「仁和寺のお菓子」
―兼好法師は食べてない―
仁和寺は吉田兼好法師の「徒然草」で有名な寺で、真言宗御室派総本山の寺院である。
創立者は宇多天皇で、「古都・京都の文化財」として世界遺産に登録されており、門跡寺院として江戸時代までは門跡に皇族が就いておられた。華道・御室流の家元でもあり、寺内の御室桜は日本桜名所100選に選定され、例年満開は4月20日過ぎと聞く。一見の価値ありです。
父・笹川良一は、この仁和寺や知恩院、それに黄檗山などの僧侶たちとの交流が深かった。そんなご縁で、毎年新年には門跡がわざわざ上京され、新年の挨拶と写真のような皇室ゆかりの門跡寺院だけに許された16花弁の菊の紋章が印刷されたお菓子をお土産に持参して下さる。淡白な気品のある銘菓で、生前の父はこれが大好物で、お薄と共に食べている姿は、超多忙の中で一瞬の幸せを感じさせる風情であった。
私にとっても父を思いしながらこの銘菓を味わうことは誠に嬉しく、至福の時である。律儀に毎年おいで下さることを恐縮至極に感じながらも、内心は楽しみにしている下品さを白状せざるを得ない。
中学時代に学んだ「徒然草」第52段「仁和寺にある法師」を掲載してみた。
仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心憂くおぼえて、
あるとき思ひ立ちて、ただ一人徒歩よりまうでけり。
極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て、帰りにけり。
さて、かたへの人に会ひて
「年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。
そも、参りたる人ごとに、山へ登りしは、何事かありけむ。
ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」
とぞ言ひける。
少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。