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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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6月16日(木) [2016年06月16日(Thu)]
6月16日(木)

12:30 モナコのホテル発

13:10 フランス・ニース空港着

15:20 ニース発 
      
16:20 ドイツ・フランクフルト着(空港待機約3時間)

20:45 フランクフルト発、羽田空港へ
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6月15日(水) [2016年06月15日(Wed)]
6月15日(水)

7:00 朝食

9:00 『未来の海底地形図に関するフォーラム』(冒頭スピーチ)

@アルベール2世モナコ大公にフォーラムにお越しいただく.jpg
アルベール2世モナコ大公もフォーラムにご出席

Aフォーラムの冒頭でのスピーチ.jpg
冒頭でスピーチ

B満員の会場.jpg
満員の会場

Cアルベール大公からもご挨拶をいただく.jpg  
アルベール大公からもお言葉を

D会場となったモナコ海洋博物館には水族館もあります.jpg
会場となったモナコ海洋博物館には水族館もあります

グレース・ケリー妃はいまでも絶大な人気があります.JPG
グレース・ケリー妃はいまも絶大な人気があります


13:00 ニューズウィーク・インタビュー

14:30 関係者との昼食

15:00 アルベール2世(モナコ大公)謁見

19:30 レセプション

Eレセプションに出席.JPG
レセプションに出席
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産経新聞【正論】比残留2世の国籍取得に勇断を [2016年06月15日(Wed)]
比残留2世の国籍取得に勇断を


産経新聞【正論】
2016年6月2日


 フィリピン残留日系人2世(残留2世)の日本国籍取得を進める上で懸案となっていた面接調査への外務省職員の参加が5月、初めて実現した。

 フィリピン日系人連合会の会長らが昨年7月、2万8000人の署名を添えて安倍晋三首相に早期解決を陳情したのを受けた措置で、在フィリピン日本大使館の参事官が調査に立ち会い、自ら何点か確認、陳述書にも署名した。

 ≪外務省職員が初めて立ち会い≫
 面接調査の対象となったのは、戦前2万人を超す日本人が住んだミンダナオ島の港町ダバオやその周辺に住む残留2世10人。いずれも新たな戸籍を作って日本国籍を取得する就籍の申し立てを東京家庭裁判所に行い、却下された経過がある。

 調査では日本人の父親の身元判明に直接つながるような新事実は出なかったが、日本人の子として生まれたことを十分、裏付ける内容となっている。外務省の署名が加わったことで、これまでフィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)と日系人連合会が日本財団などの支援で作成してきた陳述書の信用性が増し、就籍の審判での活用も期待される。

 フィリピンでは1956年の日本との国交回復後も長い間、反日感情が強く、残留2世は「敵性国民」として憎悪の的となり、多くが半世紀近くも「日本人の子」であることを隠して生きた。

 今回の面接調査でも「日本人の子であることを示す写真や資料を捨てた」「出生証明書の父親欄にフィリピン人の名を記入した」−などの陳述が目立ち、身元確認の難しさを改めて裏付ける結果となった。

 ≪中国残留孤児に比べ際立つ遅れ≫
 同様に戦争で両親と離れ離れになった中国残留孤児の場合は、国が日中国交回復後の1981年から訪日調査を開始する一方、中国政府が「日本人の子」と認めた孤児の名簿を作成。これを家庭裁判所が証拠採用することで、両親の身元が分からない孤児に関しても就籍の道が開け、既に約1250人が日本国籍を取得している。

 中国残留孤児が満蒙開拓団など国策で中国に渡った両親とも日本人の子であるのに対し、残留2世は仕事を求めて沖縄など全国各地からフィリピンに渡った日本人男性と現地女性の間に生まれた子で、その違いを指摘する向きもある。しかし当時の国籍法は日本、フィリピンとも父系主義で、父親が日本人である以上、双方の立場に何ら違いはない。

 残留2世の国籍取得がここまで遅れた背景には、90年代に外務省が調査に乗り出すまで、その存在がほとんど知られていなかった、という特殊な事情がある。

 PNLSCや日系人連合会が把握している残留2世の総数は3545人。父親の戸籍に自身の名前が登載されていることが確認された2世ら1020人が日本国籍を取得しているが、残りは父親の戸籍が見つかったものの自身の名前が登載されていない、あるいは父親の戸籍そのものが見つからない状態にある。

 就籍による国籍取得が始まったのも2004年と遅く、この手続きで日本国籍を取得した残留2世は172人にとどまり、中国残留孤児に比べ遅れが際立っている。

 ≪条件は十分に煮詰まっている≫
 特別立法による救済の必要性を指摘する声もあるが、国会の動きは鈍く、目下、残留2世が日本国籍を取得する手段は就籍手続きに限られる。日本国籍がないため今も無国籍状態にある残留2世は既に故人となった人を除いても約1200人に上り、今のままで全員が日本国籍を取得するのは極めて難しい情勢にある。

 これに対しフィリピン政府は近年、新しい証拠や証言が得られた残留2世に関しては、遅延登録の形で、出生証明書や婚姻証明書の補充・訂正を過去にさかのぼって認める異例の対応を打ち出している。戦後、孤児が置かれた苦しい立場に配慮した措置と感謝する。

 今回の外務省職員による面接調査への立ち会い、陳述書への署名も、就籍による日本国籍取得を促進する上で大きな意味がある。フィリピン政府や外務省の一連の対応により残留2世に関しても、中国残留孤児と同様、就籍の申し立てに迅速・柔軟に対応できる条件は十分に煮詰まってきているのではないか。

 安倍首相は昨年、陳情を受けた際、「日本人としてのアイデンティティーを取得したいという(残留2世の)思いは当然だ」と一行を励ました。今年1月、国交正常化60周年を記念してフィリピンを訪問された天皇、皇后両陛下は、日本国籍の有無とは関係なく残留2世に等しく接し激励された。

 残留2世は大半が70歳代後半に差し掛かり、既に半数近くが故人となっている。残留2世が「日本人の証し」を手にするために残された時間は少ない。

 戦後71年を経て、新たな証拠を残留2世に求めるのは不可能を強いるに等しい。まずは司法が勇断をもって残留2世の国籍取得を前に進めるよう切に要望する。

(ささかわ ようへい)

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6月14日(火) [2016年06月14日(Tue)]
6月14日(火)

7:00 朝食

@モナコ王国に到着しました!.jpg
モナコ王国に到着しました!


10:30 International Hydrographic Organization(IHO)のイプテス理事とベッセロ理事

AIHOの理事と.jpg
IHOの二人の理事と


10:50 大洋水深総図(General Bathymetric Chart of the Oceans(GEBCO)フェローとの会談

BGEBCOフェローとの会合.jpg
GEBCOフェローとの会合


12:00 GEBCOフェローたちとの昼食

CGEBCOフェローと絶景をバックに.jpg
GEBCOフェローと絶景をバックに


12:30 GEBCOによるインタビュー撮影

DGEBCOによるインタビュー.jpg
GEBCOによるインタビュー


13:30 Jardin Exotique(サボテン公園)見学

Eモナコの町を見下ろす丘の上にサボテン公園があります.JPG
サボテン公園はモナコの町を見下ろす丘の上にあります

F珍しいサボテンが沢山!.JPG
珍しいサボテンが沢山!


19:00 関係者との夕食
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6月13日(月) [2016年06月13日(Mon)]
6月13日(月)

7:00 朝食

12:00 昼食

13:00 ホテル発

14:00 空港着

16:30 ローマ発

17:40 フランス・ニース着

19:00 モナコ王国のホテル着

19:30 関係者との夕食
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「中国の小話」その87―風邪を引いたら鰻を食べる―その88―偽物の悲劇― [2016年06月13日(Mon)]
☆今、習近平政権は国内の言論統制を徹底しているが、それでもネットユーザーたちは一向におびえる様子はなく、冷めた目でその特有のユーモアセンスと巧妙な表現で中国共産党や政府に対する痛烈な批判と皮肉を毎日のようにまき散らしている。


「中国の小話」その87
―風邪を引いたら鰻を食べる―


中国のある農村では、風邪を引いたら鰻をたべろと言われている。

鰻は栄養が豊富だからではなく、中国で養殖されている鰻は、病気にならないように大量の抗生物質が投与され、体内に残留した抗生物質があるからだ。


「中国の小話」その88
―偽物の悲劇―


農家の人が種を買って作物を育てたが、種が偽物だったため収穫はできなかった。

農民は悲観して農薬を飲んで自殺を図ったが、農薬も偽物だったため、死ぬこともできなかった。

家族は死ななかったことを喜んでお祝いの酒をふるまった。
しかし、酒は偽物の工業用アルコールだったため、その農民と家族は死んでしまった。


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6月12日(日) [2016年06月12日(Sun)]
6月12日(日)

6:30 朝食

8:00 サンピエトロ寺院で行われるローマ教皇ミサ

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雨の中、ミサが始まるのを待ちます

Aローマ教皇のミサが始まると雨は止みました.jpg
教皇のミサが始まると雨は止んで

Cすっかり雨が止み、サンピエトロ寺院の前はミサ参列者で溢れかえりました.jpg
サンピエトロ寺院の前はミサ参列者で溢れかえりました

Bミサに参加した回復者の人々も携帯電話で教皇をパシャリ。.JPG
ミサに参加した回復者の人々も携帯電話で教皇をパシャリ

D石田さんご夫妻もミサにご参列.jpg
石田さんご夫妻もミサに参列

E世界中のハンセン病回復者が集いました.jpg
世界中のハンセン病回復者が集いました


14:00 関係者との昼食

17:00 TG COM24(24時間ニュースチャンネル)番組「バチカンの間」出演

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生出演前のスタジオにて
(筆者左はローマ教皇庁保健従事者協議会次官のナペンダワトゥ司教)


19:00 関係者との夕食
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6月11日(土) [2016年06月11日(Sat)]
6月11日(土)

6:30 朝食

9:00 バチカンミュージアム見学

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シンポジウム参加者全員で美術館へ

圧巻の建物と絵画
A圧巻の建物と絵画.JPG


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12:30 関係者との昼食

15:00 ハンセン病回復者と国連人権諮問委員との会合

Cハンセン病回復者と国連人権諮問委員との会合.jpg
ハンセン病回復者と国連人権諮問委員との会合

E活発な意見交換が行われた.jpg
活発な意見交換が行われた


18:30 ガーナのハンセン病回復者組織(IDEA)代表のコフィ氏との対談

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リーダーシップが期待されるコフィ氏


20:00 関係者との夕食
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6月10日(金) [2016年06月10日(Fri)]
6月10日(金)

7:00 朝食

9:00〜終日 「ハンセン病患者・回復者の尊厳の尊重とホリスティックケア」シンポジウム

@長島愛生園からは石田副自治会長が参加してくださった.jpg
長島愛生園からは石田副自治会長が参加してくださった

A参加者は石田さんの話に聞き入っていました。.jpg
参加者は石田さんの話に聞き入っていました

B会議終了後に参加者が大集合!.jpg
議終了後に参加者が大集合!

C心が清くなれるでしょうか・・・.jpg
心が清くなれるでしょうか・・・


16:00 ローマ教皇庁テレビインタビュー

20:00 愛生園の石田雅男・副自治会長との夕食
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「子どもの貧困対策プロジェクト」―全国100カ所50億円投下― [2016年06月10日(Fri)]
「子どもの貧困対策プロジェクト」
―全国100カ所50億円投下―


日本財団は、株式会社ベネッセホールディングス(以下、ベネッセ)をはじめとする各分野の第一人者とともに、子どもの貧困問題の有効な解決策を実証する「子どもの貧困対策プロジェクト」を開始し、その第一号拠点を埼玉県戸田市に開設することとなりました。

わが国の子どもの貧困率は、1980年代から一貫して上昇傾向にあり、今日では6人に1人の子どもが貧困状態にあるといわれております。こうした世帯で育つ子どもは、医療や食事、学習、進学等の面で極めて不利な状況に置かれ、将来も貧困から抜け出せない傾向があり、子どもの貧困問題への対応は喫緊の課題となっています。

日本財団は、特別養子縁組支援や児童養護施設出身者への奨学金設置、障害児への学習支援など、様々な「生きにくさ」を抱える子どもへの豊富な支援実績がございます。子どもの貧困問題については、この対策を新たな重点支援分野として掲げ、各分野の第一人者で構成するプロジェクトチームの立上げを進めてまいりました。昨年より、子どもの教育・生活分野で長年の実績と豊富な知見を有するベネッセを中心に、本プロジェクトチームでは子どもの貧困問題の有効な解決策の検討と具体化に取り組み、埼玉県戸田市にその第一号拠点を設置する運びとなりました。第一号拠点で、本事業の有効性を検証し、全国への展開を目指します。

以下、記者会見での私の挨拶です。

****************


2016年5月23日(月)
於:日本財団ビル2階


握手.JPG
ベネッセホールディングスの福原さんと


皆様ご承知のように、日本財団ではパラリンピックサポートセンターをはじめ、あらゆる分野の障がいを持った人たちへの支援を行っています。また、今は熊本の被災地でも懸命に努力していますが、災害救援活動や高齢者の支援は50年以上に亘ってやってきた組織です。しかし昨今、子どもの貧困問題についての報道が数多く取り上げられるようになりました。

子どもの貧困の状態は以前よりひどくなってきています。日本財団の調査によりますと、貧困を放置した時の経済的損失は一学年で2兆9千億円にもなります。障がいを持った子どもの問題に関しては以前から取り組んで参りましたが、「子どもの貧困問題」の解決というのは、まさしく国民的な関心事です。

極端な例を申し上げるのは如何かとは思いますが、日本財団の職員が面談をした折、将来何になりたいかということを聞いた時「うちは生活保護でお父さんも生きてきたから、僕も生活保護でいくんだよ」という答えが2、3あったと聞き、愕然としました。夢も希望も持てないで、その日暮らしの子どもたちが多数存在しているという非常に深刻な状況を改めて痛感し、これをどう解決するかを考えました。

私も長い人生を歩んで参りまして、子どもの頃を思い起こしました。私の場合ですが、学校が終わって帰り、お米屋さんや畳屋さんの前に行けば必ず中学1年生くらいから幼稚園の子どもたちが集まって遊びに耽っていました。生傷が絶えませんでしたが、足に擦り傷を作ると隣のおばさんが赤チンキを持ってきてすぐ塗ってくれたり、オキシドールを塗られて泡が吹いて痛いのを我慢した記憶もございます。遊んでいる子どもたちがちょっと遅くなると「早くおうちに帰りなさい」と近所のおばさんに叱られ、翌日にはまた集まって遊ぶという幼少期を過ごしました。

経済が成長し、非常に多様化した社会の中で、それぞれの家庭も個人も細分化をされてしまい、子どもたちにとっては今や学校と自宅、この2つにしか居場所がない時代になってきているのです。そういう意味でも第3の居場所を作る必要があるのではないかと思います。

第3の居場所というのはどういうところかと申しますと、コミュニティの中心になるような施設、居場所です。勉強を教えてもらったり、大学生のお兄さんたちとキャッチボールや縄跳びをしたり、鉄棒なども設置してちょっとした運動をしたり、「あそこに行けば仲間がいる」「お兄さんがいる」「話ができる」場所なのです。

もう少し夢を語らせて頂くと、今は老人も居場所がないのです。家庭の中に一日中いますと、奥様から大変なクレームが出るそうです。元気なご老人であれば、その第3の居場所に来て頂き、子どもたちに将棋や囲碁を教えたり昔話を聞かせてほしい。また、お母さんが夜働いていて食事が出来ないようなお子さんには食事も提供したいと考えています。近所の方々が食べ物などの届け物もしてくれるような、そしていただいた物に対して「ありがとう」という言葉が素直に言えるようになるといいですね。食事を通じて礼儀作法を覚えることもできるでしょうし、何よりも勉強もきちんとそこで教えてもらい宿題もできる。このような第3の居場所を作るというのが今回の「子どもサポートプロジェクト」といわれるものでございます。

昨年10月には政府そして経済界、メディアあるいは支援団体などからなる発起人が集まって「子どもの未来応援国民運動」という名の下に華々しくスタートしましたが、残念ながら未だに機能していません。政府もこの問題については深刻に受け止めていますが、依然動きはにぶいのです。

決して政府を批判する訳ではありません。大きい組織なので動き出すまでに時間がかかりますが、動き出せば大きく動いてくれると思っています。しかしその一方で、成熟した社会の中でそれぞれのニーズが多様化してきている今、民間の働きというものが行政でも大変重要視されるようになってきました。

そのような状況を踏まえ、我々はまず50億円の資金を使って全国100ヶ所の拠点を早急に作り上げることに致しました。それぞれの地方の特色を活かし、運営して下さる皆様の方針、方法論も取り入れて、画一的ではなく、地域にあった子どもサポートプロジェクトを作りたいと思っています。

この事業の共通のテーマは「未来の日本国を担う、そして世界に羽ばたく日本人を作る」ということです。そのチャンスを貧しくて生活が困難な家庭のお子さんたちにも平等に与える。これが国の基本であるべき姿だと考え、まずは民間レベルでスタートすることにいたしました。長い間、ベネッセホールディングスの福島さんとも話し合いを重ね、非常に専門的な幅広い知見をお持ちの福島様より「社としても大いに協力をしましょう」という大変力強いご協力を頂けることになりました。

この他に、今日は埼玉県戸田市の神保市長、特定非営利活動法人Learning for Allの李代表理事、そして慶應義塾大学 中室准教授もお見えになっています。我々の理想には十分には叶いませんが、神保市長が大変熱心でいらっしゃいますので、一号店は戸田市にお願いすることに致しました。神保市長自ら音頭を取って開所する場所も決まっていて、恐らく10月頃には完成すると思います。戸田市を拠点第一号として全国に呼び掛けてやっていきたいと考えております。

「子どもサポートプロジェクト」全国100ヶ所、50億円という資金を投入して、今申し上げたような子どもの居場所を作ると同時に、子どもに学校と家庭以外のところで様々なことを学ぶ機会を与え、そこで得た知識によって自分の将来を考え、自分がどういうことに向いているのだろうかということを探し当てることが、教育上大変重要なことだと思っております。

もう少しお話をさせて頂きますと、最近の若い皆様は一生懸命受験勉強をして希望の大学に入った後1割から2割は上級職を目指し、あるいは弁護士、会計士、建築家を目指して勉学に励まれる方がいらっしゃいますが、受験勉強から解放され2年間は遊んで過ごす人が大半で、3年生になってさぁ就職だ、どこに就職したらいいのだろうと迷ってしまいます。本来ならば子どもの時にその子の特徴が何であるかを見つけ出してあげて、「あなたは手が器用だから将来大工さんが向いていますよ」とか「君は非常に精密な絵を描けるのだから建築家になった方がいいのではないか」というような将来の道を探してあげるのも大変重要なことだと思うのです。

私はハンセン病の制圧活動で世界中を回っておりますが、途上国の子どもたちに「将来何になりたい?」と聞くと全員が手を上げます。そして、必ずお医者さん、看護婦さん、学校の先生と答えます。「どうして?」と聞くと「お父さんやお母さんを幸せにしたい」と、どんな山奥の子どもでも答えますが、日本でそういう声を聞く機会が非常に少なくなってきているということは誠に残念なことです。

まだ遅くはありませんし、やらなければならない仕事だと私たちは肝に銘じ、これから試行錯誤しながら只今申し上げた諸問題の解決のために活動を開始することを今日発表させて頂きました。ベネッセホールディングスの福原さんは100%我々の考えに同意をして下さいまして、一番大事な部分についてご協力を頂きました。

ありがとうございました。
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