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14時間かけて帰国 [2008年03月10日(Mon)]
(アメリカ〜成田)

16:00 成田着 所要時間約14時間

18:00 自宅着
第17回国際ハンセン病学会とサラフディン氏 [2008年03月10日(Mon)]

コロニー建設や地元住民のために活躍したサラフディン氏



「第17回国際ハンセン病学会とサラフディン氏」


5年に1度開催される『第17回国際ハンセン病学会』は、1月30日〜2月4日、世界各国より1700名の参加を得て、南インドのアーンドラ・プラデーシュ州(人口7500万人)の首都・ハイデラバードで開催された。

ハイデラバードを
ドラヴィタ文化の色濃い南インドにあっては異色で、イスラームの匂いの強い町であり、人口(430万人)の半数はムスリムで、インド6番目の大都市である」と解説調に書くことは可能であるが、いつもの通り、伝統ある町を見物する時間はなく、ホテルと会場の往復とあいなった。ただ1箇所、私の旧知であるサラフディン氏(ハンセン病回復者)が建設した『パルバティナガール・コロニー』(ハンセン病回復者の村)を訪問することができた。

サラフディン氏は身長150cmほどと小柄ではあるが、いつも真っ白な背広をきちんと着こなしている。ダンディーなその姿は、どこの会議場でお会いしても大きな存在感がある。

16歳で発病したため医学部への進学も海軍への入隊も挫折。独学で身につけた英文タイプ技能で経済的に独立し、人脈を広げていった。

入院した病院のミッション系の英国人医師の勧めで病院の事務員に採用され、患者の処遇改善や退院患者のリハビリに尽力。

1978年、『ハンセン病社会福祉協議会』を組織。ガンディナガール・コロニーに200家族を住民登録し、アーンドラ・プラデーシュ州では初めて、ハンセン病回復者の選挙投票に尽力した。

その後、ハイデラバード郊外の荒野の土地・パルバティナガールの使用を当局との交渉の結果入手。岩がごろごろした不毛の土地から『ロックランド・コロニー』とも呼ばれている。

ハイデラバードから車で30分。インドの民俗衣装である白いクルタにサンダル姿の私を、小さなサラフディン氏はいつものように真っ白な背広にネクタイ姿で迎えてくれた。

現在300家族以上の回復者家族が自力で家を建て、洗濯屋、アイロン屋などを営み、人力車夫や三輪車の運転手など、裕福ではないが何らかの生業につき生活していることを、彼は小さな胸を張って説明してくれた。

敷地内にはキリスト教、仏教、イスラム教の寺院もあり、貯水タンクの水は周辺の一般住民にも提供され、隣接の住民に感謝されているという。

サラフディン氏の永年の努力は、着実に一般住民に理解されはじめていることを実感した。


<第17回ハンセン病学会の模様は、こちら
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