日本財団の進むべき道
―2012年度挨拶―
2012年4月2日
於:日本財団ビル
昨年一年間、私は同じことを皆さんにお話してきました。話というのは一度限りでは絶対に頭の中に入りませんし行動にも反映されません。日本財団の職員は勤め人でもサラリーマンでもありません。プロフェッショナルな職業だと言い続けてきました。
率直に申し上げますが、日本財団は休まず、遅刻せず、毎日会社に行けば給料が貰えるという組織ではありません。単に与えられた仕事をこなすだけではなく、常に自分を磨き続けることが求められています。そして、皆さんがトレーニングして得たものをどのようにパフォーマンスとして示しバリューを出していくかによって、日本財団のこれからが決まっていくのです。神輿だから一人くらい手を抜いても大丈夫だろうと思うのは大きな間違いです。一人一人の能力が十分に発揮され、その集積があって初めて日本財団は社会を変えるような価値ある仕事ができるのです。
皆さんに繰り返し沢山の本を読んで下さいと申し上げてきました。そして、多数の方が1年30冊の読書に挑戦して下さいました。しかし、今年は読みたい本ではなく、読まなければならない本を読んで頂きたいということを付け加えたいと思います。皆さん自身の精神的な栄養になったり、頭脳や精神に良い刺激を与える本は沢山あります。そのような本に挑戦し、その上で世の中の変化をいち早く感じ取り、そうすることで教養と社会から得られる情報が頭の中で化学変化を起こし、素晴らしい創造的な仕事が出来るのです。
日本財団は社会をより良い方向へ変えていくという重要な役割を担っています。その責務をこの限られた職員で果たすためには、個人個人の資質の向上が欠かせないということを自覚してください。この組織は、他の企業などと比べても、柔軟に、又大胆に仕事ができる体制は整っている方だと思います。また、善意の失敗については決して咎めることはしません。ですからのびのびと、大胆に仕事に取り組んで欲しいと思います。ただし、仕事の基本でもある上司に対する報告・連絡・相談、いわゆる「ほう・れん・そう」だけは徹底するようにしてください。
この度の東日本大震災は大変不幸な出来事でした。しかし、多くの報道を通じて国民から日本財団の活動を評価して頂いたことは、率直に喜んでいいことだと思います。差別用語かもしれませんが「目明千人盲千人」、見る人はきちっと見てくださっています。だからこそ、初めての募金活動にもかかわらず既に50億円近い寄付を頂いていますし、いま理事長や海野常務が努力して下さっているプロジェクトなどが順調にいけば、100億円を超える可能性もあります。大手の新聞でさえ1年間に集まった寄付は36億円前後だそうです。それを思うと日本財団に頂いた寄付がいかに多いかというのと同時に、国民からの評価と期待の大きさが身にしみます。そして私達は、そのような大切なお金を一銭も無駄なくきちんと活用していくことで応えていかなければなりません。
財団設立当初の主要な仕事は、自動的に頂けるモーターボート競走の収益金の一部を助成金という形で国内の団体に支援することでした。しかし、世界あっての日本、日本あっての我々という意識から、地球規模で仕事をしていくべきだと考えました。そして、当時は厳しい法律で縛られてはいましたが、試行錯誤の努力の末、国際分野での活動が認められるようになりました。また、市民レベルの社会貢献活動が重要だとの認識から、阪神・淡路大震災から地道に勉強を重ね、結果としてNPOやボランティア団体を支援する仕組みを財団内部に作ることが出来たのです。
一方で、日本財団が取り組むべき課題が見えながらも支援する団体が存在しない場合は、団体自体を立ち上げるということもしてきました。例えば、生涯スポーツを通じて全ての人に健康になってもらいたいという想いで設立したのが笹川スポーツ財団です。また、日本の教育が知育偏重ではなく体育や徳育のバランスが重要だとの考えからB&G財団を立ち上げ、1700億円という巨額な資金を投入して全国480カ所に体育館やプールや海洋スポーツ施設を作りました。その他、国際協力や国際理解の促進を目的とした笹川平和財団、ハンセン病制圧のための笹川記念保健協力財団、予防医学の教育のためのライフ・プランニング・センターなども同様です。
このように、これまでも存在しなかった組織を新たに作るというチャレンジングな仕事もしてきましたが、皆さんにはよりチャレンジングでクリエイティブな取組みが要求される時代になってきました。日本財団は今年で50周年を迎えますが、これからは財団の活動をより分かり易く伝えていくことで国民の理解を頂き、社会変革を起こす中核の役割を担っていきたいと思います。
既に国の財政赤字が1千兆円を超え、国民一人当たり850万円の借金を背負う時代になりました。そのような中で、国や行政の手が行き届かない分野がたくさん出てきています。支援を受けられずに苦しんでいる方々のことを考えると、その方たちを支える日本財団の果たすべき役割は非常に大きく、責任重大だと思っています。中でも、NPOを中心とした市民の活動をより活発にしていくことは特に重要です。そこで東日本大震災ではNPOやボランティア700団体に支援を行い、それぞれがしっかりと役割を果たすお手伝いをさせていただきました。また、学生ボランティアのネットワークも着実に広がりを見せています。
このように市民の活動が徐々に活発化する中で、企業の在り方も変わりつつあります。数年前であれば、企業は利益を追求する手段としてより安く質の高い物を提供することで国民生活を豊かにすること、そしてその利益の半分を税金として納め、残りを株主や役員で配分すれば良いという考えでした。しかし本来は、ピーター・ドラッカーが30年前から提言しているように、企業そのものが社会の良き市民として存在することこそ本当の資本主義と言えるのではないでしょうか。今回の東日本大震災を機に、ようやく日本の企業にも社会の為に何かしなければいけないという動きが生まれてきました。この機会を力とし、日本財団はもっと積極的に我々のノウハウを企業に提供し巻き込んでいくことが、結果として社会をより良くし、日本財団の更なる飛躍にも繋がっていくのだと確信します。
企業も人間の人徳や人格と同様に社格や社徳が求められる時代になってきました。近い将来、国民が賛同するようなCSR活動をしていないと消費者が離れていく、或いは優秀な社員を採用できないといった時代がやってくるでしょう。また、私達はそういう社会にしていかなくてはいけないと思っています。その一つの戦略として、企業のCSRランキングを毎年発表していますが、まだまだその方法については改善の余地があります。簡単に言えば、これからは単に社内向けの対応を評価するのではなく、社外の問題に対していくら支援したのか、またどういった取り組みを行っているのかということを評価・公表していかなくてはなりません。そしてさらに、ウェブサイトやソーシャルメディアを使い、日本財団が企業のCSR活動と連携し、日本財団のノウハウと企業の資金をマッチングして社会活動を行い、そのことを上手にアピールすることによって、企業も喜び社会も喜ぶという仕組みを作っていくことが重要だと思います。
ご承知の通り、日本財団はNPOや社会福祉法人など、これまで5万9千件に亘る団体への支援実績があります。また行政においても各省庁との太い人脈がありますし、海洋基本法の制定などを通じて我々が真面目に取り組んでいることに対して高い評価を頂いております。その他、政治家や学者グループとのネットワーク、更には国際機関とのネットワークもあります。これだけ国内外で多岐にわたる関係者とネットワークを持っている組織は世界からみても稀だと言っていいでしょう。
このユニークな組織を動かすのは会長や理事長ではありません。皆さん自身がやっていかなければならないことです。これだけの素晴らしい環境をどう上手く活用していくかは、冒頭に申し上げた通り、一人一人がプロフェッショナルとしてクリエイティブな仕事をしていくということに尽きますし、一人一人の皆さんの能力の向上なくして私達が目指す日本財団は生まれないのです。私たちに与えられた使命と明るい未来をどのように手にしていくかは、ここにいる皆さんの努力にかかっています。日本財団が、日本に無くてはならない、あるいは世界に無くてはならない組織として存在できるように、共に努力をしていきましょう。
最後に「籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」といった役割分担があります。日本財団の最も優れているところは、当然のことではありますが、お預かりしている大切なお金の管理を厳しくしている点です。また、組織の中に監査をする部署を設け、ファイアーウォールをかけて評価までしっかりと行うことができる組織は他にありません。その他総務、企画、経理といった管理部門の仕事は一見地味に見えますが、これらの部門がきちっとしているからこそ事業部の職員も安心して業務に当たれるのです。日本財団にとって、どの職種が良いとか悪いとかいうことはありません。そのような地味な仕事をしている人たちもどうぞ誇りを持って財団のために尽力していただきたいと思います。