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「新たな国際金融枠組みに向けた日中協力」 [2009年12月20日(Sun)]

李肇星団長(写真・右)と談笑


「新たな国際金融枠組みに向けた日中協力」


笹川日中友好基金の招待で、はじめて中国国際金融の専門家が来日。財務省や日本の国際金融の専門家とディスカッションを行った。

私は1997年のアジア通貨危機で日本が果たした役割について説明した。

以下、その要旨である。

2009年12月3日
日本財団ビル2階


現下の経済情勢を考えますと、李肇星・元外交部長を団長とする中国の国際金融の専門家と日本の専門家がはじめて議論した今回の会議は、大変画期的で意義深い場になったことと思います。

笹川日中友好基金は、日中間においてさまざまな事業を1989年より長く続けてきております。一つ例を挙げますと、人民解放軍と防衛省自衛隊の若手による交流活動が挙げられ、この交流は9年続いています。政府間の防衛交流が停滞していたときも私たち民間組織が触媒の役割を果たし、私たちが進める交流だけは継続されてきました。この活動に対しては中国政府からも高く評価していただいております。

私は経済の専門家ではありませんが、1997年にタイを中心に始まったアジア通貨危機について少しお話したいと思います。

米国のヘッジファンドが英国でのポンド売りで成功を収め、その余勢を駆りタイのバーツを売り、それが引き金となりフィリピン、香港、マレーシア、インドネシアへと通貨危機が広がっていき、ロシアの財政破綻、ブラジルの通貨危機へと拡大しました。

当時、マレーシアのマハティール元首相が「国民が汗水を流して稼いだ国の財産を数日で投資家に取り上げられてしまうことは国際正義に反する。私は断固として為替市場を閉鎖する」と話されたことを記憶しております。当時は、フランスの金融界をはじめとし、国際的にマハティール元首相は批判にさらされましたが、最終的には彼の行動は高く評価されたことを覚えています。

翌年の1998年10月には、日本円が2日間で20円も急騰する場面もありました。当時の宮澤喜一蔵相はアジア蔵相・中央銀行総裁会議で新宮澤構想を発表し、アジア諸国の実態経済回復のために300億ドルに及ぶ資金支援スキームを用意。有償、無償、専門家の派遣など、全力を上げてアジア通貨危機に対処し成功を収めました。

当時に比べて今の経済、あるいは金融のスケールは遥かに大きくなっています。昨年はリーマンショックもあり、その傷跡はまだ完全に癒えておらず、再度、通貨危機が起こる可能性は否定できません。

しかし残念なことに、日本には当時のような資金はありませんが、新宮澤構想の実績とノウハウがあります。万一通貨危機が起こったときには、日本のノウハウと中国の財力で解決できるようスクラムを組んでいただきたいと願っています(大笑)。

今回の会議では素晴らしい成果を上げられたと思いますし、継続して対話を進めていただきたいとも思っています。この会議がより建設的で、将来の金融危機に備える第一歩になるだろうと、心からこの会議の成功をお慶び申し上げますとともに、皆さまに感謝の意を表します。
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