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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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崔天凱大使 [2008年03月12日(Wed)]
15:30 日本音楽財団 塩見理事長

16:00 日本レジャーチャンネル 藤川社長

16:00 剣持日本財団監事

18:30 中華人民共和国 崔天凱駐日大使  
象の背中でジャングル・ツアー [2008年03月12日(Wed)]



「象の背中でジャングル・ツアー」

〜ネパール編〜


ネパールでのハンセン病制圧活動のため、昨年11月に引き続き、2月1日、ロンドン、ハイデラバード(インド)を経てカトマンズ(ネパールの首都)に入った。

ネパールはヒマラヤの山岳地帯とカトマンズがあるセントラル地帯、インドのウップラ・プラデッシュ州、ビハール州と接するタライ地帯(平野部)の3地帯よりなる。このタライ地帯には中央政府に不満をいだくタライ独立運動を進める過激派が騒動をおこしている。

カトマンズ滞在中、日本財団から「南部・ビルガンジで、主要7党合同集会の会場の外で過激派による爆発があり、55人が負傷した」とのファックスが入り、行動に慎重さを要求してきた。

外務省の渡航制限地域であり、カトマンズに滞在する国際機関にも、カトマンズから外部への旅行は原則禁止されていた。

爆発のあったビルガンジは、我々が滞在する町より125km離れた位置にあり、WHO(世界保健機関)とネパール政府との協議の結果、南部・チトワン地区への旅行は問題なしとの結論で、予定通り現地でのハンセン病制圧活動を実施することになった。

ただ、車での移動は4〜6時間を要し、場合によっては道路の封鎖も予想されることから、チャーター機を利用することとなった。

関係者の配慮により、危険性のある町中のホテルを避けて、1984年、ネパールで初めてユネスコ(国際連合教育科学文化機関・UNESCO)世界遺産に登録された野生動物の宝庫・チトワン国立公園に隣接する『ロイヤル・パークホテル』と、名前は立派だが設備はコテージ風の宿を手配してくれた。

当日は車での移動で到着は夕刻の予定だったので、午後のスケジュールは入っていない。飛行機に変更し予定より早く到着したので、午後3時半より象の背中に揺られてジャングル・ツアーと洒落こんだ。


原則、私の旅では観光はしないので、同行者は「本当に観光ですか!」と、驚きの声を上げた。私は厳粛に「いや、観光ではありません。観光資源の観察です」と喜びを押し殺しながら言った。

10数段の階段を登った踊り場に立つと、象使いは巧みに象を操り踊り場に密着。

(ロイヤル・パークホテル入口)
4人一組で背中に乗り込み出発。象使いは両足で象の耳の裏を突きながら指図して、川を渡り、エレファント・グラスと呼ばれる屋根材や象の飼料になる丈の高い葦の生い茂る平地をゆっくりと進む。

450種類の野鳥が住む楽園といわれるが、時間帯のせいかほとんど鳥の姿はなく、唯一象に追い立てられた「孔雀」の飛翔を見るだけであった。

ジャングルの中に入ると象は自分の好きなところを歩く。住宅の二階ほどの高さの象の背中にいる我々に、木々の枝や蔦が当たらないよう、象使いは50〜60cmの棒を巧みに使って捌いてくれる。

突然、我々一行が乗る4頭の象は象使いの奇声と共に集まって来た。

サイがいたのである。かつて、アフリカのケニアのサファリで遠くに「サイ」を見て「貴男は全く幸運だ」といわれたほどサイを見ることは難しい。それが3〜4mの距離からサイが草を食べているところを観察することができたのである。

ここに生息するといわれるトラやワニを見ることはできなかったが、絶滅寸前の「インド・サイ」を見ただけで、2時間の象によるジャングル・ツアーは充分な収穫であった。
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