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写真:ハンセン病の現場から「アフリカ・ピグミー族」

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黒澤 司君のこと [2012年05月02日(Wed)]
3.jpg


「黒澤 司君のこと」


黒澤 司君はかつて日本財団に在籍し、阪神・淡路大震災から今回の東日本大震災まで、計28回の災害救援活動に献身的活動をしたその道の専門家である。

2008年8月、家族の事情で退職。宮城県の片田舎でつつましく「木こり」で生計をたてていた。その彼が運命に導かれるように3月11日に被災地に居たことで、彼の豊富な過去の経験が被災地での大活躍の原動力となった。

彼から日本財団に届いた素早い地元からの第一報で現地対策本部を設営。全国的な災害ボランティアへの連絡・動員。「必要な物資を必要な人々に一刻も早く」を合言葉に日本財団職員と共に獅子奮迅の大活躍。

日本財団は東日本大震災の1年前に「日本財団学生ボランティアセンター」を組織していた。通称「学ボ」は、事前研修と統制のとれたボランティアとして現地ではすこぶる好評で、福島原発の被災者の仮設住宅がある厳冬の雪深い会津でも活躍してくれた。

被災地で黒澤 司の名前を知らない人はいない。しかし、彼はあくまでも謙虚で「自分は『最強の足軽』として被災者とともにありたい」との固い信念で、今も泥まみれになって働いてくれている。

黒澤のブログ「続・雨ニモマケズ 風ニモマケズ」はその筋の人々には有名である。
彼はボランティアの恩恵を受けた被災者の気持ちを代弁した以下のような詩を送ってくれた。

―俺らの神様―

学生ボランティアが浜に来るまで
俺ら漁師は毎日毎日海を見ては
溜息ばかりついていた。

本当に力が出なかった。
何もする気になれなかった。
何から手を付けていいのかわからなかった。

学生ボランティアが浜に来て
一生懸命牡蠣ダルや網を
山に入って集めてくれた。

その若い力を見ていて
立ち上がらなければならないと思った。

学生たちに引っ張られ
俺らも動こうと思った。
立ち上がれる気持ちに変わった。

津波があってからこの世に神様なんか居ないと思った。
もしも神様が居たら
何にも悪いことしてない人たちを
こんなに苦しめることはしないと。

でも今はやっぱり神様は居ると思うようになった。
俺らにとっての神様は
ボランティアのみんななんだよ。

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