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笹川陽平ブログ(日本財団会長)

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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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6月1日(金) [2018年06月01日(Fri)]
6月1日(金)

7:15 財団着

9:00 辞令交付

11:20 来賓パラアリーナ内覧

11:30 日本財団パラアリーナ オープンセレモニー

@日本財団パラアリーナオープニングセレモニーで挨拶.JPG
日本財団パラアリーナオープニングセレモニーで挨拶

A (1).JPG
森喜朗東京オリンピク・パラリンピック競技大会組織委員会会長
小池百合子東京都知事も出席してテープカットが行われた


13:30 「子どもの家庭養育推進官民協議会」

中央が山本麻里内閣官房内閣審議官(中央)と鈴木英敬三重県知事(右側).JPG
取り組みのシンボル「フォスタリングマーク」を発表
山本麻里内閣官房内閣審議官(中央)と鈴木英敬三重県知事(右側)


14:40 紀伊国献三 笹川記念保健協力財団最高顧問

18.06.01 紀伊国先生.JPG
随分長いお付き合いです・・・
紀伊国先生と記念撮影

    
15:00 城内 実 衆議院議員

16:00 重村智計 元早稲田大学教授

18:00 アメリカ・カナダ大学連合(IUC)2017年度フェロー送別会
    
「インドネシアのハンセン病」−情熱・忍耐・継続− [2018年06月01日(Fri)]
「インドネシアのハンセン病」
−情熱・忍耐・継続−


ハンセン病の制圧は私の終生の仕事である。薬の無料配布と関係者の努力で2016年の世界の新規患者数は約21万5000人にまでに減少した。

しかしインド、ブラジル、インドネシアは今だ数字の高さが目立ち、全体の80%以上をこの3ヶ国で占めている。

特に患者数が最大のインドではモディ首相に計3回、対策の強化を直訴した。ハンセン病制圧に尽力された国父として今も尊敬を集めているカンジーは、来年生誕150年を迎える。その日のために現在は予算も増え、患者の発見にも積極的で活動も活発化しており、良い成果を出そうと関係者一同、懸命に努力している。

問題は地方分権が進んでいるブラジルやインドネシア。ブラジルは世界保健機関(WHO)の制圧基準(人口1万人当たり患者1人未満)の唯一の未達成国でありながら、明確なハンセン病対策や政策もない。背景に政情不安があり、私の活動も現地の情報不足で訪問計画さえ立てられない状態にあり、切歯扼腕(せっしやくわん―くやしさ・無念などの気持)している。

そんな中、最近はインドネシアでの活動に重点を置いている。インドネシアは1万3000を超える大小の島で構成され、地方分権が進んでいる。

治療薬は各地に配布されているものの、中央政府保健省の政策が現地まで浸透しない欠点があり、予算も十分といえない。その上、中央政府の予算が現地州知事や県知事の意向で本来のハンセン病対策に活用されていない面もある。私は1年に6回の訪問を計画して各州を廻って州知事や県知事の理解を得る努力をしているが、現状は満足できる状態には程遠い。

先般、中部スラウェシ州のある県で、地方から集まったハンセン病担当者の会合が行われた。担当者に檄を飛ばすのが狙いだったが、インドネシアの会議は代表者が出席し国歌斉唱、イスラムのお祈りがあってはじめて代表者の挨拶があり、会議が始まる手順となっている。

ところが代表者の県知事は1時間20分経っても現れず、その理由の説明もなく、出席者全員1時間以上も待ちぼうけであった。次の州知事との面談もあり、私は退席を余儀なくされたが、誇り高い彼らに文句も言えず耐えるより仕方なかった。

かつて、東京から40時間もかかるアフリカ・モザンビークで会議はたったの40分、昼食に2時間ということもあった。ハンセン病制圧活動は日頃、情熱・忍耐・継続が必要と考えているが、さすがに少し怒りをこめてクレームをつけ、以後3年間、毎年訪問することでようやく制圧に成功したケースもある。

今回も内心、我慢我慢と思いながらも、計画を立ててくれた職員が気の毒でならず、必ずやこの地域の患者数をゼロにしてやろうと制圧に向けた情熱を新たにした次第だ。
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