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7月7日(水) [2010年07月07日(Wed)]

7月7日(水)

 08:10 書類整理、決裁等

 09:30 東京財団・松信章子常務理事

 11:00 東京大学・伊藤隆名誉教授

 12:00 監査グループ職員と昼食

 15:00 笹川平和財団研究員による勉強会
     @ 平和構築分野の事業/佐藤万帆研究員
     A 米国との交流事業/野崎由美子研究員、村田綾研究員

 18:00 曽野綾子・前会長

「日米修好150周年記念・日米安全保障条約50周年会議」 [2010年07月07日(Wed)]


アーミテージ・元国務副長官と筆者


「日米修好150周年記念・日米安全保障条約50周年会議」


参議院選挙で今一つ盛り上がらないが、今年は日米修好150周年、日米安全保障条約締結50周年の節目の年である。

戦後の日本経済復興から高度成長の中で、日米安保の果たした役割には国民の多くも異論はないだろう。

しかし、加藤良三前駐米大使が「吉田茂元首相が戦後復興の際に優先した政治路線・軽武装で経済的発展を図ってきたいわゆる『吉田ドクトリン』の使命は終了した。

防衛予算増額にあたっては、米国や近隣諸国に配慮する時代も過ぎた」と、中国の軍備増強を念頭に、日本でも必要なことはしなければならないとの持論を展開されているが、鳩山前政権下での米軍普天間飛行場移設に係る対応は、ホワイトハウスを中心に、決定的に米国の不信を招いてしまった。

長い自民党政権が崩壊し誕生間もない民主党には、米国の有力政治家、シンクタンク、日本研究者、メディアとの人的関係は無いに等しい。アメリカ側でも、どのように誰にコンタクトしてよいかもわからず、戸惑いは隠せない。このような状況下では、今一度、日米の絆を再構築することが喫緊の課題である。

日本財団の姉妹財団である海洋政策研究財団の秋山昌廣会長の情熱溢れる奔走で、やっと6月17日〜18日、ワシントンで表題の会議が150年前に日本の代表団が宿泊したウィラード・ホテルで開催された。立ち見が出るほどの盛況で、一列目にはジョセフ・ナイ・ハーバード大学ケネディスクール元学長、日本でおなじみのリチャード・アーミテージ氏もお見受けした。

カウンターパートナーのCenter for a New American Security は、Richard Danzig(1998年〜2001年、第71代海軍長官)が率いる気鋭のシンクタンクで、現政権に27名を送り込んでいる。

第一回目の会議としては大成功であったとの参加者の評価を受けたが、反省点は、日本政治家の出席者が参議院選挙で限定されたこと。又、金曜日の開催で米国側の議員の参加も少なく、日米議員同士の新たな人脈作りが不首尾に終わったことである。

日米関係希薄下の中、来年はさらに充実した会議にしたいものである。

共催の海洋政策研究財団・秋山昌廣会長、笹川平和財団・羽生次郎会長、笹川平和財団USA・岩竹啓二氏の奮闘に、新ためて謝意を表したい。又、藤崎一郎駐米大使が、大使館で参加者のためのパーティーを開いて下さり、感謝申し上げたい。

以下はオープニング・スピーチと参加者リストである。


************************


~新たな日米パートナーシップの発展に向けて~
(原文・英語)

2010年6月17日
於:ウィラード・ホテル(米国、ワシントンDC)


本日、ここに日米修好150周年・日米安全保障条約50周年を記念するシンポジウムを開催するにあたり一言ご挨拶申し上げます。このような盛大なシンポジウムの準備に尽力していただいたCenter for a New American Security、海洋政策研究財団、笹川平和財団、そして日米両国の友人の努力に、惜しみない感謝を申し上げます。

今から150年前、日米修好通商条約の批准書交換のため、日本は歴史上初めて使節団を米国に派遣しました。広大な太平洋を勇気と希望を持って渡った彼らはこのウィラード・ホテルに滞在し、米国国民による暖かい歓迎を受けました。

150年前の彼らはまさか同じ場所でこのようなシンポジウムが開催されるとは夢にもみていなかったでしょう。そしてその時代から始まった日米関係の150年を記念するこのシンポジウムに多くの方々が集まってくださったことに対し、このシンポジウムの発案者の一人として心から深く御礼申し上げます。

米国と日本は19世紀の通商条約の締結以来、第二次世界大戦を乗り越え、民主主義、自由の擁護、人権の尊重をはじめとする様々な価値観を共有し、良き信頼関係を構築してきました。この二国をとりまく状況を昨今のアジア太平洋地域の現状という視点から見てみますと、領海・領土紛争、専制政権、軍拡競争、大量破壊兵器の拡散などによる不安定要素が多く、日米両国がパートナーとして取り組まなければならない課題が山積しています。

これら脅威の要因は、アジア太平洋地域だけではなく全世界の安定を崩し、世界経済の成長をも妨害する危険を秘めています。冷戦関係が終わり、テロとの戦いが始まり、アジア太平洋地域がこうした変化に直面している中、アジア地域情勢の安定と自由経済の発展を実現させるためにも、新しい状況に適応できる柔軟な日米のパートナーシップは必要不可欠になっているといえるでしょう。

一方で、日本と米国の関係は、しばしば不安と共に語られがちです。皆さんも新聞を読んだり、グーグルで検索すれば「米国関係者が日本の対応に落胆」「行き詰まった日米交渉」「日米関係の危機」といった多くの悲観的な表現を容易に見つけることができるでしょう。

そのような文脈で語られた問題としては、米軍基地の移設先問題(restructuring US forces in Okinawa)、日本によるインド洋給油活動の停止、北東アジアにおける不安定要因への対処などがありました。

これらの問題を受けて日米関係全体が危機に瀕していると主張する人達も多かったと思います。それは日本と米国の戦略(strategy)のズレを彼らに(主張する人達)想起させていたことが、理由のひとつだったのだと考えられます。例えば、米軍基地の移設先問題について言えば、これは日本と米国の軍事や外交の戦略の一部が共有されていなかったことによる不一致であり、現在、その不一致に過大な焦点が当てられています。

このような時に立ち戻って確認すべきは、米国と日本が共に目指すgoalではないかと思います。私が米軍基地の移設先問題から受けたのは、かつて両国の間で認識されていたはずのgoalが、最近の両国民の感覚でははっきりと認識されていない、あるいは実感の乏しいものになっているのではないかという印象でした。

日米が安全保障条約を締結してから今日に至るまでの間に、両国をとりまく国際情勢は大きく変化しました。顕著な出来事としては、日本の経済大国としての台頭や冷戦の終結がありました。近年、新たな脅威やこれまでにない不安定要素が現れてきているものの「何のための同盟なのか」「なぜ日米関係を進展させるべきなのか」というように日米関係の根本を疑問に感じる人々もいるでしょう。情勢の変化に直面するにつれ、米国と日本は、戦略の延長線だけで日米関係を捉えるのではなく、日米のパートナーシップの方向性の再調整や、新たなヴィジョンを検討する場が必要ではないでしょうか。

さらに、個別の領域で発生した問題が過度に注目を浴び、日米関係の多様な側面が非常に捉えにくくなっているということも言えます。例えばトヨタのリコール問題のように、問題によっては米国と日本の様々な分野の事柄が危ぶまれているような論調で語られるものがあり、日米関係というものが矮小化されていることに懸念を抱かざるを得ませんでした。現在の日米関係が限られた領域のみにフォーカスして認識されているため、両国がもっと大きく、また、優先的かつ長期的に取り組まなければならない問題に「雲」がかかっている状況に私には見えます。

みなさん御存じのように、米国と日本のつながりは、軍事的なだけではありません。政治的なだけでも、経済的なだけでも、文化的なだけもありません。日米関係は、どんな言葉で形容しても不足するような多面的なつながりで構成されているのです。

そして、そのつながりは政府と政府の間で締結されている条約だけではありません。民間と民間の、さらには個人と個人との絆を含めて、日本と米国は重層的につながっているはずです。このような関係の全体像を大局的に捉える視点を持ちながら、日本と米国がパートナーとしてアジアや世界に対して何ができるのかをより幅広く、柔軟性をもって模索することが重要と考えます。

日本と米国が様々な領域の中で協力しながら共通のgoalを達成するためには、戦略レベルのテーマに終始することなく、さまざまな領域を横断するような広い視野と、大きな視点での対話の場が必要です。

そして、可能であるならば、分野をまたぐだけでなく、多様な利害を持つ関係者が、自らの利害や立場といったしがらみに捉われることなく対話し、両国にとって多領域に渡る共通の目指すべき姿を描くことも大切と考えます。この場にお集まりの皆さまにもそれぞれの立場があり、それらを全て捨てて自由に意見交換をすることは簡単なことではないと思います。

しかし、時代が流れ、世界情勢も少しずつ変化しているなかで、自らの考えが従来の立場や利害に固定されてしまうことは決して好ましいことではありません。私は、皆さまに是非とも各々の立場と利害に捉われない、新しい視点で米国と日本を取り巻く様々な問題を考えていただきたいと思います。そして、それをより広い視野と長期的視点に立った新たなアジェンダとして共有し、解決に向けての最初のチャプターを描く場として、このシンポジウムを発案いたしました。

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