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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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9月16日(金) [2016年09月16日(Fri)]
9月16日(金)

7:25 財団着

8:00 「第5回放射線と健康」福島国際専門家会議打合せ

8:30 「遺言の日キャンペーン」「スポーツ事業」打合せ

9:00 スピーチ打合せ

10:00 国際ハンセン病団体連合(ILEP)50周年記念式典用ビデオレター撮り
 
10:30 小泉進次郎 衆議院議員

11:00 大西一史 熊本市長

13:00 羽生次郎 笹川平和財団会長

13:30 鵜尾正隆 日本ファンドレイジング協会代表

15:00 伊藤 隆 東京大学名誉教授
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「北京出張」 [2016年09月16日(Fri)]
「北京出張」


9月18日(日)より北京に出張いたします。

第19回国際ハンセン病学会の開会式でスピーチを予定しています。

帰国は20日です。


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「アフリカ開発会議」その3―続・笹川アフリカ協会― [2016年09月16日(Fri)]
「アフリカ開発会議」その3
―続・笹川アフリカ協会―


日本政府主催による「アフリカ開発会議」で同時開催された「笹川アフリカ協会設立30周年」概略経過については前回触れた。

又、アフリカで30年間にわたり食糧増産を通じて零細農民の生活向上を目指す活動が、1984年、エチオピアを中心に襲った大規模な飢饉から開始されたことも既に述べた。

今回はその続きである。

DSAA30周年記念式典でのスピーチ.JPG
SAA30周年記念式典でスピーチ


空腹で目を開けているのがやっとというやせ衰えた子どもたちを目の当たりにし、ノーマン・ボーローグ博士の心の叫び「子どもたちが空腹のまま眠りにつく悲劇をなくそう!!」との合い言葉でこのプロジェクトはスタートした。

この30年間の若干の苦労を記してみたい。
当時、アフリカ諸国の首脳は、農業といえば大規模農園か輸出産業としてのココアやコーヒー栽培としか理解していなかった。彼らの夢は、近代的な都市建設とインフラ整備であって、それは汚職の機会でもあった。

1980年代、アフリカの貧困解決は世界的テーマとなり、幼児死亡率、マラリア等の感染症、電力事情、失業率、地域紛争、難民問題等々、さまざまなデータが発表され、アフリカへの援助も急増したが、不思議なことに零細農民に対する支援策は議題にすら上がることはなかった。

日本を代表する農業経済学者であった東大の東畑精一博士は、かつて日本における零細農民が家族やその一族が生きていくための農業を「生業」と呼んでいた。私たちがアフリカで活動を始めた1980年代後半のアフリカ大陸の零細農民は人口の70〜80%を占めており、まさしく東畑博士が言う「生業」であった。

この「生業」としての零細農民(多くは字が読めず、数も数えられない)に、収穫の上がる簡単な技術を教えることにより、余剰農産物をマーケットで売って現金収入を得、薬や衣服、その他の生活必需品を買えるようすることこそ貧困解決の大きな鍵であると確信していた。

しかし、既に述べたように、各国指導者は零細農民には余り関心がなく、宮本正顕は南アフリカのネパド(NEPAD)に再三再四出張し、各国の農業政策に零細農民救済を書き込んでくれるように陳情した。その後、エチオピアにアフリカンユニオン(AU)が結成され、ここにも陳情を繰り返し、ようやく最後のページに書き込まれた。

その後、我々の活動は順調に発展すると思われていたが、思わぬ事態が発生した。

国際通貨基金(IMF)と世界銀行は、アフリカ諸国を中心に累積債務問題が深刻化する中で、「構造調整プログラム」なる政策が本格化された。新規救済融資の条件となる「構造調整プログラム」とは、下記のようなプログラムで、現在では悪名高き政策として実施されていないが、この政策によって我々の活動は困難を極め、ノーマン・ボーローグ博士は再三ワシントンを尋ね、この政策の不当性を陳情したが、アメリカのODAもこの政策に悪乗りしてアフリカへの農業支援を中止してしまい、「アフリカで食糧不足が生じたらアメリカの余剰農産物を支援するから心配するな」と、驚くべき対応を取った。

構造調整プログラムとその問題点は下記の通り。
1.「融資した資金の返済の為に外貨を稼ぎなさい。外貨獲得の為に自然資源を進んで伐採し輸出して換金しなさい。換金作物だけを多く作るべく農業政策を見直しなさい」→乱獲による自然環境破壊と有害化学物質による土・水・空気の汚染が指摘されている。またコーヒーなど輸出向け換金作物のために主な農地を使うため、国内消費の為の小規模農業が駆逐されてしまう。
2.「最貧国の国家運営費用を抑えるために、国の基幹産業を民営化しなさい」→基幹産業の民営化により、多国籍企業が最貧国の基幹産業を安く買い取れる。その結果大量の労働者が解雇される、資源や環境が破壊される。
3.「貿易と外貨投資に関する規制を撤廃し、多国籍企業が投資しやすくしなさい」→輸入関税と規制が撤廃されると、国内製品が輸入品と競合できなくなり、国内産業が存亡の危機を迎える。
4.「借金返済の為に公共投資を抑制し、医療教育福祉等の民政予算も削減しなさい」→公務員の人員削減や初等教育の不徹底、乳幼児死亡率の増加、民間企業の生産力の減少による経済活力の低下などをもたらす。

以上、IMF、世銀の構造調整プログラムが如何にアフリカの現状を無視した政策であったかご理解いただけると思う。我々が行う、零細農民の手を取り共に汗を流して働く農業普及員(大学レベル)の養成事業にさえ、農業に対する補助金であるとのIMFと世銀の見解には、怒りさえ憶えたものである。

時は経過し、悪名高き構造調整プログラムは廃止され、アメリカもODAによるアフリカの農業支援を開始した。30年が経過し、ようやくアフリカ諸国の首脳も農業問題の重要性を認識されだした。

今回の「TICAD Y」では笹川アフリカ協会への賛辞を頂き、欧米メディアもその成果を報道してくれた。まさに隔世の感である。特に、筆者のことを「世に知られないヒーロー」と、リベラル・トリビューン紙は大きく伝えてくれた。

LIBERAL TRIBUE(1).png LIBERAL TRIBUNE2.png


情熱、忍耐、継続は私のモットーでもある。

「笹川アフリカ協会」にご興味のある方は、クリックして下さい。
又、協会ではアフリカに情熱のある働き手を募集しています。

下記はジミー・カーター元大統領からの書簡です。

******************

ジミー・カーター
2016年8月18日


ロザリン(カーター氏の妻)が、アフリカ(大陸)で最も長く活動しているNGOの一つである笹川アフリカ協会の30周年記念の場に、親愛なる友人である笹川陽平氏をお祝いする機会をくれました。

初めてアフリカで開催されるTICAD6の期間中に、ナイロビで笹川アフリカ協会の記念シンポジウムが行われるのはとても相応しいことです。

日本という、大きな影響力を持ち創造力に溢れるビジネスセクターを有する国が、アフリカに対してこのように積極的な形で関わってくれているのは心強いことです。

1986年、陽平氏の父親である良一氏、ノーマン・ボーローグ博士と私は、「アフリカの勤勉な農家たちには、やる気を起こさせるもの(インセンティブ)と、適切なテクノロジーが必要だ。」という信念を持ってアフリカにやって来ました。私たちは、農家の人々が自分の農地から利益が得られることを知れば、新しいテクノロジーを活用し近隣にもそれを伝え広めてくれるであろうと考えました。

そして、それはその後の数十年で証明されたのです。笹川陽平氏と日本財団による継続的な支援によって、ボーローグ博士と笹川アフリカ協会による「SG2000」プロジェクトは、アフリカの14か国において何百万人もの小規模農家と何万人もの農業普及員に大きな影響を与えました。

重点分野は時代と共に移り変わってきました。今日、笹川アフリカ協会は4か国―エチオピア、マリ、ナイジェイリア、ウガンダ―にその活動を集中させ、生産段階から市場に至る農業のバリューチェーンを強化しています。農業における女性の重要性もようやく理解されるようになってきました。最も恵まれていなかった貧しい小規模農家も利益を得られるようになっています。

私は笹川アフリカ協会がアフリカの農家たちと共に活動されてきたことに賛辞を送りたいと思います。ノーマン・ボーローグ氏と笹川良一氏はこの結果をきっと誇りに思うことでしょう。笹川陽平氏と日本財団の、アフリカの農家とその未来に対する献身にお祝いの言葉を申し上げたいと思います。
                
真心をこめて


ジミー・カーター


カーター元大統領からの書簡.png
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9月15日(木) [2016年09月15日(Thu)]
9月15日(木)

7:21 財団着

8:00〜9:55 関連団体役員会議

9:55 潮田政明 日本モーターボート競走会会長

10:10 「定例記者懇談会」打合せ

11:00 評議員会

14:00 定例記者懇談会

DSC_2356.jpg
記者会見で事業説明

DSC_2371.jpg
今回も沢山のメディアの方が出席してくださいました
有難うございます


15:30 スピーチ打合せ

16:00 梅本和秀 北九州市副市長

IMG_6218.JPG
北九州市の梅本和秀副市長より、モーターボート選手によるチャリティイベント
並びにボートレース場に設置して頂いた募金箱によるご寄付を
熊本地震支援金として、402,250円を頂きました


17:30 水心会・夏祭り

18:30 2016年度「北極の未来に関する研究会」
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9月14日(水) [2016年09月14日(Wed)]
9月14日(水)

7:23 財団着

8:45 財団発

9:20 東京発 

10:45 長野着

11:00 井口弥寿彦 信濃毎日新聞社編集局長

12:00 【自殺対策】プロジェクト 長野県との協定締結式

@自殺対策プロジェクト協定式(左は阿部守一・長野県知事).JPG
自殺対策プロジェクト協定式(左は阿部守一・長野県知事)

A協定式での記者会見.JPG
協定式での記者会


12:30 自殺対策に関する意見交換
    阿部守一 長野県知事

13:00 県庁発

15:00 【子どもの家庭養護】うえだみなみ乳児院・視察
    上鹿渡和宏 長野大学准教授

Bうえだみなみ乳児院見学.JPG
うえだみなみ乳児院視察

Cうえだみなみ認定子ども園見学.JPG
うえだみなみ認定子ども園訪問

D社会的養育システムの再構築についての会合に出席.JPG
社会的養育システムの再構築についての会合に出席


16:36 上田発 

18:12 東京着
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「アフリカ開発会議」その2―笹川アフリカ協会― [2016年09月14日(Wed)]
「アフリカ開発会議」その2
―笹川アフリカ協会―


ケニアでの日本政府主催の第6回アフリカ開発会議開催中に、同じ会場で「笹川アフリカ協会設立30周年記念シンポジウム」を開催した。

超ご多忙の中、安倍総理の祝辞スピーチ、アフリカ開発銀行のアデシナ総裁の30分にわたる基調講演、今年92歳になられるジミー・カーター元アメリカ大統領からも書簡をいただき、関係者一同、次の30年に向かって決意を新たにしたところである。

概略を説明したい。
1984年、エチオピアを中心に大規模な飢饉が発生した。日本財団はロンドンで食料を調達して緊急支援を行った。しかしこれは臨時的な処置で、「魚を与えるより、釣り方を教えよ」との考えから、ジミー・カーター元アメリカ大統領、インド・パキスタンでの食料増産でノーベル平和賞を受賞されたノーマン・ボーローグ博士、そして笹川良一と私は、ジュネーブでアフリカの農業支援について斯界の専門家に集まっていただき議論した。
 
侃侃諤諤(かんかんがくがく―遠慮することなく議論すること)の議論は結論が出ず、痺れを切らした笹川良一は、「百の議論も必要だが、困っている農民ために一日も早く実行することが大切ではないか」と発言。衆議一決、早速行動することになった。

カーター元大統領が調達した航空機で、スーダン、タンザニア、ザンビア、ガーナの4ヵ国を、確か数日間で訪問した。アメリカがリビアのカダフィー国家元首を暗殺するために首都トリポリをピンポイント攻撃した直後だったので、ロンドンからの我々の航空機は危険回避のために航空機番号を変更し、6人の機関銃を装備した大統領の警護官と共に地中海を横断した。この緊張した旅は、今は懐かしい思い出である。

ガーナでは、我々の到着の1週間前にアメリカCIAが7〜8人逮捕されて反米感情が高まる中でのジェリー・ローリングス大統領との会談となった。海岸べりの小さな城の三階の会見場で、迷彩服に長靴、サングラス姿で我々を威嚇するように足を組んで座る大統領の前のテーブルには、一冊の武器についての専門雑誌があるだけで、一輪の花も一枚の絵画もなく、誠に殺風景な国家元首との会談場所であった。

ローリングス大統領は、待っていましたとばかりに事前に準備をしていたテレビカメラを前に反米演説を始めた。しばらくの間、通訳を通じて話を聞いていた父・笹川良一は突然立ち上がり、「私たちは君を助けに来たのではない。貧しい農民たちが生活に困難を極めているから助けに来たのだ!! 勘違いするな!!」と大声で叫んだ。

驚いたローリングス大統領は足組をやめ、サングラスをはずしてしげしげと父を見た後、「折角だから昼食を共にしたい」と予定外の発言となり、テレビカメラの前のアジ演説はどこえやら、穏やかな昼食会となった。

ローリングス主催 昼食会.png
急遽設定された昼食会はなごやかな雰囲気で・・・
右端、サングラスをかけたローリングス大統領


後日、ローリングス氏は私と面談した際、「あの時は父親に叱られたような気持ちだった」と述懐していた。彼はガーナの地方豪族の女性と英国人との混血の子で、大統領になったので英国にいる父親に面談に行ったところ、拒否された悲しい過去を持っていたのだった。今も機会あるごとに旧交を温めている。

もう一つのエピソードは、笹川アフリカ協会の常務理事・宮本正顕とジェトロ・アジア経済研究所の平野克己理事の二人は、笹川アフリカ協会創業当時、ローリングス夫人の信頼を得ていたことから、何と!大統領夫妻の寝室に入り電気器具の修理をしたのである。世界広しといえども、大統領夫妻の寝室に外国人が入った例はあるまい。万一、ローリングスが突然帰宅したら、二人は間違いなく理由の如何を問わず射殺されていただろうと話題にすると、二人とも首をすくめて「その話は内密に」と言うのが常であった。

ある年、農民の収穫祭にローリングス大統領、カーター元大統領、ノーマン・ボーローグ博士、それに父と私が参加したことがある。ローリングス大統領はカーター元大統領を前に、「アメリカは愚かな大統領を失った。しかし、世界は素晴らしいアメリカの元大統領を得た」と演説したものである。温厚なカーター元大統領は、ただだまって苦笑いされていた。

以下は、笹川アフリカ協会設立30周年の安倍総理のスピーチと私のスピーチ要旨です。

*********************


2016年8月27日
於:ケニア・ナイロビ


笹川陽平会長、本日はお招きいただきまして、心より光栄に存じます。
アフリカ諸国の多くが農業振興に力を注ぐ今日、振り返って、SAA(笹川アフリカ協会)が示した先駆性、努力には、誠に偉大なものがあったと思います。

アフリカではかつて、単一作物を輸出用につくることが、すなわち農業だという理解が、ごく普通だったという風に承知をしております。それに対しSAAは、農業を強くしてこそ民生は安定すると、早くから説いてこられました。 ロープを畑に張り渡し、真っ直ぐな線をつくって種をまく、そんなやり方を広める実践から始められたそうですね。

今までに18か国で活動され、本年30周年を迎えられました。心よりお祝いを申し上げますとともに、ルース・オニヤンゴ教授には、SAAを率いてこられた御尽力に、日本国民を代表して、深く敬意を表します。

創設者の笹川良一先代会長は、きっとアフリカのどこかで、草葉の陰で、目を細めておられることでしょう。存命なら102歳になっていたはずの「緑の革命」の父、ノーマン・ボーローグ博士も、先代会長と肩を叩きあって、本日の集まりを見ておいでかもしれないと思います。

1980年代に、アフリカを襲った飢饉の悲惨さは、私の瞼に焼きついています。 当時87歳だった先代会長、72歳だったボーローグ博士が、惨状を見て、矢も楯もたまらず動き出しました。2人の先達にあった、世の人の不幸を、我が事と思う感性の瑞々しさに、私は、胸打たれるものを覚えます。しかも笹川現会長や、オニヤンゴ教授が、仕事を引き継ぎ、充実に次ぐ充実を行い、活動にあたられてこられました。

農民一人ひとりを強くし、賢くして、自立させること。種を植えてから市場に適正な価格で売るまで、一つながりの「バリュー・チェーン」を育てなければならないこと。政府を巻き込み、専門家の教育を進めることが、同時に必要だということ。一貫してそれらの大切さを説き、実行されたのが、SAAの活動でありました。あたかもそれは、TICAD本年のモチーフ「クオリティ・アンド・エンパワーメント」を20年以上先取りし、実地に移されていたのだと思います。畏敬の念を深くいたします。

「あらゆる新技術は、すべて農民の手に」と言って、ボーローグ博士は息を引き取られたと伺っております。その言葉に忠実に、今もエチオピア、マリ、ナイジェリア、そしてウガンダで続けておられるSAAの御努力。「未来に食を」の営みがさらなる実を結び、花を開かせることを信じて疑いません。

皆様の今までの活動に改めて敬意を表し、そして皆様の活動によって多くの人々がより豊かに、そして希望を見ることができることを祈念いたしまして、私の御挨拶とさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。

**********************

「笹川陽平スピーチ要旨」
―農業を通じた社会保障・雇用への貢献
アフリカにおける笹川アフリカ協会の30年―


私たちがSasakawa Global 2000プログラムを始めたのは、1984年にエチオピアを中心としたアフリカ各国を襲った大飢饉に対して、緊急食糧援助をおこなったことがきっかけでした。空腹で目を開けていることがやっとというような子供たちを目の当たりにし、私は少しでも早く、できる限り多くの食糧を届けたいと思いました。

しかし食糧援助は一時的には人々の空腹を満たすことができますが、あくまで緊急的な支援です。アフリカが抱える食糧問題を改善するには、零細農家による食糧増産を手助けすることが必要だと強く思いました。私はこの考えに賛同してくれたボーローグ博士とカーター元大統領の協力を得て1986年に笹川アフリカ協会を設立しました。SG2000プロジェクトとして知られている笹川グローバル2000は、今までアフリカの14ヶ国において実施され、今年で30年の節目を迎えます。

アフリカの零細農家の生活の質を向上させるために、私たちが特に力を入れてきたのは農家を指導する人材の育成です。まずSG2000のプログラムの中核を担ってきた農業普及員のトレーニングについてお話させていただきます。SG2000では農業省の農業普及員を教育し、彼らを通じて必要な知識や技術を農家に定着させる方法を行ってきました。普及員は畑へ出て、農民と共に汗を流してくれました。その中で信頼関係を築き、効果的な農法を浸透させることに尽力してくれました。普及員の大変な努力と真摯な姿勢があったからこそ、プログラムが成果を上げることができたのだと思います。

そして彼らにさらに活躍してもらうために、私たちは情熱のある普及員の能力強化を行う講座をアフリカ各国の大学に設置しました。この講座からは、23年間で24大学の協力を得て、6,000名に近い優秀な普及員が現場に輩出されています。このように顕著な成果を上げているキャパシティ・ビルディングの活動は、今後も続けていく予定です。

零細農家の方々の生活の向上を図るためにもう一つ行っていることは、彼らの活動の多角化に対する支援です。作物を育てるだけでなく、収穫後にそれを加工し、付加価値をつけてマーケットで販売することによって、彼らがより高い収入を得られるような取り組みも行っています。

特に個々の農家を組織化したFBO (Farmer Based Organization)の機能を強化する活動を積極的に行っています。例えば種子や肥料の共同購入を集団で行い、収穫物を共同で販売することです。

また個人で所有するには高価な農業機械を、仕事を求める若者のグループに提供し、そのグループがトウモロコシの脱粒・製粉や米の脱穀・精米などのサービスを提供することによって、若者や女性に新たな職場で働くチャンスが生まれています。

近年アフリカの若者たちは、より高い収入を求めて農村を離れ、都市部に移り住むような傾向もあるようです。しかし、都市部には十分な雇用の機会もなく、若者の失業率の高さが深刻な問題になっています。農業への新しいアプローチを導入することで、農業がアフリカの未来を担う多くの若者をひきつけ、バリューチェーンが強化されることが望まれます。

SAAが設立された30年前には、アフリカ全体で農業が今ほど重要視されていませんでしたが、現在では多くの国々が発展と経済成長のために農業が重要であることを認識しています。各国のリーダーの皆さまには、これまで以上に自国の農業政策へのコミットメントを積極的に示しその可能性を広げていただきたいと思います。

最後に、これまで、多くのアドバイスをくださり、共に汗を流してくださった農学者の皆様、どんなときでも農民と近くに寄り添い、彼らの生活向上のため来る日も来る日も仕事に励まれた農業普及員の皆様、アフリカの明るい未来のために普及員を鼓舞し、共に闘ってきたSAAのルース・オニヤンゴ会長を始めディレクターたちやスタッフ、そして我々のプロジェクトを信頼し、協力を申し出てくださったドナーの皆様にも、心から感謝申し上げます。さらにこの後、アフリカ開発銀行と笹川アフリカ協会の間で覚書が調印されます。私たちの活動に経験豊富で情熱を持ったパートナーが加わってくださることについても喜ばしく思っております。

本日のシンポジウムでは、笹川アフリカ協会の30周年記念であると同時に、「変わりゆくアフリカの農業」というテーマで世界中の素晴らしいパネリストをお招きして零細農家の抱える課題について議論します。シンポジウムでの活発な議論や新しいアイデアが、笹川アフリカ協会の新たな30年に向かって一つの道筋を示してくれることを期待しています。

ありがとうございました。

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9月13日(火) [2016年09月13日(Tue)]
9月13日(火)

7:25 財団着

8:00〜9:30 関連団体役員会議

9:30 広渡英治 日本吟剣詩舞振興会専務理事
 
10:00 理事会

13:00 定例記者懇談会打合せ

14:00 寺島紘士 笹川平和財団海洋政策研究所所長

14:30 小川秀興 順天堂大学理事長
 
15:00 政策研究大学院大学一期生 アジア海上保安官 来館
    中島 敏 海上保安庁長官

DSC_2137.JPG
政策研究大学院大学修士課程を終了した第一期生たちと

   
16:00 北京出張打合せ

19:00 日本音楽財団主催 ストラディヴァリウス・コンサート
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9月12日(月) [2016年09月12日(Mon)]
9月12日(月)

7:25 財団着

8:45 修繕・年度内事業打合せ

9:00 小木曽麻里 笹川平和財団国際事業企画部
 
10:00 日本財団アドバイザリー会議

13:30 「障がい者就労支援」事業打合せ
      
14:00 ハンセン病ビデオレター打合せ

15:00 雑誌「介護応援隊」インタビュー

16:00 山下俊一 長崎大学副学長
     
16:30 星 岳雄 東京財団理事長

17:00 佐藤可士和 クリエイティブディレクター

18:00 ジェラルド・カーティス 元コロンビア大学教授
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「アフリカ開発会議」その1―TICAD Y― [2016年09月12日(Mon)]
「アフリカ開発会議」その1
―TICAD Y―


8月27日〜28日の二日間、日本政府主催によるアフリカ開発会議(TICAD)が初めてアフリカのケニアで開催された。

ATICADオープニング会場.JPG
TICADオープニング会場


今まで横浜で開催されてきたので、日本政府の指導で会議や警備のあり方、首脳会談等々、自主的に判断して日本流の几帳面な手順通りの運営がなされてきた。しかし、今回はケニア政府の協力を必要とするため、外務省の担当者とケニア政府との協力体制の確立と、何よりも二日間での40ヵ国以上のアフリカ諸国の大統領、首相等との会談設定、移動の警備等々、新幹線タイムといわれる日本の時間厳守のスケジュールとはいかず、開会式が30分も遅れるハプニングが象徴するように、日本側関係者の苦労は想像を絶するものがあったと思われるが、結果は、安倍総理のスピーチの評価は高く、会議全体の評価も良好で、関係者の努力を多としたい。

日本への関心は高く、JICAをはじめ、各企業の出展ブースには多くの関係者が見学に訪れていた。近年のアフリカは、資源獲得を目的とする中国の援助攻勢が凄まじく、そのため多くのトラブルも発生しており、「中国第二のアフリカ」(ハワード・フレンチ著)や「喰い尽くされるアフリカ(欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日)」(トム・バージェス著)を読むまでもなく中国の新植民地主義かといわれ、警戒感を持つ識者も多い。しかし、中国指導者の頻繁な訪問と圧倒的なODAの額は、正直、日本は対抗出来ない。

ただ、これは表面上の事で、日本が長年に亘り支援してきた反対給付を求めないODA支援は、アフリカ諸国で高い評価を受けていることも事実である。

1.jpg
TICAD分科会で発表


日本のODAによる道路、港湾、飛行場、その他建築物等の品質は高く、ハードインフラ支援も大切ではあるが、中国のODAと金額で争うのはまったく意味のないことで、日本の得意なソフトインフラと呼ばれる人材育成のためのJICAの専門家研修、文部科学省の官費留学生受入れ、海外青年協力隊の活動の評価はきわめて高く、アフリカ諸国28ヵ国を訪ねた筆者の経験では、各国の大臣、高級官僚にはこのシステムによって来日、学んだ人が予想以上に多く、日本での研修を誇りを持って語ってくれた。我々日本人はもっとこの事を知るべきだし、この分野への支援に力を注ぐことこそ、中国ODAとの差別化に必要だと考える。

「人を育てるのは100年かかる」との言葉があるが、人材養成こそ、彼らによる彼らのための真のアフリカ諸国の発展につながるものと確信する。戦前、日本はアジア諸国から優秀な南方留学生を受け入れ、多くの逸材を輩出した経験がある。

又、日本の諸外国への情報発信の遅れは、政府も懸命に努力しているところではあるが、中国、韓国に比べて大幅に遅れているのが現実である。日本の支援で学んだアフリカ諸国の方々の人的ネットワークを結成し、日本の情報発信の強化をはかっていくことをアフリカ支援の柱としていくことも、20〜30年後、真にアフリカ諸国に信頼され、頼りにされる日本になるためには不可欠ではないだろうか。

あせることはない。とかく国際会議でのコーヒーブレイクでは「アフリカは何をやっても駄目だ」との悲観論がささやかれるが、そんなことはない。私はアフリカで30年間汗をかいてきた。リンカーンの言葉ではないが、日本の人材養成によって、「アフリカ諸国民の アフリカ諸国民による アフリカ諸国のための国造り」は可能と、私は考えている。
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9月9日(金) [2016年09月09日(Fri)]
9月9日(金)

7:30 財団着

11:00 蒲島郁夫 熊本県知事

15:00 森 喜朗 東京オリンピック・パラリンピック競技大会会長
             
18:00 石 弘之 元東京大学教授
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