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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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インド国会議員団訪日歓迎レセプション [2009年12月05日(Sat)]


インド国会議員団訪日歓迎レセプション
挨拶(要旨)


2009年10月30日
ホテル ニュー・オータニ


B・J・パンダ議員団団長はじめ、超党派による若手国会議員の皆さま、ご来日いただきましたことに心から歓迎申し上げます。

笹川平和財団が行う日印間の政治家交流活動では、これまで40人弱のインドの国会議員に来日いただきました。交流活動は継続することが最も大切だと思っています。

既に江田五月・参議院議長やパンダ団長から、日印両国間における交流活動についてお話しいただきましたので、私からはインドでのハンセン病制圧活動についてご紹介したいと思います。

私は多いときには1年間に7回、インドを訪問しました。その多くは政治家の皆さまとお会いするのではなく、ハンセン病制圧活動の現場となるハンセン病村(コロニー)や診療所を訪問しています。お陰さまでマハトマ・ガンジーにマニフェストの重要項目に掲げていただき、ハンセン病の制圧に成功することができました。

勿論、この成功はインド政府をはじめ、地方政府の皆さまのご努力の賜物でありますが、私もその一翼を担わせていただきましたことを大変光栄に思っています。

ただ、私たちはインドで1100万人を超える患者をハンセン病から解放しましたが、残念なことに社会がハンセン病に対し偏見や差別を持っているため、彼らの生活はいまだ困窮しているのが現状です。

私たちがインドのハンセン病コロニーの実態調査を行いましたら、政府が運営するコロニーやミッション系のコロニーを除いても700カ所のコロニーが発見されました。これらは自然発生的に形成され、恐らくはそれ以上の1000カ所を越えるコロニーが存在していると推察されます。

私たちはそれらコロニーの代表者を集め、回復者が自立するためのハンセン病回復者組織ナショナル・フォーラムを結成しました。

さらに回復者が起業するために必要な資金を貸し付ける少額融資制度や学校に通えない子どもたちのための奨学制度など、彼らの自立した生活を支援するための組織として「ササカワ・インド・ハンセン病財団」を設立しました。この財団への寄付者の第一号は、皆さまのお仲間であるラウル・ガンジー議員です。彼は昨年、皆さま同様、この交流活動に参加し、日本にお越しいただきました。

来年1月末の世界ハンセン病の日には、ムンバイで開催のハンセン病の差別との闘いのためのグローバル・アピールに、インド産業連盟(CII)のヴィクラム・バドシャ公共政策長のお力添えもあり、インドを代表する企業であるタタ・モーターズの最高責任者やマヒンドラ財閥、あるいはリアイアンス財閥の代表にムンバイに集まっていただき、ハンセン病との闘いに参加いただくとともに、募金活動に協力していただくことになっています。

皆さまの出身地にもハンセン病に苦しむ人たちがいます。そして私たちはさらにインドで活発な活動を展開したいとも思っています。私はハンセン病との闘いのためには、インドで骨を埋める覚悟でいます。

皆さまとともに、インドと日本との友好を深めたいと思います。心から皆さまのご来日を歓迎いたします。
中国四川省大地震被災地幹部研修団・表敬 [2009年12月05日(Sat)]

中国四川省から来日した研修団


中国四川省大地震被災地幹部研修団・表敬
挨拶(要旨)


2009年11月17日
日本財団ビル8階


皆さまのご来日を心から歓迎申し上げます。

四川大震災でお亡くなりになられた方、怪我をされた方、あるいは家屋を失われた方をはじめ、多くの犠牲者に改めて哀悼の意を表します。

四川省はじめ中国全土の人民の皆さまが震災の復興のために力を合わせてご努力されたことは私たちの耳にも届いています。

今年で23年になりますが、私たちは中国から2000人を超える医師を日本で学んでもらうために招待してきました。四川大震災のときに温家宝首相に状況報告されたのは、私たちのプログラムで学んだ笹川医学奨学生でした。日本の救援隊の連絡係、あるいは通訳を担当したのも笹川医学奨学生でした。彼らの活躍に対し、私は心から敬意を表しております。

日本中国アジア経済戦略フォーラムの片山啓常務理事のご案内で神戸、新潟はじめ日本の防災対策や復興支援をご理解いただけたものと思いますし、復興のために何をどうすべきか、あるいは地震対策をどうすべきか、ということを十分に勉強されたものと思います。

阪神・淡路大震災では日本全国から延べ137万人を超えるボランティアが集まり、復旧活動のために協力して下さいました。ただ、多くのボランティアは被災地に集まりはするものの何をどうして良いのか全くわからないのが実情です。

日本財団は大阪のボランティアセンターと協力し合いながら、集まってきたボランティアの方々に作業場所や内容、食事の取り方などを指示しました。効率よく管理する人がいてはじめてボランティアが機能したわけです。

それ以降、日本では災害ボランティアが互いにインターネット上で連絡を取り合い、災害時には真っ先に被災地に入り、集まってくる一般のボランティアを指導しながら救援活動をしています。

一方、善意ではあっても困ることもあります。

一つは民間による救援物資です。食料品、衣料品、医薬品、あるいは毛布など様々なものが無秩序に被災地に送られてきます。どう整理し配布したら良いのか、管理するための人手もなく、場合によっては不要なものまで送られてきます。

食料品は時間が経つと腐る場合もあります。日本財団では災害時に必要な物資のリストを作成し、必要な時に必要なものを必要な分だけ現地に送っていただける仕組みを構築したいと思っています。

もう一つは地方自治体間での協力体制です。災害時に被災地となった自治体から他の自治体に様々な支援を要請するようですが、上手くいかないケースが度々起こっているようです。そのようなとき日本財団が仲介役となり依頼することで円滑にことが運んだこともあるます。これは少し残念な事例でもあります。

日本は火山の上にある国です。日本中で日々、体感するか否かは別として地震が発生しているかもしれません。そのため日本の建築基準は世界で最も厳しい基準を採用し、安全確保に努めています。

また災害時の避難方法や場所も住民に徹底しております。小学校の校庭であったり、寺院や神社であったりと、避難場所は明確になっています。しかしながら、指定された避難場所が必ずしも安全であるかというと、場合によっては安全ではないということが最近判明してきました。

日本の住宅は木造家屋が多く、建物の崩壊による死者や怪我人よりも火災により命を失う人のほうが多いのが実状です。1923年、関東大震災という大きな地震が東京をはじめ関東を襲いました。そのとき東京の下町にあった3ヵ所の避難場所のうち2か所ではほとんどの人が死に、もう1ヵ所だけが全員助かったというケースがありました。

地震により火災が発生すると道幅の広い道路さえも超えて燃え広がっていきます。しかも周囲の酸素を取り入れるため、強風が発生します。避難場所に逃げ集まった人たちは焼け死ぬか窒息で命を落としてしまうのです。

一方、1ヵ所だけ助かった避難場所というのは、単なる広場ではなく、常緑樹が茂る場所だったのです。常緑樹は炎から防御する能力に長けていることが関東大震災の写真をみてもわかります。現在、残念ながら小学校はじめ指定されている避難場所には木があまりありませんので、常緑樹を植える運動をしていこうと思っています。

中国では木造の家が少ないので火災による被害は考えられないかもしれませんが、日本の場合は火災対策が必要となっているのです。

日本で学ばれた成果を単に四川省だけでなく、中国全土の災害時の対策に役立てていただきたいと思います。
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