していきたいと考えています。もちろんボートレースのお金は貴重なお金ですが、それ以上に、やはり国民の皆さんが広く薄く浄財を日本財団に出していただくことで、お金の出し手と我々が一体感を持つことにより、日本の社会を変えていけるのです。
 今日も私の机の上には1万円の寄附者宛てのはがきが80枚位ありました。私はすべてに、添え書きと署名をして礼状を出します。こうした積み重ねによって日本財団を信頼していただけるよう、努めていかなければいけません。今、若い人たちが日本財団の知名度をもっともっと上げていこうと努力してくれていますが、知名度だけ上がっても何の意味もありません。その知名度によって、日本財団に寄附すればこんなにお金を活かしてくれる。領収書はすぐ来るし、礼状までついてくる。そのように国民との間に血の通ったつながりを持つことによって、世界でもユニークな日本財団というものが可能になってくると私は思っています。
 2020年オリンピックを迎えた後の日本の社会構造の変化の中で、日本財団がどうあるべきかということは、これからあなた方が考えなくてはなりません。私や理事長が「右向け右」と言う時代は終わりました。私たちは世界を回っているので、どこに問題点があるかということはよくわかっています。しかし、これからはそれを皆さん方一人一人が考える時代なのです。
 現場には問題点と答えがあります。ですから、日本財団は出張を制限するようなことはしません。できるだけ現場に行って、現場で汗をかいてる人の話を聞き、現場を見てほしいのです。良い人とめぐり会ったときに良い仕事ができるんです。どんどん現場に行き、社会の中で生じている様々な問題を、日本財団が先頭切って、日本財団という方法で問題を解決していき、さらには、成功のモデル例をつくることによって、様々な方にそれを参考にして広げていただくという、パイオニアの役割を皆さん方にお願いしたいのです。
 国際的なハンセン病や海洋問題もやらなければいけませんが、一方で、やはり自分の住んでる国内における問題にも、大胆な皆さんの発想で取り組んでもらいたいので、どういう問題にどのように取り組んだらいいのかということを考えながら仕事をしてもらいたいと思っています。
 常に皆さん方に戦略と戦術ということをお話をしてきました。富士山に登りたいというのは戦略です。そのために、いつ、どの道からどういう方法で登るのかというのが戦術です。しかし、時として戦術論だけで終わってしまっています。こんな仕事をしてみたい。では、その取っかかりのところで、この問題の解決が将来どのように広がりを持って社会に反映できるのかという、戦略と戦術を明確に意識して、事業を開発してもらいたいというのが私の強い望みです。もう私も理事長もいい年になりました。もう皆さん方ができる時代になってきたんです。あとは、それぞれの人生観にかかってくる問題です。
 どのような人生を歩みたいのか。何となく生活ができれば、それで良いのか。それとも、この世にたった1回の生をうけた以上、私はこういう人生を歩みたい、こういう形で死にたい、そういう人生観をできることなら持っていただきたいと思います。
 そのためには、やはり皆さん方の読書量が圧倒的に少ないと感じています。もちろん仕事に関わる本も読んでいただきたいですが、特に日本の明治以降、あるいは、大正、昭和と激動の中に生き抜いてきた立派な日本人がたくさんいらっしゃいます。小説を読むのも良し、歴史を読むのも良し、何でも良いです。決して有名人だけでなく、印象的な人生を歩んだ人が何千、何万といらっしゃいます。そういう中に必ずや、こういう生き方もあるんだ、あるいは、こういう考え方もあるんだというヒントがありますから、現在の売れている本だけ読んでいては少し物足りないところがあります。
 私たちは、日本人としてのDNAを受け継いで今日いるんですから、DNAのもとのところ、中間の部分をちゃんと勉強していかないと、なぜ私たちは今ここに存在するのかがわからなくなってしまいます。
 ですから、人物を書いた本も読んでください。私自身、色々な人の人生の歩みを見ながら、これからどういう人生を歩もうかと、それと日本財団でどのようにやっていこうかと考えます。1年に127日も休みがあるんですから、家族や友人との時間も必要ですが、一人静かに本をひもとき考える時間というのも、やはり人生にとって大変重要なことだと、私は思います。
 皆さん方には、何となく年をとってしまったのではなくて、目指す方向、考え方が実ってここまで来たというような形になってもらいたいと思います。ああ、良い中年になったな、良い人生を送れたな、良い友人を持ち、そして、良い家族を持ち、あるいは自分自身の趣味を活かし、そして、ああ、あの人の本が役に立ったなと言うためには、もう少しそういう本を読んでいただきたいです。
 全部読まなくても、一部で良いです。本当に恐るべき精神力を養った人もいます。人格が円満で、あれもこれもできるのは素晴らしい人もいますが、あの人は変な人だと言われる人も大事です。あの人、変な人だというのは、今の常識では考えられないから変な人であり、先を読む人は現在の常識から考えると変人です。ソーシャルチェンジを起こす日本財団は、皆変な人になってもらいたい。気宇壮大な考えを持ち、先を見る変な人になってもらいたいと思います。慶応義塾大学の創設者である福沢諭吉先生は「文明論之概略」の中で、いつでも世の中を変革する人は少数者だと書いています。恐れないで大胆な意見と行動を期待しています。
 日本財団は自由で開かれ、透明性と説明責任をきちんと果たしていきます。その過程を通じて、日本になくてはならない存在であり、いずれ、世界にとってもなくてはならない、そういう日本財団に皆さん方とともにしていこうではありませんか。
ありがとう。

このエントリーをはてなブックマークに追加
【私の毎日】12月2日(日) [2018年12月02日(Sun)]
【私の毎日】12月2日(日)

7:00 朝食

9:00 ホテル発

9:40 北京空港着

11:50 北京発

16:10 羽田着

このエントリーをはてなブックマークに追加
【私の毎日】12月1日(土)中国・延安、北京 [2018年12月01日(Sat)]
12月1日(土)中国・延安、北京

7:00 朝食

8:30 ホテル発

9:20 宝塔山・宝塔を視察(延安革命聖地のシンボル・宋代の塔)

@コピー.JPG
誰もが一度は訪れたいという延安革命聖地のシンボル
宋代(紀元前960年−1279年)の塔の前で

A支給された八路軍の服装で研修に来た毛沢東の生まれ故郷湖南省の共産党員たち.JPG
支給された八路軍の服装で研修に来た毛沢東の生まれ故郷湖南省の共産党員たち

B旧日本軍のゲートルに似た足に注目.JPG
旧日本軍のゲートルに似た足に注目


10:20 鳳凰山視察

C鳳凰山からの景色.JPG
鳳凰山からの景色


11:30 楊家岭を視察(延安時代に共産党の中枢が置かれたところ)

D毛コピー.JPG
毛沢東が使用していた横穴式住居のベッド
新婚の江青女史と共に過ごしたベッドだろうか

E延安時代にここで出会った若き日の毛沢東と江青女史.JPG
延安時代にここで出会った若き日の毛沢東と江青女史

F周恩来の住居。ここは寝室で約12平米.JPG
周恩来の住居
ここは寝室で約12平米

G歴史的な第7回党大会が開かれた大講堂.JPG
歴史的な第7回党大会が開かれた大講堂

Hコピー.JPG
大講堂で毛沢東の演説の姿を真似した筆者
ちなみに昨年は北京で第19回が開催された(党大会は5年に一度)
毛沢東の横穴住居から歩いて3分くらいである


12:00 棗園を視察(共産党中央書記処旧跡。毛沢東、周恩来などの旧居)

I毛沢東のそっくりさんと記念撮影.JPG
毛沢東のそっくりさんと記念撮影


12:30 関係者との昼食

14:30 ホテル発

15:30 空港着

16:30 延安発

17:45 北京着

19:00 ホテル着

19:30 楊李氏との夕食
このエントリーをはてなブックマークに追加
【私の毎日】11月30日(金)中国・延安 [2018年11月30日(Fri)]
11月30日(金)中国・延安

7:00 朝食

8:30 ホテル発(車移動約1時間半)

10:00 梁家河知青旧居(習近平が住んでいた住居)を視察

@ コピー.JPG
陝西省などの農村に見られる横穴式住居(窑洞・ヤオトン)
崖や地面に堀った穴を住居とする

A習近平が生活した村の風景.JPG
習近平が生活した村の風景

B習近平も横穴式住居で暮らしていた.JPG
習近平も横穴式住居で暮らしていた

C住居は約20平米の一部屋だけの共同生活。左から2番目が習近平の寝床。.JPG
住居は約20平米の一部屋だけの共同生活
左から2番目が習近平の寝床


12:00 延安大学・武忠遠副学長との昼食会

14:00 会峰砦・乾坤湾を視察

D乾坤湾は黄河が320度湾曲している美景.jpg
乾坤湾は黄河が320度湾曲している美景

E コピー.JPG
山賊の砦(会峰砦)
遠望からの景色はペルーにあるマチュ・ピチュ遺跡のよう

F黄河の支流に架かる吊り橋。渡り切ってさらに登ると山賊の砦に辿りつく.JPG
黄河の支流に架かる吊り橋
渡り切ってさらに登ると山賊の砦に辿りつく

G典型的な陝西省のおばさん.JPG
典型的な陝西省のおばさん

H特産物はナツメ.JPG
特産物はナツメ


19:00 延安大学・武忠遠副学長との夕食会




このエントリーをはてなブックマークに追加
「誰もが願う自分らしい最期」―ホームホスピス整備22年、いまだ道半ば― [2018年11月30日(Fri)]
「誰もが願う自分らしい最期」
―ホームホスピス整備22年、いまだ道半ば―


「人生の最期を自分らしく生きたい」。誰もが願うそんな思いに寄り添う施設として、日本財団がホームホスピスの整備に着手して22年。現在、全国で54ヶ所を数えるが、有料老人ホームなどに比べ広がりは今ひとつで、日本財団の支援による施設が全体の80%以上(45ヶ所)を占めている。やや減少傾向にあるとはいえ、75%が病院や診療所で最期を迎える現状は好ましいとは思えない。急速に高齢化が進む中、どうしたらホームホスピスを普及・拡大できるか、20年前も今も難問である。

ホームホスピスは住み慣れた地域の民家などを活用して整備され、高齢や末期がんなどで自立した生活が難しくなった人が、介護を受けながら穏やかな最期を迎える。自宅ではない「もうひとつの我が家」といった趣の施設だ。病院やかかりつけ医、訪問看護サービス、訪問介護サービスなどとも連携し、死期が近づいても病院に搬送することなく暮らしの延長線上で自然な看取りをする。核家族化、地域社会の崩壊が進む中、各種調査で高齢者の60%以上が望む「自宅での最期」に最も近い形と言える。

厚生労働省の人口動態統計によると、2016年の全死亡者約131万人のうち約99万人(75.8%)は病院・診療所を合わせた医療機関、約17万人(13%)は自宅、12万人(9.2%)は施設で最期を迎えている。統計を取り始めた1951年は自宅死が82.5%、病院死が11.7%となっており、以後約70年間、豊かさと便利さを求め続けるうちに、日本人は終末期をどう迎えるかを見失った気さえする。

ホームホスピスは医療、介護、福祉の枠組みの外にある施設として位置付けられ、建設するには資金、人、場所の確保がまず必要になる。利用できる民家の確保・補修から介護・運営に当たる人材の確保や医療や訪問看護・訪問診療などとのネットワーク作りなど、どれをとっても容易ではない。利用する場合も住居管理費や共益費、賄い費、スタッフが24時間見守る態勢を維持するための生活支援費など15万円近くが必要になる。

日本財団が最初に支援し、わが国初のホームホスピスとなった「かあさんの家」=宮崎市=が中心となって2015年に「全国ホームホスピス協会」が設立され、健全なホームホスピスの普及に向け、独自の基準づくりや人材育成を進めている。双方の理事長を努める市原美穂さんが11月6日、日本財団を訪問され、苦労話などを伺ったが、例えば資金面の解消に向け公的な支援の獲得を目指せば、結局、規則や基準に縛られ、ホームホスピスが目指す尊厳のある生き方、看取り文化が失われる結果になるという。

「病院死」の割合を欧米で見ると、オランダ29%(2011年)、アメリカ43%(2007年)など日本に比べてはるかに低く、いずれも自宅に近い集合住宅などで最期を迎える「非病院死」を目指す動きが強まっている。無理な延命治療を見直し、平穏な自然の死を目指す点で、狙いはホームホスピスと同じと思う。言葉を変えれば、その国の医療や介護サービスの充実度が病院死の多寡で計られる時代が来ているような気がする。そのためにも「民」が果たすべき役割は大きいと改めて実感する。

このエントリーをはてなブックマークに追加
【私の毎日】11月29日(月)中国・延安 [2018年11月29日(Thu)]
11月29日(月)中国・延安

6:00 朝食

7:00 ホテル発

7:50 西安北駅着

8:30 西安発(高速鉄道)

10:45 延安着

11:40 ホテル着

12:20 延安大学関係者との昼食会

15:00 延安大学図書調印式・寄贈式(挨拶)

@延安大学.JPG
延安大学図書調印式(日本科学協会の大島美恵子会長(筆者右)と
延安大学張金鎖学長(右から3人目)との調印式を見守る)


A延安大学の学生の前で挨拶.JPG
延安大学の学生の前で挨拶


B「若者のみなさん.JPG
「若者のみなさん、日中間がより良くなるために、
未来に向かってお互いの国を良く知って協力しあってやっていってください」


C筆者の挨拶を聞く学生たち.JPG
筆者の挨拶を聞く学生たち


D大学に著書を贈呈させていただく.JPG
大学に著書を贈呈させていただく


E関係者での集合写真.JPG
関係者での集合写真


18:00 延安大学・張金鎖学長主催の夕食会

F張金鎖校長主催の夕食会.JPG
張金鎖学長主催の夕食会

このエントリーをはてなブックマークに追加
【私の毎日】11月28日(水)中国・西安へ [2018年11月28日(Wed)]
11月28日(水)中国・西安へ

7:30 羽田空港着

8:45 羽田発

12:00 中国・北京着

14:30 北京発

16:30 陝西省・西安着

@北京経由で西安に到着。 陝西省を流れる大河・渭河に陽が沈む.JPG
北京経由で西安に到着
陝西省を流れる大河・渭河に陽が沈む


17:30 西安城の城壁見学

A.jpg
西安城の城壁は述べ約14キロで、城壁の上でサイクリングができるとのこと
この城壁の修復に亡父良一が協力した


19:00 関係者との夕食

B.jpg
蒋介石が西安事変の前夜に楊虎城将軍(西安事変をおこした二人のうちの一人)
と食事をしたという歴史的な地元名物のすいとん料理屋で夕食(西安城内)

C蒋介石と楊虎城との食事会はこんな感じだった?.jpg
蒋介石と楊虎城との食事会はこんな感じだった?


21:30 ホテル着
このエントリーをはてなブックマークに追加
「中国出張」 [2018年11月28日(Wed)]
「中国出張」


今日から中国・延安に出張いたします。

日本財団の姉妹財団である「日本科学協会」が日本語図書を中国に寄贈する事業を始めて20年。既に375万冊を超え、図書寄贈大学は75大学となりました。

今回、新たに延安大学が図書寄贈対象大学になるため、現地で調印式・寄贈式を行います。

旅程は 東京→北京→西安→延安→北京→東京で、帰国は12月2日です。


このエントリーをはてなブックマークに追加
「マクロン大統領へ再度の書簡」―フランス大手メディア報道― [2018年11月28日(Wed)]
「マクロン大統領へ再度の書簡」
―フランス大手メディア報道―


6月21日、フランスのマクロン大統領が語った「ナショナリズムはハンセン病みたいなものだ」との悪い喩え話にクレームの書簡を呈したが回答はなく、10月31日にはまたまた「ヨーロッパは『国家主義ハンセン病』によって解体され、外力によって脅かされるというリスクに直面している」と発言されたため、下記のような書簡を呈した。

フランスにはアフリカ諸国でハンセン病と闘われたラウル・フォレローという立派な方がおられた。今も我々と共にハンセン病制圧と差別撤廃に活躍している同志でもある。2013〜2014年はバチカンのフランシスコ教皇が三度にわたり「出世主義はハンセン病」、「ご機嫌取りはハンセン病」、「小児性愛はハンセン病」と発言され、その都度ご注意を申し上げ、一昨年6月バチカンでの日本財団とバチカンの共催によるハンセン病会議で私は教皇に直訴を申し上げ、ハンセン病を悪い喩え話に使用しないことが決議された。

既に2010年日本外務省のお力添えで国連加盟国192ヶ国(当時)の全会一致で、ハンセン病患者回復者並びにその家族に対す偏見差別の撤廃が原則とガイドライン共々決議されたにもかかわらず、今回のフランス大統領のような世界の指導者の中に、今まだハンセン病の正しい知識を理解しておられないことは残念至極であり、私は無力感と共に新たな活動への情熱が沸き起る出来事でもあった。

日本財団の女性職員がこの事実をフランス・メディアに連絡したところ、フランス三大メディアの「ル・フィガロ」「ル・モンド」に並ぶ「リベラシオン」や「ヌーベル・トリビューン」誌が掲載してくれた。

日本は韓国の徴用工、慰安婦問題等、海外メディアに積極的に日本の立場を説明する努力をする必要がある。既にブログにアップした河野外務大臣のワシントンポストの論調が好評であったように、要路におられる政治家や経済人は、積極的な発言を外国メディアをはじめあらゆる機会に行うべきではないだろうか。「沈黙は金」なる言葉は外国では通用しない。

以下、私の再度の書簡とリベラシオン誌の翻訳文を掲載します。

*****************


マクロン大統領閣下

世界保健機関(WHO)のハンセン病制圧大使、日本政府ハンセン病人権啓発大使としてこのお手紙を記しています。
    
私は、本年6月28日に閣下のナショナリズムの台頭とハンセン病を結びつけたご発言に対する懸念と、ハンセン病に対するスティグマと差別が続くなかで、言葉の選択において細心の注意を払っていただくようお願いするお手紙を出させていただきました。

そうした中、閣下が10月31日付のOuest France紙のインタビューにおいて、「ヨーロッパは危機に直面している:『ハンセン病的ナショナリスト』よって解体され、外圧に押されており、つまり主権を失うという危機に直面している。」と仰せになられたことを伝える記事を目にいたしました。

この病気に対するスティグマを強めたり、ハンセン病回復者に苦痛を与えたりすることが閣下の意図でないことは、疑う余地はありません。ただ、ハンセン病の患者、回復者、その家族が置かれている状況を見ております私といたしましては、軽蔑的な比喩表現としてハンセン病という言葉が使われることは大変残念な事だと思っております。このことは、病気とそれに苦しむ人々への誤った固定観念を助長させるものであります。

現在、ハンセン病は薬で治る病気となりました。しかし、長年にわたって人々の心に染みついてきたハンセン病への否定的で痛ましい認識は今も消えずに残っています。

国連では、2010年12月の総会で、「ハンセン病の患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」が採択されました。決議に付帯する文書「原則とガイドライン」では、各国に今なお残っている差別法の撤廃や、ハンセン病に対する認識の変革の必要性が唱えられております。

差別用語や侮辱的な使用を排除すべきであることも指摘されております。
ここに閣下がハンセン病をネガティブなものや脅威を示す形容詞としてお使いにならないよう、再度謹んでお願い申し上げます。
  
世界中の国の指導者、多くの人々に大きな影響力をお持ちの閣下におかれましては、私どもの取り組みにご理解をいただきますとともに、お力添えを賜りたく、心よりお願い申し上げる次第でございます。

マクロン大統領への手紙.png


マクロンの比喩表現「ハンセン病的ナショナリスト」が日本を怒らせた
By LIBERATION - November 15, 2018

マクロン大統領による度重なる医療用語の例えは、WHO大使の反応を促した

「ハンセン病的ナショナリスト」という表現は日本からきたものではない。この比喩表現は、Ouest-Francse紙の記事で報じられたとおりエマニュエル・マクロンが使ったのだ。「ヨーロッパは、『ハンセン病的ナショナリスト』によって解体され、外力によって脅かされるというリスクに直面している。」と、大統領は発言した。笹川陽平WHOハンセン病制圧大使は、フランスの大統領が「ハンセン病」を否定的な比喩表現として使用したことに遺憾の意を表する書簡を送った。

(リベラシオン紙が入手した)彼の書簡には、大統領が6月にカンペールで行ったスピーチでもナショナリズムゆり戻しについて説明する際に、ヨーロッパで「ハンセン病が増加している」という表現を既に使用していることを指摘。ビス・レペティタ(二度も繰り返された!)。この追加接種、今度は効果があるのだろうか?書簡の中で大使は、「この病気に対するスティグマを強めたり、ハンセン病回復者に苦痛を与えたりすることが閣下の意図でないことは、疑う余地はありません」と述べた上で、「そのように言うということは、病気とそれに苦しむ人々への古い固定概念を助長させるものであります」と続けた。

笹川陽平は、「現在、ハンセン病は薬で治る病気となりました。しかし、長年にわたって人々の心に染みついてきたハンセン病への認識は変わらず、今も患者や回復者、そして家族に対する差別が残っております」と言っている。そして、彼はこの機会に、2010年12月の国連総会で「ハンセン病の患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」が採択されたことも強調した。

このエントリーをはてなブックマークに追加