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笹川 陽平
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明朝からブタペスト、ジュネーブに出張 [2009年05月18日(Mon)]
明朝からブタペスト、ジュネーブに出張。
帰国は5月23日です。

ブタペスト(ハンガリー)では、ハンガリー科学アカデミーに設置した笹川ヤングリーダー奨学金が20周年を迎える式典に参加します。

ブタペストの後、ジュネーブでWHOの総会に出席。
マーガレット・チャン事務局長、国連人権理事会・ピレー高等弁務官と会談する予定です。
「太平洋・島サミット」 [2009年05月18日(Mon)]

ミクロネシア議会で演説する森・元首相(2008月9月)


「太平洋・島サミット」


3年に一度の「太平洋・島サミット」が5月に北海道で開催される。報道によると、気候変動、水と衛生、廃棄物対策、生物多様性保全、産・学・官の連携など、協力の分野と方向性をまとめた文書を採択する予定だという。

ツバルが地球温暖化の影響で水没の危機に直面し、他の国や地域でも、サンゴ礁やマングローブの自然破壊は確実に進んでいる。

日本政府主催「太平洋・島サミット」までの道のりは長かった。

1987年1月、倉成外務大臣(当時)がフィジー、ヴァヌアツ、パプア・ニューギニアを訪問。フィジーにおいて「太平洋未来社会を目指して」と題し、日本の太平洋島嶼国政策に関する演説を行った。「倉成ドクトリン」といわれるものである。

そのポイントは

@島嶼国の独立性と自主性の尊重
A太平洋地域が「平和で安定した地域」であり続けるよう努力
B経済的繁栄のための支援
C地域協力の側面的支援
D人的交流の促進

の5点に置くことを表明。

これを受け、翌年の1988年8月、笹川平和財団では倉成氏を議長に迎え、日本ではじめての民間による「太平洋島嶼国会議」を開催した。

尾形武寿・笹川平和財団総務部長(現・日本財団理事長)を中心に、今でも不便な島嶼国を、手分けして参加要請の趣旨の説明に廻り、下記の通り、予想外の出席者を得た。

フィジー共和国    カミセセ・マラ首相
キリバス共和国    イエレミア・T・タバイ大統領
ミクロネシア連邦   ジョン・H・ハグレルガム大統領
パプア・ニューギニア ミカエル・T・ソマレ外務大臣
ソロモン諸島     エゼキエル・アレブア首相
トンガ王国      ツゥポウトア皇太子
トゥヴァル      トマシ・プアプア首相
ヴァヌアツ共和国   セシー・J・レーゲンバヌ文部大臣
西サモア       ツゥイラエパ・サイレレ大蔵大臣
クック諸島      ププケ・ロバチ首相 

当時は、大平首相の悲願でもあったというこの会議を、一民間団体だけで、よくこれだけの参加者を得て実現したものだと、話題にもなった。

東京プリンスホテル・プロビデンスホールでの開会式では、竹下登首相の祝辞を小渕恵三官房長官が代読された。

会議の結果を受けて、笹川平和財団内に30億円で「太平洋島嶼国基金」が設置され、今も幅広く活動しており、20年間担当してきた早川理恵子の名は、島嶼国のリーダーで知らない人はいないほど有名である。

外務省の島嶼国関係部局は、島嶼国の多くがイギリスの植民地だった歴史的経緯から、ヨーロッパ諸国を担当する欧亜局の中に「欧亜局大洋州課」として存在していた。アジア局のもとに大洋州課をおくべきと陳情を重ねて13年。2001年1月、ようやくアジア大洋州局大洋州課として欧亜局大洋州課から移動した。当時の要路の方々に陳情したのも懐かしい思い出である。

小渕氏には、竹下首相の代読祝辞原稿と写真を持参し、「ご縁があるのですから是非、日本国として太平洋島嶼国会議を開催してほしい」と陳情し続け、10年後の1997年10月、「第1回太平洋・島サミット」が小渕外務大臣の下、東京で開催された。

多分、大洋州課の責任者も、これらの全ての島国へは訪問していなかったのだろう。「笹川さんの力と知恵を借りてこいと小渕外務大臣に言われました」と責任者が来訪され、ささやかな協力もさせていただいた。

以来、今年が5回目の開催となる。

島嶼国に対する中国のプレゼンスが高まり、島嶼国をめぐる国際環境は一変した。そして、日本政府悲願の国連常任理事国入りは、これらの国の中に反対票もあり、惨敗する結果となった。しかし、今でも旧南洋庁があったパラオを中心に、太平洋島嶼国には親日国が多い。

第2回の太平洋・島サミットは、小渕首相の逝去により森首相に引き継がれ、宮崎で開催された。以後、森喜朗元首相の太平洋島嶼国への努力は敬服すべきもので、ご多忙の中、フィジーでの会議にも出席してくださった。

最近はミクロネシア連邦を訪問され、笹川平和財団・羽生次郎会長のアイディアによるアメリカ・日本・オーストラリアの3ヶ国によるマーシャル、ミクロネシア、パラオの密魚監視、環境汚染防止等、海の安全のための海上保安庁設立構想、留学生受け入れなどの活動にもご協力をいただいている。
    
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