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笹川陽平(ささかわようへい)の国内外における活動の記録。このブログを通じて、私の毎日を覗いてみてください。

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海洋基本法成立を慶ぶ [2007年05月11日(金)]
終日、稟議等決裁、書類整理、打ち合せ

17:30 海洋基本法成立を慶ぶ会 於:四川飯店
同時通訳 平野さん [2007年05月11日(金)]
「同時通訳 平野加奈江さん」



 平野さん11歳の時、ネルー首相、クリシュナン大統領の前でスピーチ後の
写真


この3年間、ハンセン病制圧活動のため、インド各地を20回訪問した。その多くに同時通訳として平野さんが同行してくれた。

彼女は日本を代表する同時通訳者の一人である。しかし知人からは「あなた、インドまで行かないと仕事がないの」と、たびたび言われるという。

彼女は通訳の仕事を越えて私の仕事の理解者で、どのような強行日程にも淡々として同行して下さる。

ハンセン病病院、回復者のスラムなど、不衛生極まりない場所でも平気である。逆に「有意義な仕事に参加できて感謝しております」とお礼をおっしゃる人柄である。

私の活動内容、ハンセン病制圧にかける情熱などを十分理解した上での通訳なので、単なる言葉の通訳ではない。私がどこに行っても「いいお話でした」と言われるのは、私の言葉を3倍ぐらい(多分)上手に通訳してくれるおかげである。

平野さんはインドにご縁がある。子供の頃はインドの避暑地、日本の軽井沢にあたるマスウリィーにある名門校、ウッドストック・スクールで教育を受けた。

この写真は1953年、11歳の時、絵画展でネルー首相、ラダ・クリシュナン大統領を前に、代表してスピーチした後に撮ったものである。インドではウッドストック・スクールの卒業生というだけで、ある種の羨望と尊敬の対象となる。インドの方々とすぐ親しくなれるわけである。

ネルー首相といえば、戦後、台東区の子供たちが、ゾウのいない上野動物園にゾウを下さいとの願いの手紙に応えて、愛娘・インディラ(のちに首相)の名をつけたメスの象を贈ってくれた。

1949年9月24日、インディラの初顔見せには、9万2000人の入園者が上野動物園に殺到した。当時10歳だった私にも、大きな思い出になっている。

ネルーは今日の日本・インドの友好関係の基礎を築いた。そして現在でもなお、ネルー一族の系譜は華麗である。

ネルー、娘のインディラ・ガンディー(元首相)、孫のラジブ・ガンディー(元首相)、ソニア(ラジブ夫人・国民会議派会長)、曽孫のラフール・カンジー、プリアンカ・ガンジーは、国民会議派の国会議員として絶大な人気である。

ちなみに、平野さんの父上は、日本人とホッテントット発言で物議を醸した剛直な外交官・河崎一郎・元アルゼンチン大使であり、駐インド日本大使館開設代理大使であった。