国土を荒廃させる「相続未登記」
産経新聞【正論】
2017年9月22日
時代が変われば、あらゆる価値が変化する。人口減少時代を迎え、長い間、国民の優良資産であった土地や家屋も、土地神話の崩壊で東京など大都市の一部を除きマイナスの資産になりつつある。
≪私有地の20%が所有者不明≫ 相続しても固定資産税の納税義務や管理コストだけが残り、登記の書き換えを見送る人が増えた結果、国土交通省の推計によると、所有者の居所が直ちに判明しない「所有者不明土地」が全国の私有地の約20%、九州を上回る面積に広がっている。
不動産登記は土地に対する権利保全と取引の安全に欠かせないが、現行の制度では義務ではなく、あくまで任意である。不動産価値が下落し取引の当てがなければ、登記見送りによる所有者不明の土地や建物、山林は間違いなく増える。
既に被災地の復興や公共事業、固定資産税の徴収などに支障が出ており、「見捨てられる土地」が増えれば国土の荒廃は避けられない。国土を健全に維持していく上でも、これ以上、事態を放置することは許されない。
姉妹財団の東京財団が2014年に全国1718市町村と東京都の税務部局を対象に行ったアンケートでは、回答を寄せた888自治体のうち557自治体が「土地所有者が特定できず問題が生じた」、238自治体が「土地が放置され荒廃が進んだ」、134自治体が「道路開設、災害復旧など、公共事業の実施に支障をきたした」と答え、予想以上に深刻な実態が浮き彫りになった。
≪被災地復興や公共事業に支障≫ 東日本大震災の被災地では明治時代の人が登記上の所有者となっていた事例もあり、高台移転や防潮堤の用地取得、災害公営住宅の整備が遅れる一因となっている。
今年7月の九州北部豪雨災害の被災地・福岡県朝倉市で復旧活動に取り組む日本財団職員からは、所有者不明の空き家が多く、倒壊家屋の取り壊しや片付け作業が難航しているとの声も届いている。
不動産需要が落ち込む地方都市や中山間地では相続登記を急ぐ必要がなく、未登記が2代、3代と重なった結果、相続対象者が膨大な数に膨れ上がり、特定作業が極めて困難になっている。
12年、水源地域の土地売買の事前届を条例で義務化した北海道では、不動産登記簿上の土地所有者4166人に通知した結果、1881人があて先不明で返送され、その後の追跡調査で判明したのは27人にとどまった。
人口1万5000人の九州の地方都市が県道建設の用地取得を進めたところ、予定地域の一画約200平方メートルが3代にわたり相続登記されていないことが判明。調査を進めた結果、相続人は累計150人にも上った。土地に関する台帳には不動産登記簿や固定資産課税台帳、農地台帳などがあるが、所管官庁は法務省、総務省、農林水産省などに広がり一元的に管理する仕組みはない。
土地の一筆ごとに面積や境界、所有者などを確定し、土地管理の土台となる地籍調査も1951年の開始以来、2016年度末までに完成したのは52%にとどまり、100%終了している仏独や韓国に比べ大きく遅れている。
日本の土地制度は人口が増え、経済が拡大した時代の産物であり、縮小社会では制度自体が機能しにくい。しかも相続登記を行わなくとも所有権が失われることはなく、登記後、住所を変更しても通知義務はない。不在地主が死亡しても、死亡届が当該自治体に通知される仕組みもない。
民法は「所有者のいない土地は国に帰属する」としているが、相続財産管理人による清算手続きが必要で、自動的に国に帰属するわけではない。住民が土地の寄付を希望しても、現実に自治体が引き取るのは公共事業などに利用できる土地に限られ、相続放棄の手続きも不動産に限らず全財産の放棄が前提となる。
登記を行う法務局は行政改革によって1995年の1003カ所から2015年には419カ所に減った。団塊の世代が後期高齢者となる25年以降、相続件数は増え、未登記による所有者不明の土地の増加は避けられない。
≪時代に合った土地制度の確立を≫ 人口減少で土地需要が縮小しつつある実態は、わが国の土地制度に合わないし、先進国の中で格段に強い所有権も国土保全の観点からは問題がある、と実感する。
国は『経済財政運営と改革の基本方針2017』で所有者不明の土地の有効活用に向け、次期国会にも必要な法案を提案する考えと聞く。所有権をそのままに利用権を設定できる仕組みを検討する動きもあるようだ。事情はやや異なるが、買い手が付かない不動産を低価格で集め再活用を図る米国のランドバンク制度なども参考になるのではないか。
少なくとも倒壊の恐れがある持ち主不明の空き家を迅速に撤去するような仕組みは、国民生活を守る上でも早急に強化されるべきである。時代に合った土地制度が早期に確立されるよう望む。
(ささかわ ようへい)