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日本財団会長 笹川陽平ブログ

写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「中国の小話」その58―30年前と30年後― [2015年08月19日(Wed)]
「中国の小話」その58
―30年前と30年後―

三十年前、純金ピアスをつけているのは皆都会人。
三十年後、純金ピアスを着けているのは皆田舎者。

三十年前、親子のような姉妹が多い。
三十年後、姉妹のような親子が多い。

三十年前、息子に「わんころ」という名前を付ける親が多い。
三十年後、ペットのわんちゃんを「息子」と呼ぶ親が多い。

三十年前、派手な洋服を着るのは若い娘たち。
三十年後、派手な洋服を着るのは中高年のおばさんたち。

三十年前、金持ちはポリエステルの服を、貧乏人は綿の服を着る。
三十年後、金持ちは綿の服を、貧乏人はポリエステルの服を着る。

三十年前、人々は太っている人に憧れる。
三十年後、人々は痩せている人に憧れる。

三十年前、貧乏人は野菜と雑穀を食べる。
三十年後、金持ちは野菜と雑穀を食べる。

三十年前、国は農地の開墾を呼びかける。
三十年後、国は農地を森林に戻すことを呼びかける。

三十年前、車に沢山乗せて速く走ることを自慢する。
三十年後、車に速度制限、積載量制限をかける。

三十年前、安いものを買ったことを自慢する。
三十年後、高いものを買ったことを自慢する。

三十年前、一人が働き、一家を養える。
三十年後、共働きで、一人っ子を養うことが大変。
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「ちょっといい話」その53―日本研究の留学生 成果を持って帰国の途へ― [2015年08月17日(Mon)]
「ちょっといい話」その53
―日本研究の留学生 成果を持って帰国の途へ―


日本財団の重点項目に一つは人材養成である。

世界各国の著名大学における修士・博士課程の卒業生は既に14,000人を超えた。障害者の大学教育から途上国の教師養成、学校建設と多岐にわたる活動を展開している。

今回紹介するプログラムは、日本研究の専門家養成プログラムである。

横浜にはアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターがあり、著名な日本研究者を輩出している。日本財団では、毎年20名の研究者の滞在費を負担し、我々でも知らない日本の専門分野についての研究をサポートしている。

この度、卒業にあたり、素晴らしい日本語で書かれた自筆の礼状をいただいた。大変有り難いことで、帰国後、知日派の学者として活躍されることを祈りたい。

DSC_0480.JPG
流暢な日本語の礼状


*卒業生一覧表

William Carroll ウィリアム・キャロル(アメリカ国籍)
シカゴ大学大学院博士課程(映画・メディア研究科)(2018年博士号取得予定〉
専門分野 : 映画とメディア学
研究テーマ: 日本の大衆映画
2009年 ウェズリアン大学卒業(映像/東アジア研究専攻)

Robert Del Greco ロバート・デルグレコ(アメリカ国籍)
オハイオ州立大学大学院博士課程(東アジア言語と文学研究科)〈2016年博士号取得予定〉
専門分野 : 近世日本文学
研究テーマ: 在日韓国人文学
2006年 カンザス大学卒業(日本語と日本文学専攻)
2009年 カンザス大学大学院修士課程修了(近代日本文学)

Aaron Jasny アーロン・ジャスニー(アメリカ国籍)
ワシントン大学セントルイス校大学院博士課程
       (東アジア言語・文化研究科)〈2017年博士号取得予定〉
専門分野 : 日本文学
研究テーマ: 明治・大正期における日本風景論
2010年 ワシントン大学セントルイス校(日本語と日本文学)
2013年 ワシントン大学セントルイス校大学院修士課程修了(日本語)

Daniele Lauro ダニエレ・ラウロ(イタリア国籍)
ノースカロライナ大学大学院博士課程(アジア史研究科)〈2017年博士号取得予定〉
専門分野 : 近代日本史(初期)
研究テーマ: 徳川政権初期の政治儀式の役割
2006年 ナポリ東洋大学卒業(比較言語及び文化)
2009年 ローマ・サピエンツァ大学大学院修士課程修了(アジア研究)
2012年 ノースカロライナ大学大学院修士課程修了(アジア史)

Kyle Peters カイル・ピーターズ(アメリカ国籍)
シカゴ大学大学院博士課程(東アジア言語・文明研究科)〈2018年博士号取得予定〉
専門分野 : 日本の美学、文学、映画
研究テーマ: 近代日本の美学理論とその歴史的発展
2009年 コロラド州立大学卒業(哲学、文化人類学、日本語と日本文学)
     (在学中の2007-08年 関西外国語大学で学ぶ)
2013年 ハワイ大学マノア校大学院修士課程修了(比較哲学)

James Simpson ジェームス・シンプソン(アメリカ国籍)
ボストン大学大学院博士課程(政治学研究科)〈2016年博士号取得予定〉
専門分野 : 国際関係学、アジアの安全保障
研究テーマ: アジアにおける核抑止論
2004年 ワシントン大学セントルイス校卒業(東アジア研究)
2008年 スタンフォード大学大学院修士課程修了(東アジア研究)

Paride Stortini パリデ・ストルティーニ(イタリア国籍)
シカゴ大学神学校大学院博士課程(宗教史研究科)〈2019年博士号取得予定〉
専門分野 : 日本の仏教
研究テーマ: 明治期の仏教におけるキリスト教、西洋文化の影響
2007年 ヴェネツィア大学卒業(東アジア言語と文明)
2010年 ヴェネツィア大学大学院修士課程修了(宗教学)
2010年 パドヴァ大学大学院修士課程修了(宗教学)

Melissa VanWyk メリッサ・ヴァンワイク(アメリカ国籍)
ミシガン大学大学院博士課程(アジア言語・文化研究科)〈2020年博士号取得予定〉
専門分野 : 日本文学(江戸時代)
研究テーマ: 江戸時代の歌舞伎芸能、特に出雲阿国について
2008年 カルヴァン大学卒業(古典・ラテン語専攻)
2011、2012年京都アメリカ大学コンソーシアムの夏期プログラムで日本語を履修
2013年 ミシガン大学大学院修士課程修了(日本研究)

Justin Wilson ジャスティン・ウィルソン(アメリカ国籍)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院博士課程(歴史学研究科)〈2017年博士号取得予定〉
専門分野 : 近代日本史
研究テーマ: 戦後詩人、田村隆一と雑誌「荒地」、占領下の詩作と政治運動の関係
2008年 カリフォルニア大学サンタクルーズ校卒業(アジア・イスラム圏の歴史専攻)
2011年 コロンビア大学大学院修士課程修了(東アジア地域社会研究)

Timothy Young ティモシー・ヤング(アメリカ国籍)
スタンフォード大学大学院博士課程(日本文学研究科)〈2018年博士号取得予定〉
専門分野   日本文学
研究テーマ: 明治期の文学と印刷文化、新聞の役割
2004年 テキサス大学オースティン校卒業(リベラル・アーツ、化学)
2013年 イェール大学大学院修士課程修了(東アジア研究)
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8月15日(土)・8月16日(日) [2015年08月16日(Sun)]
8月15日(土)

7:40 サンパウロより、パリ着(空港待機約6時間)

パリ空港にてターミナル移動中.jpg
パリ空港にてターミナル移動中


14:00 パリ発、成田空港へ


8月16日(日)

8:30 成田着

10:00 財団着
    書類整理

11:30 財団発
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8月14日 (金) [2015年08月14日(Fri)]
8月14日 (金)

6:00 朝食

7:30 ホテル発

8:00 空港着

10:15 ペルナンブーコ州・レシフェ発

13:00 サンパウロ着(空港待機約2時間)

15:30 サンパウロ発
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「中国の小話」その57―中国の略字文化― [2015年08月14日(Fri)]
「中国の小話」その57
―中国の略字文化―


中国にはおおよそ8万の漢字がある。共産党政権の識字運動により、すべての人民が読み書きできるようにとのことで文字が簡略化された。

中国本来の漢字は繁体字といって、現在は台湾、香港などで使用されている。中国で現在使用されている漢字の多くは簡体字といわれるものである。かつて漢字はベトナム、韓国でも使用されていたが、今や両国とも漢字がなくなってしまった。

元来、漢字は表意文字であるが、簡略化されたことにより表音文字になってしまった。そこで下記のような皮肉な小話が生まれたのであろう。

以前にも書いたが、明治以降、脱亜入欧の思想の中で、福沢諭吉や西 周(にし あまね)などが西洋図書を翻訳するための造語に苦労し、多くの言葉が作られた。今日、中国で使用されている言葉の多く(約1400字と言われている)は日本製である。

例えば、中国の正式名称である『中華人民共和国』のうち、中華以外は日本語である。共産党、経営、哲学、美術、芸術等も日本製で、特に共産主義に関する言葉はロシア語から日本語に訳されて中国に輸出されたものである。

※簡体字化して意味が変わってしまったのだろうか。

・親→亲           :親友も親切さも「見」ることができなくなった。
・愛→爱           :愛が「心」を持たなくなった。
・産→产           :産も「生」を伴わなくなった。
・廠(工場)→厂       :工場が空っぽになった。
・麺→面           :麺から大事な「麦」が消えた。
・運(運ぶ)→运       :運送するにも「車」がなくなった。
・導(導く、指導)→导    :導くのに「道」がない。
・兒(児と同じ、子供)→儿  :子供に「首」がなくなった。
・飛→飞           :飛ぶのに翼が一つしかない。
・雲→云           :雲は雨を伴わない。
・開(開く)関(閉める)→开关:「門」がないのにどうやって開閉する?
・郷→乡           :郷里に「郎」(男子、男の人)がいなくなった。

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8月13日(木) [2015年08月13日(Thu)]
8月13日(木)

6:30 朝食

8:30 ハンセン病療養所(Hospital Geral Mirueira)着

@住居となっている一帯.JPG
住居となっている一帯


8:40 ホセ・カルロス・ロサ院長

Aロサ院長(右奥)らと.JPG
ロサ院長(右奥)らと


9:30〜11:30 療養所内視察

B靴を作る作業に取り組む回復者の方.JPG
靴作りに励む回復者

C療養所に住む女性のお宅を訪問.JPG
療養所に住む女性宅を訪問


12:30 保健局担当官らとの昼食

14:20 MORHAN(ハンセン病回復者社会復帰運動)の集会に参加

DMORHANの会合に出席.JPG
MORHANの集会

E女性の姿が目立つ.JPG
女性の姿が目立つ

FILEPのメンバーたち.JPG
ILEP(国際ハンセン病団体連合)のメンバーたち


15:45 新聞Journal de Commercioインタビュー

17:00 世界遺産の街、オリンダにあるかつての奴隷貿易時代の奴隷小屋

G世界遺産の街oオリンダにて!.JPG
オリンダにて


18:00 ホテル着

18:30 新聞Folha De Pernambucoインタビュー

H新聞Folha De prenambcoインタビュー.jpg
新聞Folha De prenambcoインタビュー


19:30 関係者との夕食
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8月12日(水) [2015年08月12日(Wed)]
8月12日(水)

3:30 ホテル発

4:00 空港着

@ 朝食は空港にて.jpg
朝食は空港にて


5:30 クイアバ発

8:00 ブラジリア着(空港待機約2時間)

10:30 ブラジリア発

12:40 ブラジル・レシフェ着

A海外沿いのレシフェに到着.JPG
海沿いの町、レシフェに到着


13:30 ホテル着

14:45 ILEPコーディネーター

15:00 イラン・コスタ(Dr. Iran Costa)州保健局長との面談及び
    保健局のハンセン病担当者からの州のハンセン病対策に対するプレゼンテーション

B保健局長との会合.JPG
イラン・コスタ州保健局長との会合


16:40 Globe TVインタビュー

Cテレビのインタビュー.JPG
TVインタビュー


20:00 コスタ州保健局長との夕食会

D局長との夕食会.JPG
局長との夕食会
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「ハンセン病制圧活動記」その28―大国インドからハンセン病がなくなる日まで― [2015年08月12日(Wed)]
「ハンセン病制圧活動記」その28
―大国インドからハンセン病がなくなる日まで―


東北新生園機関誌『新生』
2015年6月


 時はさかのぼるが、2013年8月28日から30日の3日間、インドのニューデリーを訪れた。私が第2の故郷と呼ぶインドへは、今回の訪問で47回目を迎えた。2泊2日、48時間の短い滞在であった。

 今回の目的は、今後のハンセン病対策についてインド政府保健省の事務次官と面談、昨年10月に発足したハンセン病国会議員連盟の会合への出席、そしてハンセン病回復者の経済的自立に向けて活動を展開しているササカワ・インド・ハンセン病財団の理事会に出席することであった。

 初日、朝一番にWHO東南アジア地域事務局にて世界のハンセン病制圧活動の責任者であるサムリー事務局長と面談。前月7月24日からの3日間、バンコクで国際ハンセン病サミットがWHOと日本財団との共催で開催された。近年ハンセン病の患者数の減少が停滞している懸念から、年間1000人以上の新規患者数を持つ17ヶ国から政府代表が参加し、専門家、NGO、ハンセン病当事者などあらゆるステークホルダーとともに、ハンセン病対策に力を入れることへのコミットメントが表明された。本サミットの共同提案者であったサムリー事務局長にサミットが成功裏に終わったことへの謝礼と、特に患者数の多いインド、ブラジル、インドネシアの3ヶ国に重点を置き、各国においてバンコク宣言のフォローアップに力を入れていくことを再確認した。

 国際ハンセン病サミットにおいてただひとつ残念だったことは、世界最大の患者数を抱える大国インドから政府の代表が姿を見せなかったことである。そこでインド政府保健省の事務レベルのトップであるケシャブ・デシラジュ保健次官、アンシュ・プラカーシュ次官次席、国家地方保健計画を担当されているアヌラダ・グプタ局長、ハンセン病局長のC・M・アグラワール博士、局長代理のA. K. プリ博士と、保健省内の関係者と並んで面談。一方、WHO側からは世界ハンセン病プログラムのチームリーダーであるスマナ・バルア博士、コンサルタントのランガナサ・ラオ博士、東南アジア地域事務所のハンセン病プログラム担当アドバイザーであるジーザズ・パウロ・ルイ博士、そしてWHOインド事務所のナタ・メナブデ代表が同席。ハンセン病当事者、回復者の代表であるナショナル・フォーラム(現 インドハンセン病回復者協会)のナルサッパ会長もハイデラバードから駆けつけ、バンコク会議の報告とインドのこれからのハンセン病対策についてさらなる活動の強化を要望した。

 インドでは2010年より、年間新規患者数発見率が1万人に1人以上である209の県を定義し、重点的に新規患者を発見するための活動を行っている。2012年〜2013年の1年間で報告された13万人のうち、実に2万人もの方々は保健ワーカーやボランティアの家庭訪問で発見されている。結果的に患者数は昨年より5%上昇。表面上患者数が増えたことは危惧すべきサインではあるが、それまで診断がされていなかった隠れた患者が診断され、治療が行き届くようになったことは歓迎すべき流れともいえる。

 一方で、1軒1軒家を回るような新規患者発見のための活動は費用対効果が非常に低いことから、通常の一般統合医療の中で診断・治療を可能にしなければ、ハンセン病対策のサービスが持続的とはいえないと指摘する専門家の声もある。

 発展途上国のインドの国土は日本の9倍以上あり、ハンセン病対策のサービスを広い国土の隅々まで行き届かせることは容易なことではない。対策を講じるにもまずは現状を把握することが不可欠であり、現在のハンセン病患者数を正確に把握するためには、各州レベル、県レベルにおいて患者発見活動に力を入れていくことが第一歩となるだろう。患者数の多い蔓延州において州政府のコミットメントを促すためにも、これからもインド各州への訪問が欠かせない。

 日本財団では毎年世界ハンセン病デーに合わせてハンセン病回復者への差別撤廃に向けたグローバル・アピールを世界各界の著名人の協力を得て発表しているが、来年2014年は各国の国家人権委員会からの賛同をもらうべく準備を進めており、インドからも協力を得るため、インド国家人権委員会バラクリシュナン委員長を訪ねた。インド国家人権委員会はハンセン病の問題について深い関心を示してくださっており、2012年10月にインドにおいてハンセン病と人権国際シンポジウムのアジア大会を開催した際にも出席された。また同年には国家人権委員会が主催し、ハンセン病をテーマに各州の人権委員会代表を集めたワークショップも開催された。夏期と冬期、年2回の恒例となっている法律や人権を専攻する学生によるインターンシップにおいてハンセン病をテーマとしたセッションを設けたり、デリー首都圏内の中学校においてササカワ・インド・ハンセン病財団が差別撤廃の啓発のための授業を行う活動資金も提供されている。

パラクリシュナン委員長(中央)とナルパッサ会長.JPG
パラクリシュナン委員長(中央)とナルサッパ会長


 八木日本大使に表敬後、午後には再びWHOインド事務所にメナブデ代表を訪ね、インドのハンセン病の現況について詳細な説明を受けた。

 夕方は、デリー中心地にあるディネシュ・トリベディ国会議員の自宅へ。私の長年の夢であるインドにおいてハンセン病問題の啓発をはかるための国会議員連盟の集まりがあった。鉄道大臣と保健家族福祉副大臣を務められた経験のあるディネシュ・トリベディ議員が発起人となり、合同発起人であるマドゥ・ヤスキ議員を始め52名の国会議員が連盟に参加。今回の会合には国会会期中にもかかわらず16人の議員が参加し、ナショナル・フォーラムの代表のナルサッパ氏も同席した。トリベディ氏の挨拶に続き、40年来取り組んできたハンセン病との闘いについて話したところ、皆さん熱心に耳を傾けてくださった。

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トリベディ議員が中心となった会合


 議員連盟では、ハンセン病問題を優先課題として取り組むよう国会等で積極的に取り上げていくこと、一般に向けた医療面社会面両方の啓発活動、そして低所得者層に向けた政策や各国会議員が持つ地域開発基金をコロニーの環境改善のために役立てることなどを目標として取り組んでいくことが決定されており、ハンセン病患者、回復者の生活向上と差別撤廃に向けて大きな支援者を得たことになった。

 翌日、30日は、朝食後にまずハンセン病回復者の全国組織ナショナル・フォーラムのナルサッパ会長とヴェヌゴパールと会い、彼らの活動の現状についての報告を受けた。

 続いてはササカワ・インド・ハンセン病財団(通称SILF)の理事会。財団の理事会というと、議事次第通りに書類が回覧されて承認される風景を想像されるかもしないが、この財団の理事会は一味もふた味も異なる。まず議論される書類の量は実に88ページに渡る分厚い資料。事務局長からの報告に対して各理事が真摯に意見を出し合い、熱い議論が繰り広げられ、会議が予定時間を超過することも珍しくない。

 SILFは「インドのハンセン病コロニーから物乞いをなくす」という壮大な目標のもと、2006年の設立以来、ハンセン病回復者の経済的自立を最大の柱として活動を展開。民族服サリーの販売やリキシャ操業など、各コロニーの立地と回復者のスキルを生かしたビジネスを立ち上げるための資金を提供しており、現在ではインド国内16州において約150のビジネスが立ち上がっている。

SILF理事会のメンバーと.JPG
SILF理事会のメンバーと


 近年は第二世代であるハンセン病回復者の子どもたちの教育支援にも力を入れて取り組んでいる。教育支援プログラムは、女性を対象とした看護師養成奨学金と、男女両方を対象とした職業訓練プログラムの2種類。

まず看護師養成については、インドステート銀行とサー・ドラブジ・タタ基金からの寄付をいただき、2011年より35人の子どもたちに国の認定を受けた看護師養成コース4年間の受講を可能にしてきた。インドでは、女性にとって看護師は伝統的にとても人気の職業であることから、この奨学金は希望者が多い。応募資格の条件には合うものの資金が限られていることから断らざるを得ないケースが多いことは残念であり、なんとか一人でも多くの希望者に報いるため、インド企業の寄付協力先を増やさなければならない。

 職業訓練プログラムは、10年生までの教育を修了した人たちを対象に、さまざまな店の販売員やファストフードの配達など、雇用が足りていないサービス業に就職しやすくするための基礎的なトレーニングを行うもので、2012年よりそれまでに66人の若者たちが修了し職に就いていた。加えて、2013年新たに国立職業開発協会より新たに350人分のトレーニング費用の寄付が決定し、各州を回って希望者を募っていく予定となった。

 インドのハンセン病の社会面の問題においては、当事者の経済的自立をどう進めていくかという課題と並んで、第二世代である若者の社会参画をどう実現するかという課題がある。全体の数から見れば一部ではあるものの、ハンセン病コロニーの出身者であるというレッテルを外して、一般社会の競争の中で成功できる若者が出てきていることはとても明るい兆しであり、我々が設立した財団がその機会を提供できたことは非常に嬉しく思う。

 関係者の努力の甲斐あって、インドにおけるハンセン病とそれにまつわる差別をなくしていくための闘いは、国会議員や人権委員会など、さらに幅広い層を巻き込んで展開されている。しかし問題が解決したといえるようになるまでの道のりはまだまだ遠く、手綱を緩めることはできない。今年は特に各州への訪問に力を入れ、ハンセン病対策が隅々まで行き渡るようになるまで、またハンセン病回復者が尊厳をもって生きられる社会となるまで、引き続き関係者と手を携えて取り組んでいく覚悟である。
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8月11日(火) [2015年08月11日(Tue)]
8月11日(火)

6:00 朝食

6:30 ホテル発

8:30 パンタナール湿原訪問

@世界最大の湿原だそうです.JPG
世界最大の湿原・・・だそうです

Aあちこちにワニが!.JPG
あちらこちらにワニが!

B乾期のため水が減り、ワニが近くに見える.JPG
乾期のため水が減り、ワニが近くで見られる

C目の前にいるワニを観察.JPG
目の前にいるワニを観察

D鳥の種類が豊富!.JPG
鳥の種類も豊富!

Eカピパラもお目見え!.JPG
カピパラもお目見え!


11:30 関係者との昼食

14:00 ホテル着

19:00 関係者との夕食
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8月10日(月) [2015年08月10日(Mon)]
8月10日(月)

7:00 朝食

8:30 ホテル発

9:00 IDEA(ハンセン病回復者組織)ブラジルの会合に出席

Aあいさつ.JPG.JPG
IDEAブラジルの会合で挨拶

@IDEAブラジルの会合にてあいさつ.JPG
IDEAブラジルの活動を視察


12:30 関係者との昼食

13:30 ホテル発

16:45 マットグロッソ州アグアス村のハンセン病患者のお宅訪問

BJPG.JPG
回復者が住む家を訪問


18:30 ホテル着

19:20 レオナルド議員とペレス医師との面談

Cレオナルド議員(筆者左)とペレス医師.JPG
レオナルド議員(筆者左)とペレス医師(筆者右)


20:30 関係者との夕食
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